閑話 その頃の公僕たち
薫達がテレビ局の思惑を掴めずに頭を悩ましていた頃、埼玉県某所の警察署では激しい動きがあった。
「さて、今日も電子の海の監視といきますか」
数人の警察官が詰めるこの部屋は、ネット対策室と呼ばれている。ネット絡みの犯罪が増えた昨今、少しでもそれを抑止しようと作られた部署であった。
ここに配属された警察官は、交代しながら二十四時間体制でネットの海を監視する。
配属された者達が某巨大掲示板でコテハンと呼ばれる個人名を持っているのは偶然の賜物であり、彼等は犯罪抑制のために日夜ネットの世界を渡り歩いている。
「まずはスレ一覧に目を通してっと……はぁ?ロリ巨乳巫女さんについて語るスレだと?」
最大級の規模を誇る掲示板、1.41421356チャンネルのスレッド一覧をチェックした警官がすっとんきょうな声をあげた。
「それは聞捨てならぬでござる。でも、カオルちゃん以上の萌えは存在しないでござる」
声を聞いた別の警官が件の警官が見ているタブレットを覗きこむ。そのスレッドはお祭り状態となっており、次々と新しいスレッドが立っていく。
「これだけ騒がれていると、ちょっと気になるな。対象の子が犯罪に巻き込まれる可能性もあるし、確認しておこう」
スレッドの内容も書き込まれている内容も犯罪とは無関係であったが、警官はその子の動画が見れるというサイトへとネットの接続先を変えた。
「サスケハナの二人……あのゲームの宣伝か。確か、子役の親が捕まって降ろされたんだよな。代役見つかったのか」
問題の事件を担当した所轄だったので、直接関わりのない対策室の警官も概要を知っていた。
「えっ、これって……」
「カオルちゃん、だよな」
時間にすれば数秒という短いものではあったが、二人の警官は大きな装甲を揺らして走る美少女の正体を間違う事なく見破っていた。
「これは一大事だ、お前は署長に報告を。俺は緊急召集をかける!」
報告に行くよう言われた警官は、転がるように走りノックもせずに署長室へと飛び込んだ。
「なんだなんだ、ノックもせずに入るとは!」
「署長、M4ガーランドの手入れをしている場合じゃないですよ!あのカオルちゃんがコマーシャルに出てます!」
愛銃の手入れをしていた署長はグリスを拭き取る手を止めると、警官に問いただす。
「それは大和取締役のご息女に間違いないのだな?」
「ええ、巫女服でしたが間違いありません!家宝のカオルちゃん隠し撮り写真集を懸けてもいいです!」
隠し撮りなんてしたのか?とか、それが家宝でいいのか?等の突っ込み要素のある発言だったが、署長はそれに言及せずに愛銃を置いた。
「ご苦労。本部長に連絡するから、君は下がりなさい」
警官が退室したのを確認すると、署長は机に置いてある黒電話の受話器を取りダイヤルを回す。
「本部長、大和取締役のご息女がコマーシャルに出演したそうです。これからはうち(埼玉県警)だけでなく、余所も警戒すべきかと……」
芸能人となれば、カオルの活動範囲は自宅のある埼玉県から日本全国へと広がる。その行動を埼玉県警だけでフォローすることは不可能であった。
署長が県警本部長に報告を入れている頃、会議室には次々と手空きの警官が集まっていた。
「集まれる者は集まったようですので始めます。我らKKMにとって重大な事態が発生しました。カオルちゃんが、芸能界デビューを果たしました」
司会役のサイバー対策室の警官の言葉に、集まった警官は驚きを隠せない。
「これにより、カオルちゃんの安全を図る事は我らだけでは危うくなりました。なので、組織の拡充を計り他県を含む所轄にもメンバーを増やすべきかと思います」
「「「異議なし!」」」
会議室に集まった、老若男女を問わない警官達の声が一つとなった。
「では、各自のコネクションを活用し、カオルちゃんを影から見守る会への勧誘をお願いします」
こうして、銃すら装備した武装集団、カオルちゃんを影から見守る会、通称KKMの全国展開が始まったのだった。