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67話 トーヤとマイ

「あ、お茶を入れてきますね」

「うんよろしく〜」



 へリックとのあれこれを話していると、ちょうど保温ポットの中が空になってしまった。マイは気をきかせて湯を沸かしに台所へと向かう。


 彼女を横目にお菓子を頬張っていると、ヘレナが身を強張らせて口を開く。



「そ、そんなことをしていたんですね」

「まぁね。でも、わたしがヘレナのためにやったのって、案外これだけなんだよ」

「え? そうなんですか?」



 ああ、残念なことにわたしはそれ以上動いてなんかいない。そもそも、へリックを引き入れる以外に出来そうなことがなかったのだ。

 別に王国をぶっ壊すってのもありっちゃありだった。だけどそれは流石にやり過ぎだ。潰したいのならヘレナ自身がやるべきなのだ。


 わたしの役目はヘレナが歩きやすいように杖をあげることだ。あの世界の『電車』みたいなものを与えるわけじゃないのだ。



「え? でも侯爵様との話は一日で終わったんですよね? なら二ヶ月もなにしてたんですか?」

「まぁ、そうなるよね」



 へリックとの会談は一日で終わってしまった。もちろんヘリックは動く時間ってのがかなり必要だろう。でもわたしはへリックに後を任せたんだし、集落に戻れたはずだったのだ。

 しかし、現にわたしは二ヶ月も不在にしていた……。


 本当に聞く? とヘレナに再三問う。



「はい、お願いします!」

「はぁ……。仕方ないか……。なら話すけど、簡潔に言うよ? いい?」

「……はい」



 なんだか納得のいっていない様子のヘレナ。しかし……本当にしょうもないことなんだよ……。

 しかし聞きたいのなら話してあげよう! 一行で!



「アホの婿候補をなぎ倒し、その後地球で遊んでた」

「…………」

「…………」

「…………え? ど、どういうこと?」



 どどーんと言ってやると、なぜかみんなが固まってしまった。反応を返してくれたのは、お茶を運んできたマイだけだ。

 わたしはマイからお茶をもらい、誰が最初に動き出すのかを観察することにした。

 すると一等賞はヘレナだった。



「せ、説明してください⁉︎ 二ヶ月の間ずっと遊んでたんですか⁉︎ それなら連絡する暇ありましたよね⁉︎」

「い、いや、わたしだって神界にいってビクビクしてたんだから!」

「は? 怖がるなんて……アリシアがですか?」

「そうだよ!」



 いくらわたしでも最高神によってたかって襲われればひとたまりもない。しかも神界では奴らは本気を出せる。逃げることだって多分無理だろう。



「ならなんでそんなとこへ行ったのですか?」

「……あのアホに転移させられた」

「あぁ……。アリシアって極端にあの方に弱いですよね」



 ち、違う! あいつの因子がわたしの中にあるから出来たんだと思う。それと隠蔽も上手かった。転移する直前になるまで分からなかったんだから。あいつはホントそういうとこだけはわたしよりも上だ。



「それでアリシアは神界でなにをしたんですか?」

「だから、あのアホの婿候補をぶっ倒した。闘技場みたいなとこで。わたしの子どもたちが」



 ふわっと聞いてくるヘレナにわたしも不貞腐れて答える。



「それはルミエとかカレンたちのことですよね?」

「うん。わたしが戦うのはダメ! って最高神の一柱に止められた」



 もう何もかもがうざったからひとなぎで終わらせようと思ったのだ。

 だけどわたし相手じゃ婿候補に勝つ可能性がない。だから最高神の野郎が子どもたちがならちょうどいい、なんて言い出したのだ。



「で、まぁわたしが戦わなくていいんなら楽だし、あの子たちも最近暴れたりなかっただろうからってことで了解したんだよ」



 指をくるくる振って軽く言い、でもねと続ける。



「予想外にあのアホと結婚したいって言う男神が多かったのさ。なぜか女神もいたんだけどね……」

「神様も婚約者探しに必死なんだな……」



 トーヤが何か、から笑いしている。人種みたいだとか思っているのだろうか? でもその人種を作ったのが『神』なのだ。子は親に似るものだよ。


 でも、流石にあの量はビビった……。何せあんなに大きかった闘技場を埋め尽くさんばかりに集まってきたのだから。

 一人一人相手にしているといつでも終わらないからと、上位神はルミエが、下位神は残りの六人がある程度まとめて相手することになった。



「そうやっても一月くらいかかったんだよ」

「うわ……」

「わたしたちもそんな気分だったよ……。で、ようやっと全部が片付いたってんで、子どもたちを労お〜ってなったのさ」



 何せ朝から夜遅くまで神相手に戦ってくれたのだ。流石に回復くらいはわたしがしたけど、それでも疲れるものは疲れる。見てるこっちだって疲れるし飽きる。最高神の野郎もそうだったし……。てか寝てたし……。


