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72話 戦争

『戦争』


 それには『死』がどうしても付きまとってくる。『平和のため』『なにかを守るため』……。どんなに綺麗に飾ろうと、その本質はただの『死』だ。

 人がどれだけオシャレをしようと、その人が違う者になんかになったりしないだろ? それと一緒だ。


 わたしからすれば『死』と言うのはさして興味のないものだったりする。生きとし生けるものは『魂』が本体であり、『命』ではないからだ。だから『命』の『死』にはどうぞご勝手に、と笑ってやれる。

 しかしわたしのような存在だからこそ、そう思えるのだ。寿命も短く、『魂』と『命』の違いすらわからない人種たちにとって『死』は悲しいものなのだろう。それが身近な者であるのなら、なおさらなのだ。


 閑話休題。


 戦争には必ずと言っていいほどに『死』が付き物だ。たとえ争いの中で死人が出ずとも、敗戦国は戦争を起こした者、または力を削ぐために何人かの有力者を処刑しなければならない。

 そういった『責任』を取らされるのは王族であったり貴族であったりする。

 これは人種たちの中での決まりであり、守ることで秩序を維持できる。馬鹿らしい、そう鼻で笑いたくもなるが、非力ゆえの規律なのだろう。


 死にかけの獣ほど恐ろしいものはない、とはよく言ったものだ。

 戦勝国としても争いは長引いて欲しくない。

 しかし敗戦国の方は負けたからといって、それでハイそうですか、と聞き分けがいいはずがない。貴族のような有力者が平民を扇動し、無謀な特攻を仕掛けてくるかもしれない。そうなれば鎮圧できるであろうが、少なからず戦勝国の方にも被害が出るだろう。

 だから反抗できないように『殺す』。誰だって『安全』の方がいいからだ。


 わたしはいくら反抗されても『絶対』にみんなを守れる自信がある。だから戦争に勝ったからといって、相手国の者を無闇に『殺す』ことはいないだろう。


 しかし、何度も語るが人種はそうじゃない。『安全』のために、危険を孕んだ者を『殺す』のは、きっと正しいことなんだろう。

 もちろんわたしはそれを止めない。しかし手放しで褒めたりは出来ない。いや、このように言うと拒絶しているみたいだが、本当に『安全』のために『殺す』ことは悪いこととは思っていない。また、その標的も最低災厄に汚いから、むしろやっちゃえって思うよ?


 ならわたしは何が引っかかっているのか。それは簡単なことで『戦争』ってのは『無血』では終わることが出来ない、ってところだ。



 ***



「え、せ、戦争ですか?」

「はい、王国側が仕掛けてきました」

「そ、そうですか……」



 ヘレナの家の居間でレティノアが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。

 それを聞いたヘレナは、どこか納得しているような態度を見せ、たまたま遊びに来ていたマイはぽろっと団子を落とす。



「え、え……。ど、どういう事ですか⁉︎ せ、戦争って……。き、聞いていませんよ⁉︎」



 身を乗り出すように正面に座った王女にそう問う。

 レティノアはそれに困ったような表情を作り、チラッとわたしに視線を向けて来た。


 そういえば勇者どもには何も説明していなかった気がする。いや、なんか毎日イチャコラしていてムカついたとかじゃないよ? そもそも、まだマイからは『答え』を聞いていない。だからこっちから行くのはちょっと違うと思ったのだ。てっきりヘレナが説明しているものとばかり……。


