5話 宿でのご飯も美味しい
ヘレナが宿屋に案内する、そう言うので後ろをついて行くと、少し歩いたところの建物に着いた。中に入ると、いらっしゃい! と大きな声がかけられ、ちょっとびっくりしたのは内緒だ。
宿屋には食事をとっているものが数人いて、綺麗に清掃されており不快感はない。
「女将、この子が泊まるところを探しているらしいのですが、まだこちらには空きがありますか?」
「ああ、あるよ! 一人部屋でも二人部屋でも問題ないさ!」
カレンが、大きな声を出していた――今も出しているヒューマンと話をしている。
なんだかわたしも泊まることになってるけど……まぁいいか。今、城に帰ってもカレンに怒られるだけだし。それに人種の料理をもっと食べて見たい! きっと食べたことのないようなものが沢山あるに違いなよね!
「どっちでも良いよ? でもわたしまともにお金持ってないんだけど、だいじょうぶ?」
宝石でしか払えないよ? と遠回しに言う。
ギルドでお金代わりに出した宝石が、ヘレナが言うには高すぎるらしい。でもわたしはあれ以上価値の少なさそうな物を持っていないんだよね。
ヘレナはふむ、と少し顎に手をあて首を傾げる。
「そうでしたね……。女将、二人部屋にしてください……。荷物はこちらで運びますので」
「あいよ!」
女将と呼ばれたヒューマンはカウンター横にある扉の中に入り、何かを持って帰ってきた。
ヘレナはそれを受け取ると、入り口近くにある階段を登り上に行ってしまった。
わたし一人取り残されてしまった……。どうすれば良いんだろう? そういえばここでも食事をしている人種がいるんだから……はっ、まさかここは宿屋に見せかけた食堂⁉︎ そうとなればすることは一つ!
「女将! ごは――」
「待ってください!」
ごはんと言おうとしたのを、いつのまにか下りて来ていたヘレナに肩を掴まれ止められてしまった。
うぅ……なぜに邪魔をするのか。わたしはただ食べたいだけなのに……。
じっと睨み付けると、ヘレナはくたびれたように口を開く。
「さっきあれだけ食べたでしょう。まだ食べる気ですか」
「うん、美味しいものがわたしを呼んでいるからね!」
「貴女の一体どこに入っていると言うのですか……。アリシア、今は寝床の準備が先です。手伝ってくださいますか? その後食事にしましょう」
「えぇー、しょうがないなー」
なんでわたしが、ってのはあるけど、たまには良いかもね。昔、城で料理を作るのを手伝った時にちょっと失敗してから、わたしは手伝わなくて良いってみんなから言われてショックだったんだよね。久しぶりに頑張るぞ!
ふむす、と気合を入れて階段を登り、ヘレナが入って行った部屋にわたしも入る。そこはまぁ見事な散らかりっぷりであった。
床には文字がびっしりと書かれた紙が散らばっていて、そこら中に脱いだまま放置されている衣服に下着。備え付けの机の上には変な機械がいくつも並べられている。
いやいや、わたしの部屋よりも酷いよ⁉︎ わたしは精々人形が床に散らばっている程度で服とかは脱ぎっぱなしじゃない! あ、でもそれってカレンが片付けてくれるだけだからなのかも?
そもそもここは宿屋なんだから、部屋の片付けくらい店員がするんじゃないの?
わたしが部屋の惨状に戸惑ってるのを見たヘレナは、ほおをかいて照れ臭そうに話し出す。
「ごめんなさい少し散らかっていて、ここにあるものは大事なものばかりですからね、絶対に中に入らないようにしてもらっていたのです」
「へ、へーちょっとは片付けたほうがいいよ?」
この嵐が通ったような惨状を『少し』で言い表すのはどうかと思う……。そもそも、大事なものならば余計にキチンと整理したほうがいいと思う。
「分かってはいるのですけれどね……いつの間にかこうなってしまうので……。さ、そんなことよりも、机にある物を二つとも隣の部屋に持って行ってくださいますか? 同じように机の上に置いてくださればいいので」
「あ、う、うんわかった」
「あ! くれぐれも壊さないように慎重にお願いしますよ! 高いんですから」
「う、うん。どうせ壊れても直すからだいじょうぶだよ」
ヘレナの必死さに少し引きつつ、床に散らばっている紙をどかしながら机に向かって機械を全部異空間に収納する。
また、ヘレナは散らばった紙を整理しながら集めていた。
なんだか時間がかかりそうだね……なにせあの量だもん。わたしはあの部屋を見て片付けって大事だなって学んだよ。
部屋を出て、とりあえずは言われた通りに二つ隣の部屋に行き、机の上に収納した機械を全て出して並べる。
そして少し休もうと、隅に二つ並べられているベットにダイブする。
「がふ!」
く、くっそう。予想以上にベットが硬い! 柔らかくないベットって本当にベットなの⁉︎ 野宿した時から思っていたんだけど、ヘレナって貴族なんだよね?