 それで疲れたであろうみんなと久し振りにあそぼ〜ってなったのだ。で、勇者を元の世界に送らないとダメなので、一応の視察が必要だった。だからその視察も兼ねて遊びに行ったのだ。



「……理由はわかりましたけど、連絡はして欲しかったです」

「あはは〜。いいかな〜って思ったんだよ」



 ヘレナはせっせと頑張っていたようだし、住民たちも明るい雰囲気だった。だから特に鑑賞する必要もないかなぁとね。それに自分たちだけで考えて動くってのも必要だ。そしてそれはヘレナが目指す国の形のはずだ。


 しかしそう思っていることを口に出さないでいると、マイから声がかかった。



「アリシアさんは地球のどこに行ってきたんですか?」

「ん? ちばとほっかいどーだよ。遊園地は楽しかったし、カニ美味しかった。あと鍋も」

「うわ〜いいな〜。わたしあそこ行ったことないし、北海道も行ったことないです」



 ん? そうなんだ。マイとかトーヤって日本に住んでるんだし、楽しいとことか美味しいものがあるとこに行ってるものとばかり思っていたよ。



「でもアリシアさんって視察に行ったんですよね? 俺たちが住んでるのって名古屋なんですけど……?」



 おい、いらんことに目をつけなくていい! あぁほら……トーヤの余計な一言のせいでヘレナが勘付いた……。



「? そこは『ちば』と『ほっかいどー』とどれくらい離れているんですか?」

「えっと……。そうですね、北海道の方が遠いけど、千葉もそこそこ遠いです」

「…………。ア、アリシア? 視察、なんですよね」

「うーん……。まぁそうだね」



 と、わたしはちょっと気まずくなってふら〜と視線を逸らす。


 しかしヘレナはそれで許してくれそうにない。だから仕方がない、と観念してとぼとぼと話し出す。



「あれだよね。楽しすぎて目的を忘れるのって、よくあることだよね!」

「ア、アリシア!」

「い、いやだって仕方ないじゃん! じぇっとこーすたーとか面白いし、花火だってすっごく綺麗なんだよ⁉︎ それにあれだけ食文化に富んでるなんて凄すぎるし、あんな短い時間じゃ無理があるよ!」



 もう何がいけないかって、目につくお店に入れば必ず目新しいものがあるってことだよね。ルミエなんかは本屋にこもっていたし、カレンはわたしと一緒に食べ歩きしてた。他にも水浴びとか温泉とか、映画ってのも面白かった。


