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68話 果樹園

 トーヤら勇者一行が集落に来てからもうすぐ一月経とうとしていた。

 現在の彼らはヘレナたちの手伝いとして、木材を運んで来たり、石を運んで来ていたりした。勇者一行のお陰で効率よく住居を建てることが出来た。


 また彼らが加わってくれたことでヘレナに余裕が出来た。だからなのか、最近ヘレナはよく本を読むようになった。

 その本の内容は王についての記録だ。あの王は何をした、この王はこれこれをした。この王が亡くなったとき、その王座を巡った争いでたくさん死んだ。この王が治めていた時は平和だった。そんな色々な王が歩いた道を知識として蓄えていた。

 しかし、ヘレナは本の内容を鵜呑みにすることはなかった。自分なりの考察をし、それが本当にいいことなのかじっくりと考え込むのだ。それで真に民の為になることだけを敬い、それ以外のものは反面教師にした。


 彼女は今必死なのだろう。地力がないからこそ、それを補おうとしている。


 わたしにはそれがとても愛おしいものに見える。彼女の必死さが、真っ直ぐさが、わたしにそう思わせるのだ。


 冷たい飲み物を片手に居間で真剣な表情を浮かべる彼女。ヘレナのすぐ側にはいくつか本が積み重ねられており、昼夜を問わずして彼女は見聞を広めている。



「ねぇアリシア、この王はなんでこんな時から堤防が必要だと分かったのでしょうか? 当時あの川は氾濫したことなかったんですよ?」

「ん?」



 ヘレナはそう言って、隣に座るわたしにそっと本を傾けて来た。

 わたしはだんごを食べるのをやめ、それを覗いてみると地図のようなものがあった。そしてヘレナが指差しているのは本筋から分かれた細く蛇行している川だった。

 そこの川は今では蛇行しておらず、この地図の時代のものから三倍は大きくなっているだろう。

 また、一緒に見せられた文献を読む限り、その王が大きな堤防を築くように命じなければ、この川はもっと大きいものになっていただろう。



「ちょっと考える」



 前例もなかったのに、なぜその王が堤防を事前に築けたのか……。それも前兆すらない頃から、だ。

 考えられる可能性はいくつかある。

 一つ目は王がその手の『スキル』を持っていたこと。未来視とかかな? でもこの王は毒殺されているため、それはない。ほかに有用な『スキル』も思いつかないな。


 なら二つ目は『妖精』または『精霊』の類か? いや、奴らを認識できるのは極少数だ。その王が奴らを見れていたのなら、それらしい文献が見当たるはず。でも見当たらない。


 じゃあ三つ目が一番有用かな? 魔物の中に災いの際に現れると言う性質を持ったものがいる。

 その魔物はかなり小さく、群れをなさないため出現しても見つからないことがある。でもその王、ないし彼に近しい者たちが見つけたのだろう。そして災いを知らせると言う魔物は細々とだが人種にも伝わっている。それがこの辺りのことじゃなかっただろうか?


 と、わたしは思いついたことを全てヘレナに話す。また、その魔物を適当に魔力で形どって見せてやる。

 するとヘレナは感心したような声を上げる。



「魔物ってそんなのもいるんですね」

「うん。大体が人種に害をなすけど、たまに益をもたらす奴もいる」



 まぁホントにたまにしか出てこない。むしろそんな魔物たちは弱すぎるため、他の魔物に食われることが多い。でも、殆どが短命なので、寿命で死ぬ方が多いってのが残念なところだ。



「あと、妖精や精霊って本当にいるんですか? 精霊は精霊術師がいるので実在するんでしょうけど、妖精なんておとぎ話の中だけじゃないんですか?」



 不思議そうにそう言われ、わたしはふふっと少し笑ってしまった。いやさ、見えない者からすれば彼らはそんなものなのだ。

 わたしはくすくす笑いながら、ヘレナに答える。



「精霊はいるよ。あいつら精霊界に引っ込んでて出てこないし、姿も隠しているからね。でもいる。それにシーラは半分は妖精だよ」

「あぁ、そういえば綺麗な羽を持っていましたね」

「あの子は魔族が混じっているからヘレナにも見えてるんだよ。普通の妖精は特別な瞳か魔力を持っていなければ見れないんだよ」



 そう聞いたヘレナは見てみたいです、と羨ましそうにしているが、そこまでいいもんじゃない。妖精なんてホントそこら中にいるからだ。気づいたらそこにいたとかザラにある。この集落においては花が群生しているところにいっぱいる。

