僕、計られました
「こんなモールが出来てたんだぁ」
「ははっ、薫は初めてだったな」
車に乗って訪れたのは、出来たばかりの真新しいショッピングモール。地元で栽培されている農作物から付けられた名前は、紅の花ウォーク。
「ここなら平日はそんなに人が居ないから打ってつけだ。衣料品は上だったな」
モールに入り、ペットショップの横のエスカレーターで二階に上ります。じゃれるチンチラの子猫に目が行きましたが、まずは必要な買い物をするべきです。
「薫ちゃん、こっちよ。お父さんは……」
「言われんでも、この中に入る勇気はないよ」
高級そうなランジェリー店の前で、お父さんは戦線離脱しました。僕はお母さんと穂香に両脇を固められ、逃げ場がありません。
「どうしても入らないとダメ?」
「薫ちゃんが入らずにどうするのよ」
分かってます。それでも聞きたかったんです。女性には、この恥ずかしさが分からんとです。
店内に入れば目に入る、色取り取りの布地たち。ネットで親しくなった人があんなの単なる布だと言っていましたが、僕にはそう思えません。
その人は派遣の仕事で下着のピッキングをして、一日に何千もの下着を扱ったそうです。お父さんの反応を見ると、その人が変なんですよね。
「すみません、この子の胸囲を測ってほしいのですけど」
「かしこまりま……私より小さいのに、私より大きい!くっ、将来どれだけ大きくなるのよっ!」
呼ばれて来た店員さんは、笑顔で接客するかと思ったら黒いオーラを放ち始めました。
「気持ちはわかる、気持ちはわかるわ。でも、まずは職務を全うして頂戴」
「はっ、私としたことが!こちらにお願いします」
気を取り直した店員さんに先導され、試着室に入りました。
「では、お計りいたしますので、脱いでいただけますか」
脱がなければ計れないので、勇気を振り絞ってTシャツを脱ぎました。
「なっ、支え無しでその形ですって?勝てる要素が無いじゃない!」
「えっと、恥ずかしいので早くお願いします」
感想なんか要りません。早くシャツを着たいのです。血涙を拭いた店員さんが、メジャーを胸に回しました。
「んっ!」
先っちょにメジャーが触れた時、変な声が漏れました。僕は男なのに。トップを計った店員さんは、胸の下にもメジャーを回しました。
「感度も良いとか、どれだけ……トップが(自主規制)でアンダーが(自主規制)ですね。見事としか言いようが無いです」
一部に規制がかかりましたが、御了承願います。僕はサイズを公表するつもりはありません。
「お母さん、サイズこれだって」
店員さんがメモしてくれた紙をお母さんに渡します。
「とするとこの辺りになるわね。これなんかいいかしら」
「お母さん、穂香。何で上下セットの物を見ているのかな?」
必要なのは上だけです。下は必要ありません。
「上下セットの方がお得だし、合わせて着るのが基本よ?」
「別のを合わせるっていうのもありだけど、初心者はセットの方が楽よお姉ちゃん」
二人とも上下を着せる気満々でした。それは何としても阻止しなくては。
「とりあえず、買っておいて着なければ着ないで構わないわ。これとこれと……これも買いましょう」
「お母さん、これもフリルが可愛いわ」
既に僕の意見なんか聞く気もない二人は、片端から下着を籠に入れて行きます。乱暴に入れているように見えて、きちんと積まれている辺りは流石です。
「ではこれ全部で。一括でお願いしますね」
「ありがとうございます。すぐにお包みいたします」
先程血の涙を流していた店員さんは、高額な売り上げにホクホク顔で下着を袋に包みます。
「ああ、これはすぐに着せたいの。試着室で着替えさせて良いかしら?」
「どうぞどうぞ。着替えた物はこちらにお入れ下さい」
店員さんは、着ていた下着を入れる袋までくれました。
「さあ薫ちゃん、お着替えの時間よ?」
「下は替える必要ないと思うけど……」
笑顔の二人から発せられるオーラに負けました。無言なのですが、得体の知れない圧力が犇々(ひしひし)と感じられ、抵抗出来ませんでした。