僕、妥協しました
「店長さん、もう少し穏便な物はありませんか?」
僕はごく普通の男の子です。そんな悪の組織と闘うヒーローのような装備は必要ありません。
「それなら、この手甲はどうかしら?ちよっと大きくて目立つけどこの杭が電磁加速されて飛び出して、厚さ二十センチの複合装甲も貫くんだけど」
「パイルバンカーは男の夢だけど!夢だけど、それはまずいでしょう!」
不覚にもちょっと使ってみたいと思ってしまいました。でも、それを人に使ったら大惨事になること間違いなしです。
「注文が多いわねぇ。近接じゃなく遠距離になるけど、これはどう?特定の分子の電子を過剰状態にして励起させ、位相を揃えて打ち出すものよ」
………それ、どこかで聞いた事があるような気がします。確か、SFや科学関連のスレで。
「それって、俗に荷電粒子砲って呼ばれてません?」
「あら、よく知ってるわね。残念ながらフェーザー砲はまだ実用出来てないのよ」
はい、宇宙戦争ものなんかでお馴染みの兵器でした。何でそんな物があるんですか!
「そんな物どこから仕入れるんですか!完全に銃刀法にひっかかりますよねぇ!」
「あら、銃というのは火薬で弾丸を打ち出すものでしょう。これには火薬なんて使ってないから問題ないわ」
そういう物なの?お父さんを見ると、肯定するように頷いています。ならば大丈夫かとも思うけど、自家用車を装甲者にする人だからちょっと不安です。
「武器は後回しにして、先に防具を見せて貰えますか?」
頭が痛くなってきたので、防具を先に見せて貰う事にしました。俗に言う問題の先送りです。何も解決する訳ではないのは判っていますが、少し精神を落ち着ける時間がほしいのです。
僕らはエレベーターで二階に移動しました。店長さんが棚から四角い箱を取り出します。
「防御力ならばこれが最強!その名もハードシールド」
シールドというからには盾なのでしょうけど、この箱はとても盾には見えません。
「実演しましょう。このスイッチを押すと、何物も通さないシールドに包まれます」
一瞬で店長さんが黒い球体に包まれ、姿が見えなくなりました。しかし、それはすぐに解除されます。
「次元を傾斜させる事により光すら通さないシールドに包まれるので、対艦ミサイルでも戦術核でも防ぎます。欠点は中から外の様子を知る手段が無いことですね」
「防御力は凄いけど、過剰過ぎますって!」
家の警備を頼んだら、米陸軍が全軍で展開するようなものです。そんな力は必要ありません。
「ならば、これは如何です?」
次に出されたのは、真っ赤なヘルメット。見た目は普通のヘルメットですが、この店長さんのことだから絶対に何かあるに違いありません。
「キーワードを叫ぶ事により、内臓された特殊ポリマーが全身を覆います。更にキーワードを叫べば、幾つかの機能を持つ姿に変身できます」
「だから、悪の組織と闘うつもりはありませんから!欲しいのは普通の防犯グッズです!」
駄目だこのお店、早く何とかしないと。お客さんが来ない理由が分かるような気がします。こんな物が世に出たら、混乱すること間違いなしです。
「薫、威力が強い分には困ることはないだろう。大は小を兼ねるとも言うし」
「お父さん、こんな物を持っていたら逆に狙われると思うんだけど。これ、どこの国の軍も欲しがる代物ですよねぇ」
色んな掲示板で話題にされる、漫画や小説の中に出てくるようなアイテム。そんなの持ったら狙われるに決まっています。
「見た目派手だし、薫の言う事にも一理あるか。店長、使っても目立たない物は無いかな?」
「地味であまりお薦めできないのだけど。慣性制御の応用で、四トン車の突進程度は防ぐ腕輪はどうでしょう?」
それのどこが地味なのか、小一時間問い詰めたい所です。しかし、今までの物に比べたら地味なのは確か。それよりもましな物が出てくる可能性が少ない事を考えると、それに決めるのが最良でしょう。
「お父さん、僕それがいいです。それにしましょう」
人間妥協が大切。それを痛切に感じる事ができました。