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74話 眩しい世界 (sideレティノア)

 レティノア・アレイオス個人には何の価値もないことなんて、そんなのは私が一番に理解しています。ガイン公爵やヘリック侯爵もそれは知っていること。彼らが私に求めているのは、私の中に流れる『血』なのでしょう。

 こんな忌々しいもので彼らの援助を受け入れるのなら……。ですが、やはりあの者らと共通するところがあるのはヘドが出ますね。



「レチアっ! 準備は出来ていますか!」

「はい。武にも隠密にも優れた者を」



 ヘレナが作った村の少し開けた場所。そこには目立たない服を身につけた男が数名いた。

 目撃者を出来るだけ少なくするため、王都に潜入するのは少数精鋭で、そう辺境伯には頼んでいました。

 王国内でもこと戦いに関しては一二を競うような彼が選んだ者たちです。それは心強いですね。



「こちらもアリシアさんに協力を取り付けられました。王都へも転移で行けるようにこれをもらいました」



 去り際にもらった赤と青の球を彼らの前に出し、大まかな説明をします。



「ほう? こんなちっこいのが……。いやいや、ホントはかりきれねぇなぁ」

「そうですね……。流石魔王ということでしょう」

「敵に回ったらと思うと……。末恐ろしいぜ」



 そもそもとして、私たちなど彼女の前では塵芥と変わらないのでしょう。だからこんな物を私に渡せるのです。


 チラッと腰に差している美しい細剣に目をやる。



「ふぅ。さて、こんなところで話している暇はありません。ヘレナが勇者の相手をしているらしいですからね」

「だな。あのへっぽこがここまでになるとは……。まぁなんだ、いつまでも王に戦わせられねぇからな。早い事頼むぜ」

「分かっていますよ」



 そう。この方たちにとって『王』はあの女性――アレイオス家ではなく、ヘレナなのです。

 ふふ、そう思えば思うほど胸がスッキリとしていきます。まだまだこんなものじゃたりませんが……。それでも少しは軽くなりました。


 まだこうして悦に浸っていても良かったのですが、自分で言ったように早いに越したことはない。

 また、きっと今日こそが最大の好機なのでしょう。王城の守りが薄くなる、この瞬間こそが――



「では早速いきましょう。この赤の球の効果範囲が分からないので、潜入する者以外は距離を取ってください」



 そう言って、私は潜入部隊に近づいて行く。それに合わせてヘリックとレチアは後ろ歩きで下がって行く。

 そして十分に距離が取れたと認識し、私は手に持った赤い球を起動させます。


 ――ご武運を。


 私たちの姿が光に包まれた時、そんな声が二つ聞こえたような気がしました。


 今までのせめてものお返しとして、私は私の復讐を必ず成し遂げてみせます。



 ***



 転移して来て私たちを迎えたのは瓦礫だらけの場所でした。王家所有の場所ではないことは確かなので、近くにいた黒い服を着た男に聞く。



「……。ここは?」

「確か旧スラムの跡地だと思われます。あそこに学園の塔が見えるので間違いはないかと」



 指を指された場所を見ると、白く、赤い旗が掲げられていることからまず間違いはないですね。

 ここがスラムならば、王城は少し遠いです。また、貴族家が密集している場所も同じく……。


 目的地までは少し距離があるので人目につきやすそうです。しかし、下手に王城や貴族街などに出なかっただけいいでしょう。むしろ、旧スラムには滅多に人が近寄らず、隠密にはもってこいです。


 それでも誰かに見られるのはマズイので、私たちは素早く瓦礫の陰に身を隠す。

 そして声を伏して行動内容を指示する。



「あなたたちは作戦通りに重要な貴族の当主を討ってきてください」

「…………貴女様は?」

「私は一人で大丈夫です。あそこの守りは厳しいですが、王家の血が流れる私だけが使える隠し通路があるのです」



 彼らが優秀なのは分かっています。私みたいな偽王女より、そう言った技術や知識は豊富なのでしょう。それでもこの作戦において、私以上の適任はいません。



「合流はしません、目的を果たせば各自解散。この青の転移結晶は私たちが何処にいるかに関わらず転移させられるらしいです」



 言って、私はそっと青の球を見せます。そして何か質問は? と聞くも、何もなさそうなのでそのまま作戦開始といきます。



「では行ってください」



 その声とともにレチアに選ばれた男たちは散り散りになって目的地に進んで行く。

 私も早いこと動いた方がいいと思い、素早く行動を開始します。


 目的地は王城――そこは私の牢獄だった。



 ***



 物心がついた頃からそれはあって、それは当然なんだ、と思っていました。


 母は王城の元メイドです。確か清掃係らしく、王の目について一夜を共にしたらしいです。

 その時に身ごもったのが私で、祝福はされませんでしたがめでたく産まれてくることが出来ました。


 母には十分すぎるくらいの愛を与えてもらいました。確か5歳くらいまで父――王の顔を見たことがなかった気がします。また、私と母が部屋としていたのは、ある種の『檻』でした。


