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63話 巣立ち

 わたしが好きなものは『キレイ』なものだ。


 しっかりとした信念を持っていたり、他人の幸せを心から願えたり。


 これらはわたしからすれば『キレイ』と思える。

 しかし別視点からでは馬鹿らしいもののように見えているのかもしれない。いや、確信を持ってそう言える。

 わたしとヘレナが違うように、何を『キレイ』と呼ぶのかは人それぞれなのだ。

 だから、金や権力、女をそう呼んだって、それを強制的に変えさせようとはしない。

 でも、住み分けくらいはちゃんとして欲しい。そっちはそっち、こっちはこっちでお互いに関わらないってことではダメなのだろうか?


 力を持った人種はその力に溺れてしまう傾向にある。そしてそれは魔族もそうだ。


 そんな力を持った者たちはいつの日か他人を――自分より下の者を支配したがるようになる。

 それを悪いとは言わない。わたしだって流れでだけど『王』になった身だ。他人を力で支配していると言われても……まぁ反論は出来ない。

 でも脅したりはしていないはずだ。今、わたしの国にいる魔族らは勝手に集まってきた者たちだし、そもそもとして建国したのは子どもたちだ。魔族が集まりすぎて、いっそのこと国にしようなんて言い出したのだ。


 一方この王国はどうだ? こうやって気に入らないことがあれば『力』を使ってくる。


 『支配』と言葉の上ではこの上なく物騒だ。しかしこの力を使いわたしの国の魔族たちを守っている。

 安全圏を作り、その中で生活をさせている。でも外にだって出れるし、自由だって大方はある。出来ないことといえば城に入ることくらいだ。

 これを『支配』と呼ぶのかは少し疑問に思うが、強すぎる『力』ってのは本来こう使うべきなのだ。


 誰かを『虐げる』ためではなく、誰かを『守る』ために……。


 わたしが『キレイ』かどうかを判断する基準にはそれも含まれている。


 ヘレナは自分の精神を削ってでも剣を振るった。前勇者君は命を投げ打って一人で駆けずり回った。あのアホは『神格』のほとんどを削って、自分はそれで死ぬかもしれなかったのにわたしを助けた。


 ああいった飛び抜けたおバカさんたちのことがとても愛おしく思う。自己犠牲がなんだというやつがいるだろうけど、他人のためにそこまで出来るのって、本当にすごいことだと思う。



