59話 夢
人種が汚くなってしまった『原因』とは……果たしてなんなのだろうか。
わたしがどれだけ頭を悩ませようと『原因』を一概に決めることは出来ない。そしてそれは何でも知っているようなあの『神さま』ですら測りきれないものなのだろう。
それは『何故』なのか……。対してこちらはただ一つの答えしか見つけることが出来ない。どれだけ目を逸らし、他に無いのかと辺りを探し回っても……『何故』の答えは一つだけしかないのだ。
さて『何故』を語るとすればたった一言で完結してしまう。
――あまりにも多いから。
人種が汚くなった『原因』が『多すぎる』のだ。『原因』をどれだけあげてもキリがない……。だから『何故』の答えは先述のようになるのだ。
そして、多すぎるが故にわたしや『神さま』が『原因』を決めきることが出来ない。
ただ、『原因』にもハッキリとしたものがあるのも事実だ。
金や権力や女……。
それらが強く出ている『原因』だが……しかしそれは氷山の一角でしかないのだ。
そんなことを考えていると、ふと思うことがある。
――人種はどれだけ汚れているのか。
人種をキレイにしたければその『原因』とやらを取り払ばいいのだろうか? しかし現実はそんなに甘い話ではない。
いくら彼らの周りから『原因』を遠ざけても……いつしか人種自らが『原因』を生み出し、進んで汚れて行ってしまう。
なら……一番の『原因』ってのは――人種が存在していることなんじゃ。
そう思うこともあったが、ヘレナやヘリックのような者たちがいたことによって、その考えは廃棄することが出来た。
それに集落やスラムの人種たちもそうだ。彼らも薄汚れてはいるが、まだキレイに出来る範疇だ。……決してあの貴族の連中たちとは違う。
だからこう思うことにした。人種には二種類の者たちがいる。それは自ら汚れを出す者と出さない者だ。
そして……産まれたばかりの人種は皆が後者なのだろう。
つまりは、『環境』こそが一番の『原因』だと思うが……果たしてそれは合っているのだろうか?
結局、この『結論』は『今知りうる中』での知識で考えたことだ。だからこれを正解にするのは早計だし、やはり正解でもないのだろう。
一番の『原因』はその時代ごとによって変わるのだ。だからわたしやアレイシアは決まりきった『答え』を出さない。
ただこの時代においての『答え』はきっと――
***
アレイシアがヘレナにわたしのことを話し、ヘレナの今後のことも語り合った後、アレイシアは一度神界に戻るといって思い立ったが吉日と言わんばかりに転移していった。
あいつはあんなでも神さまなのだ。たった一日しか地上に顕現していなかったが……本体で来るのはまだツライのだろう。それか単に仕事が溜まっているからか……。正直あのアホのことなのでどちらもあり得そうで困る。
しかし、居間に一人取り残されたわたしは何をしていれば良いのだろうか……。
「はぁ……飲み直すか」
いろいろと忙しい一日だったのでクタクタだ。いや、肉体的疲労はないけど、精神的に……ね。アレイシアに泣かされ、ヘレナがどうなるか心配になり……。本当に今日は疲れた。
ふらっとした動きで異空間から新しい酒を出す。疲れているから酒精はかなり弱いものだ。酔いたい気分でもないし、ゆっくりと楽しみたいからね。お供は……草だんごでいいや。いっぱいあるから減った気がしないのが……ちょっと怖い。
「ん〜、やっぱ寂しいもんだね」
一人は……。そうボソッと呟いて、シン、とした居間を見渡す。ヘレナ母はもう寝室にいるし、ヘレナやその父、兄と姉は帰ってきていない。もうスラムの奴らも騒いでいない。今の居間は弓を引いたような静けさに包まれていた。
「上にでも行くか……」
そういった静けさは嫌いではないのだが、やはり寂しく思うので星でも眺めようかと屋根に登る。転移で行こうとしたのだが、暇だし自力で行こうと思い、備え付けのはしごがある裏にまわる。
「まぁ分かってはいたけど……ボロいね」
そこには壁に立てかけてある屋根まで届くはしごがあったのだが……。いやはや、長いこと使うことがなかったためか、木製のはしごは見るからに中身がスカスカ、それに踏ざんもいくつか折れている。クモの巣が張っているあたり実に分かっていらっしゃる。
「ふふ。でもこれは、流石に無理だね」
軽く笑みを浮かべながら言い、タッと軽く地を蹴って屋根に登る。はしごを使えなかったのは残念だが一応魔法は使ってないし、これはこれで自力って言えるから……いいよね? うん、わたしが許す!
