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61話 日の出 (sideヘレナ)

 進めど進めど出口に辿り着けない。まるで同じところをぐるぐる回っているんじゃないか……そんな錯覚すらしてしまう。


 私は真っ暗な洞窟の中で光を求めてさまよっていた……。


 ――私はどこに居るのだろうか。


 そんなことは分からない。しかし歩いているということだけは分かっている。まだ見ぬ外を目指し、進んでる方向が出口に繋がっているとも限らないのに……私は歩き続ける。

 もうすぐたどり着けると……そう信じて。どうにかなってしまいそうなのを必死にこらえ、私は探し求めていた。



 ***



「うぅ……」



 変な夢を見てしまった……。お陰で少し頭が痛い……。


 私は頭を押さえながら身を起こし、そっと辺りを見渡す。


 するとここは一応寝室のようだが、ちゃんと布団に入っていたのは私とアリシアだけのようだ。兄さんや姉さんたちは床に倒れるように寝ているし、お父様とお母様は食卓に身を乗せている。



「あぁ……昨日アリシアがお酒を出して……」



 記憶がどうにも曖昧だけど、確か夕食の際にアリシアが秘蔵の〜とか調子のいいことを言って、たくさんの酒瓶を出してきたのだ。それがとても美味しくて、ついつい家族みんなで飲みまくってしまい……この有様……。

 私がこうしてちゃんと布団に入っているのはアリシアがやってくれたのだろう。



「うぅ……これは夢のせいではなく、ただの二日酔いですね……」



 酒精がまだ残っているのだろう……。ちょっとした考え事をするだけで頭痛が……。


 起きて早々吐き気がして気持ちが悪い……。立ち上がる事すらもめんどくさいが……頭痛が酷いので仕方なく布団から這い出る。


 寝室を抜け、居間の隅っこに置いている魔道具に手を当て、そばにあるコップに水を注ぐ。

 グビグビと二杯飲んで、今度は箱型の冷蔵の魔道具を開け、ピリコを取り出してかぶりつく。



「うぅ……これで効いてくれればいいんですけど……」



 ボソッと呟いて、まだ寝ている両親を起こさないように寝室に戻る。


 少し眠り足りない……そもそも、まだ外はしらみ出してきた頃だ……。もうちょっと寝られる……。


 そっと布団の中に戻り、また寝息をたてよう。そう思ったのだけど、なかなか眠りにつけない。

 きっとさっき見た夢のせいだ。

 あの真っ暗でどっちに進んでいるのか……本当に自分が歩けているのかすら分からないような洞窟……。

 自分では歩けているとは思っていたが……本当にそうだったのだろうか……。



「そろそろ答えを出さないと……」



 薄暗い寝室の天井を布団に入りながらジッと見つめる。


 ――逃げるか立ち向かうか。


 その二択でどちらを選べばいいかなんて考えるまでもない……。


 私には『勇気』とか『覚悟』というものがない。不幸な人たちを救ってあげたいだなんて思っていたけど……結局は自分のことが一番大事なのだ。

 『バケモノ』になりたくない。そんな思いでみんなを見捨てようとしている。そして『血の欲』に立ち向かうってことも初めから諦めているのだ……。


 私はアリシアのように『強く』はない。多分、殺しすぎればもうこっちに戻ってくることは……。


 私は不幸な人たちを救いたい。でも……それ以上に共に過ごしたいのだ。一緒にワイワイと楽しく、笑顔に包まれた街を見てみたいのだ……。

 でも、その望みは『血の欲』に勝つことでしか叶うことはないだろう。


 だから二番手でいい。妥協したって悪いってことはない……はずなのだ。集落に隠れ住んで、ある程度の幸福があればいいんじゃないのか?


 ――それはダメに決まっている。


 その『幸せ』はあくまで私がなだけで、住民たちにその『幸せ』を押し付けているだけだからだ。

 そしてその偽りの『幸せ』はこの国とまるで同じじゃないか……。


 王や貴族らが市民を虐げ、反抗すれば殺すと脅す。しかし従っていればある程度の自由はあるし、幸せだって掴める。しかし……所詮そんなものは『偽物』だ。必ずどこかが歪でどうしようもない違和感が残ってしまう。

 本当に市民のことを思うになら……私は立ち向かうべきなのだ……。

 この恐怖に打ち勝って『幸せ』を掴み取るしかないのだ……。



「でも……。でも私は怖いですよ……」



 声を震わせ、そっと天井に息を息を落とす。


 あの感覚だけは……もう二度と味わいたくないのだ……。自分が自分で無くなっていくような……溢れ続ける快感に突き動かされるだけの『バケモノ』になっていくあの感覚……。

