僕、両親の怒りを知りました
「でも次の目標が外出だから、あまり呑気にもしてられないかなぁ」
家族に会うというミッションをコンプリートした以上、次なるミッションに進むべきです。そして、次なるミッションは家の外に出ること。
「お兄ちゃんなら大丈夫よ。もう普通に話せるんだし」
「そうだぞ薫。もっと自信を持つべきだ」
自画自賛になるけど、引きこもり卒業の日に家族と普通に話せるのは凄いと思う。時間をかけて慣れるのが普通だし、僕もそうするつもりだった。
でも、予想外過ぎるイレギュラーでその段取りは吹き飛んだ。
「ありがとう。でも、僕の事を知ってる人に会うのが怖いんだ」
もしも僕を虐めていた人に会ったら。そう思うと少し怖い。でも、それを乗り越えないと家の外には出られない。
「今のお兄ちゃんを見て、三年前のお兄ちゃんと同一人物だと分かる人は居ないと思うわ」
「「「そりゃそうだ」」」
穂香の指摘に、僕と両親は声を揃えて同意しました。言われてみればその通りだよなぁ。
「それにな、薫の事を知っている者は家族以外はこの県にいないぞ」
柿の葉茶を啜りながら、お父さんが爆弾を落としました。それってどういう事?
「当時の薫の同級生と小学校の教師は全員。薫を知っていた児童も全員転校させた。勿論家族ごと引っ越させてな」
「三桁越える生徒を強制的に転校って、お父さん何をやらかしたの!」
公立小学校の一学年が丸ごと他校に移ったってことだよね?しかも、教師も全員って他の学年にも支障がでたんじゃないの?
「可愛い薫を虐めたり黙って見ていたんだ、当然だろう。それを是正しなかった教師は言うまでもないな」
お父さん、お母さん、笑顔が黒いです!僕の為だって事はわかるし、愛されてるってのは痛いほど理解出来るけどね!
「教育委員会は物分かりが良かったぞ。事件を表に出さない為に快く動いてくれたよ」
「生徒もね、集団虐めの加害者だって知られたら子供の人生終わるもの。それを口実に虐められるのが目に見えているし、自業自得だから止める事も出来ないもの」
どこにも出なかったけど、あれがマスコミなんかに漏れたら格好のネタだったでしょう。それをおど……交渉の材料にしたんですね。
「もっとも、表沙汰になって一番傷付くのは薫だから、どんな手段を使っても表には出させないつもりだったがね」
「幸い、クズの保護者の一人が県会議員だったからスムーズに事が進んだわ」
県会議員の子供が悪質な虐めをしていたなんて公表されたら、政治生命なんか簡単になくなるもんね。議員なんて、落選したらただの人。
派閥の上だってスキャンダルは揉み消したいだろうから、権力使って協力したと。
「お兄ちゃん、大人の世界って……」
「穂香は純粋なままでいてくれよ」
そりゃあね、綺麗ごとだけで大企業の重役なんて出来ないとは思いますよ。でも、こうも黒い所を聞かされるのもなぁ。
「コホン、まあ手段は兎も角として心配は要らないと言いたかったのだよ」
「ああ、うん。心配なんか綺麗に吹き飛んだよ」
不安や恐怖を抱える人に対して、それ以上にインパクトのある事実をぶつけて誤魔化すって手法があるのは知ってるけど……それなのかなぁ。
「でも、この姿で外に出るのは別の意味で抵抗があるから、胸回りのエクササイズをして胸の脂肪を落とす事にするよ」
「「無くすくらいなら、私に頂戴っ!」」
お母さん、穂香、あげても構わないけどあげる手段が無いんですってば。
僕は家族と穏やかな時間を過ごしながら胸回りの脂肪を落とす努力を続けた。
その成果は、集中していたせいか二週間で出始めたのだった。