 見えたら見えたらでめんどいし、てかぶっちゃけ飽きるのだ。


 ヘレナはありがとうございますと言って、再び本に向き直る。


 ここのところずっとこんな感じだ。ヘレナは本にしがみつき、自分なりの解釈を出す。そしてそれに納得いかないとわたしに質問してくる。また自分の解釈が本当に正しいのか聞く時もあるし、考察すら出来ず、今みたいに聞いてくることもある。


 わたしはそんなヘレナをそっと眺めつつ、お皿にたくさん盛り付けてあるだんごに手を伸ばす。


 まん丸で真っ白。また緑やピンクのものもある。あんこが入っているのもある。でも入ってないものもある。

 そのどれもが美味しいし、嫌いなものなんてない。

 でも、ひとつだけ文句を言うのなら、もっといろんな色を増やしてもいいと思うのだ。



 ***



 集落は色々な音で包まれていた。カンカンと釘を打つ音、カツカツと岩を削る音、ギコギコと木を切る音。

 みんながみんな汗水を垂らして働いている。男は力仕事、女はそんな彼らを支えるために家事炊事。その中には当然のようにカーコフ家もいて、集落一丸となって生活環境を整えている。


 その甲斐あってか、畑は充実し果実園も賑やか、家も増えたことで狭苦しさもなくなった。小麦がよく取れて、最近パン祭りを開いたりした。


 少しお祭り気分が抜けない集落を歩く。すると眼前に大きな木を担いでいる女性が現れた。

 わたしは声をかけようかなぁと思ったが、その前に別の者がその女性に向かって話しかけた。



「へ、ヘレナ様、俺たちがやりますって! 勉強でお忙しいんですよね?」

「いえ、皆さんが働いてるのに私だけ何もしないのは気まずくて……。たまには働きませんと……」

「で、ですが……」



 男がヘレナを気遣うように声をあげるも、彼女は曖昧に微笑むばかりであった。

 まぁ男の気持ちもヘレナの気持ちも分からなくないので、ここは放っておいた方がいい。


 わたしは脇道に入って二人にかち合わないようにする。そして少し開けた道を歩く。

 確かこの道の先は果樹園だった気がする。ならば少し拝借しようか。なに、たくさんありすぎるし、どうせ食いきれずに種になる分をもらうだけだ。



「えぇっと、これとこれをもらおうかな?」



 少し歩いて果樹園に着いたわたしは紫のつぶつぶがいっぱい付いているやつと、安定のレンの実をいくつかとった。

 少し日差しが眩しいので、そこらの木陰に入りひょこっと腰を落とす。


 そして木にもたれかかりララムから実を一個一個外して口に放り込んでいると、わたしの来た道から誰かが歩いて来た。



「はぁ……」



 肩口で切りそろえた黒い髪を小さく揺らし、その少女は深いため息を漏らす。そんな彼女が見ているのはレンの実だった。


 そして彼女はレンの実を一つ取ると、魔術で水を出して軽く濯ぎ、風で食べやすいように切り分ける。そして一切れ食べて、またその肩を落とす。



「わたしは……どうしたらいいんだろ……」



 きっとそれは誰にも聞かせるために言ったのではないのだろう。そしてその小さな呟きからはヘレナと似たような感じが伺えた。


 だからわたしはそっと声をかける。



「したいようにすればいいよ」

「っ⁉︎」

「うふふん。なんかみんな同じ反応するよね〜」



 マイはわたしの声にビクッと肩を跳ね上げさせ、危うく切り分けたレンの実を落としそうになっていた。

 驚愕がまだ治っていないマイをよそに、わたしは軽くララムをつまみながらニッコリと笑いかける。



「やあ久しぶりだね。どう? 調子はいいかな?」

「え、えっと、お久しぶりです……」



 実はわたしとマイたちはあの後以降顔を合わしていない。必要事項はヘレナを通しているし、ホントに会っていない。なにせ、わたしと会えば彼女らが気まずいだろうと思った故だ。