「じゃあ行こうか」



 わたしはヘレナに手を差しだす。



「よく頑張った。ここからは任せてくれていいよ」



 よっと手を引いてヘレナを立ち上がらせ、彼女を囲んでいた家族たちに目を向ける。



「君らも付いてきなよ。堂々と、ね」

「え、えっと……。はい分かりました?」

「うんうん。よろしい。それじゃあ改めて、しゅっぱーつ」



 おーと腕を上げ、ヘレナの手を繋いでいる手をぶらぶらと振りながら家を出て行く。


 家の外は兵士、冒険者が大勢がたむろしていて、ガンガンガンガンとわたしの張った結界に剣を打ち付けている。



「意味ないのにね〜」

「私でもアリシアの結界はヒビすら入れられませんから……」

「な、なにこれ⁉︎」

「し、知ってるわけがないだろ。アリシアさんに聞け……」



 家から出てきたわたしたちが珍しいものを見たとざわざわしていると、それに気づいた意匠の凝った鎧を身につけた優男がバンっと結界を殴って声を荒げる。



「おい! 貴様らには反逆罪の疑いがかかっている‼︎ 大人しくこの結界を解いて我らに連行されろ‼︎」

「……反逆、ね」



 喚いている男には全く興味がないので、ちらっと顔を見ただけですぐに別のところに目を向ける。



「おい‼︎ 聞いているのか‼︎」

「……酷いもんだね」

「そう、ですね……」



 わたしたちはそっとスラムの街並みを眺めてため息を吐く。元より捨てていく場所だったから街には結界を張らなかった。だから家やベンチが壊されてもいいと思っていた。

 だけどいざこうして瓦礫と化した家屋を見ると……なんだか寂しい気持ちになる。



「おい‼︎ さっさと結界を解け‼︎ 我々は国王の名で動いているんだぞ‼︎」

「はぁ……だからどうしたんだってね。そっちのルールに馴染めないから出て行くんだよ」



 ちらっと汚い唾を結界に飛ばしている男を見やり、聞こえないだろうがボソッと呟く。


 そんな時、肩をぽんぽんと叩かれて声をかけられた。



「あ、あの……騎士団長様を無視してていいんですか?」



 ん? と後ろを振り返ってみると、そこには不安な面持ちのメアリー――じゃなくてヘレナ長女がいた。

 どうやらあのキザったい鎧の男はこの国の騎士団長様らしい。それってつまりはこの国で一番強いってことかな? それともただのお飾りなのか。まぁそれはどっちでもいい。


 わたしは首だけ曲げて振り返り、ヘレナ長女と目を合わせる。



「君らはもうこの国の民ではないんだ。だから従う理由がない。それと一々構うのもめんどくさい」

「そ、そうですか」



 どうやらヘレナ長女ももれなくあの子の家族らしい。揃いに揃って権力恐怖症って……ちょっと笑っちゃうよね。その証拠にヘレナ父も母も兄も姉も、みんながみんな肩を震わしている。

 いや、この場合は権力に怯えているというよりかは、自分たちを取り囲んでいる兵士や冒険者たちに怯えているのか。でもどっちもなんだと思うよ。



「ヘレナは大丈夫なの? あの男怖くない?」



 わたしの隣で固唾を飲んでいる彼女に目を向ける。



「え、えっと……。まだちょっと怖いですね。今までが今まででしたし……。貴族にはとりあえず頭を下げて媚びへつらうってクセが……」



 そう言って頰をぽりぽりとかき、ヘレナは肩を落として行く。


 ヘレナは生まれてからずっと蔑みの視線の中で生きてきた。そういった幼い頃からの刷り込みはなかなか払えないのだろう。こればっかりはわたしがどうこう出来ない。結局はヘレナが慣れるしかないのだ。



「あの……話は変わるのですけど、何をするんですか?」

「ん? ちょっとしたお披露目かな? こっちに来るまでちょっと時間がかかるんだよ」



 そう言って、顔にハテナを浮かべるヘレナに軽く微笑んでやる。

 家から出てきたはいいものの、わたしが何もしないことに疑問を持ったのだろう。それと何もしないのなら早くどっかに行きたいのかな。


 ヘレナの家族たちはこの状況にすごく怯えている。絶対の安全圏にいたとしても、幾人もの剣を構えた者たちに囲まれていては恐怖ですくみあがってしまう。

 わたしやヘレナはそう言った危険に会うことが多いから慣れている。だからこそ平気なだけで、普段からそんな危険に会わない彼らには少し荷が重い。



「もうすぐなんだけど……。早くこないかなぁ」



 わたしもヘレナの家族たちのことは分かってはいるが、何事においても始めが肝心なのだ。


 協力すると言った手前、これくらいは用意してあげなくちゃいけないのだ。



 はーやーくー。とガンガンと結界を叩く音を適当に聞き流し、待ち人? を待つ。



「お? 見えてきた見えてきた」

「何がですか?」

「ほら、あれあれ」



 空の遠くを見てそう言い、詰め寄ってきたヘレナに指をさして教えてやる。


 わたしの指の先にはポツンと黒い点があり、東の空からドンドン大きくなって近づいて来る。



「あれ? これって前にも……」



 なんだかヘレナが何かを思い出そうと首を捻っているが、もう間も無くそれはやめにしてもらわなくちゃならない。



「その前に場所くらい確保しないと。ほーら、どいてどいて〜」



 パンパンと乾いた手拍子を打ち、家を取り囲んでいた兵士と冒険者たちに声をかける。


 しかし、それは出来ないだのお前が命令するなだの……もう一向に言うことを聞かない彼らに業を煮やし、魔法を使って強制的にどいてもらう。



「な、なんだ⁉︎」

「か、体が勝手に‼︎」



 適当に操って、あの巨体が下りてこられる場所を確保する。そして民家を四つほど固めたくらいの大きさくらいに空間を開けると、どうやらあちらもちょうど着いたようだ。


 バサァ、バサァ、と重く大きな翼を羽ばたかせ、その真っ黒な巨体を地にゆっくりとおろして行く。ギラギラを赤い瞳を輝かせ、大きな口の隙間からは凶悪な牙が見え隠れしている。


 一つその巨大な生物が翼が羽ばたくと、離れていると言うのに兵士や冒険者たちは風圧によって吹き飛ばされていく。

 その風圧にどうにか耐えた者たちは……奥歯をガチガチと鳴らし、自分でも訳がわからず脚を痙攣させている。手に持っていた剣はいつしか地に落ち、ガクっと膝をつくものまで出てきた。



