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余談 マイのその後

 ついこの間まで勇者をしていました。


 そんなことを現代の日本で真剣な顔をして言おうものなら、きっと笑われるに違いない。


 それでもわたしの中には思い出があり、たとえ笑われようとも前を向くのだ。

 必死になって生きてきた証だから。

 大切な仲間との記憶だから。

 初めて恋をしたのだから。



「ああ遅刻しちゃう! お母さん、行ってきます!」

「車とかに気をつけるのよ」

「うん。分かってるって」



 お母さんの声を背に受け、転校の都合で引っ越してきたアパートを出る。


 こっちに帰ってきてから色々あった。


 一番嬉しかったことは、やっぱりお母さんの病気が治ったことだろう。

 お医者さんが言うにはもって一ヶ月だったそうだ。そこから持ち直したのは奇跡としか言いようがないらしい。

 アリシアさんの力は奇跡に等しいし、あながち間違いじゃないと思う。


 それと約束通りに大金がわたしの通帳に振り込まれていた。桁を見間違えたのかな? と一瞬思考が停止し、見間違えじゃないと理解してすっごく取り乱したのは記憶に新しい。


 退院したお母さんは先週からパートに入っている。大金があるとはいえ、それらは学費に当てて、残りは緊急時の備えにするつもりだ。

 だから今後も慎ましやかな生活になるだろうけど、それでも幸せなのでなんの問題もない。



「えっと、この道をまっすぐでいいんだよね」



 地図を見るために自転車を止め、スマホで調べて学校までの道のりを確認する。

 今日が初めての登校なので少し緊張している。


 日本に帰ってきてからしたことはもう一つある。

 それは転校だ。

 わたし自身イジメられていて、それが嫌だったってものあった。

 でも、最大の理由は煩わしいから、だ。


 何が煩わしいって、昼夜を気にせず、他人の迷惑なんてお構い無しのマスコミたちだ。


 40人一クラスが半年以上も失踪していた。

 しかし、ある日忽然と発見された。

 でもそのうち数名は未だに帰還していない――冬夜とヘレナさんに殺された人たちのことだ。


 その話題性にマスコミやらが面白がって群がってきた。

 わたしが元の地域にいた際は家まで押しかけられていたし、校門前はゴミゴミしていた。

 今でこそ少し落ち着いてきたものの、未だにテレビで取り上げられている。

 行方不明となっている人の家族は捜索願を出し続けているらしい。

 警察でも色々聞かれたけど、記憶がないふりをした。

 あっちからこっちに転移する際、神さまによって記憶が消されると聞いていたからだ。

 わたしの記憶が残っているのは、どうやらアリシアさんのサービスらしい。


 ゆっくりしたかったのだ。


 冬夜のことや仲間たちのことは折り合いがついているつもりだ。

 でも、ふとした時に寂しく思うし、慌ただしい中にいると戦いの日々を思い出してしまう。

 嫌な記憶ではないけど、進んで思い出したいものでもないので、どこでもいいから静かなところに行きたかった。



「田んぼか〜。ここらなら静かに暮らせるのかなぁ」



 流れる景色を眺めていると、ちらほらと田畑が見える。

 以前住んでいたのは、都会……ではないが、ある程度近代化が進んだ所だった。

 ここのように田んぼとか畑とかはなかったし、街灯以外の光が溢れていた。


 そっと草むらの方へ目をやれば、大きなバッタが跳ねている。

 田んぼには水が張られており、水面に反射する光が顔にあたって眩しい。



「田舎とはいえないけど、静かで落ち着く」



 自転車や車を使えば、大きなショッピングモールに簡単に行ける。

 レジャー施設もあるし、電車に乗れば遊園地も近い。


 なかなかの立地じゃないだろうか? 喧騒からは一歩外に立てているし、その気になれば遊ぶことだってできる。交通手段も行き届いているし、不便さも大して感じない。



「ここが……。ここでわたしは生きていくんだ」



 その言葉は帰ってきてから何度も繰り返し繰り返し言っている。


 自己暗示、ではないけど……そう、再確認みたいなものだ。


 わたしは実感と言うものが薄い。帰ってきた、と言う実感が薄いのだ。


 母の元気な姿を見れた。魔法が使えないことも、超人的な身体能力もないことは確認した。

 それでもあちらでの日々の記憶は鮮烈で……。

 時々ぼんやりとしてしまう。

 これは夢なんじゃないのか? 本当に帰ってこられたのか? タチの悪い幻術に引っかかっているんじゃないか?