 そこは一見普通の部屋でした。ですが簡素なベットと排泄をする場所があるだけ……。体を冷水で洗っていたのが懐かしいです。

 そして何故か内側からは外に繋がる扉を開けることが出来ませんでした。後で知ったことですが、特別な魔道具によって施錠されていたそうです。

 ある時までずっとその部屋にいて、私にとって『光』は部屋の片隅に空いている穴か、母が連れていかれる扉の先のものでしかありませんでした。


 私は母がとっても大好きでした。何せ『私』の世界はその小さな箱の中だけ……。また言葉を交わす相手も母だけだったのですから。

 そんな母ですが、何日かおきに『部屋』の外に連れていかれてました。そして私が一人で眠っていると、いつも何かを投げ捨てられるような音で目が覚めます。

 まぁその音の正体が母なんですけどね。


 ははっ、今思い出すだけでも――


 投げ捨てられた母は力なく倒れていました。消えちゃうんじゃないか、そうずっと心配していましたね。また、服は一応着ていましたが、隙間からは惨たらしい傷跡がたくさん見えました……。

 まだ幼かった私は意味も分からず泣き、ずっと母にあやされていました。それが嬉しくて……悲しくて……。


 そんな日々がずっと続くのだと、私は諦めきっていました。でも愛する、そして愛してくれる母と一緒に居られるのならいいと、心から思っていました。


 しかし、私の想いは叶うことはありませんでした。


 私が7歳を迎えた頃、今日も今日とて母は外に連れていかれ、また酷い姿で帰ってくるのだろうと思っていました。

 でも、その日は違いました。

 なぜか私も外に連れていかれたのです。

 あぁ私も母にされていることをされるのだろう。そうなんとなく理解し、同時に『初めて』の外の世界に興味を抱いていました。

 ですが……。

 外にあったのは『部屋』なんかよりも余程酷い『地獄』でした。


 まず聞こえたのが女性のものと思える悲鳴です。それがなんとなく聞き覚えがある気がして、だから私は必死に抵抗しました。

 しかし子ども故に大人の力には敵わず、引きずられるように『そこ』へ連れていかれました。

 次に私が感じたのは『臭い』です。連れていかれた母から臭ったあの『臭い』。


 泣きわめく私を嘲笑うように運ぶ兵士。『どこ』かは分からずとも、『だれ』の元へ連れていかれるのか……。そんなことは幼い私にでも理解出来ていました……いえ、してしまいました。


 そこは花が咲き誇る庭園でした。赤白黄色、母に聞いたようなお花がたくさんありました。水が流れ、小さな生物が花をつついていました。

 その庭園には数人の人がいました。その者たちは楽しそうに笑みを浮かべていました。大きな笑い声だって聞こえました。彼らを護衛する兵士らも、同じような顔をしていました。


 私は必死になって見たくない! 見たくない! と『そこ』から目をそらします。でもそれすら叶わず……。

 こちらに気づいたキラキラした服を着た男が寄って来ました。

 そしてその男が私を抱え上げ『そこ』へ連れていき、無理矢理に私の顔を『そこ』へ向けられました。


『そこ』にはボロボロになった母がいました。腕や脚はあらぬ方向を向いていた。お腹には地面と縫い付けるように大きな杭が打たれていた。目は片方が潰れ、耳は削ぎ落とされていた。

 それだけでも酷い……。しかしもっと酷いのは、そんな姿でもなお、母は意識を保っていることでした。絶え間なく回復魔法がかけられていたからなのでしょう。


 そんな母の姿を見たは私は当然のように泣き叫びました。私を抱える男の手から抜け出し、縋り付くように母の元へ……。

 血まみれで……四肢も潰されて……耳もない……。そんな母は片目で私の姿を捉え、涙を流しながら何か語りかけてきました。でもそれは掠れていて、聞き取ることが出来ませんでした……。

