僕、説得されました
「ところで薫さん。義務教育を終える年と聞きましたが、今後家に籠るつもりですか?大和家の収入ならば引き込もって暮らす事も可能ですよね」
「確かに可能ですが、そのつもりはありません。僕自身も株の取引で収入はありますが、将来的に仕事はしたいです」
その為に知識を蓄えて、体を鍛えてきたのです。その成果が斜め上の方向に作用したのは計算外でしたが。
「しかし、薫さんの心は男。整形手術をして男らしい体に変えるおつもりは?」
「怪我や病気といった不可抗力以外で、体にメスを入れようとは思いません」
両親に貰ったこの体。傷付いたり一部の装甲が厚くなったりしてしまったけど、見た目を変える為に傷つけようなんて考えた事もありません。
「ニューハーフや性同一障害の方を貶めるつもりはありませんが、そういった方々はまだ暮らし辛い世の中である事は確かです。どういった職につくおつもりで?」
武蔵社長の言う通り、昔に比べたら理解されてきたとはいえ障害が多いという事実は否定できません。
問題無さそうなのは漫画家や小説家等のクリエイター系かな。他には自営業か。
「薫さん、ニューハーフや性転換した人に一番理解があるのは芸能界ですよ。タレントにそういった人達がいるのはご存知でしょう?」
「言われてみれば、そうですね……」
ニューハーフでテレビに出ているタレントさんは、芸能界に疎い僕でも何人か思い浮かびます。先駆者が居るならば、対応するノウハウもあると考えるのが当然です。
「薫さんが嫌がる仕事は入れませんし、スケジュールもご両親に確認をとって了承を受けるようにします!」
「凄い特別待遇ですが、引き受けても採用されるか分かりませんし、採用されてもその仕事だけでオファーが来ないかもしれませんよ?」
この人は虐められっ子の元引きこもりに何を期待しているのでしょう。男の娘というインパクトはありますが、逆に言えばそれだけ。仕事を貰えるとは思えません。
「お姉ちゃん、サインを考えておいた方がいいわよ」
「薫ちゃんが芸能界入りしたら、間違いなく売れるわねぇ」
「うち(五菱)から仕事依頼する手もあるけど、そんな必要なく売れっ子になるな」
両親も穂香も、ムスコン補正とブラコン補正入りすぎですって!と言うか、芸能界入りする事前提にしてない?
「ご家族の了承は得られそうですが、薫さんは芸能界で仕事をするのは嫌ですか?」
いきなり話をされて半ば混乱してたけど、僕はどうなんだろう。別に芸能界に忌避感は無いし懸念した問題は殆ど解決策を提示されている。
仕事量も加減してくれるみたいだし、断ってどうするかといってもやりたい事も特に無い。
やってみて、ダメなら辞める。それにデメリットは……特に無いかな。
採用されたら虐めていた奴らに姿を晒す事になるけど、三年前の僕から現在の僕が同一人物とは思えないでしょう。家族すら分からなかったのだから。
「武蔵社長、プロフィールは非公開にして欲しいのです。虐めていた奴らに知られたくありませんから。それだけは約束して貰えますか?」
「勿論ですとも!薫さん、ありがとうございます。これでわが社と社員は救われます!」
両手を取って涙を流す武蔵社長。まだ採用された訳ではないし、会社が救われるかはまだ未定なんですけど。
「薫さん、明日は時間取れますか?早めに契約を済ませて、クライアントに顔合わせをしたいのですが」
「僕は何も予定は無いですけど、両親が……」
未成年の雇用契約を結ぶ際は、親権者か後見人の了承が必要です。
「薫の為ならば、仕事なんかいくらでも部下に押し付けるさ。心配はいらないよ」
笑顔で答えるお父さんに、当然といった感じのお母さん。部下の人達に、心の中で土下座して謝罪しました。
僕が芸能人になるなんて、三年前は想像すら出来なかったよねぇ。