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66話 工作

 マイが作ってくれたパイは美味しかった。お菓子にお酒とかありなのか? と少し疑問に思っていたけど、香りがいつものと違って結構楽しめた。今度カレンに教えて作ってもらおう。


 トーヤやマイたち勇者の世界での魔法は完全に秘匿されているようだ。

 それというのも、あの世界は神に近い準神聖の存在が跋扈(ばっこ)している。そのせいなのか魔物が鏡面世界にしか出現しないそうだ。

 だから魔力がある者のみが、魔法――いや、魔術を知れるのだそうだ。

 そのせいで便利な魔術がなかったその世界の人種は科学というものを発展させたらしい。


 だからこそ、こんなにも様々な技術が生まれてきたのだろう。勇者が伝えてたものはかなり目新しい。わたしだって何回か他の世界に遊びにいったけど、『地球』ほど魔法からかけ離れた世界はなかった。



「あ、あの……ちょっといいですか?」



 マイが作ってくれたパイを丸々一つ完食し、少し一服していると隣に座っているヘレナがおずおずと声をかけてきた。

 正直色々と働いてきたわたしを締めてきたことを許していないが……こっちは歳上だ。我慢せねば……。



「なに?」



 でもやっぱなんかムカつくのでプイッとそっぽを向く。

 するとヘレナは困ったような笑顔を見せ、戸惑いつつも聞いてくることにしたようだ。



「えっと……ア、アリシアはこの二ヶ月の間なにをしていたんですか」

「ん? まぁそこまで大したことないじゃないけど。聞きたいの?」



 そう聞くとヘレナは深く頷く。長々と話すのはめんどくさいし、正直思い出したくないことも含まれているので、出来れば話したくない……。

 何かでごまかせないかな〜と辺りを見回すと、なぜか勇者組も聞きたそうにしていた。



「はぁ……。わかった、分かったよ。でも、最後らへんとかわたしのせいじゃないからね?」

「? で、ですが気になるので!」



 仕方がない……。わたしは肩を落とし、ため息をつく。


 そこまで聞きたいのなら聞かせよう……。でも、遅くなったのはわたしのせいじゃないんだ。すべて……すべてアレが悪い……。



 ***



 ヘレナと彼女の家族を集落に送った後、わたしはすぐにとある街へ向かった。

 その街の名はリディシオン。聖職者たちに絡まれたり、甘味処や勇者と初遭遇したり、魔族が攻めてきたりした街だ。


 そしてそこはとある貴族が治めている。


 ヘリック・アドルフィン。彼を例えるのなら、賢くて分をわきまえているヘレナってところだ。身を超えた願いは自らを滅ぼすと知り、でも自分の持っている力を最大限に使って夢を叶えている。

 わたしはそんな彼を気に入っている。たぶんこの世界においてはヘレナの次くらいだろう。

 だからこそ、貴族らしく、貴族たり得る資質を持った彼が必要だと思ったのだ。


 会合の約束なんてしてなかったけど、街について早々にわたしはヘリックの屋敷へ向かった。



「やあ、ちょっと君らの主人に『アリシアが来た』って伝えてくれるかな? あ、拒否権はないから。したら危害加えるから」



 わたしは当然のように館の正面玄関から入り、ちょうど近くにいたメイドにそう脅すように声をかける。あれだ、何事も早い方がいいと思ったのだ。わたしだってこんなのは性に合わないからね。

 でもヘレナの手助けをするといった手前、その性分もちょっとは改善しよう。


 しばらく玄関で時間を潰していると、階段の上から少し早歩きなへリックが見えた。



「アリシアさん何かご用ですか?」

「うん、まぁちょっと、ね」

「……そうですか。いえ、なにぶん急ですので大したおもてなしは出来ないですが、ぜひこちらに」



 わたしの含ませる言い方にヘリックは何かを感じ取ったようだ。彼は少し顔を引き締め、とりあえず場所を移します、と先導してくれる。

 案内してくれるへリックの後を静かに歩いていると、歩みを止めることなく声をかけてきた。



「この度はお一人ですか? ヘレナ君の姿が見えませんが……」

「ああ、ヘレナは隠し集落においてきたよ。今日はそれに関する話をしにきたんだ」

「ということはヘレナ君は無事なのですね?」



 その安堵するよう声の質問にわたしは少し首をかしげる。しかしそれは必要のないことだった。



「君ってヘレナのことが好きなの?」

「……いえ。ただ……あの方――もっと言えばカーコフ家の真っ直ぐさに……そうですね、憧れ、のようなものを感じています」

「ふふん。そこがヘレナのいいとこだからね」



 大方ヘリックは王都にも密偵を忍ばしているのだろう。そしてスラムの一件を知った。騎士と冒険者が攻めていったこともだろうし、巨大な黒龍が現れたことも知っているのだろう。

