77話 来訪者
さて、面倒な仕事が予定よりも早く終わったとしたら、君たちはどうする? 加えて、仕事先では予定日までこちらにいることになっている。
訓練された社畜なら、予定が早く終わると素直に会社に戻って新たな仕事を要求するのであろう。
しかし、わたしは訓練された引きこもりなので、作業期間の限界まで雇い主の元には戻らないつもりだ。
そういうわけで、あのアホをブチ転がし、勇者たちを元の世界にぽ〜いしてから二月くらい経った。
その間なにをしていたか、なんだけど。結局わたしはごろごろ昼寝していた。たまに人形と戯れたり、ルミエの本を拝借したり、最近目覚めた料理をしたりもした。
でも料理は二度としないって心に決めたね。なんで爆発とかするんだろ? こわいよね。
あのアホには散々迷惑をかけられた礼として、以前に拾った奴隷たちの治療を命令した。流石のあいつでも苦労したようだけど、まぁ死に物狂いでやってくれたよ。時間内に出来なかったら罰ゲームが待っていたからね。集団リンチって言う罰ゲームがさ。
治療が終わった奴隷たちだけど、聞くに行くところがないらしい。それもそのはずで、奴隷になった者たちは等しく帰るべき場所がない。
でもずっと城に置いておくわけにも行かないので、手紙をつけてヘレナの国にぽ〜いしてあげた。あの子は大層なお人好し。その性質から見放すなんて出来ないだろう。そうしないと怒るぞ、って書いたし大丈夫だよ。
そうそう、怒るといえばあの王女ちゃん。王都でのことも、ちらっと覗き見していたんだけど、やっぱあの子狂ってるよね?
だってそうとしか思えないもん。目玉焼きが美味しいだなんて……。あれだよ? 玉子の『目玉』じゃなくて、牛とかカエルの『目玉』だよ?
ヘレナには近づいて欲しくないなぁ。ヘレナ自身は大丈夫だろうけど、あの子の周りにいる人たちが影響されそうで……。それでわたしの前にその料理が振るわれるかもしれないとなると……。うぅ……。
まぁ王女ちゃんの好物云々は置いておこう。
で、話は変わるけど、彼女意外に王様出来ているらしいね。
民からの信頼も厚く、貴族からも印象がいいみたい。といっても、貴族の方は反対する家の当主を始末したからなんだけどね。
でもヘレナとの国の戦争を止め、いばり散らしていた勇者らも元の世界に返したことで、それなりに印象はいいらしい。
片やヘレナはというと……。
予想通りというか、当たり前だよな〜、みたいな感じ。
政治とか法とか外交とか、もうてんでダメでやんの。
政治はガイン、法と外交はへリックにお任せ。他国との貿易はアギルに、兵士の訓練はレチアに放り投げている。
もうね、あの子は普段どんな仕事してんの?
少し前にのぞいた時は、市街地をぶらぶらと散策してたよ……。いやさ、彼女の役目はそうであるべきなんだけど……。でもさ? もっとこう、あるじゃん? わたしも人のことは言えないけど、もっと国のことを知った方がいいよ? 国王でしょ? いいの?
そしてそんな彼女を護衛しているは、なんとトーヤらだ。彼から直接聞いたわけではないが、こちらの世界に残るらしい。
収入源としていいカモを見つけたようで、まぁよかったね。
魔王を討伐した報酬をまだ与えてないけど、もういいよね? 安定した職場に勤務できる権利をあげたんだし。
ほらハーレムも築けているしいいじゃん。
あれだよ? めんどいからとかじゃないよ?
