僕、人生の節目を迎えます
新連載です。宜しくお願い致します。
これまでに幾多の有名なアーティストが立ってきたコンサートホール。開演までまだ時間があるにも拘わらず、入場待ちの人が作る列が長く延びていた。
「本当に、遠くまで来たものだなぁ」
「あら、今更それを言うの?」
思わず漏らした言葉に、隣に立つ女性が答えた。今更、そう言われたらそうなんだけどね。
「だってねぇ、僕は三年間も引きこもっていたんだよ?それなのにこんな大舞台に立つなんて、夢にも思わなかったんだよ」
そう、僕はコンサートを見に来た訳ではない。逆に見られに来たのだ。
「カオルちゃんは可愛いもの。マネージャーになったその時から、絶対にトップアイドルになると思ったわ」
「まどかさん、会った瞬間に抱き着いて来ましたよねぇ。窒息するかと思いましたよ」
まどかはFカップという立派な武器の持ち主。そんな彼女が全力で抱きしめた場合、背の低い僕は顔が凶器に埋もれて息が出来なくなる。
「だってねぇ、好みのど真ん中の娘を見て抑えが効かなかったのよ。担当する新人は男だって聞いていたから、余計に嬉しくてね」
まどかさんは百合属性でロリ気味という、困った性癖を持っている。
好みでないタレントを担当させてもやる気を出さず、好みのタレントを担当させると手を出さないかと心配で上役の胃に穴が開く。
かと言って、能力は一級品なので手放したり異動させるのは惜しい。そこで新たに入った僕を担当することになった。
確かに有能で、これまでにかなり助けられて来ました。ですが、油断が出来ず気を抜けないというデメリットも併せ持っていたことも事実です。
「開演までまだ時間はあるけど、やることは山積みなのよ。楽屋に戻って準備をするわよ」
楽屋に戻った僕は、手始めに衣装合わせをすることになりました。
「ねえ、衣装合わせって前日までにするものじゃないの?」
衣装に不具合があった場合、当日では修正が効かない場合がある。なので前日までに行うのが通例のはずなんだけど。
「万が一を考えて、デザイナーもお針子さんも待機してるわ。衣装の素材も十分に用意しているから、何があってもフォローできるわよ」
「用意周到なのは凄いけど、昨日までにやれば済む話だよねぇ!」
「御託はいいから、これを着て頂戴。デザイナーさんやお針子さんのチェックもするんだから!」
まどかさんから手渡されたのは、胸元が大胆に開いた衣装でした。
「こ、こんな衣装なの!」
「はいはい、時間無いから文句は受け付けないわよ。その為にギリギリまで衣装合わせをしなかったんだから」
「個人的な欲望に、関係者の皆様をまきこまないで!」
こんな馬鹿な理由で手を煩わされた方達に、土下座をして謝らせたいくらいです。
「その心配なら要らないわよ。皆カオルちゃんにこの衣装を着せたいって喜んで加担してくれたから」
「味方が一人も居ないっ?四面楚歌状態!」
僕一人で状況を打破出来るはずもなく、自分では選ばないような衣装を次々と着る羽目になりました。
「眼福眼福。これであと十年は戦えるわ。デザイナーさんもお針子さんも絶賛してたわね」
「僕はもう、気力も体力も使いきりました」
Tシャツにジーンズというラフな格好に戻り、机に突っ伏す。
「何言ってるのよ、これからが本番でしょう?」
「ですね。ファンになってくれた人の為にも、支えてくれた家族の為にも先に進まなくてはね」
大事な両親と妹は、この会場に見に来てくれている。このコンサートも成功させて、胸を張って歩ける自分でいないと。
「胸を張らなくても、充分に存在感はあるけどね。このボリューム、この柔らかさ。一度揉んだら癖になるわぁ」
「まどかさん、ナチュラルに考えを読まないで下さい!そして、当然のように胸を揉まないで下さい!」
自らテクニシャンだと言うだけあって、絶妙な揉み具合に抵抗出来なくなります。
「力を抜いて、あるがままのカオルちゃんを見てもらいなさい。これが一つの節目なんでしょう?」
そうだ、このコンサートで僕は文句の付けられない実力のアイドルになる。
僕が引きこもりを止めたあの日。社会に戻ると決めた目標が達成出来るんだ。