僕、捕まりかけました
この小説はフィクションです。登場するあらゆる団体は架空のもので、現実の世界とは一切関わりはありません。
「大体、警察を呼ぶ必要はない。何故ならば、俺は刑事だからな」
自慢気に男が開いて見せたのは、写真入りの警察手帳。どうやら本当に警官みたいです。
「なら、何で刑事さんが僕を追いかけて来たのですか?少なくとも犯罪行為に関わった覚えはありませんが……」
「君、どう見ても中学生だよな。いや、小学生という線も……でも、胸の大きさが……」
すっかり忘れていましたが、世間一般では今日は平日。僕位の年齢だと学校に行っていなければならない筈なのです。
「一応中学生ですが、何かまずいですか?」
「まずいも何も、学校はどうしたんだ?ちょっと話を聞かせてもらうからね」
予想通りでした。でも、僕は一人でここに来た訳ではないのです。刑事さんもそれを知っていると思うのですが。
「僕は家族と来ています。今は皆トイレに入ってますけど、保護者同伴ですから」
「ロリ巨乳で僕っ娘か、ポイント高過ぎだろ!……そう言われても、実際君は一人じゃないか。兎に角、同行してもらおうか」
何事かを呟いた刑事さんは、強引に僕の左腕を掴みました。引きこもり中に練習した護身術で対抗しようとしましたが、刑事さんは柔道とか練習してるんですよね。
きちんと訓練している大人に抗う事などできず、腕を掴まれ連れて行かれそうになったその時でした。
「うちの可愛い娘に何をしているのですか?人生終わらせてあげましょうか、社会的に」
刑事の腕を払いのけ、お母さんが僕を抱きしめてくれました。柔らかい適度な大きさの膨らみに顔が包まれ、顔が真っ赤になったのが自分でもわかります。
「人を脅すような口のききかたは感心しませんな、公務執行妨害で貴女にもお話を聞く必要が出てきましたね」
そう言ってお母さんの体を頭の先から爪先まで、ネバつく視線をまとわりつかせる刑事。もう「さん」付けする気はありません。
「せめてもの情けです。手錠はかけずにおきましょう。だから大人しく来て下さいよ、さもなくばこれを使う事になりますから」
腰のホルダーから黒い手錠を取り出し、これ見よがしに見せ付ける刑事。何を想像しているのか、口許はだらしなく弛んでいます。
「それは自分の手に嵌める事になるんじゃないのか?」
「お父さん、遅いわよ!」
僕とお母さんを守るように体を割り込ませたお父さん。お母さんは文句を言っているけど、ホッとしたような安堵感が言葉に滲んでいました。
「さて、妻と娘を連れ去ろうとしていたようだが、覚悟はあるのだろうね?」
「私はこの通り刑事だ。職務の一環としてその子を補導しようとしたが、その女性に邪魔されたので公務執行妨害で共に話を聞こうとしたまでだ。邪魔するならお前も逮捕するが?」
これが、掲示板で話題になっていた国家権力の暴力ですか。夜に公園で集まってオフ会をしているとどこからともなく現れて職質という名の訊問を行い、強制的に解散させられてしまうという。
まさか自分も体験するとは思わなかったけど、こんなの体験したくなかった。だって、相手は国家権力だからこちらは完全に詰みだもの。
「保護者同伴な以上、補導の対象にはならないはずだ。それにあくまでも任意同行を求めなければならないはずで、腕を掴んで連れていくなど未成年略取と言われても仕方ないぞ?」
お父さん、警察相手でも引く気配がありません。頼もしいのだけれど、大丈夫なのかな?
「話を聞くということで、同意は得ていた。それを邪魔したのだから、立派な公務執行妨害だ」
「本当に同意したのか?」
お父さんの質問に、首を横に振って否定します。名前を呼ばなかったのは、この変態に情報を渡さないためでしょうか。
「……だそうだが?娘は否定しているぞ」
「子供は嘘をつくからな。はっきりと署まで来ると口にしたぞ」
このままでは言った、言わないの水掛け論。店の防犯カメラには映っているでしょうが、音声までは拾ってくれないでしょう。
このままだと、お父さんとお母さんが逮捕されちゃう?なにか、逃れる術はないだろうか。