僕、撮影に挑みます
「カオルちゃん、昨日は眠れた?」
「緊張して、なかなか寝付けませんでした」
今日は僕の初仕事、お笑いコンビのサスケハナさんとのCM撮影の日です。今は迎えに来てくれた長門さんの車に乗り、撮影現場である東京ビッグサイトに向かっています。
「撮影と言っても、カオルちゃんは呼ばれたら歩いていくだけだから大丈夫よ。サスケハナの二人との絡みもないし」
今日は二本のCMを撮るらしいのですが、僕が直接出るのは一本だけです。もう一本は、カード化された僕の映像を使うんだとか。
「着いたわよ。撮影スタッフは……探す必要無さそうね」
長門さんの視線を追うと、金剛社長が走ってくるのが見えました。僕らは車を降りて迎えます。
「金剛社長、おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
「カオルちゃんは礼儀正しいね、やはりスカウトした俺の目は正しかった。巫女服姿、楽しみにしているよ」
金剛社長、会うなりとんでもない事を言い出しました。そんなの聞いてないですよ!
「あ、あはは、金剛社長、冗談が上手いですね」
「何言ってるんだ、ソーシャルゲームのカードになるのだから、それなりの衣装を着るなんて当たり前だぞ?」
言われてみればその通りです。ソーシャルゲームのカードの女の子が、普通の服を着ていたらユーザーの反応は芳しくないでしょう。
「さあ、監督に挨拶して着替えなくてはいけないのだから急ぎましょう」
社長と長門さんに連れられて、撮影現場に向かいます。現場には撮影機材が持ち込まれ、スタッフさんが慌ただしく動いていました。
「監督、この子がうちの秘密兵器のカオルです」
「カオルです、よろしくお願いいたします」
「おっ、カードの絵よりも可愛いな。これはサスケハナの反応が楽しみだ」
監督さんは見た目三十代くらいの気のよいおじさんでした。忙しいようなので、早々にその場を離れます。
「後は着替えて待機ね。お手洗いは先に行っておいた方が良いわよ。向こうに多目的トイレがあるわ」
「まだ大丈夫ですけど、念のため行っておきます」
トイレを済ませ、長門さんが待つ部屋に入ると紅白の巫女服が目に入りました。
「まさか、まさか僕が巫女服を着る事になるなんて……しかも、それを全国放送されるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「これからは色んな服を着て人前に出ることになるわよ。巫女服位序の口だわ。ナース服にCA、ビキニアーマーは外せないわね。金剛社長にビキニアーマーバージョンを提案しないと」
後半は小声でボソボソと言っていたので聞こえませんでしたが、何やら不穏な事を口走っていたような気がします。
「そ、そう言えば長門さん。サスケハナのお二人に挨拶しないとまずいのでは?」
初仕事の新人が、人気を得ているお笑いコンビの二人に挨拶もしないなんて問題になるのではないでしょうか。芸能界は上下関係に厳しいと聞いたことがあります。
「普通ならばそうなんだけど、今回は実物のカオルちゃんを見たサスケハナの反応を撮りたいんですって。だから事前に会ったら駄目なのよ」
監督の意向ならば、僕や事務所が責められる事は無いでしょう。
「で、カオルちゃん。何を時間稼ぎしているのかしら?」
「長門さん、何を言っているのですか?」
にじり寄る長門さんに、かわそうと後ずさる僕。間合いは少しづつ狭くなっていきます。
「着ないという選択肢は無いのだから、観念して着替えないとね」
「それは解ってはいますが、心の準備というものが……」
などと言って通用する訳もなく、抵抗虚しく着替えさせられてしまいました。くすん、もうお婿さんに行けません。
「ほらほら、もうすぐ出番よ。元気出さないと」
「はぁ、変な顔で撮影なんて出来ないですね。長門さん、お願いします」
髪に櫛を入れてもらい、紐で束ねてもらいました。三年間で伸びた髪が、巫女服とマッチして巫女らしい雰囲気となっています。
「カオルさん、出番ですのてお願いします」
「はいっ、すぐに行きます」
呼びに来たADさんに答えると、長門さんに手を引かれて現場へと向かいました。