僕、お父さんに守られました
「それに間違いないのだな?まさか後で勘違いでしたなんて頭の悪い言い訳はしないな?」
「くどい!いくら温厚な俺でも我慢の限界だ。この二人は署に連行する、逃亡の恐れがあるからこれをかけさせてもらう」
誰が温厚なんだと突っ込みをいれたいところだけど、其どころじゃない。刑事は開いた手錠を片手に僕の腕を取ろうとしたのだから。
しかし、素早く僕を隠すように立ち回ったお父さんが刑事の腕を弾く。
「抵抗するとは、余程破滅したいらしいな?」
「破滅するのは、無辜の市民に手錠をかけようとしたお前だろう」
常識で考えれば、正しいのはお父さんの方です。だけど、国家権力という力の前には正論なんか通用しません。
「お前が何処の誰かは知らんが、身元を調べて破滅させる位は容易いのだぞ?勤め先を調べて、毎日事情聴取に出向くとかな」
毎日他人の勤務先に押し掛けるなんて、普通ならば威力業務妨害という犯罪に相当します。でも、それを行うのが警察となると話は別です。
頻繁に警察が話を聞きに来るような人間を、周囲はどう捉えるか。大概は犯罪者扱いされ、職を失うケースもあるでしょう。
「そんな事をされたら、俺が担当する仕事に支障が出るのだが?」
「そんな事は知らんな。警察の捜査に協力するのは、市民の義務だからな」
勝ちを確信し、陰気な声で哄笑する刑事。それに対して、お父さんは薄い笑みを浮かべ懐からスマホを取り出した。何処かに電話しているみたいだけど、無駄な足掻きと思ってか刑事はそれを妨害しませんでした。
「ああ、本部長。申し訳ないが、そちらとの契約は全て白紙になりそうですよ。理由?A警察署の刑事が、娘と妻を差し出さないと仕事を出来なくするとほざいてましてね」
お父さんのスマホを通して、本部長と呼ばれた通話相手が慌てて謝罪するのが聞こえました。漏れ聞こえた通話内容に、刑事は警戒を顕にしています。
「お前、誰に電話していた?」
「取引先ですよ。仕事を出来なくすると言われたから、迷惑をかける取引先に前もって連絡したまで。報・連・相は社会人の基本だからな」
「だから、その取引先は誰だと聞いているんだ!」
はぐらかされ、苛立ちが頂点に達した刑事がどなります。しかし、お父さんは全く動じませんでした。
「それは直ぐに判る事だ。そろそろ連絡が来るのではないかな?」
お父さんが楽しそうに言うと同時に、刑事から音楽が聞こえてきました。どうやらスマホの着信音のようです。スーツのポケットからスマホを取り出した刑事は、スマホの表示を見ると慌てて通話を開始しました。
スマホを耳に当てた刑事の表情が、面白い位に劇的に変わります。顔面からは血の気が引き、蒼白になりました。
「署長、それは誤解です!私はただ……はあ、分かりました」
通話を終えた刑事は、化け物でも見ているかのような目でお父さんを見ました。聞こえた内容から察するに、相手は警察署の署長さんでしょうか。
「流石は県警本部長、対処が早いね。キャリアなのは伊達じゃないという事か」
楽しそうに笑うお父さん。県警本部長って、この県の警察のトップだよね。そんな人に簡単に連絡出来るって、大企業の重役って皆そうなのかな?
「ああ、そうそう。こんな事もあろうかと、娘には防犯用にレコーダーが付けてあってね。二時間程の会話は全て記録されているんだよ。だから、どちらが嘘をついたかは証拠付きで立証されるからね」
お父さんが服の装飾を一つ外し、中から小さな機械を取り出しました。まさか生で「こんな事もあろうかと」の名台詞を聞く事になるとは思いませんでした。
「廊里刑事、署長の命により拘束します」
外が騒がしくなったと思ったら、警官が数人駆けて来て刑事を拘束しました。これで危機は逃れられたみたいだけど、お父さんの謎が深まりました。