ああでも、マイからはなにも聞いていないなぁ〜。
このところちょっとゴタゴタが続いていたし、なかなか聞く機会がなかった。
わたしも一応は責任を持ってしまっているので聞きに行かなければいけないんだけど……。
「うぅ……。この快適空間から出たくない〜。いいじゃん、ふかふかで〜。手を伸ばせばお菓子があるし、ジュースも好きなだけ。おもちゃもいっぱいだし」
ぬいぐるみで埋め尽くされた床に置いてある皿に手を伸ばす。ぽいっ、ぽいっ、とふわふわで真っ白ろい甘くておいしいお菓子を口に放り込む。
そして胸に抱いている不思議な感触のスライム型ぬいぐるみをふにふにする。
「ん〜? 硬い? 柔らかい? 熱い? 冷たい? 痺れる? 水? 岩?」
ふにふにするごとに感触が変わるこのぬいぐるみ。うん、結構面白い。
適当な力と摩訶不思議な力を、えい! とう! ほわちゃ〜! となんやかんやしたら出来た物質を、どうにかこうにかスライム型にしたんだけど。なんと不思議物質を作り出してしまったようだ。
そんな今にも動きそうな空色のスライムをボフボフと殴りながら、ふとわたしは物思いにふける。
「あ〜。なんか美味しいものが食べたい」
はいそこ! 今もお菓子食べてるじゃん! って言うツッコミはダメだよ!
わたしはいついかなるときでも美味しいものが欲しいのさ。
と言うわけで、
「カレン〜」
「お呼びでしょうか」
わたしの専属料理人のカレンが空間を歪めて現れた。
カレンは恭しく頭を下げ、わたしの言葉を待っている。足元はぬいぐるみだらけなのに、ふらふらしないのはさすがだ。
「えっと、美味しいものが食べたい。ん〜、お肉がいいかな」
「はいかしこまりました。お昼時ですし、まぁいいでしょう。人並みしか作りませんよ?」
「えぇ〜いいじゃん。ぶー仕方ない。2人前で我慢してあげる」
ほんとは100人前をペロリと行きたかったんだけど、なんとわたしは自重ってのを覚えたのさ!
あの旅の最中、常日頃から少食を心がけていたからね。いっぱい食べてるとヘレナもうるさかったしさ。
カレンは仕方ないですねと微笑み、それですぐに料理に向かうのだとばかり思っていた。だけど何かあるようだ。
カレンはこめかみにそっと手を触れ、少し眉をひそめる。
「はい、はい、そうですか……。では憩いの間にお通しください」
「ん? どうかしたの?」
「はい。アリシア様にお客様です」
「ん〜誰だろ? まぁいいや。憩いの間だよね? ご飯はこの部屋で食べるつもりだったけど、たまにはあっちでもいいね」
憩いの間ってのは有り体に言えば食堂だ。わたしと子どもたちで食卓を囲むところ。
と言ってもみんな放浪しているし、滅多に集まることもない。
来客なんて初めてだし、それ用の部屋もなかった。
わたしが空腹だと言うこともあり、そこでもてなすことになったのだろう。
「じゃあ先に行っておくね〜。あ、でもお肉は出来るだけ早く持ってきてね」
「かしこまりました」
言いたいことだけ言って、初めて来訪してくるお客人の元へ急いで行く。部屋から出る途中でぬいぐるみに足を引っ掛けそうになったけど、まぁ気合いで耐えたよ。
とたとたと長い回廊を歩く。目につくのは青とか金とか銀の装飾。わたしには金銭感覚とかないからあれだけど、ヘレナとかが見たら卒倒しそうだね。
今歩いている絨毯には宝石や金を繊維にして縫い付けてあるんだからね。きらきらして時々邪魔だとか思ったりするのは秘密だ。ふかふかだから許している。
そんな贅を尽くした回廊を歩き、最上階から二つしたの八階に下りる。
目的の憩いの間はここの中央部に位置する。わたしの部屋の真下なので近くの階段を使うだけで来れる。
だから結構近いんだけど、二つ階段を下りるのがたるい……。転移するのも味気ないし、滅多に使うことがない。宴会とかでたまに集まるくらいだ。
