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70話 質問 (sideヘレナ)

 ぶわっと黒い空間に入り、ナニカを抜けたかと思った次の瞬間――全身に激しい衝撃が走った。



「いててて……」



 多分椅子か何かにぶつかったのだろう。私は腰をさすり、呻いてよろよろと立ち上がる。

 そして暗い茶色の机に手を置きながら、ここはどこだ、と辺りを見渡すと――



「っ⁉︎」



 そこには突然に現れた私に驚愕している名だたる面々がいた。

 私はその方たちの顔を見て、不甲斐ないことに――いや、当然の帰結として、気づけばただビシッと背筋を伸ばしていた。


 それを見たお歴々、その中でも一番ヤバいお方――ガイン・キレミネルス公爵が声をかけてきた。



「ふむ。まぁ落ち着きたまえ。奇抜な登場だったが、このような場では優雅に、そして気品を高く持って、だ」

「ひゃ、ひゃい!」

「……とりあえず座ったらどうかね」



 見事な白い髭を撫でながら言われた言葉は、やはりというか、年の功というか……。とてもご老体とは思えないほどの重圧を伴っていた。

 私はキレミネルス公爵様の言葉に従い、一番近くにあった椅子を引く。


 そしてビクビクしながらも腰を下ろした私は、改めて長机に並ぶ彼らを見る。

 すると、どうやら上座であるはずの正面には誰もおらず、それを避けるようにお歴々が座っていた。

 奥の方からガイン・キレミネルス公爵様、ヘリック・アドルフィン侯爵様、アギル・カラフィン侯爵様、レチア・ゼレアフィル辺境伯様の順で並んでいる。


 そんな私でも知っているような有名人を前にして、もう転移して帰りたくなった。


 でも、彼らが協力してくれれば、と考えなくもないのだ。


 キレミネルス公爵様は言わずもがなで、王国を影から支える立役者と言っても過言ではないお方だ。

 ヘリック様は『情報統制』の第一人者で、『人との交渉』ごとにも精通している。

 カラフィン侯爵様の専門は多岐に渡っている。特に『商業』と『職人』の質がすごい。カラフィン領はそう言った者たちの街と言ってもいい。また、彼の領に属する商人たちは薄暗いことをしていないという噂もある。

 ゼレアフィル辺境伯様は分かりやすい程に簡単だ。ゼレアフィル領は常に敵国と隣接しているため、保有している『武力』が王都並みになっているそうな。また実戦経験が豊富なため、それすらも凌駕していると聞いたこともある。


 きっとヘリック様が骨を折ってくれたのだ。それに彼らのような優秀で実績もある方たちが私の国に味方をしてくれれば――



「ふふ、私もこんなことを考えるんですね」



 つい数ヶ月前までは考えすらしなかったことだ。多分ここのところずっと『王』になるために本を読んで、そしてアリシアに質問とかをしたせいだ。

 だからこんな風に思うってことは、まぁ染まってきたなぁと少し可笑しく思ってしまったのだ。

 そのせいか私はお歴々の前だというのに少し吹き出し、あまつさえぶつぶつと小声を漏らしてしまった。


 それを見ていたキレミネルス公爵様が意外そうな顔をする。



「ほう、我らを前にしてその余裕か。さっきとまでは大違いよの」

「い、いえいえ! そんなことはありません! 私今すっごく緊張しています!」



 関心するように言われたその言葉に、私は張り詰めた糸のように背を伸ばし、ハキハキと言う。

 すると、公爵様の正面から小さなため息が上がった。

 その息の主、ヘリック様はすみません、とこの場にいる皆に声をかけて私の方に視線を移動させる。



「ヘレナ殿、それはそんなに堂々と言っていいことじゃない……。はぁ……アリシアさんというお手本が身近にいるのに……なぜ……」



 はっ。そ、そうだった……。確か、初手から舐められたらダメ! とか何んとか言われてた気がする……。で、でも、この国にいる貴族にとってカーコフ家って舐めてかかる相手だと思われてるし、ご、誤差です……。


 私はその場しのぎとして、あはは〜と愛想笑いを浮かべ、とりあえずヘリック様の言葉に頷いておく。


 すると、その空気を破るようにキレミネルス公爵が咳を一つ落とす。



「ヘリックもヘレナ殿もそこまでだ。そう言った心得は後々でも良い。此度は条約を飲むか飲まないか――それを話し合うのだろ?」

「そうですね。ヘレナ殿、貴女には言い聞かせたいことが色々あるが、それはまた今度にしよう」

「は、はい!」



 私が恐々としてそう返すと、席に座っていた方たちの雰囲気が一転する。今までは――いや、今までよりも遥かに重く、攻められているようにも思えるような威圧をまとっていた。