 その時です。私は首を掴まれ母から引き剥がされてしまいました。


 そしてそれと同じくして――母は赤い炎に包まれました。


 私はただそれを泣きわめいて見ていることしかできませんでした。炎の中で呻く母。その姿は未だ目に焼き付いています。灰になるまで……私はその光景を見せ続けられました。

 声にもならない叫びをあげる私をよそに、その庭園にいた者たちは笑っていました。母が焼けていくのを見て、笑っていました。


 それからのことはあまり記憶がありません。覚えていることといえば、王子とか言う者に首輪をつけられて飼われていたことくらいです。

 でも何も感じませんでした。母を失った喪失感から……。私には母が全てで生きる意味で……。

 だから私は死んだように生きていました。


 そんなある日のことです。王子は私に飽きたようで、『奴隷』という者を買いに行きました。

 当然のように私も連れていかれ、その時見た光景で私は私を取り戻しました――いや、なすべきことを見つけました。


 そこにはたくさんの『私』がいた。また、外には笑顔が溢れていた。その時私の中に溢れた感情は『怒り』だった。この世の理不尽さに、私は『怒り』を覚えた。

 そしてその『怒り』の矛先は当然のように『あいつら』に向かいました。そう母を殺した『あいつら』に。


 当時は知らなかったが、その時に思ったことが『復讐』でした。


 奴隷を買った王子はその新しい玩具に興味が行き、私は適当な部屋に放置されました。

 そこからです。まず私は『知る』ことから始めました。母からは文字を習っていたので、幸いなことに本を読むことが出来ました。

 誰にも気づかれないように部屋を抜け出し、本がいっぱいあった場所に向かい、そこでたくさんの知識を蓄えました。

 残飯を漁り、兵舎から剣を盗んだりしました。それがたまたま細剣で、扱いやすいこともあって必死に自分を鍛え上げました。


 何故か10を迎えた頃に誕生祭を開かれましたが、おおかた人形としての私を王子が見せつけたかったからなのでしょう。

 その時、ヘリックと名乗る何を考えているのか分からない男に話しかけられたのが記憶に新しいです。


 そして私が14を迎えた直後あたりで、ヘリックが再度接触を図ってきました。

 ヘリックは私のことを何らかの方法で調べていたようで、粗方の事情は知っていました。

 自分たちに協力しないか、と。私の復讐を手伝ってやるから協力しないか、そう聞かれた時は心底驚きましたよ。何せずっと隠せていると思っていたのですから。

 でも話を聞くに、あのバカな王たちは気づいていないらしい。

 本当にバカだなと思いつつ、提示された条件に私は納得した。


 ようは、ヘレナという女が成長するまで王国を維持しろってことです。ゆくゆくはヘレナの国にこの王国を取り込む算段らしい。でも今のヘレナには荷が勝ちすぎているから、私には中継ぎをして欲しいと言われた。

 その申し出は私にとっては好都合で、とにかくあいつらを殺すことが出来るのなら後はどうなってもいいのです。

 だから復讐を終えたら、適当な奴に国を任せて死のうと思っていました。


 そんな時、私はアリシアさんに出会いました。そしてヘレナさんを知りました。彼女が作ろうとしている『国』の片鱗を見ました。

 なんて素敵なんだ、と。柄にもなく私は思ってしまいました。私もこんな世界で生きたかった、そう思いました。


 でも私にはなすべきことがあり、それのために今まで頑張ってきたのです。だから復讐が必ず成功するようにアリシアさんに力を請いました。

 死ぬのは……もう怖くもなんともありませんでした。きっと母の死を見てから私は壊れてしまったのでしょう。

 だから命を差し出すのに躊躇はありません。

 ですが……アリシアさんに出された条件は恐ろし過ぎました。支配されるのが、犯されるのが怖かったんじゃありません。『生かされること』が怖かったのです。

 あの方はきっと色々見抜いていたのでしょう。だから……。



 ***



「私にはあそこは眩しすぎますよ」



 私は王城近くにある大岩の陰で、ただぼそっと呟く。

 それに反応する者はおらず、私はそっと腰を落とす。そしてその大岩が埋まっている地面を少し掘り返します。

 そこには小さな魔法陣が描かれており、その中心に一滴血を垂らす。

 するとゴゴゴと岩が動き、音が鳴り止むと階段が姿を現しました。


 ここは王家だけが使える秘密の通路で、ここから近くにある外壁にも同じような仕掛けがあります。緊急時の脱出用らしいですが、こうして侵入に使われると考えなかったのでしょうか。



「ま、いいです。やっと……やっとなんですから……」



 私はそっと腰に差した細剣に手を置き、そしてその階段を下りていく。


 ここまで来ました。状況も手段も、何もかもが好条件です。

 あんな眩しいヘレナさんを騙すのは心苦しかったですが……。それでもやっただけの甲斐はありました。

 だからこの一世一代の好機は必ずものにします。


 待っていて下さい。そして私を見守っていてください。

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