 ふとヘレナの方を見てみると、なんと苦笑いを浮かべ、困ったように頰をかいていた。

 ヘレナのことは後で殴ってやろう、そう決意する。しかしマイにも一応は知る権利があるので説明しようか……。めんどいけど。



「そうだね、確か二週間くらい前のことだったっけ――」



 ヘリックたちと会談を終えたヘレナを迎えにいったら、何故か作戦会議が始まっていた。その内容は『いかにしてアレイオス王国吸収するか』だった。

 彼らの言い分を聞いてみれば、いっそのこと王国を潰してヘレナの国に全てを取り込んでしまえと言うことだった。

 その策を実行するにあたって、かなり薄暗いことをする必要もあった。それに対し意見を出したのがヘレナだ。

 ヘレナはどこまでいっても『甘ちゃん』なので、出来るだけそういった手荒な方法は取りたくない、とその策を認めようとしなかった。

 だったら代案をと言われ、ヘレナが出したのは同盟を結ぼうってことだった。双方侵攻せず、貿易や交流はしましょうね、みたいな子どもの戯言のようなものだ。

 それには当然ヘリックたちは難色を示した。何せ、王国はそんなことを受け入れるとは思えなかったからだ。

 しかしヘレナは自分たちの王と位置づけた人物だ。そんな者が大真面目にそう言ったのだ。無視することは出来ず、しかし賛成もしかねる。


 そうやって膠着に入りかけたのを見かねて、わたしは口を出した。

 やってみればいい。

 苦手な貴族相手にヘレナがこうして意見をしたからね。それをわたしは尊重した。また、失敗したところで、対してやることは変わらないと思ったからだ。

 国を吸収するにも、どうしても荒事は避けられないからだ。


 こうしてヘレナの『同盟を結ぶ』と言う意見は通った。


 確かこれの一週間後に王国に『同盟しよう』という旨を書状を出して伝えた。


 そして会談の二週間後が今日だ。



「それが破り捨てられ、逆に戦争を仕掛けられたってわけ」



 分かった? と首を少し傾けマイに聞く。どうやら納得のいっていないようだけど、事情は分かってくれたらしい。



「まぁあっちからしてみれば、ムカついたんだろうね。だって公爵、侯爵2人、辺境伯が裏切ってヘレナについたんだからね。そんな裏切り者たちから『国を作ったんで同盟結びましょう』って頭の悪いことを言われたらキレるよ」

「うぅ……。改めて言われると……。で、でも戦争なんて起ったっていいことなんてないじゃないですか!」

「いえ、『いいこと』は……ありますよ」



 ヘレナの言葉にレティノアは躊躇うようにそう返す。



「え、な……」

「ごめんなさいね。私は王族ですので、そういった『色々』を学んでいるのです。そしてそれを自分なりに吟味しても……」



 レティノアはヘレナよりも若いらしい。それでこんな目を出来るのは……。まぁなんだ、つまらない日常だったんだな。

 王女の言う通り『戦争』には様々な利点がある。そしてそれは数多くあるが、『分かりやすい』ってのが一番前に出てくる。

『言葉』なんてのは所詮形のないものだ。それで物事を解決しようとしても、一向に物事が進まないってことがあるだろう。

 でも『武力』は違う。勝った方が正義。ほらこんなに分かりやすいことはないじゃないか。

 また、勝てば財政が潤うし、優越感にも浸れる。発言権も大きくなる。



「で、でも人がいっぱい死ぬじゃないですか⁉︎」

「それこそ関係ないんだよ、マイ」

「ど、どういう事ですか……」

「結局、平民は『そうなってもいい』存在なんだよ。一部の王族や貴族を除いて、大体の位の高いものたちはそう思っている。自分たちさえ良ければ……。君の国だってそうでしょ?」



 冷たく突き放すと、マイは言い返そうとするも、やはり何も言葉にできないようだ。

 ふとレティノアを見やると、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。

 きっと彼女はそれが嫌でここへ来たのだろう。王女という立場を持っていたにもかかわらず、王国を潰そうという声を一番出していた。確かヘレナの案に最後まで噛みついていたのは彼女だった気がする。


 そんな王女様はふぅと自分に言い聞かせるように息を吐き、ヘレナに声をかける。



「とりあえずはガインたちにはもう使いを出しています。開戦はもう少し先になるでしょうが……。その、戦えますか?」



 現在、この村の周囲には四つの領地にあった街や村がある。それというのも、わたしが転移させて来たからに他ならない。それぞれの街や村はこの森を囲むように東西南北に配置している。

 上空からその四つの街を見れば、ヘレナの村を中心とした正方形の角にそれぞれが位置している。

 対角線で違う街へ移動すれば距離は長いが、辺上で馬車を走らせれば一日位で着く。



「……どうでしょうか。結界があるので街に被害はないですけど……。流石に包囲されれば手数が足りないと思います」



 この街――いや国が保有している最高戦力はヘレナだ。確かに四つの領地が持っていた戦力はある。ゼレアフィル辺境伯の持つ軍隊もかなりの戦力だ。

 しかし、やはり王国に比べれは数が少ない。いくら個人が強くても、物量には押し負けてしまう。

 その例外となるのがヘレナだ。

 あの子は『神の知恵』を持っている。あれは人種相手に使うには些か過剰なものだ。その気にさえなれば一日もかからず王都をぶっ飛ばせる。万の軍が攻めて来たところで、全てを蒸発させられる。



「皆殺し……。それはあまり気が進みませんし……」



 ヘレナが心配しているのはそこだ。あの子はすでに『覚悟』は決めている。しかし好き好んでしたいというわけでもないのだ。

『戦争』とはそういうものだと分かりながらも、最後まで諦めたくないのだろう。



「み、皆殺しって……そんな……」

「い、いや⁉︎ さ、最悪の場合は、です! 私もこういった事は初めてなので……。文献には敵を殲滅して終戦を迎えた。そんなことも書いてあったので……」

「ヘレナのいった事は最終手段ですね。それよりも先にすることがあります」



 レティノアは苦笑い気味にそういい、わたしにそっと目を向けて来た。



「アリシアさん。ヘレナの張った結界はどの程度持ちますか?」

「ん〜そうだね〜」



 問われて、わたしは考えるように顎に手を当て、視線を少しあげる。

 ヘレナは四つの街と多数の村々に『10文字』で結界を張った。わたしが作った街と街を繋ぐ道にもそれを張っていた。

 その時はヘレナの介護ですっごい手を煩わされたが……。まぁ役にはたったな。


 さて『10文字』の結界がどれ程なのか、なんだけど……。正直わたしがパンチすれば壊れちゃうんだよ……。だから正確な値は出せない。でも聞きたそうにしているし……大まかでいいなら答えられる。