 その圧を前に、私の頰には一筋の汗が伝い、気づけば喉を鳴らして唾を飲んでいた。


 その中で一番はじめに言葉を放ったのはキレミネルス公爵様だ。



「ここにいる我々は今からヘレナ殿に各人質問をする。ただそれに答えてくれればいい」

「し、質問ですか……?」

「ああ。結果によっては……。だが、絶対に偽りだけは言わないことをお勧めする。我らはそう言ったことに敏感だからな」



 公爵様の言葉は、ともすればアリシアの風格に似たようなモノのようだ。いや、気絶出来るだけアリシアの方がまだマシだ。

 この状況は私に対して一番効果のある盤面だ。トラウマのある貴族、そして重大な選択肢……。ここの私の行動次第で村での生活環境が大きく異なる結果を迎える。


 私はアリシアのおかげで少しは耐性は出来ているが……。それでも肩で息をしないように胸を押さえつけることしかできない。


 そんな中――一つ目の質問が投げかけられようとしていた。



「なら俺からだな。決めた通りいかせてもらうぞ?」



 声の主はレチア・ゼレアフィル辺境伯様だ。確かゼレアフィル辺境伯は数年前に当主が変わったとか。理由は当時の当主をレチア様が下したから、と言われている。あの領は戦乱溢れているので、頂点は常に最強を保つことが最良なのだろう。

 しかも、レチア様は武力もさることながら、領主としての手腕もあるとか……ちょっとずるい。


 ゼレアフィル辺境伯様は筋肉が盛大についた腕を組み、はち切れんばかりに身を大きくして威圧するように声を上げる。



「ヘレナ殿の国の戦力はどのくらいあるのだ!」



 やはり辺境の者はそう言うことが気になるのだろうか。

 でもそれもそうか。私の国につけば戦乱は間逃れない。そして前線で戦うのはおそらく辺境伯領の者たちだ。

 ただの使い勝手のいいコマとして使われるのが気にかかるのだろう。自領の民を無残に死なせたくない。私だってその考えは同感できる。


 でも……。私にはこう答えるしかない。肩を落とし、躊躇うように返す。



「……私、だけです」

「…………。そうか。では、どれだけ戦える?」

「それは……」



 問われて、どうしたものか……と言葉を詰まらせてしまう。

 正直なところ、私は自身の『力』を分かっていない。使ったことがあるのは、精々で『6文字』だ。集落で『10文字』の結界を張ったことはあるが、アリシアによるとアレはかなり生易しいらしい。