カコ、カコ、と屋根の古ぼけたレンガがずれる音を奏でながらそっと斜面に腰を下ろし、魔法で座れる場所を作る。といっても、滑り落ちないようにするだけなので、見た目では屋根に腰掛けているようにしか見えないか。
「うぉっととと〜」
どうせならお酒をグラスの満タンまでついでやろうと意気込んだはいいものの……ちょっと服の上にこぼしてしまった……。
「酒臭くなりそう……。まぁ着替えたらいっか」
こぼしてしまったところをジト目でみやり、気分を変えるようにそっと並々注がれたグラスの縁に口をつける。
「ふぃ〜。やっぱお酒っていいわ〜。どんな気分の時に飲んでもいいのがますますいいね!」
カンパーイ! と誰に向けてでもないが、あえて言えば夜空の星たちに向かってグラスを突き出す
そう言えば、何故か今日はこの屋根に二回も登っている。1回目とは気持ち的なものは違うけど……。わたしって雲みたいだ。
「うふふん」
そう考えると笑えてくる。こんな短時間で顔色が変わること、それに高いとこが好きってのがそう思わせてくる。
これは……この変化は『諦め』から来るものなのだろうか……。一瞬そんなことが頭をよぎるが、それは違うと前を向いて言い返せる。
しかしなぜそう思うのだろうか……。分からないけど分かるような……そんな曖昧さの中でも、なぜか『違う』と断言できてしまう。
「ふふん。おかしいったらありゃしないよ」
分からない……曖昧……。だけどそれでいい。わたしはアレイシアじゃないし、その曖昧さはわたし好みのモノだ。
いずれは知ることなのだろう。そう予感できるので、のんびり待っていればいいのだ。この決断には流石にあのアホも口を出してこないだろう。出すなよ? 絶対だぞ?
ふわっと頰を撫でる夜の春風は冷たさを感じさせつつも、確かな温かみを内包している。その風に包まれながら食べる草もちはとてもいい。
まったり、のほほん、ぽわぽわ、ちびちびとグラスを空にしていると、どうやらその春風は良いものを運んできてくれたようだ。
「よっと」
ふっと勢いよく立ち上がり、屋根から飛び降りる。
すると降り立った少し先から、うひゃ⁉︎ と間抜けな声が上がり、それもまたおかしく思う。
「ア、アリシアですか……。もう、驚かさないでください!」
「はは、ごめんごめん。ヘレナの姿が見えたからさ、つい」
「ついってなんですか⁉︎ すっごく怖いんですよ⁉︎」
「まぁ良いじゃん。で? どうなのさ。ちょっとは落ち着いた?」
軽く尋ねると、どう言ったものかと毛先をいじり、ヘレナは恐る恐るといった風に口を開く。
「え、えっと……。よく分かりません。アリシアはどう思ったのですか」
「うーん。まぁそれは中に入ってから話そうか」
「そ、そうですね」
流石に長くなってしまうだろうからね。そう促してわたしは一歩先を歩く。
「ヘレナもなんか飲む?」
居間につき、正面同士になるように座る。そして酒が入った方がヘレナも話しやすいかもと思って酒をすすめる。だけど、すぐ酔いそうとのことでヘレナはお断りだそうだ。
ちぇ〜つまんないの〜。だなんてブツブツ言いながら、わたしはさっきの酒精の弱いお酒を注ぐ。
そして手元に視線を置いたままそっとヘレナに語りかける。
「わたしはヘレナの国を見たい。そう思ったよ」
「そ、そうなのですか……」
「うん」
どうしたらいいのかわからないようなヘレナをよそに、わたしはグラスの中にお酒から作った氷を浮かべ、カラコロと指で音を鳴らす。
「わ、わたしが……カーコフ家は……そんなことは出来るはずがありませんよ」
ヘレナは手を組み替えを繰り返し、目を伏せている。自信、それとそれに付随ものが一欠片もない。そうヘレナは思っているのだろう。
それもそうだ。今のこの現状を見て、国を作ります! だなんて言えるか? 貴族からは迫害され、国からはスラムの隅に追いやられ、今日を生きるのが精一杯だった者たちだぞ?
