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69話 もう一つの試練 (sideヘレナ)

 私が学園で修めていた専門分野は『歴史学』だ。しかし『歴史学』といっても、古くに滅んだ文明のことだけなので、近代の歴史はあまり詳しくはなかった。

 だから改めて勉強してみると、自分は何も知らなかったんだなぁと思い知らされる。

 でも『王』関連のことしか調べていないので、やっぱり私は知らないことだらけなのだろう。


 読んだ歴史書の中には様々な王がいた。稀代の天才と呼ばれた者や、愚者と呼ばれる者まで色々だ。

 その中で一番興味を持ったのが『愚者』と呼ばれた王だった。

 その王はなんと『奴隷制度』を廃止しようと提言したらしい。でも有力貴族らにその意見を押しつぶされ、結局は実現しなかったそうだ。

 しかし、昔にもそんな人がいたんだ、と共感……みたいなものを感じた。

 何せ私もそうしたいと願って――いや、『しなければ』と決意しているのだから。


 きっと私のしようとしていることは、大体の人には――人種には受け入れられないことなのかもしれない。私も稀代の愚王と歴史書に刻まれてしまうかもしれない。


 ――でも……それでも……。


 願ってしまったのだ。出来るかもと光が見えてしまったのだ。心強い存在が保証してくれたのだ。

 私は一度思い描いてしまったそれを手に入れたい。実現したい……。

 なら動くのは早いに越したことはない。寝坊するよりもよっぽどましだ。

 だから私は知識を蓄える。ただ、寄り道ばっかりして遅刻したら元も子もないんだけど。


 この道が間違っているのか、それとも正解なのかだなんて迷っている暇はない。そんな暇があるのなら一冊でも多く本を読むか、集落の人たちを手伝うべきだ。

 自分が迷い抜いた末に選んだのだ。なら私は私を信じて真っ直ぐ進むしかない。

 それに私を信じてくれる人たちがいる。魔族がいる。神様がいる。


 ふと本から視線をあげ、開けていた窓を見やる。

 するとそこにはたくさん家が並んでいる光景が広がっていた。それにパンの焼けるいい匂い、肉が焼ける香り。加えて楽しそうに何かを囲んでいる集落の住民たち。



「…………」



 さて、私は昼時に集まって楽しそうにしている彼らを見て、果たして何を思ったのだろうか。

 なんとなく言葉にしようと顎をさする。しかしうまく表現できるような言葉が全く見つけられなかった。

 でも代わりと言わんばかりに主張してきた 『言葉』があった。


 それは――



「もう『集落』とは呼べないですね」



 流石に建ち並ぶ家は、王都とかの大きな街にあるレンガや石造りの物じゃない。木製だし、素人造りなので所々歪んでいる。隙間風も自分でなんとかしなければバンバン入ってくる。肥沃な土地なので虫も結構いる。結界があるから大丈夫だが、魔物もそこそこいる。


 他の街と比較すると、もっと欠点が……というか不便なところは目についてくる。

 でも、それでも、初めの頃と比べればすごい進歩なのだ。

 今私が住んでいるこの仮の家も、元々の集落にはなかったのだ。森を切り開き、場所を確保して作ったのだ。


 周りは森で囲まれているし、みすぼらしい家しかない。でも、こうやって沢山の家が建ち並ぶと『集落』だなんて呼べない。



「なら『街』……はまだ言い過ぎですし……。そうですね、少し大きな『村』といったところでしょうか」



 私の中では『集落』というのは規模がかなり小さいものだ。『村』はそれらがいくつか集まったものだと考えている。

 だからこの『集落』は成長したことで『村』になったんだと、なんとなく思ってしまう。


 窓から見える景色。それは決して『華やか』『煌びやか』とは違うが、それでも私には素晴らしいもののように感じられた。

 きっとそれは人と人とが作り出す、あの心から楽しんでいるような空気のせいなのだろう。私はこんな街を作りたかった。ずっとずっと……子供の頃から思い描いていた……。

 でも、まだそんな私の『夢』に『現実』はついて来れてはいないのだ。だから私が引っ張っていかなければならない。時々手を借りてしまうこともあるだろうけど、それでもいい『王様』ってのになりたい。



