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僕、引きこもりを卒業します

結跏趺坐に足を組み、精神を統一する。これから踏み出す一歩は、小さな一歩に過ぎない。だが、僕にとっては勇気がいる大きな一歩なのだ。


目を閉じて鼻から息を大きく吸い込む。数秒止めた後、ゆっくりと口から吐き出した。


僕は努力を重ねた。いじめられていたあの頃とは違う。徐に立上がり、廊下に繋がる扉のノブを回す。

三年ぶりに部屋を出た。この時間、家には両親と妹がいるはずだ。


出来るなら妹には会いたくない。だけど、共働きの両親がいて妹がいない時間はない。せめて最初は両親のどちらかに会いたいものだ。


うちは一戸建ての二階家だ。二階の二間を僕と妹が一部屋づつ使っている。なので、両親よりも先に妹に会う可能性が高い。

それを少しでも回避するために夕食前のこの時間を選んだ。


だが、現実は非情だ。一階への階段を降りる前に、妹が部屋から出てきたのだ。


二つ下の妹は、虐められていた僕を嫌悪していた。多分僕を罵倒するだろう。僕はそれに耐えられるだろうか。


僕が三年ぶりに出てきたのが意外だったのか、妹は僕を見て固まっている。ぼくから何か話すべきなのだろうけど、妹とはいえ女の子に話しかけるなんて高等技術を僕が出来る筈がない。

固唾を飲んで見守っていると、ピンク色の小さな唇が動いた。三年ぶりに聞いた妹の言葉は、想像の斜め上を行っていた。


「……誰?」


妹は僕の顔を覚えていなかった。と言うより、僕の存在を覚えていなかったと言うべきか。

この家には、両親と妹を除けば僕しかいない。消去法で両親でなければ僕しかいないのに。


できれば家族の足手まといになりたくないと、ネットでコツコツとお金は稼いでいた。少しでも家族の印象を良くしようと、引きこもりなりに努力をしてきたつもりだ。


だけど、それは無駄だったんだ。やはり外の世界は僕には厳しい世界だったんだ。僕は部屋で一生を終えよう。

そう思い部屋に帰ろうとした僕に、妹は更なる衝撃を与えてくれた。


「まさかとは思うけど、お兄ちゃんの彼女さん?引きこもりのお兄ちゃんに、彼女が出来る筈ないわよね」


妹の穂香(ほのか)は、まさか僕の事を女だと思っているのか?僕のどこをどう見たら女に見えるんだ?


「穂香、三年ぶりだから判らないのか?僕だよ、(かおる)だよ」


「薫って、お兄ちゃん?嘘でしょう!」


近距離で叫び声を聞いた僕は、耳に大ダメージを受けてしまった。


「穂香、何を叫んでいるのだ?近所迷惑だろう?」


「お父さん、お母さん、それどころじゃないわ。お兄ちゃんが大変なのよ!」


穂香の叫び声を聞いて上がってきた両親が、僕を見て動きを止めた。


「穂香、お友だちかな?」


「違うわよ、お兄ちゃんみたいなのよ!」


一拍の静寂。嫌な予感がした僕は、両手で耳を塞いだ。穂香も同じように耳を塞いでいる。


「「は……はあぁぁぁぁっ!」」


なんという事か、両親もぼくを僕だと判ってくれなかった。神様、これは三年も引きこもった僕に対する罰でしょうか?


「お兄ちゃん、部屋に鏡は無かったっけ?」


「僕は自分の姿が嫌いだったからね。鏡なんか置いてないよ」


固まる両親を押し退け、穂香は僕の腕を取って一階へと降りた。三年ぶりに触った穂香の手は柔らかく、中学生でも女の子なんだと実感させられた。


穂香が僕を連れてきたのは洗面所だった。


「いい、お兄ちゃん。深呼吸をして、覚悟を決めたら鏡を見るのよ」


たかが鏡を見る位で大袈裟な。鏡にはTシャツを着て短パンをはいた、少し太った僕が映るはずだ。因みに、髪は伸び放題なので後ろで紐を使い縛ってある。


穂香が何をしたいのかは知らないけれど、鏡を見ろと言うのなら見ようじゃないか。


「……誰だこれ!」


鏡に映るのは、驚愕に唇を半開きにした少女。小さい顔に絶妙な配置の目鼻。小さな唇は驚きのあまり震えていた。


僕が瞬きをすると、鏡の中の少女も瞬きをする。これは疑う余地が無い、鏡の中の少女は僕だろう。


慌てて股間に手をやると、小さな息子は健在だった。どうやらネット小説で流行ったTSFではないらしい。


だけど、僕は引きこもりから男の娘にジョブチェンジを果してしまったようです。


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