僕、帰国しました
「ラスベガスで敗退しました」
「あれは運の要素が強いから仕方ないわね。気持ちを切り替えてお仕事しましょう」
日本に帰った僕は、事務所に出社して負けた経緯を報告しました。敗れた事を誰も咎める事をせず、芸能人枠で最後まで残った事を誉めてくれました。
「それはそうと、卒業アルバムを借りたいのだけど。『あの子今、何してる』から出演依頼が来たのよ!」
「あの子今、何してる」は、有名人が昔仲の良かった同級生と再会する人気番組です。そこからお呼びが掛かったというのは光栄な事ですが、僕は出たいとは思いません。
「その依頼、断る事は出来ませんか?」
「人気番組よ、理由を聞かせてくれる?」
普通に考えれば出演しても問題のない番組なので、理由なく断るのはまずいようです。しかし、僕の境遇は普通ではありませんでした。
「中学の時の在校生は全員バラバラだし、小学も半分以上は同じ学区でしたから」
「ああ、そうだったわね。流石に幼稚園や保育園の話は無理があるし」
通常、子供の記憶は小学生低学年辺りから残ります。なので、幼稚園や保育園の同級生の話など覚えていると言ってもヤラセだと非難されるのがオチでしょう。
「某ネット小説のクリエイターさんは二才の頃から断片的に覚えてるみたいですけどね。そんなの例外でしょう」
「例外と言うより、転生者じゃないの?」
長門さんが疑う気持ちはわかりますが、ネット小説やラノベではないのでそれは無いと思います。
「とりあえず、このお仕事は理由を話して断ります。局も納得してくれるでしょう。それと、何故か海外から個人での依頼が殺到したのだけど。カオルちゃんに心当たりはあるかしら?」
「海外から、個人でですか。あると言えばあるような・・・」
黒歴史として封印したかった話ですが、話さない訳にはいかないようです。仕方なくラスベガスで求婚されまくった事を話しました。
「全部断った方がいいわね。報酬は破格なのだけど」
一体いくら提示されたのでしょう。知りたいような気もしますが、知ったら引き返せなくなりそうなので聞きません。僕は男性と結ばれたくはありません。普通に女性が好きなのです。
「見た目は完全に百合ね。カオルちゃんは新婦よりもウェディングドレスが似合いそうだわ。新郎新婦がウェディングドレスを着た結婚式というのもアリね」
「長門さん、当たり前のように心を読まないで下さい。そして不吉な事を言わないで下さい」
ジト目で睨んで抗議しましたが、長門さんはどこ吹く風と受け流し書類をめくっています。否定したい所ですが、否定出来ない所が辛いです。
「こっちの依頼なら大丈夫かしら。よくある散歩ものだから」
「無難な仕事ですね。ロケ地は何処ですか?」
「栃木県の大中寺というお寺とその周辺みたいよ」
どこかて聞いたことのあるようなお寺だったので、記憶を手繰ってみました。すると、昔掲示板で見たことがあったのを思い出しました。
「そこ、一部では有名なお寺ですね。七不思議の伝説が伝わるお寺だそうで」
「カオルちゃん、よく知ってるわね。どんな伝説なの?」
僕も詳しく覚えていなかったので、ググって調べてみました。その内容を一緒に見ていた長門さんは、途中で自分のスマホを取り出して電話をかけました。
「社長、カオルちゃんの散歩ロケの仕事断ります。心霊スポットなんて、冗談じゃありません!」
有無を言わさぬ勢いで仕事を断る旨を社長に話す長門さん。有能な彼女が私情で仕事を断るなんて珍しい事です。何かあったのでしょうか?
注 カオルちゃんは長門さんが霊現象が原因で引っ越した事を知りません。
「カオルちゃんは、認知度を上げて居場所を確保するという目的をほぼ達しています。焦らずに厳選して仕事をしましょうね」
「そ、そうですね」
反論を許さない雰囲気を纏った長門さんに逆らう勇気なんて、僕にはありません。赤べこのようにひたすら頭を縦に振るのみです。
「理解が深すぎるのも問題だとラスベガスで痛感しましたから。程ほどにやっていきましょう」
その後は受ける仕事の説明を受けて家まで送ってもらいました。長門さんは忙しそうなので電車で帰ると言ったのですが、一人で公共交通機関を使うなんてもっての他だとお説教をされました。
変装して普通の格好をしていれぱ問題ないと思います。ラスベガスではお化粧を施された上にドレスを着せられていたのであんな騒ぎになったのです。
家に着いて降車した時、くれぐれも僕一人で出歩かないようにと念を押されました。子供ではないのだから大丈夫だと言い返しましたが、見た目は完全に美幼女だと反論されてぐうの音も出ませんでした。