73話 作戦開始
「じゃあ作戦開始は早いに越したことはないよね」
王女はようやくヘレナに本音を言えたことで、胸のつっかえがとれたように笑顔を浮かべている。
そんな中悪いが、王女の目標を達成するのにも、敵を迎え撃つのにもやるべき事がかなりあるのだ。
わたしが静かな声でそう言うと、ヘレナとレティノアはハッとした表情をする。
「そ、そうでした。レティノア様の作戦なら、私が一人で戦争しないといけないんですよね?」
「そう、です。ゼレアフィル辺境伯の軍は私に着くので……。すみません」
「い、いえいえ! 元々ヘリック様の助けがなければ一人で戦うつもりでしたから」
レティノアはヘレナに全て任せるのが心苦しいのか、少し後ろめたそうに目を逸らす。
ゼレアフィル辺境伯は自分の国についてくれた者だ。彼が保有する軍も戦争に参加してくれるのだろう。今までそう考えていたって不思議な事じゃない。
しかし、この度の戦争では辺境伯は王女にその力を貸す。ヘレナに協力するように取り付けた際にへリックがレティノアに出された条件だった。
「はいはい、そこまでだよ。いつまでもぺこぺこしてたらキリがない。てか、正直飽きた」
「ア、アリシア……」
さっきからずっとあの調子なのだ。流石の私でも詰まらなく思うのは仕方がない事だ。
さっさといけ! とわたしは強引に窓からヘレナを投げ捨てる。
「ふぇ⁉︎ ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」
それがわたしが聞いたヘレナの最後の言葉だった……。ってのは冗談で、いててとお尻をさすりながら立ち上がっていた。
「何するんですか⁉︎」
「あぁ? あれだよあれ。適当に時間を稼いできなって」
うるさいなぁ。ここは一階だし、そこまで痛くないくせに。
キンキンとヘレナが怒っているので、仕方なく窓の縁に腕を乗せ話しかける。
するとヘレナは言っている意味が理解出来なかったのか、こてっと首を傾げて聞いてきた。
「はい? そういえばなんですけど、さっきからアリシアは何を言ってるんですか?」
「はぁ? 何って……。おいおい。まさかだけど、いま戦時中ってこと忘れてない?」
「え? それは分かってますよ? でも宣戦布告されたのって今日なんですよね? ここって王都と結構離れてますよ?」
そう当然のように言われた。そしてわたしは頭が痛くなってしまい、こめかみをグリグリと親指で押す。
聞き間違いだろうか? そう検討してみたが……。
あぁ、そういえばヘレナはアホの子だった……。
わたしは惚けているヘレナにため息をつきながら説明してやる。
「王国には勇者がいるんだぞ? あの38人は王都とここを一日で往復出来るだろうよ」
「っ⁉︎ と、と言う事は⁉︎」
「そうそう。先発隊として彼らが向かってきているよ。脱兎の勢いでね」
そう告げてやるとヘレナは弾かれたように走り出した。そして自己強化をかけたかと思うとさらに早くなった。あの様子ならば勇者を迎え撃つくらいの余裕くらいはあるだろう。まぁ道を間違えてるんだけどね。
「ヘレナそこ右! そこからずっとまっすぐ行けばかち合うよ!」
ヘレナにパスをつないで教えてあげる。やつはアホだが、幸いなことに方向音痴じゃない。まっすぐ行けと言えばまっすぐ進めるだろう。
ふむふむ、とヘレナが走っていくのを満足げに見ていると、レティノアから不安げな声が上がった。
「ヘレナは大丈夫なのでしょうか……」
きっとそれは当然の疑問なのだろう。つまるところ、レティノア含めヘレナに協力してくれた貴族たちは、彼女が戦っているところを見たことがない。唯一の例外があるとすればヘリックなのだが、彼は直接見たわけでなく、諜報員を通じて知っているだけだ。
だから王女が不安になるのも仕方がない。
「大丈夫だよ」
「で、でもあの勇者ですよ⁉︎ 神に遣わされたお方たち相手に……」
「……確かにヘレナは一般人だよ? でも、わたしと言う『王』に気に入られ、『神の知識』さえも持っている。まぁ使いこなせていないんだけどね」
そう笑いながら言ってやる。あんなパチモン勇者にヘレナが負けるわけがないじゃないか。勇者たちはダンジョンをいくつも攻略し、なんだか自信をつけているようだ。
でも覚えていないのかな? ヘレナは十分に手加減をして、それでもなお圧倒して見せたんだぞ?
