僕、お父さんの怒りを見ました
「穂香、終わったから出てきて大丈夫だ。薫も無事だから安心しなさい」
お父さんがスマホを取り出し、穂香を呼びました。お父さんが出てきた時に穂香も出てきましたが、異常を感じたお父さんが電話するまでトイレに隠れているように言ったらしいです。
最悪でも穂香は無事なよう判断したお父さんの指示は最善だと思います。やはり大企業重役の肩書きは伊達ではありません。
「お姉ちゃん、大丈夫だった?怖い思いをしなかった?」
「お父さんとお母さんが守ってくれたから、僕は大丈夫だよ。心配かけてゴメンね、穂香」
勢いよく飛び込んできた穂香を受け止め、頭を撫でて落ち着かせようとしたのですが手が届きません。仕方なく抱きしめるように背中に回した手で背中を擦ります。
「お姉ちゃん……だと?僕っ娘な上にロリータ属性まで!」
「くうっ、羨ましい代わって欲しいわ!」
「それ、抱きしめる方?それとも抱きしめられる方?」
「両方よ!抱きしめたいし、抱きしめられたい!」
更に集まってきた警官や婦警さんが騒がしいです。署長さん、どれだけの警官を動員したんですか!
「すいません、事情をお伺いしたいので署まで同行を願えませんか?」
「お断りします」
集まった警察の中で最も階級が高そうな刑事の申し出を、お父さんは間髪入れずに断りました。刑事をはじめ、集まった警官は皆一瞬固まりました。
署まで同行を、と言うのは警官の定例句です。それを断るなんていう事は、普通は無いでしょう。それをノータイムで為されたので、予想外の事態に対応出来ないようです。
「さあ、帰ろうか。本当はもう一件寄りたかったが、薫も疲れただろう。次の買い物の時に行くとしよう」
「いやいやいやいや、何で普通に帰ろうとしているんですか!事件のお話を聞かせてもらわないと困りますよ!」
我に返った刑事が引き留めます。僕が彼の立場でも同じ対応をするでしょう。
「事情の聴取は、任意であって強制ではないはず。強制的に行動を束縛出来るのは、現行犯時と逮捕令状が降りた時のみと記憶していたが違ったかな?」
「それはそうですが……市民には捜査に協力するぎむがあるはずです」
お父さんの言うことも正しいけど、刑事の言うことも正しい。あれこれって矛盾してるよね。こういう場合、どうなるんだろう?
「大体だ、妻と娘を連れ去ろうとした奴の仲間の所に来いと言われてホイホイと着いていくと思うのか?」
「ぐっ、それは……」
痛い所を付かれて、刑事が怯みました。そこだけ聞けば、着いていく人なんか居ないと誰でも思うでしょう。
「あ、あんな奴は例外です。我々警察を信じていただきたいですな」
「では、その例外がもう居ないと証明出来ますか?アレを放置していたあなた方に、アレの同類はもう居ないと断言出来る根拠があるんですか?」
お父さん、容赦ないです。証明なんてやりようがないし、アレを放置していた以上その署の警官は危ない輩を見抜く事が出来ないと証明されました。
お父さんの問いに答えられない刑事は沈黙し、僕達は警官の輪を抜けて駐車場へと歩き出しました。
「ふんっ、国家権力に胡座をかいてる警官ごときが、日夜交渉をしているビジネスマンに口で敵うはずがないだろうが」
お父さん、表情には出していませんでしたがかなりの激おこ状態だったようです。警察に対して含む所でもあるのでしょうか?
それを聞くのも恐いので、話題を何とか変えましょう。
「お父さん、もう一件寄るって言ってたけどどんなお店なの?僕は大丈夫だから、寄って帰る?」
「お父さんとお母さんが贔屓にしている防犯グッズの販売店なんだ。薫と穂香に合う防犯グッズを買いたいから、薫が大丈夫ならば寄りたいな」
あんな事があったし、防犯ブザーとかは持っていた方がいいかもしれない。まあ、あの場合は持っていても使えなかったと思うけどね。
「僕は大丈夫。防犯グッズも欲しいし、寄って行こうよ」
こうして、家に帰る前に寄り道をすることになりました。その時の僕は、両親が贔屓にする店がどんな店かを知らなかったのです。