 そう思ってしまう原因は実は分かっている。

 だから何度も口に出して、認識を強くしている。後悔するって……そんなことを知っていたから。それでもわたしはこっちを選んだんだから――


 強く、強く自転車のペダルを踏みしめる。

 買ったばかりのピカピカだ。錆びているところもないし、油も差したばかり。

 ガコガコ言うわけもなく、スイスイとギアは回る。


 風を体で切る感覚はあっちの時と変わらない。変わったとしたら、それは少し視線が高くなったくらいだ。



「あと少し〜」



 家から学校まではほぼまっすぐな道だ。ホッチキスの芯みたいな道のりって言えばとてもわかりやすい。お母さんが言うには、スッ、クイッ、ズーン、クイッ、らしい……。


 川の流れに逆らって自転車をこぎ続けていると、コンビニが見えてきた。

 その先の信号を曲がれば学校に着くらしい。


 でも視線を右上にあげると、その校舎らしいものが……。



「ま、まぁ、山? の上に立ってるって話だったし、多少はね?」



 この学校を選んだのは、わたしの掲げる条件に一番あっていたからだ。

 でも……立地とかは詳しくは……。


 そんな手遅れなことを考えていると、信号機が赤から(あお)に変わる。

 嫌な予感が……。なんて思いながら車に出遅れないように脚に力を込める。


 少し蛇行した道を行き、見えてきたものは――



「は、はは……。バカじゃないの……?」



 一体何度あるの⁉︎ と思わず叫びたくなるのを我慢し、三角定規のような坂を自転車から降りて見上げる。


 車もえっちらおっちらとその傾斜を登っていく。落ちてくるんじゃ? と恐ろしくなるが、案外大丈夫みたい。

 車道の側の歩道には登校中であろう生徒がちらほらといる。

 歩きの人はいいけど……自転車を押している人はかなりキツそうだ。



「って、早めにいかないといけないんだった。でも、これは遅刻……」



 い〜や大丈夫。と、不安な頭を振って坂を見つめる。


 そしてゆっくりと足を動かす。

 絶対痩せる……と思いながら、わたしは学校へと向かう。

 一歩がなぜかすっごく重いけど……。正直あっちの世界で経験したこと以上にツライ……と感じる。



「ハァ……ハァ……」



 坂を登りきり、わたしは肩で息をする。

 わたしは17歳の健全な女の子なのだ。こんな重労働はとても……。

 今日はなんとかてっぺんまでこれたけど、これを週5でなんて……。


 ポキっと心の何処かが折れた音が聞こえ、緊急時に備えているお金を使おうとこの時決まった。



「きょ、今日は……もう帰りたい……」



 しかしまだ今日は始まったばかりだし、そもそも学校に行ってすらいない。

 転入初日から欠席なんて、印象が悪いにも程がある。

 わたしは精一杯の力を振り絞り、自転車に乗ってペダルを踏む。


 凶悪な難所は超えたのだ。学校はもうすぐそこで、着けば休める。


 この時のわたしは早く椅子に座りたいの一心だった。


 しかし、本当にツライのはここからだとは、この時のわたしには知るよしもなかった……。


 学校の校舎はまだ上にあると言うことを……。山の上に立っていると言う噂を話半分で聞いていたことを……。

 坂を登りきったその達成感をぶち破るように、第二の坂がそこにはあったのだ……。



「なんでー!!!!」



 悲痛? な叫びは住宅街に響き渡り。近くにいた生徒からはびっくりされ……。

 今後やって行けるのか心配になってしまった……。

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