「まぁ勇者らを殺すわけにはいかないし、手こずっちゃうかもね」
「な、なら――」
「あぁ、別にわたしがやっても良かったんだよ? 一瞬で終わるだろうしね」
レティノアの言葉を遮って軽くそう言う。そして、でもね? と続ける。
「やっぱりヘレナがどうにかするべきなんだよ。この国はヘレナのもの。そしてそれを守るのはヘレナの義務だ」
決してわたしがやるべきことじゃない。
それに別の意図だってある。それは『ヘレナが38人の勇者と互角にやり会えた』と周りの国に認識させることだ。万の軍勢でも良かったが、『勇者』なんてでかい看板を打ち倒す方が印象が大きい。
きっとそれは他国への牽制になるし、同盟を結びたいって願う国も出てくるかもしれない。
「まぁいざとなったら助けるって。だからそのいざって時までは寝とこうかなぁ〜」
ふぁ〜とわざとらしくあくびをする。そしてご丁寧なことに目の縁に涙を受けべ、眠そうに目をこする。
そうやってレティノアに挨拶をし、とてとてと寝室に向かう。
するとそんなわたしの背に焦ったような声がかかった。
「ま、待ってください! お願いがあるんです!」
「……そう。言ってみて、話はそれからね」
本当に眠かったのだが、必死そうな表情なので立ち止まってとりあえずは聞いてやることにした。
レティノアは懇願するように私に寄ってきた。
「わ、私に人を殺せるだけの力を下さい……!」
言われて少し考える。
珍しいことに、わたしはレティノアの内情を一切調べていない。まぁ面倒いからなんだけどね。
でも推測でいいのなら大体の見当がつく。
「別に良くない? 辺境伯のところにやらせればいいじゃん。君からはそういう風に計画を聞かされたよね?」
「それは……」
レティノアは言葉を詰まらせてしまう。自分の願いが決して『いいもの』と呼べるものでないと知っているからだ。
わたしは視線をレティノアに固定し、ゆっくりと口を開く。
「『復讐』ねぇ。そこまで憎い? 自分で手を下さないといけないくらい」
「っ⁉︎ ……はい。どうしても……。どうしてもなのです!」
「そっか。……。まぁヘレナに頼らなかっただけいいとするよ」
まだ成人前の彼女。ならレティノアはまだ子どもってことになる。子ども好きのアイツが見ればどう思うのだろうか……。いや、アイツって『自分の』子どもが好きなんだったっけ。
ともかく、わたしとしては……。まぁなんだ。ルミエたちがあんな『目』をしていたら、やっぱり悲しく思うのだろう。
「なら対価は何を払える? 何を差し出せる?」
彼女復讐相手――レティノアを除く王族の全てを殺すのは、こちら側としては嬉しい。それに空席の王座にはレティノアがつくのだろう。それならなおさら彼女の復讐は応援したい。
しかし、わたしが彼女に力を貸すのは違うなって思った。何せ、貸さなくてもその目標は叶うのだから。ただレティノアの復讐が達せられないだけだ。
でもわたしは手を貸すのだろう。その理由――それは一重にヘレナのためだ。あんな目をしたままでヘレナと接して欲しくない。関わって欲しくない……。
だから条件付きであるのなら、わたしはレティノアに力を与えてやる。
さて、彼女の答えはなんなのだろう。
レティノアは臆した様子も見せず、ただ淡々と冷静にこう言った。
「何でも、いいです。わたしに差し出せるものであるのなら。それは命であっても構いません。私が死ねば、アレイオスの王にはガインになってもらうつもりです」
「そうか……」
ただ黒く、真っ暗。そこに写っているこは闇のみ。齢14で出来るような目か? ヒューマンとはこんなのだったか? 毎日あの能天気なアホウを見ているせいか、わたしの常識がぐらついてしまう……。
いや、わたしなんかの『常識』はひどく狭いものだったな。
かわいそう? そんな事は思ったりしない。同情だってしない。いくら相手が子どもであろうと、わたしはわたしを貫く。決してあのアホどものように甘くないのだ。
わたしはそんな『覚悟』を決めているような王女を蔑むように見つめる。
「なら力を与えてやろう」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「あぁ本当だよ」
そう言ってやると、パッとレティノアは明るい表情を見せる。そしてわたしはその表情を凍りつかせるような言葉を王女に投げつける。
「復讐が終わり次第、お前の身柄はわたしが預かる」
「は、はい……。そう、ですか……」
「そして魔物どもの苗床、それかオモチャにしてやろう。もちろん死ねると思うなよ? それに狂えなくもしてやる。お前は永遠にわたしが飼ってやるよ」
「へ?」
はぁ……。何をそんな驚くことがあるのだろうか? 自分で『何でも』と言っただろ? 命だって賭けられるのだろ?
