閑話 僕、奉納舞を舞いました
本日二話目の更新となります。
さて、神様に奉納する巫女舞を舞ってくれと依頼されましたが、受ける受けない以前の問題があります。
「まずお尋ねしますが、巫女舞と言うからには舞うのは女性ですよね?」
「はい。基本的には女性に舞って貰っています」
「ならば無理ですね。僕は男ですから」
その瞬間、時が止まりました。神主さんは勿論、リシリューさんも僕を女の子だと思っていましたからね。
「う、嘘でしょう?こんなに立派な持ち物を持っていて、男だと言うの?私は男の娘に負けたと言うの?!」
「うあっ、どさくさ紛れに揉まないで下さい!」
立ち直ったリシリューさんは、瞬間移動もかくやという早さで僕の前に立ちドレスに隠された胸部装甲を揉みしだきました。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。これは驚きじゃのう。何処からどう見ても可愛い女の子にしか見えんて」
「男らしい体型になりたいのですがねぇ」
元々は、それを祈願する為にこの神社に訪れたのです。なのに何故、僕は巫女舞を舞う事を依頼されているのでしょう。
「カオルちゃん、神様はそんな小さな事は気にしないわ。その可愛さならば、巫女舞を奉納する事に神様も賛成してくれるわよ!」
「リシリューさん、クリスチャンですよね。何で他宗教の神様の事を自分の神様のように語っているのですか!」
「リシリューさんの言う通りですぞ。心を込めて舞えば良いのです。能や歌舞伎を見なされ。男性が女性の役を演じておるじゃろう」
言われてみればその通りです。能や歌舞伎も、元はと言えば神様へ奉納する神事。ならば僕が舞っても問題無いのかな?
「お姉ちゃん、私お姉ちゃんの舞を見てみたい!」
「そうねぇ。コマーシャルで見た巫女服姿も見られるし、見てみたいわねぇ」
穂香とお母さんは賛成のようです。残るお父さんはどうでしょう?
「神主さん、私達は身内という事で特等席を用意して頂けますか?」
「それは勿論ですとも。最前列に席をご用意致しましょう」
既に舞う事を前提にして、観覧席の手配をしてました。これは到底やらないとは言えませんね。
「微力ながら、全力を尽くしたいと思います。神主さん、去年までにその奉納舞を舞った映像はありますか?」
「おお、引き受けて頂けますか。ありますぞよ、こちらです。ご家族の方々は、この部屋でおくつろぎ下さい」
僕は神主さんに案内された部屋で、ビデオを見て過去十年ぶんの巫女舞を覚えました。十年間同じ舞を舞っているのですが、微妙にカメラワークが違う為全てチェックしました。
神主さんに巫女服を持ってきてもらい、お母さんを呼んで着付けを手伝って貰います。
「Oh………本当に男の娘だったのですねぇ」
リシリューさん、着替え途中の状態をそんなにまじまじと見ないで下さい。気を逸らす為、気になっていた事を質問してみましょう。
「そう言えば、リシリューさんは何故この神社に?」
「ダンスの専門家として、巫女舞に興味がありました。この神社で毎年奉納舞を見ていたら、仲良くなったのです」
躍りの専門家同士、通じる物があったのでしょう。国や宗教を越えた絆ですね。
「出来たわよ。テレビで見た時も思ったけど、本当に似合ってるわ」
巫女服を着るのなんて、あのコマーシャル撮影以来です。しかも、これは本物の巫女服でこれを着て奉納舞を踊るのです。
手足を動かして、動きに支障がないかを確認します。袂の動きに気を付ける必要がありそうですが、何とかなるでしょう。
試しに、覚えた巫女舞を舞ってみます。舞う事は出来そうです。
「流石ですねぇ。映像で見ただけで舞を自分の物にしてます!」
「薫にこんな特技があったのねぇ。我が娘ながら、惚れ惚れするわ」
お母さん、誉めてくれたのでしょうけど、娘として誉められても正直ちょっと微妙です。
その後何度か舞ってみて、指先や足の先の角度まで確認して修正しました。
そして本番。玉石の敷き詰められた境内に張り出した舞台が、篝火に照らされています。神職の方々が奏でる音楽に合わせ、一心不乱に舞を舞いました。
舞台の前には、沢山の参拝客の人達が集まっています。最前列には両親と穂香の姿も見えます。
だけども、この舞を披露すべき方はアマテラス様。神様への感謝を思い、僕は最後まで奉納舞を舞いました。
「お姉ちゃんの舞い、凄く綺麗だった!」
「それに神秘的だったわね。正に厳かという感じがしたわ」
帰りの車の中。僕の舞いは家族には好評で毎年舞ったらなんて言われました。得難い経験になった事は確かですが、毎年は勘弁してほしいです。
それよりも、何かを忘れているような気がしてなりません。………ああっ!
「あの騒動で、祈願するのを忘れてた!」
僕は何をやっているのでしょう。こんな事でこの一年無事に過ごせるでしょうか。