 だけど会ってしまったのは仕方がない。別に積極的に避けていたわけじゃないんだからさ。



「まぁ座りなよ。話ぐらいは聞いてあげる」



 そう言って、わたしは今座っているところの隣をポンポンと手で叩く。マイは少し迷っていたようだが、素直に従ってくれてそっと腰を下ろした。



「で? 君はどうしたいのさ。別にトーヤに合わせることなんてないんだよ?」



 マイが悩むことなんて大体分かる。だからそう聞いた。それに適当な雑談で長引くよりも、こうやって本題に入った方が彼女もありがたいだろう。


 マイは頰をかき、視線を落として言葉を紡ぐ。



「わたしは……その、冬夜に遠慮して悩んでいるんじゃないんです」

「まぁだろうね〜。君の事情は大体把握しているからね〜」

「っ⁉︎ そう、ですよね……」



 わたしはマイたちの世界に行ったとき、大方の事情を知った。そのことを踏まえれば誰にだって分かることだ。


 マイは脚を抱え、小さくなりながら細々と話し出す。



「分かっては、いるんです……。わたしが帰ったところで、お母さんの病気は治せないって……。それで死んじゃうってことも……」

「君らの力は帰ったらなくなるからね〜」

「……はい」



 力なくそう返す。マイの家はあの世界で言うところの母子家庭だ。母親一人でマイを育てた。そんなマイにとって母親はたったひとりの家族なのだ。

 その大切な人はもう命が短い。難病にかかっていて、それを治すためのお金がない。マイが帰って来たところで、所詮彼女はただの子どもだ。何をどうすることもできないし、マイは母が弱っていく姿を見続けることしか出来ないのだろう。



「でも、わたしは最後までお母さんのそばに居たいって……。だけどそれからが……分かりません……」



 たった一人残された彼女は果たして何を思うのだろう。そしてそんな彼女の周りには敵しかいない。



「わたしも冬夜と同じで陰でイジメられてました……。だからあの世界に戻るのが怖いんです……。でもお母さんと一緒にいたい……。でも……」



 と、そこまでマイは言うと口を閉ざしてしまう。その言葉の先は予想できるが、出来れば確証を得ておきたい。

 わたしはでも? と問う。するとマイは少し耳を赤くして答える。



「え、えっと……。でも冬夜はこっちに残りそう、なので」

「ふふん。まぁ君も年頃の女の子だからねぇ。あのお人好しには浮いた話の一つもないのにね〜」



 ははっ、と笑ってやると、ますますマイは耳を朱に染めていく。



「わ、笑わないで下さい! 初めてなんです……優しくされたのは……。自分でもちょろいなって思いますけど……。それでもなんです」

「あぁいやいや。バカにしたんじゃないよ? 可愛いな〜って微笑ましく思っただけだよ」

「うぅ……」



 きっと彼女の中での優先事項は母親、トーヤの順だろう。その次に共に旅をして来た仲間たちって所だ。


 一番を取れば二番以降を失う。二番以降を取れば、一番を失ってしまう。


 なんとも悲しいお話じゃないか。きっとトーヤは彼女にとっての光なのだ。それを失ってまた暗闇に戻るのは辛いことだ。

 マイは真っ暗闇の恐怖を正しく知っている。あちらの世界に帰ったとしても、母親という支えを失ってしまう。加えて光も消えてしまうのだ。

 なら合理的に考えればマイはトーヤと一緒にこっちに残るべきなのだ。でも、それが出来ないのが『心』ってものなのだろう。



「トーヤと相談したの?」

「いえ……」

「その様子じゃそうなんだろうね」



 こういう時に頼るべきなのは『仲間』だ。といっても、わたしだって最近まで出来なかったのでマイに偉そうに言えない。こういう時はあいつがいればいいんだけど……。あのアホは婚約者騒動の後始末をしているから出てこれないだろう。


 ならわたしがその代わりを務めよう。でも、あいつの真似を出来るとは思えないので、あくまでも自己流だ。


 膝を抱え、顔を伏せているマイにそっと声をかける。



「もし、君の母親が元気なら君はどうする?」

「? えっと、どういうことですか?」

「だから、君の母親の病気が治って、それで平均寿命まで生きられるとしたら、君はどうする?」



 顔にはてなを浮かべる彼女に、分かりやすいように区切り区切り伝える。そしてマイはわたしの言ったことを理解したのか、深く考え込む様子を見せる。


 少ししてマイは顔をこちらに向け、そっと口を開く。



「その……分かりません……。わたしはお母さんが大好きです。でも、と、冬夜のこともす、好きなんです!」



 と、マイは大声で好きと言ったことが恥ずかしく思ったのか、また顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 わたしはそんな彼女を微笑ましく思いながら、そろそろヘレナの勉強の時間なので立ち上がる。



「まぁ答えが出たら今度教えてよ」

「え、えっと」

「君が望むのなら、君の母親を治してあげる。学校だって他のところに行かせてあげるし、お金だって十分なだけ用意してあげよう。これは報酬と思ってくれていい。魔王を倒した、その報酬だよ。これはトーヤにもだから言っといてね〜」



 それだけを言い残し、戸惑いおさまらぬマイを置いてわたしは果樹園を後にする。


 これがわたしにできる精一杯だ。多分こうすればマイはちゃんとどちらかを選べるし、悲しい物語にはならないだろう。

 誰だって幸せに溢れた物語が好きなはずだ。これくらいのわがままは見逃して欲しいよ。

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