 自分ではどうしようもなくなるのだ……。どうしても人種や魔族を殺したくなってしまう。泣き叫んでいる声、命が散っていく景色を眺めたくなってしまう。



「はぁ……寝れませんし少し散歩でもしましょうか」



 こんな気分ではどんどん暗くなってしまう。二日酔いもピリコが効いたのかだいぶ良くなってきた。

 のそっとした動きで布団を抜け、足音を立てずに外へ出る。



「ふぅ〜ちょっと寒いです。何か羽織ってくればよかったですね」



 いくら春だからといっても、流石に早朝は肌寒い。あと少し待てばお日様が顔を出しそうだし、取りに帰らなくてもいいか。


 朝の空気は好きだ。冷んやりとしていて澄んでいる。胸の内がスーッと透き通っていくようで、心なしか頭の中も晴れていくような気がした。



「ここは……やはり寂しいですね」



 スラムの廃れた街並みを見渡し一つ息を吐く。今でこそ昼のスラムは明るい顔を見せてくれる。しかし早朝ということもあってか、今はシンとしていてまるで初日に訪れた時のようだ。

 食を満たしても衣住は整えられていない。そしてそれらを整えたところで『スラム』という格差はどうしても出来てしまう。



「私はそれが嫌です」



 みんなが平等になんてのは土台無理がある。私が王になったとしても、私と市民たちとが『平等』な国なんて作れるわけがないのだ。

 でも……スラムに落ちたものは、二度とあの明るい街に戻れないなんて……そんなことだけは絶対にしたくない。

 誰かを見下して、それで安心するような……そんなものを私は『平等』とは言いたくない。



「私が国を作るのなら……」



 奴隷とかスラムとか……そんな暗いものがないところがいい。教国のようなヒューマン至上主義なんてのもまっぴらだ。あと貴族社会もなくしてやろう。私が胃痛で死にそうだから。

 お祭りを年に何回かしたいな。それをアリシアと楽しんでみたい。トーヤとマイに元の世界に帰るのをちょっとだけ待ってもらい、料理を教えてもらいたい。

 そして誰もかれもが心から笑って過ごせるような……そんな国を作りたい。



「ふふ、でも……私が立ち向かえたら、なんですけどね」



 ぽつぽつとスラムの割れた石畳を歩き、そっと遠くを見つめて言う。


 楽しいことを考えても、結局はその問題にぶつかる。何が問題なのかは『怖い』と言う感情だけだ。

 あれから一切魔族も人種も殺していない。傷つけてすらいない。だからやってしまえばどうってことがないってのもありえはする。それに快感を覚えても意外と我慢できてしまうかもしれない。

 だけど万が一……それがあるから怖いのだ。



「さてと……本当にどうしましょうかね」



 歩みを止め、登ってきた太陽を目を細め見やる。


 多分……もう時間はない。何せ、今日も仕事がお休みで、両親と兄さん、姉さん二人も用事がないのだ。


 そんなの不自然すぎて逆に大丈夫なようにも思えくる。しかし、やはりそんなことはないらしい。


 のほほんと太陽を眺めていると、カキンッ! と金属と金属がぶつかったような甲高い音が背後に鳴り響いた。



「っ⁉︎」



 なにが⁉︎ と叫び出したくなるのを押さえ、素早く後ろを振り返る。


 するとそこには、半ばから折れた剣を構え、瞳を憎しみに染めた少年がいた。


 こげ茶の髪をかきむしりながら、その少年はチッと舌打ちをして折れた剣を捨てる。そして背中からもう一振り、全てを飲み込むような刀身の黒い剣を抜き構える。



「なんだァ? 気づいてやがったのかァ?」

「…………」



 気づいてなんかいなかった。足音も気配もなかったのだから。きっとアリシアか、それとも違う誰かが助けてくれたのだ。

 私はそっと腰を落とし、いつでも動けるように体勢を整える。



「はっ! なんだァ? 戦う気かよ。あのバケモノのお守りがないと何もできないお前がァ?」

「ア、アリシアはバケモノじゃありません‼︎ あの子はあなた達よりもよっぽど素敵な方です‼︎ 撤回してください‼︎」

「ンだよ。テメェもしかして調子に乗ってねぇか? 前の時は全員が本気を出してねェぞ? テメェを殺せば交渉になんねェからなァ!」



 目の前で喚く少年。確か名前は……レンヤ。以前に勇者に寄ってたかって襲撃されたことがあった。あの時は傷つけないように立ち回って、どう逃げようか考えていたのだ。それでちょうどアリシアから転移結晶をもらっていたから怪我人を出さずに逃げられた。

