僕、問題ないようです
「えっと、ちょっと宜しいでしょうか?」
契約を締結し、笑顔で握手を交わしていた監督さんと社長が僕の方を見ます。
「僕、こんな成りをしていますが、男ですよ?少女役を演じても構わないのですか?」
「「えっ………」」
作者さんと監督さん、穴が空くんじゃないかって程に僕を見詰めています。性別を言うと誰もが同じような反応をするので、もう慣れてしまいました。
「本当に男の娘なの?下手なアイドルなんて裸足で逃げ出す程に可愛いのに………」
「ふむ、種族が美幼女なだけでなく、ふたなりか。その方が面白そうだな。そうなると、あんなエピソードやこんなエピソードも………」
立ち直った監督さんは信じられないという表情で僕をガン見し、作者さんは何やら思考の海に沈んでしまったようです。
「うん、この方が断然面白い。監督、脚本は全面的に変更します。早く帰って書き直すぞ!」
「先生、そんな事して他の仕事の締め切りどうするんですか!出版社に文句言われるのはこっちなんですよ!」
作者さんは、監督さんの叫びを無視して部屋を飛び出して行ってしまいました。
「あー、カオルちゃん。どうやら問題があるどころか好都合になったようだ。主役のリューイ役はカオルちゃんにお願いしたい。と言うか、カオルちゃんにしか出来ない役になりそうだ」
「主役を男の娘にして台本書き直すなんて、あの作者さん無茶するわねぇ」
長門さんの呟きは、この場に居る全員の思いを代弁していました。普通、役者に問題があるからって台本の方を変えたりしますか?
「そういう訳だから、この契約は決定ということで。撮影のスケジュールは、順次武蔵芸能さんに連絡します」
それだけ言うと、監督さんは作者さんを追って出ていきました。あの監督さん、苦労してそうです。
「初めの打ち合わせは、明明後日です。それまでカオルちゃんはお休みですね。社長、私も休みを頂けますか?」
「長門君が休みを欲しがるとは珍しいな。どうした?」
「ちょっと引っ越しを。明日と明後日で済ませますから」
どうやら長門さん、引っ越すようです。今の住居、会社から近いし便利だって言ってたのですがどうしたのでしょう。
「随分と急だな。構わないが、そういう事は出来るだけ早くに言ってくれ」
「引っ越そうと思ったのが五日前でしたので。これからは早めに言います」
五日前に思いたって、明日引っ越し?随分と急いでいるみたいです。
「また急ですね。何かあったなら力になりますよ?」
僕自身は何の力もない未成年ですが、両親は社会的に力を持った存在です。自分の為に親に頼ろうとは思いませんが、普段お世話になっている長門さんのためならば躊躇はしません。
「カオルちゃん、ありがとう。お姉さんカオルちゃんの心遣いが凄く嬉しいわ!」
「ふごっ、い、息が………」
感極まった長門さんに抱きつかれ、僕の顔は長門さんの胸部装甲に埋もれてしまいました。柔らかい双球が顔に密着し、呼吸を阻害します。
「長門君、うちのホープを窒息死させないでくれよ?」
「ああっ、すいません!カオルちゃん、大丈夫?」
武蔵社長の機転で、僕は意識を失う前に天国のような窒息地獄から脱け出せました。
「見ていて微笑ましいと言えなくもないが、そういう事は自分の事務所に帰ってからにした方がいいと思うのだが?」
声の方を見てみれば、そこには苦笑いを浮かべた金剛社長の姿が。
「「「申し訳ありません。深く反省致します」」」
すっかり意識から外れていましたが、ここは武蔵芸能の事務所ではなく金剛社長の会社でした。
金剛社長に平謝りした僕達は、逃げるように金剛社長の会社を後にしたのでした。