 そんなことをしていたら日が経つのはあっという間で……。気づけば一ヶ月も経っていたってわけだ。


 わたしは胸ぐらを掴んでぐらぐら揺さぶってくるヘレナを引き剥がし、こほんと一息つく。



「でも、ちゃんと視察は出来たし、してなかったら危なかったところだったよ。だからいいじゃん」

「うぅ……。私はすっごく不安だったんです……」

「……。君は王になるんだからもうちょっと強くならなくちゃね」



 でも、ヘレナは弱いままでもいいのかもしれない。だってそれが彼女だし、らしいからだ。へリックのように強くならなくても、彼女は今のままでも十分な強さがある。

 それは誰しもが持てるものじゃない。事実、へリックもそれに焦がれているのだからね。


 わたしの胸に頭を埋めるヘレンを撫でていると、マイから戸惑うような声をかけられる。



「あ、あの! 危ないって……。その、何が危ないのですか?」



 聞かれて、わたしは手を止めずにどう言ったものかと思考を巡らせる。


 しかしいいごまかしが見つからず、そのかわりトーヤとマイには選択権を与えることにした。



「君たちをそのまま地球に帰せば――君らは死ぬ」

「っ⁉︎ ど、どういうことですか!」

「まぁまぁ、うるさいし黙っててね。ちゃんと説明してあげるから」



 そう言って、乱暴に椅子から立ち上がったトーヤを諌める。


 というのも、勇者――もっと言えばこの世界に住むものたちが持つ『スキル』ってのが大問題なのだ。

 地球には『ステータス』ってのがない。そして『スキル』は『ステータス』あってこそのものなのだ。

 いわば『ステータス』が入れ物で、『スキル』がその中身だ。また『スキル』は魂に刻まれるという性質がある。そして『ステータス』はこの世界に刻まれている。


 この両者の性質の違いが大問題なのだ。

 さて、器を失った中身はどうなるだろうか? ――答えは簡単で『溢れ出る』だ。


 だからなんの処置もせずに勇者たちを元の世界に帰せば、その溢れ出た『スキル』によって死んでしまう。

 ルミエやカレンたちが平気なのはそれだけの器を自前で用意できているからだ。


 そういった事情を二人に説明してやる。

 すると戸惑いに満ちた彼らの代わりにミュリアが聞いてくる。



「でも、何か方法……があるはずなの」



 そう弱々しい声に果たしてわたしは笑顔で答えられる。

 わたしはトーヤとマイをしっかりと見つめ、そっと言葉を紡ぐ。



「方法はちゃんとある」

「ほ、本当か⁉︎」

「うん、まぁわたしだからね」



 と、少し間を取り、方法は、と続ける。



「スキルが刻まれてる部分を削り、わたしとアレイシアが共同で治す。これなら地球に帰っても問題はない」

「……安全、なのか?」

「まぁ安全だよ。ただ、この世界での記憶は一切残らないけどね。……あと、君らはその娘たちも連れて行こうとしているみたいだけど、それは出来ないよ」

「っ⁉︎ な、なんでですか⁉︎」



 なんで、じゃない。あの世界ではヒューマンしか人種はいない。魔族だってちらほら見かける程度だった。そんなとこにエルフやドワーフ、獣人、龍人なんて連れて行けるわけないじゃないか。

 あっちの世界にはあっちのルールがある。わたしみたいにたまに遊びに行く程度ならいいだろう。でも永住するとなれば別だ。あの世界には数多くの準神聖の存在がいる。彼らの目に入れば異物として排除されるだろう。


 だからこの娘らをあっちに送るわけにはいかない。



「そういう決まりなんだ。君らだってこの子らを無残に殺されたいわけじゃないんだろ? どうしても一緒にいたいのならこの世界に残ればいい」

「くっ! でも……」

「冬夜……」



 トーヤは膝の上で拳を硬く握り締め、マイは心配そうに肩にそっと触れる。


 トーヤやマイはあちらに残してきたモノがたくさんあるのだろう。親や友達。それにあっちはここと比べるのもおこがましいくらいに平和だ。まぁそれも知らないからなのだが……。それでもこっちよりかは安全なのは確かだ。


 わたしはそんな二人に優しいく視線を向ける。



「君ら以外の勇者は強制的に帰ってもらう。もちろん記憶消えているしスキルも使えない状態で、だ」



 わたしに強い眼差しを向ける二人。わたしはでも、と付け加える。



「君らには聞いておく。元の世界に帰るか、それともこちらに残るか。帰る場合はさっき言った通り。残る場合は……まぁヘレナが雇ってくれるよ」

「へ⁉︎」

「……。ヘレナは無視するとしても、だ。君らが取れるのはこの二つに一つだ。悪いけど、こればっかりはどちらしかないよ」



 今度また聞くね。そう言い残してわたしは寝室に向かう。


 昨日まで全力で遊んでいたからちょっと疲れが残っているのだ。

 それにあの子たちも仲間内だけで話したいことだってあるだろう。



「あ、ちょっと待ってください! 私も一緒に寝ます〜!」



 どうやらヘレナも気をきかせてくれたようだ。大事なことを選ぶ難しさを身をもって体験しているからだろう。

 ヘレナはずっと一人で黙々と考えていたし、第三者の意見が無い方が絶対にいいのだ。誰かに流されたとかじゃなく、自分だけの『答え』を出さなくちゃならない。


 選んだ道がどちらにせよ、彼らは苦しい日々を生きねばならないんだと思う。

 わたしだってトーヤやマイのことを調べはしたのだ。あの視察の最中にルミエと協力して。そして彼らの『大切なもの』と『辛い現実』を知った。


 どちらでも生きるのが苦しいとすれば……。なら一体どちらを選ぶのだろうか? 果たしてわたしはそれを今は知らない。彼らだけにしか決められないことだ。


 身を寄せて暗い顔をしている彼らをよそにわたしたちは扉をくぐる。

 そしてヘレナが布団を二組用意する。

 そこに二人仲良く寝転び、羊の数でも数える。


 客室では小さく話す声が聞こえる。でも、これ以上は聞かないことにした。だって後で知る方が面白いからね。

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