「休憩はこれくらいにしましょうか」



 グーっと伸びをして、再び机に向き直る。

 なんだか小難しい言葉が多いけど……。でも頑張らなくちゃ。


 魔道具が光を放ち室内を明るくする。その中で今日も今日とて私は知識を蓄えていった。



 ***



 トーヤやマイたちがきて早一月。あいも変わらず私は分厚い歴史書にしがみついていた時だった。

 小さな背の少女は透き通るような黄金の髪を自信満々に揺らし、バンッ! と大げさに扉を開いた。

 そして宝石のような青い瞳を輝かせながらこう叫ぶ。



「ヘレナ! やっとヘリックが連絡を寄越してきたよ! 早速向かうから用意して!」

「はへ⁉︎ な、なんですか急に⁉︎」



 昼間の静けさを蹴破るように現れたアリシアは、なぜか得意げな顔で私に準備を急ぐように言ってきた。

 しかし突然そんなことを言われても、私は状況をいまいち理解していないので、もたもたしていた。

 だからだろうか、アリシアがおっそーい! とちょっと怒った態度をとり、もういい! と私に向かって軽く腕を振った。



「ちょ⁉︎ な、何を――」



 そんなアリシアを止めようと腕を掴みに行ったが……悲しいかな、私は椅子に足を引っ掛けてしまった。



「……何してるの? 勉強のしすぎでアホを極めた?」

「なっ、そんなわけないじゃないですか⁉︎ アリシアがまた変なことをするんじゃ、って焦ったんですよ‼︎」

「はぁ⁉︎ わたしは一回もそんなことしたことないよ! ほら、わかったなら行くよ。お客が待っているからね」



 もっとアリシアに抗議したかったが……。なんだかかなり重要なことらしいので渋々従うことにした。

 よいしょ、と立ち上がろうと床に手を置くと、しっとりと手に吸い付くような質感がした。


 何かな? と見てみると、真っ白な布――いや手袋に覆われた自分の手があった。



「な、なんですかこれ⁉︎」



 言って、わたしはとりあえず素早く起き上がる。そして改めて自分の服装を見てみると、値段で目がくらみそうなドレスを着た自分が居た。


 あわあわとしていると、イタズラに成功したみたいな笑顔のアリシアがそこにいた。



「だってヘレナって一応王様でしょ? だからそれらしい格好をしないとね〜」

「で、でもこれはダメでしょ⁉︎ こ、こんなに上質そうな布……。一体いくらすることか……。うぅ……」



 そっとドレスをつまみ、勘定をしてみる。まず、ドレスは深く鮮やかな青を基調としたものだ。上半身はピッチリとしていて体の線を見せている。またスカートの部分はふんわりとしておらず、スッとしている。

 これは……正直言って見たことのない意匠だ。わたしも数回しか舞踏会とかに出たことはないが、お嬢様方はみんなふわふわモコモコしていた記憶がある。

 でも、このしっとりとしなやかで艶やかな光沢を持つこの生地は相当な値段が……。売ればもしや……。



「いえいえ、そうじゃなくて」



 頭を振って邪念を外に追いやる。


 深く鮮やかな生地を彩られるように金や銀の花が散りばめられ、肩口部分には綺麗なレースが施されている。


 そんなドレスをまじまじと見つめ、本物なのか? と少し疑いを持ってスカートをはらりと手ではためかせる。

 でもどう見ても本物っぽく、アリシアは魔法を使って着替えさせたのだ。とようやっと理解した。


 そんな私を見て、アリシアは微笑んで声をかけてくる。



「どう? なかなか綺麗でしょ」

「え、えぇすごく……。どこかに引っ掛けて破ったとしたら……。そう思うと怖すぎます……」

「あはは〜。あぁそんなのこと気にしてたんだ。うん、大丈夫だよ? その服って私の魔力を編んで作った物だからね。そんじょそこらの鎧よりも硬いよ」

「なっ⁉︎」



 それが真実というのなら、この世に存在するどんな鎧よりも硬いものになってしまう。ただ神具やアリシアたちが作ったものを除けば、だけれど。でも人種が作る鎧のどんなものよりも高性能なのは間違いないだろう。


 私は恐々と身を震わせ、それでも確かめることにした。

 そっと肉体強化の文字魔法を起動させ、グッと力一杯スカート部分の布を引っ張る。

 しかし全くビクともしない。何度も何度も破ってみようと試みるも……。結果は私の体力と魔力が無駄に消費されるだけであった。


 アリシアの言葉がおそらく真実だろうと私は悟った。そんな私に再び声がかけられる。



「どう? 満足?」

「はい……。多分人種の中で一番高いドレスなんだなぁ、と」

「うふふん。それはわたしからヘレナへのご褒美だよ。毎日頑張っているようだし、これからも頑張ってもらわないとだからね」



 その言葉に私は小さく頷き、そして胸元でグッと両手を握りしめる。



「頑張ります。これからも頑張りますので、どうか見守っていて下さい」

「うんいいよ。元々そのつもりだったしね。君の最期の時まで見ていてあげるよ」

「ありがとう、ございます……」



 そう言われるだけでこれからも頑張っていこうと思える。期待してくれている。生まれて初めてのそれは、やっぱりむず痒い。でもとっても嬉しくて、ぽかぽか心が暖かくなるのだ。