大抵の者は『無理だ!』そう断じるのだろう。
しかし……わたしは『信じる』そう心に決めた。少し不純だったかもしれないけど……それでもだ。
わたしは顔を上げ、ヘレナの目を真っ直ぐに見据える。
「出来る。確約は出来ないけど……わたしは出来るって思ってる」
「ア、アリシア?」
「それと、わたしはその国の王様は……君がいいなって思ってもいるよ」
「な、な⁉︎ ついにおかしくなっちゃったんですか⁉︎」
「おい……ついにってなんだよ。はぁ……わたしはおかしくもなんともない。心の底からそう思っているだけだよ」
頭を抑えつつ、やれやれと呆れたように言ってやる。思ったままに、信じるそのままに……真っ直ぐと伝えてやればヘレナだって分かってくれるだろう。
ヘレナは諸々の事情を飲み込むのに必死になり、何かわちゃわちゃしている。
少したつとやっと落ち着いたのか、ヘレナは胸を押さえながら躊躇うように言葉を紡ぐ。
「あ、あの……。わたしなんかに務まるわけがないじゃないですか……」
「そう? 案外いけると思うよ?」
「そ、そんなことありません! わ、わたしって対人……貴族相手にはめっぽう弱いですし……。外交なんて出来るわけがないじゃないですか……」
あ、うん。確かにそれは思ったよ? アレイシアにそれを言ったら、多分わたしがあの討論に勝っていたと思うよ? でもさ、それはしなかったんだよ。
あいつは直接にしろ間接的にしろヘレナに手を貸すことはない。
しかしわたしは違う。わたしは神じゃなくて、いわゆるところのお助けポジを目指している。前にそう思い立った気がするのだ。いや、曖昧にしか覚えていないけど、したんだろうなぁって確信しているよ?
わたしは今までは間違っていた……。ヘレナを汚さないよう、ずっと選びようのないの選択肢を選ばさせ、わたしの思いのとおりに動かしてきた。だけど……それは分をわきまえていない行為だ。
わたしの役目は選択肢は出し、ヘレナ自身にそれを選ばせること。
「貴族の相手も外交も出来る奴にやって貰えばいい」
「そ、そんなのわたしってお飾りの王じゃないですか⁉︎ 何もしない王って……流石にそれは嫌ですよ!」
はは、じゃあ何か? お飾りじゃなきゃいいのか? ちょっとヘレナの思っていることが分からんよ……。ま、まぁいいや。どうするかはこの子次第。そして、お飾りじゃないってことも言っておこう。
「何も王の仕事ってそれだけじゃないじゃん」
「そうなんですか?」
「いや、わたしは王なのに何もしてないから分からないけど……。で、でもヘレナは民が幸せに暮らせるように努めたらいいんだよ」
「で、ですが……」
ヘレナは返す言葉に窮し、口を閉ざしてしまう。ヘレナの志は『不幸な者を救う』だ。それを実現するためには『王』って立場は魅力的なんだろう。それに今の状況と、わたしが近くにいるってことも悩む点になっているのだろう。
しかし……ヘレナには悪いが言わないといけないことがある。
「ヘレナ……」
「? なんですか?」
沈んだ声を出すわたしに、ヘレナはとても不安げな表情を浮かべる。
「ヘレナは近く、この国から出ざる終えなくなる。そしてこのスラムは滅びる」
「っ⁉︎ そ、それは……アレイシアさんに聞いたので知っています。それでアリシアのところでお世話になる……と」
あぁ、確かにその手もあるが……。それはすでに却下したことだ。
