僕、変な人に目をつけられました
事情聴取を終えた僕達は、署長さんを筆頭に署員の人達に見送られて警察署を出ました。普通、こんなお見送りなんて無いよね旅館じゃあるまいし。
「お父さん、本当に何をやったの?県警にコネがあるなんてレベルじゃないよね?」
「はっはっはぁ!可愛い娘たちを守るためならば、お父さんとお母さんは全力を尽くすのさ!」
僕らを守るという、深い愛情は感じます。それは欠片も疑う余地はないものです。でも、警察にあそこまでの対応をさせ、空想の世界でしか登場しないような代物を入手する異常な深さに少し怯えてしまいました。
穂香は両親の愛情に喜んでいますが、ネットで色々な知識を仕入れた僕はそれがどれだけ異常な事か知ってしまっています。世の中知らない方が幸せな事があるって、こういう時の事を言うのでしょうか。
玄関を出て、駐車場に歩いているとブツブツと何事かを呟いているオジサンが居ました。お父さんとお母さんは警戒を露にして僕達を背後に隠します。
「全く、何て事を仕出かしてくれたんだか。うちの事務所を潰す気か?もう撮影まで間がないというのに、どうすれば……」
「あれ、彼は確か……」
どうやらお父さんは不審者に見覚えがあるようです。僅かに警戒を解き、彼に声をかけようか迷っているようです。僅かな逡巡の後、彼に近付きました。
「武蔵社長、ムサシ芸能の武蔵社長じゃないですか」
「えっ……五菱商事の大和取締役!これは失礼を致しました」
芸能事務所の社長さんらしい武蔵さんは、お父さんに深々と頭を下げました。
「こんな所でお逢いするとは奇遇ですな。随分と憔悴しておられるようですが……」
「見苦しい様をお見せしてしまいました。所属する子役にトラブルがありまして……」
社長さん自ら駆け回らないとならない、退っ引きならないトラブルのようです。目の下に隈を作った武蔵社長は、悲壮感を漂わせてお父さんを見て……その横にいた僕を凝視しました。
「大和取締役、そのお子様達は……」
「ああ、娘の穂香と薫だ。この方は武蔵芸能事務所社長の武蔵さんだ」
お父さんに促され、僕と穂香は挨拶をしました。それでも社長は僕に注目しています。
「薫さん、芸能人に……子役となってモデルや俳優になってもらえないかな?」
「ふあっ、お姉ちゃんが芸能界デビュー?流石はお姉ちゃん!」
いきなりのスカウトでした。真剣な目が、軽い気持ちでの発言ではないと思わせます。そんな社長さんに対して、僕の答えは決まっていました。
「お断りします」
「「「「即座に断った!」」」」
両親に穂香、社長さんの言葉が被りました。社長さんはまだしも、家族が意外に思ったという方が僕には意外なのですが。
「お姉ちゃんなら、すぐにトップになれるよ!ああ、でも、お姉ちゃんは私だけのお姉ちゃんであって欲しい!でも、みんなにお姉ちゃんを自慢したい!」
「妹さん?のいう通りです、薫さんならば直ぐに売れっ子になります。私を助けると思ってどうか、どうか!」
しょうもない事に葛藤する穂香は放置するとして、社長さんからは単なるスカウトだけではない悲壮感を感じました。何か事情がありそうです。
そんなやり取りを結構大きな声でしていたのですが、それをやっているこの場は警察署の駐車場です。何事かと怪しんだ警察官が数人やって来ました。
スカウトの話をされただけで、別段トラブルという訳ではないと説明し大事にはなりませんでした。
「社長、こんな場所で話す内容ではないし、事情がおありのようです。君、署内の会議室か何処かをお借り出来ないかな?」
お父さんに頼まれた警察官は、走って署内に戻って行きました。私事に警察署の部屋を借りるなんて無茶だろうと思いましたが、何と会議室をお借り出来る事に。
そうでした、お父さんは普通ではないのでした。家族に対する認識がまだまだ甘いと反省しつつ、両親の後につき警察署へと逆戻りしました。