「ん〜客かぁ〜。うざいやつだったら蹴っとばそう」
主にあのアホとかアホとかなんだけどね。
ふふっ、と内心ほくそ笑みながら青と銀で彩られた木製の扉を開ける。
ギィともキィとも、木製の扉の音もせずに開けられた先にいたのは少し意外な人物だった。
肩口で切りそろえられた黒い髪を不安げに揺らし、その少女は丸い机を囲む椅子にポツリと座っていた。
「あれ? 君なんだ。というかどうやってここまで来たの? この場所の位置教えていなかったはずなんだけど」
「ア、アリシアさん!」
「え? うん。なに?」
「わ、わたしこんな豪華なところ初めてで……。そ、その落ち着かないんです!」
マイは庶民感覚満載で慌てふためいている。あれだ、ヘレナにもこの城を見せたらこうなると思う。
まずわたしはマイに落ち着くように言い、どうやってここまで来たのかを問う。
そして聞くところによると、どうやらルミエに連れて来てもらったらしい。
ヘレナからもらった家の中でどうしたらわたしに会えるか唸っていると転移させられて来たそうだ。
なんでルミエがこの子のことを覗いていたのか疑問だけど、それは今度聞いておこう。
今はマイだ。わたしは近くの椅子に腰をかけ、マイにも座るように言う。
そして何気ない感じで切り出す。
「で? わたしに会いたかったってなんで?」
聞くと、マイは躊躇いながらもぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「その、以前の返事を……。えっと、元の世界に戻るか戻らないかの返答をしに来ました……」
「ふーん。まぁそだね。君にとっても早いに越したことはないからね」
「っ⁉︎ は、はい……」
マイの母親は病気持ちだ。今すぐ死ぬってわけじゃないが……。そうだな、後一、二ヶ月と言ったところだろうか?
わたしとしては余命が後数日ってなった時に聞きに行こうとしていた。ただこうしてマイ本人が来たし、手間が省けてよかったよ。
「で? どうすることにしたの?」
その言葉に彼女はピクッと肩を跳ねさせる。別に威圧しているわけじゃないんだけど……。なんだろ、生まれたての子鹿みたいで可愛いな。
マイはクッと息を呑む。
「わ、わたしは――」
「アリシア様。料理をお持ちしました」
「ふふん。カレンはほんといいタイミングだよね」
決意を固め切った! みたいな顔から一瞬にして惚けた表情になるマイ。わたしはそれをくすくすと笑い、カレンは気にせずにわたしたちの前にお皿を並べていく。もちろんわたしの前には二つお皿がある。
「では、失礼します」
「ありがとね〜」
そう言い残してカレンは消え去る。あの子もあの子で色々仕事があるのだ。周辺魔族の管理とか、メイドの管理とか、まぁ色々だ。
カレンが去り、未だ固まっているマイに視線を向ける。
「で? 遮っちゃったけど、聞かせてくれる?」
「え、あ、あの。これでもすごく覚悟を決めて来たんですけど……」
「ふふん。まぁいいじゃん。仕切り直し仕切り直し。パァッと言っておいしいものを食べようよ」
胸につっかえているものがあれば美味しく食べられない。重たいものはさっさと言ってしまった方がいいのだ。わたしとしても気になることは早い事解決させたい。
マイは再び深呼吸をする。そしてもう一度深い息を吐き、言葉を紡ぐ。
「わ、わたしは……元の世界に帰ります」
「へ〜、結構意外だね。てっきりトーヤと一緒にいたいんだって思ってたよ。いいの? あっちに行ったらこっちに戻ってくることは出来ないよ?」
「……分かって、います」
マイは言いながらギュッと膝の上で拳を握りしめている。本心じゃどちらも捨てたくなどないのだろう。いや、確実にそう思っている。
唇を噛み締め、振り絞るように言う彼女。
その姿には少し気まずくなる。
「そう。冷めちゃうとあれだし、食べながら話そうか」