 それでスラムに住んでいるカーコフ家のことを心配していたのだろう。

 あの時のことはわたしたちか、騎士と冒険者の数人くらいしか真実を知らない。いくら優秀なヘリックの密偵でも、深いところまでは探れなかったのだろう。



「こちらに」



 そこまで考えるとへリックは控えめな装飾の扉を開き、その中へと招く。

 そこは一対一で商談するような長机を挟んで革張りの椅子が置かれている個室だった。また調度品は煌びやかでこそないが、どれをとってもへリックという貴族の内面を表すような物たちであった。


 わたしはお願いする立場なのだから、今回はキチンと扉に近い方に座る。



「……では私はこちらに」



 ヘリックはそんなわたしに少し気まずくなりながら、向かいの椅子に座る。

 すると間を開かずに扉が開かれ、一人のメイドが入ってきた。

 そのメイドは音を立てずにカップを二つ机に置き、手慣れた手つきで紅茶を注ぐ。そして茶請けとしてお皿に綺麗に盛り付けられたクッキーを置き、メイドはそそくさと部屋を後にする。



「よく出来たメイドだね」

「そう言われると素直に嬉しいです。あとで彼女にも言っておきます」

「そうしといて〜」



 そんな感じで軽く言葉を交わす。そしてわたしはしっかりとヘリックの目を見つめ、口をゆっくり開く。



「さて、今日は君にちょっとしたお願いをしに来たんだよ」

「お願い、ですか?」

「うん、別に断ってもいい。断られても絶対に何もしないから安心して」



 そう軽く言って、わたしは十分な時間をとり、その要求を口にする。



「この国を裏切って欲しい」

「っ⁉︎ そ、それは……」

「ああ、戦争を仕掛けろってことじゃないよ。所属する国を変えて欲しいってだけ。君が望むのなら、君の領地に住む者たちも移り住んでくれていいよ」

「ど、どういうことですか?」



 肩を跳ね上げるくらいの驚愕を見せるへリック。彼はわたしがなにを言っているのか理解できていないようで、その説明を求めてくる。

 でもそれは仕方のないことだ。ヘリックはヘレナが国を作ることを知らない。そしてその国に必要な人材をわたしが探していることも知らない。


 ヘリックは実に優秀だ。それに度胸……というよりも遊び心かな? 初対面のわたし相手に冗談をかませれられるし、今もこうして話せることを気に入った。

 彼は他国との外交でもいい働きを見せそうだしね。


 わたしはへリックに事のあらましを軽く話す。

 聞いた彼はふむ、と重々しく頷き深く考えるように目を瞑って眉間にしわを寄せる。


 考え込むってことは揺れているってことなのだろうか? それもそうだな、とわたしは内心ほくそ笑む。


 ヘレナに付いたときの利益不利益を計算している彼をよそにわたしも少し思いを巡らせる。


 ヘリックは各地に密偵を放っている。だから彼の元のはさまざまな情報が入ってくる。そうしているのは自身の保身のためであり、そうすることで領民を守ることに繋がるからだ。

 その集めた膨大な情報を元に、ヘリックはこの王国で上手く立ち回っている。だからこその『侯爵』という地位なのだ。


 そんな膨大な情報を扱う彼だから悩んでいるのだ。


 今の王国はきな臭い。そこに勇者という未知数の力を持った存在。勇者にはあのトーヤたちよりも強い者たちがいる。周辺諸国はそれに対抗する手段がない。


 まぁ色々あるが、ヘリックの主な悩みはこんなところだ。そしてそのヘリックは少々王国から邪魔な存在だと思われている節がある。

 だからこれから起こるであろうことと、それが起こった際自領に降りかかることは予想ができる。


 たしかにあのヘレナに付くのは危険過ぎるが、それでもそちらの方が望みがあるはずなのだ。


 さて、とわたしは考えをまとめ、改めてへリックを見てみる。すると、どうやら彼も大体の考えをまとめられたようだ。

 ヘリックは顔を上げて一言一言ゆっくりと紡ぐ。



「言われたことは理解できました。それとヘレナ君に付いた方がいいということも」

「まぁそれが分からないようなら、そこまで必要じゃないからね。よかったよ」

「……。いくつか質問をいいですか?」



 重々しくそう聞いてくる。それにわたしが異論なんて挟めるわけもない。

 どうぞ、軽くそう言ってへリックを促す。



「まず、本当に領民を全員連れて行って良いのですか?」

「うん。でも希望する人種たちだけだよ? 流石に強制はしたくないからね」



 誰かに強制された人生なんて面白くないし、そんなことをしたくない。ヘレナの国にそんなものは必要ないのだ。



「ではこの街はどうなるのですか? ……私も、領民たちもかなり思い入れがあるのです」

「それは全く問題ない。この街ごとヘレナの国の近くに転移させよう」

「っ⁉︎ そ、そんなことが⁉︎」

「可能だよ。君らの大切なものくらい持って行ってやる。それにあっちとここの気候は大体同じだし、生活感はあまり変わらないよ」



 ヘレナは自分の街をすっごく大事にしてた。それが壊されて取り乱した彼女の姿だって見た。わたしだって自分の国に思い入れがある。それを知っていて、捨てろと簡単に言えるわけがない。