「ええーっと、多分下位神の一撃くらいなら防げるだろうし……。多分勇者全員が全力で100回程度結界にダメージを与えれば割れると思う」

「へ?」

「あぁでも、確かあの結界って自動修復とかもあったからなぁ。正直わたしからすれば紙と同然だけど、人種が破ろうとすればかなり時間がかかると思う」

「へ? そ、そんななんですか?」



 ん? なぜ自分の使う魔法を理解していないんだ……。いや、文字魔法はかなり複雑だし、そのアホが好き勝手に改造したせいで、オリジナルのわたしだって分からないものになってしまっている。

 同じくアホなヘレナには何か感じられるものがあると思ったのだけど……流石にそれはなかったか。



「えっと、かなりの時間持つ、と考えていいんですよね?」

「ん? そうだよ? 何するつもりなのさ」



 顔には出さず、ヘレナに対しくすくす笑っていると、レティノアが神妙な顔をして言ってきた。

 王女は悪どいことを考えているような微笑みを見せる。



「私だって戦争は好きじゃありません。誰かを殺すのだって嫌いです」



 そこで一息の間を開け、わたし――いや、ヘレナとマイに向け真っ直ぐな声をかける。



「でも、私はどうしても殺したい者たちがいます。そして、それをなせばこの戦争を終わらせることが出来ます」



 そう語る彼女の目は嘘を言っているようではない。しかしどこか違和感を覚え、その正体は一切の光を見せないその瞳から起因するものだった。


 そんな今までの様子と違う彼女を見て2人は息をのんでいる。

 レティノアにはレティノアの事情がある。それはヘレナにもマイにも言えることだ。だから彼女らには口を出す権利はないし、無闇にそれを聞く権利だってない。

 それを心得ているのか、2人はずっと黙ったままだ。

 そんな彼女らには気づいたレティノアは小さく頭を下げる。



「すみません。つい乱れてしまいました」

「い、いえ、いいんですけど……」



 と、場には少し気まずい空気が流れてしまう。そんな空気を変えようとヘレナが慌てたように声をあげる。



「え、えっと! レティノア様の言う者を……その、殺せば……。えっと、殺せば……戦争は終わるんですか?」

「ええ。少し混乱を引き起こすでしょうし、他国に喧嘩を売ってしまうかもしれませんが……。それでも最小限な血だけで終わらせられます」

「……そ、そう、ですか」



『最小限』きっとそれは言葉の通りなのだろう。レティノアは歳の割には聡明だ。あれが成人前だとは思えない。ヘレナなんて成人をとうの昔に迎えているんだぞ? 笑うしかないよね。


 ヘレナは王女の言葉に戸惑いを覚え、つっかえっつっかえ言葉を出す。



「そ、その……ぐ、具体案って教えてもらえますか?」

「…………。教えることは出来ます」

「な、なら――」

「その前に一つだけ言わせてください」



 ヘレナの言葉を遮り、彼女はこれだけはわかってください、と真剣に言ってきた。



「私と貴女の目的は一緒です。それは志だって似ているでしょう。そして私はあなた方と敵になりたいわけじゃないんです」

「は、はい。それは重々承知ですし、そういうことで協力してくれているのですよね?」

「……分かっていただいているのならいいんです。ですが今から説明しますが、決して敵対しようとしているわけでは無いんです」



 そう言って、彼女はポツポツと計画を話してくれた。

 その内容は大体わたしが予想していたことと同じだった。また聞いた者によっては怒り出す輩も、まぁいるにはいるんだろうなぁって思った。

 きっと王都にはそう言った者らが溢れているのだろう。だからレティノアはここまで萎縮しているのだ。ヘレナを怒らすのが怖いのだろう。あんな力は人種には過ぎたものだからね。


 でもあのヘレナだぞ? あのアホでお人好しのヘレナだぞ? そんなちょっとしたことで起こるわけがないし、こう言ったことはこの先何度あるかも分からない。王になるんだ、君のその考えを逆手に取るくらいしてもらわないと、こっちが困るんだよ。まぁ一生ヘレナには出来ないだろうけど。



「へ? そ、そんなことで怒りませんって!」

「そ、そうですか」



 レティノアは若い。それと大人顔負けなくらいに賢い。それをよく思わないものは多いし、そんな環境で育ったからだろう。多分彼女のアレは、ヘレナの貴族恐怖症と同じようなものだ。


 いつか克服できるのかなぁ、と微笑ましく眺める。


 ぺこぺこと頭を下げ合う2人は結構面白いものだ。

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