「流石にそれは無理だ。ずっと君らを守れと? わたしはそんなことはしないし、したとしても住民たちは一歩も街の外に出れなくなるよ?」
「っ⁉︎ で、でも!」
「ヘレナがとれる道は……わたしが思いつく限りではいくつかある」
「……な、何ですか?」
固唾を飲んでヘレナは聞く体勢を作り、わたしは少し間をためてからそっと口を開く。
「わたしのとこに来る。これは街から一生出れないし、もし出たら命の危険がとてもなく高い。次は集落にこもること。あそこは君が結界を張っているし、スラムの奴らも受け入れられる。それに、まぁ見つかりにくいだろう。でもこの手段は実質的に君が王になるってことだ。周辺諸国には知られずにね。でも森の外には出ていけないだろう」
そして、と一呼吸ついて続ける。
「君が大々的に国を作り、国王として世間に姿を現わす。危険もあるが、多分これが民たちに自由がある。そして、君の志が叶えられる可能性が一番あるのも確かだ。わたしは君にどうしろ、とは言わない。君が……君自身が決めろ。わたしが言わなかったことでもいい……。だけど……君が選ばなければ、スラムの奴らは死ぬとだけ覚えていてほしい。あと、後者の二つに関しては……わたしは手を貸さない」
言い切った……と椅子に深く座り、クイッと酒を呷る。
さてどうかな? とヘレナに目をやると、もじもじと忙しなく指を絡ませ、うーうーと唸っていた。
迷っているのだろう。それぞれのいいところと悪いところ……。ヘレナにはキチンと分かっているだろうし、だからこそ決めかねているのだ。
きっと、順当に選ぶのなら『森にある集落で隠れ住む』だ。確かに色々めんどくさいことがあるが、外敵の心配がほぼない。まぁ、あの森を隅から隅まで探索されれば別だ。見つかれば掃討隊が向けられるかもしれない。
それでも一番安全なのは変わりないし、生活も結構安定している。大きな街は作れないだろう、他の街にも行きにくくなるだろう。それでも『安全』ってのは大事なのだ。
「わ、わたしは……」
ヘレナは弱々しくそう言葉にするが、その先からは一向に語ろうとしない。
まぁそうだろなと頷き、わたしはそっと立ち上がる。
「今日答えを出す必要はないよ。それに、わたしは君がどれを選んでもその選択を尊重するよ。まぁ、最後までじっくり考えてよ。その時になったら聞かせてね? スラム奴らは守ってあげるからさ」
そう言って、考え込んでいるヘレナをよそに居間を抜けて寝室に向かう。ヘレナ母が寝ているようだが……まぁバレバレだ。
そっとヘレナ母の横の布団に入り、小さな声を出す。
「君は娘に何か言わないの?」
すると、少し隣から物音がし、少し待つと囁くように返答がきた。
「私にはあなたたちがなんなのか分かりません。ですが、悪い方達ではない。それだけは分かります。そして……そんな方たちがヘレナに選択をさせると言うんです。私はただ見守っているだけです。ですが……」
言って、考えるような間が空いたが再びヘレナ母は口を開く。
「ですが……王になったヘレナを見てみたい気がします」
「うふふん。わたしもそれに同意だよ……。わたしはもう寝るよ。お先に」
「はい」
言い残してわたしは夢の世界に飛び込んでいく。
今日見た夢は素敵なものだった。王冠を被ったアホな王様が街中で食い倒れているそんな光景。
街中は笑顔で包まれ、日の光が差さない場所はない。そして鎖すらもどこにもない。
そんな楽しそうな夢。
わたしは正夢にな〜れ☆と戯けながらその街で食べ歩く。