 まぁそのせいでアリシアが怒って、勇者の五人が四肢をもがれたけど……。



「それがどうしたのですか? そんなことよりも、早くバケモノ呼びを撤回してください」



 本気じゃなかったからどうと言うのだ? たとえ本気を出されたとしても……お前程度には負けない。

 さっさと言ってください、そう冷えきった声を投げつけ、その間に肉体強化をする。



「『♈︎♐︎♓︎』」



 指を使わず、思念だけでかかれたそれらがそれぞれを象徴とする赤・紫・緑の光を放ち、それらが鮮やかに混ざり合って私の中に入ってくる。

 グッと力が湧くのを感じ、そっと腰から飾りっ気のない短剣を抜く。


 もう癖になっているのだ。いや癖というよりも、外を出歩く時には剣を持っていないと落ち着かないのだ。あの島ではいつ魔物が襲ってくるか分からない、そんな恐怖ゆえこうなったのか、それとも勇者にまた襲われるかも……そう思ったからかもしれない。


 そっと短剣を中段で構え、目をスッと細めて勇者を見据える。



「あァ? 脅しのつもりかァ?」

「私はしたくないんです。ですが……撤回しないのなら……」

「はっ! しねェよ! こっちはもともと殺す気で来てんだ! ははっ、夜明けとともにこのスラムは消える!」

「っ⁉︎ あなたたちはどこまで‼︎」

「んだよォ‼︎」



 レンヤは叫び声をあげると、真っ赤なオーラで身を包みながら迫って来た。


 予想よりも速いその動きに反応が遅れてしまう。だが、何度も何度も剣を振るって来た私は、文字魔法を使わなくても短剣を反射的に使えるまでになっていた。


 しかし無理な体勢で受けてしまい、私は押されてしまう形になった。



「くっ‼︎」

「はっ! やるじゃねェか‼︎ ならこれはどうだァァァァァァ!」



 苦しそうに剣を受けた私に、追い討ちと言わんばかりにレンヤはその真っ黒な剣を横腹に叩き込んでくる。



「でも……! それは躱せます‼︎」



 ドンッと地を蹴って大きく後ろに飛んで距離を取る。そしてその際に文字魔法を展開する。



「『♒︎』」



 起動して出てきいくつものた水の球を雨のようにレンヤへ飛ばす。

 しかし、それをレンヤは虫を払うような感じで剣を振り、次々に撃ち落として行ってしまう。



「はっ! 弱えェェなァァァァァァ‼︎ ちまちまちまちま‼︎ 潔く死にやがれ‼︎」



 もとより効果なんてないって知っている。流石にあの中級魔族より強いはずだ。ここのところ一番間近で勇者らを見ていたんだ。その実力くらい見当はつく。


 私はレンヤをまともに相手にしようとは思っていない。たしかにアリシアのことを馬鹿にされ頭にきてはいるが……今はスラムの人たちが優先だ。


 強化された耳を澄ませ、スラムの様子を探る。



「あれ?」



 だが、どこからも悲鳴が上がっていないではないか……。たしかにたくさんの足音は聞こえるし、家を壊している音も聞こえる。しかし、悲鳴だけが聞こえないのだ。

 これはいくらなんでもおかしい。たとえ勇者だとしても、声を一切出させずに皆殺しなど不可能だ。それにスラムを歩き回っている兵たちにも疑問の声が上がっている。



「ど、どういう……」

「何よそ見してんだよ‼︎」

「っ‼︎ 邪魔しないでください‼︎」



 理由を考えようとしたその時、水の球を全て撃ち落としたレンヤが勢いよく迫ってきた。

 今度はきちんと速度は把握できていたので、シッカリとレンヤの剣を受け止めることができる。



「邪魔です‼︎」



 そう叫びながら、クッと短剣を握る手に力を込めてレンヤを押し返す。

 そしてまた距離をとって、とりあえずは水の球を飛ばしておく。



「『♒︎』」

「な⁉︎ しつけェぞ‼︎」

「うっさいです。あなた程度ならそれで十分です」



 気に障るバカはこの際置いておくとして、このスラムの状況を作り出せるのは私が知っている中ではあの魔族たちと神さまだけだ。

 そして多分アリシアが何かしてくれたのだろう。そういえばスラムの人たちは守ってくれるって言ってた気がする。どこかに転移させてくれたのか、それとも結界を張ってくれたのか……。



「ひとまず合流したいです」



 アリシアが私のところに来ないってことは……えーっとどういうことなのだろう? 一人でなんとかしろってことなのか、それとも私がそっちに行けということなのだろうか?


 どちらかなのかはともかく、それを聞くためにアリシアのいるであろうところに向かおう。きっとまだ家でぐーたらしているはず。



「に、逃げんな‼︎」

「今はそんなところじゃないんです!」



 レンヤを置いて走り出す。そのほんの少し後にレンヤも追いかけてきたようだが、3文字の身体強化を使っている私には追いつけるわけもない。


 私は遠ざかっていくレンヤの気配を感じつつ、家に向かって最高速で走る。

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