「はい……」
きっと、勇者召喚がなければマイはトーヤを特別視することはなかっただろう。大切な仲間と出会うこともなかっただろう。
それを失う辛さ、悲しさも味わうことはなかっただろう。
でも現実にはマイは勇者召喚に巻き込まれた。
そして母か仲間たちを天秤にかけるよう、わたしが彼女に選択肢を与えた。
たとえそれがわたしのせいじゃないにしても、こんな子どもにどちらかを捨てるように言いつけるのは……。
「おいしいですね、これ。すごくおいしい……」
「だよね。カレンにかかれば屑肉でも美味しくなるよ。といっても、このお肉は上質なものなんだけどね〜」
「そうですか……」
うぅ……。重い。空気が重い。
「トーヤとか仲間たちには言ったの?」
「いえ、まだ……。決めて、先にアリシアさんに言おうと思って……。冬夜たちと話せば決意が揺るぎそうだったので……」
「ふーん」
マイはそう言ってナイフを皿にそっと置く。そして俯いてしまう。
どうしたものか。わたしは悩むけど、あいにくこう言った状況になれていないので、かけるべき言葉が見当たらない。
だからさしあたっては会話を続けることにした。
「なんで元の世界に帰るって決めたのか聞いてもいい?」
「はい」
そう言ってマイは目をゆっくりと閉じ、確かめるように息を吐いて話し出す。
「わたしがこっちに残ったらお母さんは一人ぼっちになるじゃないですか。いくらアリシアさんが治療してくれて、それでお金をくれても……。わたしはお母さんを一人にしたくないんです」
「そう」
「冬夜とかみんなのことはもちろん大切です。わたしだって一緒にいたいです。でもそれ以上にお母さんに寂しい思いをして欲しくないんです」
一人でわたしをここまで育ててくれたから、と。
マイには母親しかいない。父親は浮気で出て行ったらしい。
あちらの世界の事情は大体把握している。女手一つと言うのは厳しいものがある。よほどいい仕事環境でない限り、相当の苦労することだろう。
その恩――いや、母の愛情にマイは感謝しているんだろう。
だからマイはこの選択をした。
「君のお母さんは任せておいてよ。怪しまれないように徐々に回復するようにしとく。君らが十分に生きていけるお金も出すし、転校先の学校も揃えてあげる」
だからその覚悟に見合った報酬を与えてやる。
トーヤたちと別れるのは相当な痛みだろう。それを耐えている彼女をわたしは讃えよう。
マイはふぅと心を落ち着かせる。そしてわたしの目に視線を真っ直ぐに合わせる。
「アリシアさん。母のことも、お金のことも……その、嬉しいです」
「うん。まぁ遠慮するのもいいけど、貰えるものはもらった方がいいからね」
するとマイは緊張からかそれとも不安からか肩を震わせ、ですが、と言葉を紡ぐ。
「て、転校のことは結構です……!」
「ふーん。一応知りたいから聞くけど、なんで?」
「に、逃げたくないんです! つ、強くなるって決めたんです!」
それは一人でも大丈夫なようにだろうか。はたまた別の世界にいる彼らに、わたしは大丈夫だよ! と言いたいからなのか。
「わ、わたしは弱いから怖いですけど……。そ、それでも頑張りたいんです!」
「そ。マイを帰すのに少し時間がかかるけど、それでも大丈夫かな?」
「は、はい……。冬夜たちとも話したいですし……」
なら日にちは追って伝えるね。そう明るく言ってやり、さぁ食べようと料理に再び手を伸ばす。
少し冷めているけど、わたしにかかれば出来たてホヤホヤの状態に一瞬で戻せる。
いい香りと煙が漂う憩いの間。
その名の通りマイには心身ともに休んで行ってもらいたい。ならば、とわたしはカレンに甘いものを作ってくるようにテレパスで伝える。
これからも大変だろうが、それに負けないように祈りを込めてマイをもてなそう。なーに、初めてのお客様だ。盛大にしてあげようじゃないか。




