僕、担がれました
平成最後の更新です。
本来であれば、厳粛に国の行く末を討議するはずの場所。そこでは今、罵声と怒声が飛び交っていました。
「我々は国民の手本となるべきです。しかし、息子の虐めに気付かぬならまだしも、圧力を掛けてそれを後押しするなど言語道断。そのような者に議員足る資格は無いと小職は愚考するのですが、伊良湖議員はどうお考えでしょうか?」
質問者の言葉を受けて、進行を司る議長が当事者である議員を指名しました。それに応え、大量に流れる冷や汗をハンカチで拭いつつ登壇する中年男性。
「えーっ、その件は三年前の事であり、既に被害者家族との和解は済んでおります。これからは再びこのような事の無いよう身を引き締めて公務にあたる所存で御座います」
途切れ途切れ答えている最中にも、議員席からは様々な罵倒が飛んでいます。かの議員と同じ政党の議員ですら、それに参加しているようです。
それを背に受けながらも、伊良湖議員は与えられた席に戻りました。しかし、その顔には安堵の色は浮かんでいません。先程伊良湖議員に質問した議員が、又もや質問を投げ掛けます。
「私の調査では、その和解の条件に『二度と被害者との接触を行わない』というものがあったそうです。然るに、伊良湖議員は被害者を自身のパーティーに呼びつけたそうです。それに相違はありませんか?」
「結果としてはそうなってしまいましたが、当時の彼と現在の彼は同一人物と認識出来ぬ程に面影が変わっており、意図して接触しようとした訳ではありません」
「別人となってしまう程の事を、伊良湖議員の息子はしたのでしょう?なのに言い訳しかしないとは、被害者に対する罪悪感というものは無いのですか!」
伊良湖議員の答弁に対して、更なる攻撃が続きました。他の議員も罵声を浴びせ、収集のつかなくなった国会は一時休憩となりました。
「奴を庇うつもりはないが、今の薫を説明抜きで同一人物だと見抜けというのは無理だよなぁ」
「自分でも目を疑った位ですから・・・」
テレビで見ていた国会中継に、伊良湖議員に同情するような感想を溢したお父さんと僕。お母さんと穂香は、首肯してそれに同意しています。
「僕、普通の元引きこもりなのに、国会の議場で自分の事を議論されるなんて想像も出来なかったよ」
「奴等は、相手を攻撃出来るなら些細な事柄でも使うからな。それが注目されてるタレントで、攻撃すればするほど支持を得られるならばこれ以上ない神輿だよ」
僕は、伊良湖議員とその所属する会派を攻撃するための神輿として担がれてしまったようです。
「こっちに害は少ないし、溜飲が下がるから止めはしない。少々周囲が騒がしくなるが、許容範囲の内だろう」
「あれが少々、ねぇ」
お父さんの言葉に窓の外を見れば、詰めかけた報道陣がカメラの砲列を作って道を塞いでいます。その外周では、お巡りさん達が迂回の案内をしているのが見えました。
「お姉ちゃんへの虐めを揉み消した奴に泡を吹かせられるなら、少々の範疇よ」
「ざまぁって言葉は、こういう時の為にあるとお母さんは思うわ」
そうは言うものの、これは生活に支障が出るレベルです。両親も穂香も外出出来ず、仕事にも学校にも行く事が出来ずにいます。
「会社も、出勤出来ない事情を汲んで了解してくれている。と言うか、徹底的に殺ってやれとエールを贈られた」
企業家の方々は、政治家に含む所があるようです。献金やパーティー、票集めの協力などかなりの無理難題を呑まされてきたと教えられました。
伏せていたプロフィールも、本気を出したマスコミ各社によりあっという間に調べられました。まあ、変装もせずに出歩いていましたから、SNSやツイッターに載せられたものから足がついたようです。
予想以上の大騒ぎに、映画の撮影にも出られずスケジュールが狂っています。しかし、監督からはスケジュールに余裕はあるから気にするなと電話で言われました。
この騒ぎは、伊良湖議員が会派を離脱し議員辞職をするまで続くのでした。