「グァァァァァアアアアア!!!!!!」



 ドンッと4本足をついてその巨大な生物が地に降り立つと、質量を伴ったような重い咆哮を空に向かって放つ。

 それにはこの場にいたものの全てが地に崩れ落ち、ヘレナですら腰を抜かしている。



「うん。いい感じだよ、ペチ」



 ペチと言う名前の巨大な生物――それは龍と呼ばれ、群れることのない最上位の魔物だ。

 そしてペチはその中でも凶悪な古代龍に区分される。

 全身を覆う漆黒の鱗は並大抵の魔力では傷つけることが出来ず、偽魔王なんて目にないくらいに強い。火も吐ければ氷の息も吐ける。



「グァァ」

「おーよしよしよし。よく来てくれたね」



 グイッと顔を近づけて来たペチの頭をガシガシと撫でてやる。普段から寝てばっかりいるペチをエサで釣ってまで起こしたのだ。悪かったねと思いながら精一杯可愛がってやる。


 わたしがそうやっていると、真っ黒な髪をたなびかせながらペチの背から飛びおりて来る少女の姿が目にうつった。


 そしてその少女は寝ぼけ眼を擦りながら、ふらふらと頼りない足取りでこちらに近づいて来た。



「…………!」

「うんうん。それは約束するって。ルミエが行ったことのない世界に連れて行けばいいんでしょ?」

「……! …………。」



 今日も今日とてルミエはちっちゃくて可愛い。わちゃわちゃとした身振りで楽しそうに話す姿はとっても愛らしい。

 ルミエにはここまでペチを連れて来てもらうため、ルミエが望む願いを叶えるってのを条件に協力してもらったのだ。


 そんなルミエが魔力! 魔力! と腕を横にあげ、縦にぶんぶんと振って訴えてきた。

 わたしはなんのことかなぁと少し悩んだが、兵士たちが苦しそうにしているのを見てようやく合点がいった。



「あぁ、そういえばヘレナにしか体制をつけてなかったね」



 どうしたものかなと思考を巡らし、ここにいる全員に体制をつけるのは面倒いので、ルミエの方をどうにかすることに決めた。

 わたしは即興で魔力をまん丸の形に固めていき、ちょうど魔石のような特性を持った透明な玉を作り出した。

 こぶし大の透明の玉には『周囲の魔力を吸収し内に溜め込む』って言う効果をつけた。多分ルミエから漏れ出ている魔力を一年くらいはずっと吸収しなければ満タンにならないだろう。



「よし、これをポケットにでも入れておいてね。それがあれば魔力漏れをあまり気にしなくていいからね」

「……!」

「はは、いいって。ルミエは可愛いなぁ」



 とても嬉しそうに水晶玉を掲げ、わーいわーいと子どもっぽくはしゃぐルミエは愛らしい。内心ではうきうきなのに、表情は全くの無っていうのもその可愛さに加点だね。


 はしゃいでいるルミエを眺めていると、やっと動揺から抜け出したヘレナが近寄ってきた。



「ア、アリシア……」

「ん? どうかした」



 ヘレナはブルブルと肩を震わせ、こぶしを下で強く握りしめている。

 そしてわたしがボケ〜っと呑気に彼女に応じると、突然にヘレナは顔を上げ、真っ赤になりながらわたしに詰め寄ってくる。



「何かをするときには事前に言ってください‼︎ 見てください! お母様たちが気絶してますよ⁉︎」



 言われて、ふら〜っとヘレナの指差す方を見る。でも見てない! そっぽを向いてひゅーひゅーと口笛を吹く。



「ちゃんと認めて下さい! わたしだってお漏らししそうになったんですよ⁉︎」

「し、しらないし〜。わたし悪くないし〜。ペチにビビった君たちが悪いんだし〜」

「アリシア!」



 い、いいじゃん。印象はバッチリだろうし、ヘレナに手を出そうとすると、もれなくペチも付いてくるって思わせられるじゃん。

 これだってわたしなりの手助けだよ?