 確か、『10文字』の攻撃魔法を使えば、魔王、引いては魔王軍を屠れるとか聞かされた。

 また、現在の私は『4文字』までなら何の反動もなく使いこなせる。それが5、6文字になったところで……。



「きっと……。いえ……私一人で王国を相手にして、完勝出来ます」



 だからこうとしか答えられなかった。嘘なんて通用する相手じゃないのは重々承知だからだ。



「嘘じゃ……なさそうだな。そうか……ヘリック殿に聞いていた通りか」



 そう言うゼレアフィル辺境伯様の声は些か沈んでいるように思えた。それもそうだろう。何せカーコフ家であり、その上三女の私がそんな理不尽さを持っているのだ。

 日々汗水を垂らして鍛えている彼ら。でも、それでもこんな成人して少しの女に敵わないのだ。

 誇りも意地も、何もかもが打ち砕かれている筈だ……。


 辺境伯様はそんな自分を振り払うようにパンパン! と強く頰を叩き、再度私に強い視線を向けた。

 そしてこれが俺からは最後の質問だ。そう告げて続ける。



「ヘレナ殿は『戦う』覚悟はあるのか?」



 重々しく問われたそれは、既に答えを出した問いと同じようなものだった。

 だから私はそれに堂々と真っ直ぐに答えることができる。



「はい。私は覚悟しています。この手が血に汚れることも……そして既に汚してしまったことも……。私は全てを背負います」



 そう辺境伯を正面に捉えて答え、でも、と少し後付けをする。



「最後の最後まで『戦わない』という道を模索したいです。これは逃げでなく、私の『理想』のためです」



 はっきりとそう言葉に表す。それを受けた辺境伯様は深く考え込む。

 そして、そうか……と頷くと私の視線に合わしてきた。



「俺はヘレナ殿を支持しよう。これで質問は終わりだ」

「ほ、本当ですか⁉︎」

「おお、お前さんの意気が気に入った。ホント、羨ましいくれぇにな」



 言い終えると、辺境伯様は深く椅子に座りなおし、向かいのカラフィン侯爵様に目を向ける。



「分かりました。では次は私ですね」



 侯爵様は浅く座り、両ひじを机につき手を組んでいる。そこに顎を乗せて少し目を細めて私を見る。



「私からの質問はただ一つだ。……街は、いや、職人たちや商会の扱いはどうなる?」



 職人気質のある彼からそんな質問を投げられる。


 しかし……私は侯爵様のその意図が分からなかった……。

 だからこてっと首を傾げ、正直にそれを伝える。



「え、えっと……その、どういう事ですか?」



 するとお歴々から盛大なため息が漏れ、終いにはゼレアフィル辺境伯様は大きな笑い声を上げていた。


 カラフィン侯爵様は頭を抱え、眉間にしわを少し寄せ、首を横に振って私に言葉をかけてくる。



「少しは見直したのだが……。はぁ……。要約すると、身体を壊すくらいこき使われないか、それが心配なのだよ。彼らは彼らで好きに、そして自由にしていて欲しいのだ。それが我が領の文化なのでね」



 えっと……。つまりはアレをコレを! と生産の注文をするなって事なのかな? そして無理難題を押し付けないか、それが心配なのだろうか?


 でも、結局それは杞憂だ。何せ、私にはそう言った知識がないからだ。確かに必要なものは出て来るだろうが、そう頻繁なものじゃないだろう。

 また、現在の村にはそう言った指示をできる者がいない。


 私は少しぽやんとしながらも、ゆっくりと間違わないようにカラフィン侯爵様に答える。



「それは心配しなくても大丈夫です。家を作って欲しい、とかはありますが基本は侯爵様に任せるつもりです。ああ! も、もちろん協力して下さることになったらですよ⁉︎」



 もう協定が決まったかのように話してしまったのを慌ててとりなす。


 するとカラフィン侯爵様は呆れるように息を吐き、少し肩を落とす。



「聞きたかったのと違うし、そういうことはもう少し話し合って決めるものなのだが……。もういい、分かった。私からの質問は以上だ。ヘリックに順番を渡す」

「は、はへ⁉︎ だ、ダメでしたか⁉︎」

「協力しますよ! はぁ……毎回コレでは疲れますね……」



 どうでも良さそうに言った侯爵様に戸惑いの声を上げると、なんと力強くそう返された。少しお疲れの様子だけど、でも協力して下さるようだ。


 椅子に深く座り天井を見上げている侯爵様を横目に、私はヘリック様に目を向ける。

 ヘリック様は斜向かいのカラフィン侯爵様を労うように笑みを浮かべ、そのまま私の方を向く。

 そしてヘリック様はからからと笑いながらそっと口を開く。



「そうだね、実は私からは何もないんだ」

「へ?」



 てっきりめちゃくちゃ難しいことを聞かれるのかと身を構えていたのだけど、案外そうじゃないらしい。

 ヘリック様は何気ない感じで私を視界に捉え、こちらを緊張させまいという気遣いが伝わってくる。



「私はアリシアさんと話したときには既に答えが出ていた。ああ、でもヘレナ殿に期待してないから質問をしないんじゃない。むしろその逆で、信じているからこそ、私は何も聞かない」



 苦笑い気味でそう言われるが……よく分からない。私のどこをヘリック様は信じているのだろう? 考えてみるも、やっぱりその答えは見つからない。


 そんなことを考えていると、顔に全部出てしまっていたらしい。



「まぁ分からなくてもいい。それが君らしいからね」

「はい? えーっと分かりました?」



 とってもいい笑顔を見せられ、私は追求する気を削がれてしまった。元々そんな意欲はなかったとか言っちゃダメ。


 ヘリック様は区切りが良かったのか、そっと正面に座るガイン・キレミネルス公爵様に声をかける。



「お次を。私はコレで以上です」

「うむ。そうか。ならヘレナ殿――」



 王国を影から支えてきた立役者である公爵様。そんな大物が放つ言葉はどれも重く鋭い。

 だからだろうか……。ガイン様がする質問は、まるで名手の射った矢のごとき威力をはらんでいた。



「――貴殿はどのような国を作りたいのだ?」



 私は自分の『理想』をアリシアと家族以外に語っていない。また、家族に知られたのは不可抗力だった。あのスラム襲撃の際に語った私の『理想』。村のみんなにでさえ、家族にでさえ知られたくないそれは……。


 ――きっと分を超えた願いなのだろう。


 この場では嘘をつくことは出来ない。でもなんとしてでも彼らには力を貸して欲しい……。


 だから……私はこの『理想』を語らなければならないのだろう。例えそれが許されないことであっても。

女性であるヘレナに『貴殿』と使いましたが、誤用と分かってです。

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