 感極まって涙を流しそうな私をよそに、アリシアは大袈裟に頷きながら言葉を出す。



「うんうん。なら頑張る宣言をした君に、ちょっと行ってもらうところがあるんだ」



 そう言って、アリシアは一つの扉を私と彼女との間に出す。それは一見ただの扉だが……。私には分かる……分かってしまう。

 その扉にはとてつもない魔力が込められていることを……。


 私は固唾を呑んで彼女の言葉の先を待つ。



「これは『転移門』と言って、とある場所に繋がっている」

「とある、場所?」

「うん。そこには少ないけど、位の高い貴族がいる。君には彼らと会談をしてきて欲しい」

「なっ⁉︎」



『位の高い』と彼女は簡単に言う。そして『高い』とは『カーコフ家』よりもなのだろう。そうでなきゃアリシアがこんな言い方をするわけがない。



「君には一人で行ってもらう。残念だけどわたしはついて行ってやれない。送り迎えくらいはするけどさ」

「え、な、なんで……」

「まぁ重要な事、だからね。わたしもへリックと話してそれがいいと判断したんだよ」



 さらっと彼女の口から出た言葉。それを聞いて、私は少し前に聞いた事が頭を駆け巡った。


 確かアリシアはヘリック様にこちら側に着くように提案しに行ったのだ。そしてそれを受け入れたヘリック様はもう一つ依頼を受けていたんじゃなかっただろうか。


『君のような貴族をヘレナ側に引き込んで欲しい』


 そうだ。ヘリック様は私に味方してくれる貴族たちを当たってくれていたのだ。それも秘密裏に。

 きっとヘリック様の思い当たる貴族らを当たり終えて、それでアリシアに何らかの手段で連絡を寄越してきたのだ。


 ――ならこの扉の先には。


 この先にはヘリック様が声をかけ、その声に応じた貴族家の当主、ないし後継ぎ、それか信頼できる臣下がいるはず……。そしてアリシアの言葉を踏まえて再考してみると……。



「ア、アリシア……その、私……」



 扉の先の光景を想像し、そこに入った私がどんな反応を見せるかまで予想できてしまった。だから私は少し後ずさってしまう。


 そんな私の白い手袋に包まれた手をアリシアが引いてくれる。



「大丈夫だって。ヘリックもそんなに意地悪をしないだろうし、他の貴族らも大丈夫だって」

「で、でも……」

「でもじゃない。君は『王』なんだ。民を守る『盾』であるべき君がそんなじゃダメだろ」



 そう言って、アリシアはバシィンと結構強めに私の背を平手で叩く。



「う……!」

「ほら、しゃんとしろ! 君は民のために『命』までわたしに差し出そうとしていたんだろ! そんな覚悟ができるくせに、何で貴族ごときにビビるんだよ」

「う、うぅ……。小さな頃にトラウマがあるんですよ……。やっぱ怖いものは怖いんですぅ」



 あの品定めされているような視線とか……。あと『価値なし』と判断された時の蔑みの視線とか……。子供の頃にそんな体験をすれば嫌でも『恐怖』が体に染み付いてしまう。それに、大人になってもずっと貧乏な事で色々言われて……。



「本当に怖いんですよ! 治そう治そうって思っても、いざ貴族を前にすると身体が縮こまってしまうんです‼︎」

「はぁ……。ヘレナって変なとこでアレだよね……。いつもみたいなアホさ加減を発揮したらいいのに……」



 うぅ……。やっぱり身に染み付いたものって中々拭い去れないんです……。相手がデプリシオみたいなクズならいいんですが……。ヘリック様とか完璧な貴族ですし……。そんな方とどう接しろって言うんですか……。


 あー、うー、と唸っていると、頭を抱えていたアリシアが突然に私の手を取った。


 な、なに……。と少し怯えてアリシアを見てみると、彼女はガシガシと頭をかいていた。



「あーもう! めんどくさいなぁ! へリックも待たせてるし、強制的に行ってもらうから!」

「え、ちょ、ちょっとぉぉぉぉおおおおお!」



 アリシアは抗えないような力で引っ張り、いつのまにか開いていたその扉に私を軽々と放り込む。



「ふぅ、うん。いい仕事した〜。昼寝でもしてるから、まぁ頑張ってきなよ」



 そう軽く手を振りニヤニヤと笑っているアリシアを恨めしく睨む。しかしそんな私を嘲笑うかのように扉の先――真っ黒な空間に私は飲み込まれていってしまった……。

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