「わかったよ……。次からはちゃんと言うよ……。……たぶん」

「分かってくれればいいんです。これがなんどもとなると心臓が持ちません。って……最後何か付け加えてませんてました?」

「な、なーんにもないよ! 今はそれよりも違うとこに行くことだけを考えようよ!」



 はぐらかしてやろうとまくし立てるようにそういい、ヘレナに違うことを考えさせる。


 ヘレナは少し不承不承としているが、それどころじゃないと割り切ってわたしのお話の続きを聞いてきた。



「どこかに行くといっても……。もしかしてそのためだけにこの龍を呼んできたのですか⁉︎」

「うん。ヘレナ陣営にはこのペチがいるって知らせておけば迂闊に手を出せないでしょ?」



 自慢じゃないがペチはとても強い。魔物の中でも一二を競うほどで、その風格もある。人種にとって龍ってのは手も届かない遥か高みにいるとされ、畏怖されたり時には信仰されたりもしているらしい。

 そんな龍がヘレナに味方しているってなれば、少なくとも今すぐ戦争!ってことにはならないはずだ。


 そのことをヘレナはちゃんと理解してくれたようだ。しかしヘレナは少し不安そうな表情を浮かべる。



「いいのでしょうか……。こんなにもアリシアに頼って……。依存していないでしょうか……」



 彼女はそう言って目を伏し肩を落とす。たしかに以前の状態ならばわたしはこう言った方法はしないつもりだった。

 だけど、ヘレナ自身が決めた道を歩むのならそれはいずれ交わることになるのだ。それが早いか遅いか、ただそれだけだよ。



「大丈夫。ちゃんとヘレナにも対価を払ってもらうからさ。でもそれは出世払いでいいよ」

「う……。なぜかそっちの方が怖いです……」

「ふふん。無利子無担保なんだから感謝こそして欲しいよ」



 軽く笑ってやり、そろそろ行こうかと声をかける。



「ヘレナはルミエにペチの背中に乗っけてもらってよ。わたしは君の家族を乗せるからさ」

「わ、わかりました! ル、ルミエよろしくお願いします」

「…………。」



 ヘレナとルミエを横目にわたしは倒れているヘレナの家族たちの元に向かう。どうやらみんな気絶しているだけであった。恐怖によって心臓は止まっていないし、幸いなことに怪我もしていない。

 なら大丈夫だよねと腕を組み満足気に頷いた後、わたしはヘレナの家族たちを魔法で浮かせてスイーッとペチの背中に乗っける。


 そしてわたしも〜と上に飛ぼうとした時、後ろから静止の声があげられた。



「ま、待て‼︎ き、貴様は何者なんだ‼︎ なぜ我らに従わない‼︎」



 わたしはその質問をはかりかねていた。正直言って、言っていることが意味不明すぎるのだ。誰に従うかなんて、本来は『従う側』が決めることだ。間違っても『従える側』が決めていいことじゃない。


 そんなことすらも――


 わたしはついにその男に興味がなくなり、目も向けずにヒョイっと地を蹴る。



「お、おい‼︎ 待て‼︎ 貴様らは奴隷になると決められたのだ‼︎」



 ペチの背はゴツゴツしていて座ったら少し痛い。とたとたペチの背中を歩き、中央にいるルミエたちのところに向かう。

 どうやらルミエはキチンと受け取ってくれたようだ。ヘレナの家族たちはルミエが作り出した空間の中で安静に眠っている。



「じゃあ行こうか」



 これからが始まりだよ。そういう意思を込めてヘレナに告げる。

 すると家族を心配気に見つめていたヘレナがこちらに顔を向け、クッと表情を引き締めた。



「はい。よろしくお願いします」



 その声とともにペチは大きく翼を振り上げ叩きつけるように羽ばたく。グワッと風を押しつぶすような音が聞こえ、それに吹き飛ばされて行く兵士や冒険者たちの姿も見える。


 ペチが翼をひと振りするたびにその巨体は高く舞い上がり、何度か羽ばたくと王都全体を見渡せるくらいの位置にきた。



「小さい……ですね」



 ヘレナは天高くから見る王都の街をそう評した。


 そしてそれにはわたしも同意見だ。この国は小さい。彼らはこの小さい小さい庭でおままごとをしているだけに過ぎないのだ。


 ……はたから見たらそんなものだ。



「ここから、なんですね……。ここから……ここから」



 確かめるように、決意するように、ヘレナは何度も何度も自分に言い聞かせるように呟く。


 そうなのだ。本当につらいのはここからなんだ。今以上に頑張らなくちゃいけないんだ。


 でも、その分今までとは違って成果が付いてくる。


 ――君のこれからを楽しみにしておくよ。


 わたしのそんな声は空を駆けて行く音にかき消されヘレナには届かない。

 でも確かにわたしはそう願ったのだ。


 これから歩む道の先に……どうか光が訪れますように。ってね。


 バサァとペチが翼を打ち、向かう先は建国の場所。


 全てはそこからだ。

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