最近どうにも勘違いされることが多いが、わたしは『魔王』なのだ。そうやすやすと人種の願いなんか叶えたりしない。ヘレナはただわたしが気に入っているから目をかけているのだ。
わたしとの契約は『悪魔』とするものと思った方がいい。わたしが特別気に入っているものでないならなおさらだ。
「意味が分からないって顔をしているね。簡単に言えば、お前は死ぬことも狂うこともできず、ずっと犯され続けるってことだよ」
「っ⁉︎」
「お前は『命』を賭け皿に乗せるんだろ? ならそれくらいいいじゃないか。ははっ、なに、慣れればそれはもう気持ちいいんだろうよ」
知らないけどね。いやさ、まず穴がないし。仕方ないよね。
そんなことを思っていることを表に出さず、ただ冷酷に告げてやる。
また、本当にしてやってもいいかなぁ、なんて思っていたりしている。流石に嘘だよ。
「そ、それでも私は……」
ぶるぶると肩を震わせ年相応の反応を見せる。今にも泣き出してしまいそうだ。しかしレティノアはそれでもいいと、そう言う。
それほどに憎いのだろうか。そうまで殺したいのだろうか。誰も殺したくない、そう願っているものを知っているが故に、わたしは彼女をどうにかしたいって思ってしまう。
でもやっぱりどうにも出来ない。
そんな時だった。コンコンコンと軽く扉をノックする音がし、返事もしていないのに扉が開いた。
空気も読まず入ってきたバカ者はなんでもないようにこう言った。
「あれ? なにかお取り込み中でしたか?」
「ちっ、なんだよヘリック。ずっと入る機会を伺ってたくせに」
「あらら、やはりバレていましたか」
ヘリックは御構い無しにおどけたような態度を見せる。それは丁度初対面の時のような態度だった。
どこか胡散臭く、なにかを企んでいる時のへリックだ。……正直、このへリックはウザさ100%なので相手にしたくない。
わたしは疲れてしまったので、ため息をつきながら肩を落とす。
「で、なにさ。いま王女ちゃんと遊んでたんだけど」
「はは、アリシアさんの冗談は冗談に聞こえませんからなぁ」
「へ……じょ、冗談?」
「そうですよ? 大方レティノア様の考え方が気に入らなかったとかなのでしょう」
見透かしたようにいう彼の言葉に、レティノアは安心したような困惑したような顔をする。
へリックに言い当てられたのはマジウザいが……。まぁそれは半分正解だ。
一度言ったが、あんな目をする者をヘレナとは関わらせたくないのだ。強引な治療だと分かってはいるが、試してみるのもありだなぁと思った次第だ。
わたしを置いて、へリックは飄々とレティノアに話しかける。
「それと、貴女の命なんてアリシアさんは欲しませんよ」
「で、でも……! 私にはそれ以外差し出せるものなど……」
「ふふ、ああすみません。きっとアリシアさんにはお菓子でも渡しておけばいいと思いますよ?」
「おい! それは流石に怒るぞ! い、いや、目新しいものとかならいいんだけどさ? でもほら、威厳とかあるじゃん? 魔王っぽいとことか見せた方がいいじゃん? なめられたくないじゃん?」
マイとかが焼いたパイを持って来られれば即陥落すると思うよ? だって普通にお腹空いているからね。寝る前に甘いものでもお腹に入れようかな〜、なんて密かに思っているよ? でも流石にアレじゃん。
ぷんぷんと怒っていると、へリックがにやにやと笑みを浮かべ、わたしの方にその顔を向けてきた。
「アリシアさん。私は貴女の頼みを聞いて、あの貴族たちを引き込みました」
「ああそうだね。うん助かったよ」
「それで、まだ報酬をもらっていないのを覚えていますか?」
「あぁ、そういえばそうだけど。いいの?」
その願う権利を他人に譲るのか? と言外に問う。すると清々しい顔をしてへリックは大きく肯定した。
そしてへリックはレティノアに手を差し伸べた。
「さあ、レティノア様。願いを」
「い、いいのですか?」
「ええ。貴国から四つの貴族家が抜けるのです。その穴埋めです。といっても、少し塞ぐ土が少ない気がしますがね」
さも当然のようにへリックは言う。そしてレティノアは息をのみ、覚悟を決めてわたしの方へ一歩踏み出す。
