僕、戦えました
くっ、カオルちゃんのお着替えまで出す予定がっ!
「ゴフフフ、ゴフゴフフフッ!(三十一年間彼女が居なかった俺にも、遂に彼女がっ!)」
「三十一年間って、あんたはついさっき生まれたばかりでしょうに!」
無駄とわかってはいても突っ込みをしてしまいます。そうでもして気を反らさないと、オークの欲望にまみれた視線により戦う気力が折れて無くなりそうです。
「ゴフフフゴフ!(痛いのは最初だけだから!)」
振り下ろされる棍棒を、半身になってかわします。攻撃の速度は早いものの、モーションが大きくて動作を読みやすいので回避するのは大して難しくはありません。
「ゴフッ、ゴフフフゴフッ!(なっ、当たらないだと!)」
オークの攻撃にも慣れてきたので、棍棒をかわしたと同時に円月輪で切りつけます。切り口から光の飛沫が飛び、オークが顔をしかめました。
「全年齢対応なので、血飛沫は光に置き換えてあります」
「監督さん、そんな配慮してるならオークの欲に満ちた視線もどうにかして!」
「それはそれ、これはこれと言うことで。美少女のくっころはお約束でしょう?」
監督さんへの抗議は、作者さんにあえなく却下されてしまいました。このオーク、年齢制限しなくて大丈夫なの?
なんて思いつつもオークの腕に切傷を増やしていますが、体格に対して傷が浅く致命傷を与えるには至りません。
「店長さん、カオルちゃんバフとかかかってないわよね?」
「リアルチートですねぇ。たまに居るんですよ、銃弾かわしたり出来る人」
ちょっ、僕はそんな事出来ませんよ。こんな大振りの攻撃、かわせる人は沢山いますって。
「ゴッ、ゴフフゴフフフッ!(くっ、男の娘とニャンニャンがっ!)」
一回の傷は浅くとも、何度も切りつけられた右腕は段々と動きが鈍くなり遂には上げる事も出来なくなりました。これでオークの攻撃は怖くありません。
「それは叶わぬ夢なんです。これで止め!」
後方に跳んで距離を離し、右の円月輪を投げます。少しの間をおいて、左も投擲。先に投げた円月輪は、オークの左上腕に深々と突き刺さりました。
勢いのついた円月輪は切りつけた時とは比べ物にならない深さのダメージをオークに与え、両腕は力なく下げられています。
次いで投げられた円月輪は、狙い通りオークの首に食い込みました。両腕を封じられたオークにそれを防ぐ手段はなく、派手に光の飛沫をあげたオークは倒れて動かなくなりました。
「カオルちゃんがリアルチートで、演技に問題がないのは朗報だけど………」
「別の問題が浮上しましたねぇ」
監督さんと作者さんの会話を聞きつつ、僕は戻ってきた円月輪を受け止めます。
「これは実体のある本物ですからねぇ」
倒れたオークの左腕と喉には、僕が投げた円月輪が突き刺さったままです。しかし、僕の手には返ってきた円月輪があります。
コンピューターは、投げられた円月輪が刺さったとして処理をしてオークの腕と喉に残しました。だけど、やりやすいようにと渡された投げ輪には実体があるので映像のオークを突き抜け戻ってきたのです。
「意外な所で問題があったわね。投げ輪も止まるようにするって、できるかしら?」
「慣性制御を使えば、できるかもしれません。しかし、あれは開発チームが別ですから難しいと思いますよ」
対応策を練るべく、店長さんは機械を操作していた技術者の人達と話し合いをしています。
この映像だけでもトンデモな技術なのに、慣性制御なんて夢の技術まで投入しないでください。このスタジオ、世界中の国や組織から狙われますよ!
「そこはパントマイムで何とかしますよ。だから世界の軍事技術を塗り替えるような代物使わせないでください!」
今ほどパントマイムを練習していて良かったと思った事はありません。芸は身を助けるって本当ですね。