僕、取り合いされました
帰りの車の中で、ふと疑問に思った事がありました。
「長門さん、今日のキャスト決め、ちょっとおかしくないですか?」
「別に変な配役の人は居なかったと思うわよ?」
どうやら長門さんは原作を知らないようです。僕は読んでいたので、それに気付きました。
「人が少ないんです。主要なキャラで、配役がされていない役が何人か居ます。僕以外は決まっていなかった筈ですよね?」
「モブではなく主要キャラで?それは変ね。作者さんがもう決めているとかじゃないかな?」
僕を主役と決めていたように、オファーはしていなくても決めていて議題にしなかった可能性はあります。
「そうかもしれませんけど………」
知っている限りでなかった配役は、道具屋のお姉さんにギルドの受付嬢。ギルドマスターのドワーフに魔法陣の師匠になるお婆さん。
性別にも年齢にも一貫性がなく、それらの役に填まるような役者さんを僕は知りません。
「来週撮影現場で聞いてみたら?手配し忘れてましたなんて事は無いと思うわよ」
「作者さんだと危ないけど、監督さんがついてるから大丈夫だよね」
忙しすぎて頭から抜けてました、なんてあり得そうです。しかし、それを僕から聞くのも憚られます。
そして翌週。撮影現場に入る日が来ました。現場は埼玉の田舎で、うちから直接行く方が早いので長門さんが迎えに来て監督さんたちとは現地で合流する手筈となっています。
住所をカーナビに入れて着いたのは、大きい倉庫のような建物でした。駐車場には何台もの車が停まっていて、その脇で何人かが談笑しています。
その中に店長さんの姿があったので、ここで間違いないでしょう。
「おはようございます、今日は宜しくお願いします」
「おはよう、カオルちゃん。宜しくね」
店長さんと挨拶を交わしていると、背後から忍び寄る黒い影が。後頭部に柔らかな感触が感じられ、体が宙に浮きます。
「カオルちゃん、今日も最高の抱き心地ね。共演出来て嬉しいわ!」
「時雨さん、おはようございます。その、離していただけると嬉しいのですが」
女のような姿をしていますが、一応思春期真っ只中の男の子なんです。柔らかな胸部装甲がとても刺激的です。
「時雨、皆集まるようにって監督さんが………ちょっと、独占しないでよ!」
時雨さんを呼びに来たと思われる有明さんは、僕を後ろから抱きしめる時雨さんを見るなり僕を正面から奪還しました。後頭部へ当たる装甲は離れましたが、今度は顔が有明さんの胸部装甲に埋もれます。
「有明、横取りしないでよ。カオルちゃんは私が連れていくのよ!」
「時雨は充分堪能したでしょ?だから私が抱いていくわ!」
僕を取り返すべく後ろから手を回してくる時雨さんと、離すまいと強く抱きしめる有明さん。顔と後頭部が、柔らかい装甲に挟まれました。
「スッゲー羨ましい。替わってほしいなぁ」
「確かに。お前はどっちと替わりたい?」
「カオルちゃんを抱きしめたいけど、有明さんの胸に顔を埋めるのも捨てがたい………」
ちょっ、スタッフさん、呑気に雑談してないで助けてください!
「カオルちゃんで癒されたい気持ちは分かるけど、早く行かないと監督さんが怒るのでは?」
「「あっ………」」
長門さんのツッコミにより、正気に戻った二人。でも腕と胸はそのままです。
「お二人とも、仕事を優先させましょう。遅刻したら不味いですよ」
妥協案として、二人と手を繋いで現場入りすることとなりました。背の低い僕が真ん中に挟まれて歩く構図は、ネットで見た連行される宇宙人を思い出させます。
「時雨は帰ってこないし、呼びに行った有明まで帰らないと思ったら………罰として、カオルちゃんは私が独占します!」
「「夕暮、狡い!」」
倉庫に入った僕は、二人を待っていた夕暮さんに抱かれて監督さんたちが待つスペースに連れていかれました。
スタッフさんや共演者の皆さんとの顔合わせの現場に、抱っこされて入る主役。
この撮影、そんな主役で大丈夫?と突っ込まれそうです。