「では……こういうことはあまりいいたくないのですが、私の権限とかはどうなるのですか?」

「ん〜そこなんだよね〜。正直ヘレナが一番上って言っても、それじゃあ国が回らないんだよね」

「…………」



 おいおい。そんな納得、みたいな顔をしてやらないでくれ……。いやさわたしも完全に同意見だけど、あれでもヘレナは頑張っているらしいんだよ。



「ヘレナは貴族ってのをなくしたいらしい」

「はは、流石にそれは……」

「まぁそうだよね。だけどやってのけそうにも思えるんだよ」

「……そう、ですね」



 本当になんとなく、小指のつま先ほどだけどそう思ってしまうのだ。

 だからわたしはなんとなくにそう言った。でも貴族という区分がなくなったとして、それでヘリックの価値や地位が下がることなんて絶対ありえない。

 それを彼に伝える。



「ヘレナの国には君が必要だ。だから貴族じゃないとしても、まぁ同じような位置につくと思う。ってかヘレナに政治を任せるのは……。だからあの子の舵を握って欲しいと思う」

「ということは」

「うん。わたしはただ王の名に従うだけの駒はいらない。あの子は『人助け』を国是にしようとしているらしい。だから君のような上に立つ者にも助け合って欲しいんだよ。足りない部分を補うようにさ」



 命令を下され、それを不満に思っていても声を上げず、人形のように動くようなのはいらない。この国はそんな状態だからこそ腐ってしまったのだ。

 ヘレナはそうしたくて国を作っているわけじゃない。自分の言ったことを不満も言わずに聞届ける人形を欲しているわけじゃない。


 彼女はただ――ただみんなが幸せに暮らせる国を作りたいだけなのだ。



「さて、君はどうする? 別に断ったとしても何もしない。ヘレナに秘密で動いているからあの子のことを気にしなくても良い」



 だから何も気にせずに選べ、そう静かに伝える。


 この小さな部屋にはピンッと糸を張ったような空気が流れ、ヘリックからはバクバクと胸の鼓動が聞こえてくるようであった。


 そうして張り詰めた空気の中、わたしはパクパクとクッキーを食べていた。なに、ただの時間潰しとして摘んだら思いのほか美味しかったからとかじゃない。紅茶も街ではなかなかお目にかかれないようなものだったとかじゃない。


 わたしを重く見ているんだな〜と感心していると、どうやら彼は選んだようだ。


 顔を上げて、わたしを正面に見据えるヘリックはその答えを口にする。



「私は……ヘレナ君に付きたい、そう思います」

「ふーん」



 なんでそう決めたの? と言外に問う。



「単純にこの国にいる利点がないからです。この国にいる限り潜在的な危機があります……。それも国内から、です」

「だろうね。そもそもとして王族から腐ってるからね〜。まぁそうじゃないのもいるんだけどさ、それでも一番上があれではダメだよ」

「はい……」



 国王は魔王を倒すために勇者召喚の方法を探していたわけじゃなかった。それは目的の一部であり、本当の目的は統一国家を作ることだったのだ。

 そのための力と名声を得るために『勇者』を召喚した。

 そして勇者たちにはあることと引き換えにその力を行使してもらう契約をしていたようだ。その『あること』は口に出すのも嫌なことだ。またそれを拒む者にも別の条件を出して、それを飲んだらしい。



「いいの? わたしからすれば大歓迎だよ? でも少し日を開けてくれって言われると思っていたよ」



 そう、ヘレナだって選ぶのにすっごく時間がかかった。ヘリックもそうなんだろうと思っていたのだけど、即答されちゃって少し戸惑ってしまう。


 わたしが驚いたように言うと、ヘリックはふっと楽しそうな笑みを浮かべる。



「貴女でもそんな顔をするのですね」

「ん? 多分君が知らないだけだよ。いつものわたしってこんな感じだよ。で? なんで即答出来たの?」

「ははっ、そうですか。それは私の性分ですね。早いうちに決めないとあっちに行ったりこっちに来たりとフラフラしてしまうんです。それに、アリシアさんは他にも何か私にあるのですよね?」



 うふふん。流石というか、わたしの見る目があるというか。へリックがヘレナを支えてくれれば、きっといい国になりそうだよ。


 わたしはいつものように笑みを浮かべ、へリックに次のお願いを出す。



「君のような貴族をヘレナ側に引き込んで欲しい」

「そ、それは……。また無茶なことを言いますね」

「うん知ってる。でもそういった人材ってヘレナには必要なんだよ。でも、権力に執着しているようなのはダメだよ。『君みたいな貴族』だけでいい」



 わたしがそんな『貴族』を引き込んでもいい。だけど流石にそれは分を超えている。わたしはちょっとした呼び水しか作らない。あとはヘレナたちがどうにかすることだ。

 へリックに関してはただ単にわたしが気に入ったから引き込んだ。でもそれは彼の意思に任せたし、選ばない道も残した。


 そしてこのお願いを受けるか受けないか、それもへリックが決めることだ。


 その選択を選ぶ彼の表情はまるで少年のようだった。

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