「私に力を下さい。復讐をなすための……その力を……」
あいも変わらずその瞳は闇一色だ。それほど、なのだろう。
色々と頭をよぎったが、わたしはそれを振り払うように頭を振る。
「まぁ、力はあげよう。ただし、その目をヘレナの前では決してするな」
「はい……」
「よし、約束だぞ? なら王女ちゃんの得意な武器はなに?」
「? 細剣は扱えます」
そう、と軽く返事をする。そしてわたしは異空間から適当な金属を取り出す。その光景を初めて見たであろう王女は口に手を当てて驚いている。
それを無視して、わたしは取り出した金属を圧縮、形成していく。
作るのはただの指輪だ。大きさは王女の右中指に合わせている。多分右利きだろうという推測。当たってるといいなぁ。
そして指輪の形成が終わり、今度はそれに魔法を刻み込んでいく。
基本となるのは『変形』だ。その台座に刻まれるのは『氷』『炎』だ。この二つなのは単に使い勝手がいいからだ。
そうして出来たのがわたしの手の中にある銀色の指輪だ。
「ほら、それを右中指にはめてみて」
そう言って軽く指輪を放り投げてやる。それを王女は危ういながらもなんとか受け取り、戸惑いが収まらぬまま言われた通りに中指に通す。
レティノアが装着するのを見届けると、そっと言葉を出す。
「着けた? なら何でもいいから、使いやすい形の『細剣』を思い浮かべてくれる? あぁ、その指輪に意識を向けて、ね」
「は、はい!」
言葉を受け、レティノアはむむむと唸っている。そして次第に指輪は光を放ち出す。
そして――
「ほうこれはこれは……。なんとも美しい」
「な、なにが……」
光が収まると、レティノアの手には見事な細剣があった。向こうが透ける青い刀身。その中心には一筋の赤が通っている。持ち手は白百合の花が装飾されている。
そんな細剣を見て二人は感嘆を漏らしている。どうにもわたしが作るものは青くなりやすい。それにどこかに花も入る。なんでかなぁと疑問に思いながらも、いつまでも帰ってこない二人に声をかける。
「ほらほら。君たちもそろそろ準備をしなさい」
「は! そ、そうですね」
「そのためにレティノア様を呼びに来たんでした……」
おい、へリックともあろう者がそうだとは……。まぁいい。
わたしは慌ただしく駆け出しそうな彼らにほいっともう二つあるモノをわたす。
「これは?」
「赤いほうが王都行きの転移結晶。青いほうがここに戻ってくる用の転移結晶。赤の方は一定範囲、青の方は使えば勝手に味方全員がここに帰ってくるようになっている」
「そ、それはありがたい」
「いや、流石にヘレナに戦わせっぱなしってのは無理があるからね。君らにはさっさと終わらせて欲しいんだよ」
だからさっさと行った行った、と少し強引に家の外に出す。
「礼を言いますアリシアさん。このご恩を一生忘れません」
「いいから行けって。君らが終わればヘレナに連絡がいくようになっているからさ」
「は、はい!」
そして遠ざかっていく二つの背中を見送った後、わたしはそっと家の中に入る。
どうなるのだろうか。わたしには先のことはあまり予想できない。他の国がどう動くのか、結局わたしは一切の情報を集めていない。へリックとかなら知っているんだろうけど、まぁ聞かないよね。
いつまでもわたしに頼ってちゃいけないんだ。
ヘレナの理想は共に並び立てるようにすることだ。あの子が魔族に頼ってばっかじゃそんなモノは実現なんか出来ない。
だから今回。この戦争がきっと最後になる。思えばあの旅から長く経ったものだ……。契約期間はあの時終わったはずなのに、気づけばずるずるとここまで来てしまった。
だから次にヘレナと会うのは『王』としてのわたしになるだろう。
「アリシア様、お迎えに上がりました」
背後で空間の揺らぎを感じ、そしてそんな声がかけられた。
「うん、じゃあ行こっか、カレン」
「はい」
絶対の信頼からくるその短い会話。お互いをよく知り理解しているからこそ、このような場面で交わす言葉は少なくていい。
カレンは素早く転移の魔法を起動させる。
そしてわたしの姿はヘレナの家から消え去った。