わたしも貴族ぐらい知ってる。でも、こんなに質素な生活をするものなの? わたし以外の魔族の国には貴族がいるけど、みんなプライドばっかり高かったような気がするんだけどなー。
バタバタと足を動かしてヘレナが来るまで時間を潰す。
「はぁ、ヘレナ遅いなー。……って、うふふん」
ふと思ったけど、わたしがヘレナを楽しみに待っているっておかしな状況だ。そもそも普通の人種の言うことに『わたし』が従ってるのって不思議だよね。まぁわたしとしては暇だからなんだけど、あの子達が見たらどうなるだろ。うふふん、ヘレナ殺されちゃうかもね、主に嫉妬のせいで。
ベットの上でまったりしていると、扉が開きヘレナが入って来た。
そして、荷物を隅に下ろしてからそっと口を開く。
「待たせてしまいましたわね。さ、食事を取りに行きましょうか」
「早く行こー!」
飛び起きてヘレナの後を追い、階段を駆け足で下りて、いくつかあるテーブルの席に着く。
「この中から選んで注文してください。出来ればあまり頼まないでくださいね……」
「むー、宝石あげるからダメ?」
「宝石類は競売に出した方が高く売れるので……。その関係上すぐに換金できず……その前に食費で予算がつきそうですので……」
ブツブツと言い訳するようにヘレナはうつむいて言葉をこぼす。
ヘレナは貴族とのことだけど……貴族っぽさが全くないね……。
「そうなんだ、ヘレナって貴族なのにケチだね。あ、オススメのものってある?」
「け、ケチ⁉︎ 失礼ですよ! ……はぁ、わたしの家の爵位は男爵ですし、わたしは三女なのです。貴族の端の端で貴族と言っても家がそうなだけであって、わたし自身の経済力は少し豊かな平民と変わりませんし、それにーー」
あー、ヘレナが妙なスイッチ入っちゃった。腕を組みながらずっとブツブツ言っていて怖いよ。
見ていると食欲を削がれてしまいそうなので、そっと視線を逸らして、周りを見回す。
「あ、そこのヒューマン! ちょっと来て!」
「は、はい!」
「一番美味しいの何? 教えてー」
依然気持ちの悪いヘレナをよそに、わたしはエプロンをつけてウロウロしていた少女を呼んだ。
きっとここの宿屋の者なんだろう、きっと。違ったらごめんね。
「え、えっとー、ガフ肉の角煮ですね」
「ふーん、じゃあそれ、ヘレナには……安いのをお願い」
「か、かしこまりました」
うふふん、やっぱり店の者だったようだ! わたしの目にかかればこんなモノさ! それにヘレナのも気を利かせて注文したわたしってかしこいよね!
ヘレナったらまだブツブツ言ってる。何がそんなに楽しいのかな? つまらないと思うんだけど、ヘレナって変な趣味があるんだね。
特大魔法のキーワドの詠唱かと思えてしまうヘレナの趣味は、さっきのヒューマンが出来立ての料理を持ってくるまで続いた。
「はい、お待ちどう! です。こちらがガフ肉の角煮で、こちらが野菜のスープです。それとパンですね」
「だからわたしはケチってわけではないの、ただもったいな――なんですか? わたし頼んだ覚えないのですけれど」
女将の口調を真似て元気よく言った少女に、ヘレナは眉をひそめてそう言った。
そして、その少女はあたふたとしてわたしに顔を向ける。
「え⁉︎ で、でもこちらのお客様が……」
「わたしが頼んどいたあげたよ。なんだかヘレナがブツブツ言ってたから……安心して、安いのをお願いしといてあげたからね!」
グッと親指を立ててそう言うと、ヘレナはバン! と机を叩いてわたしに詰め寄ってくる。
「わたしの話聞いてなかったのですか⁉︎ そ、それに貴女のそれ、この店で一番高い奴じゃないですか!」
「もう、うるさいなー」
ウザくなって、ぽいっとヘレンに宝石を投げて渡す。競売の方が、ってことは違う方法で売れるんでしょ? 多分……。お金くらい出すよ。わたしはタダ飯食いじゃないからね、こんなの一個でいい値段になるんだったら何個でもあげるよ。
それはそうと、もう我慢の限界なんだよ!
我慢できなくなったわたしは納得の行っていない様子のヘレナをほったらかし、お肉にかぶりつく。
「はむ!」
んー! トロットロで美味しい! この甘塩っぱいタレもいい!
うふふん、どうやったら厚いお肉がこんなに柔らかくなるのかね? 今度カレンに頑張ってもらわないと!
ほらヘレナ、そんな不満そうな顔してたら美味しいものも美味しくなくなるわよん! あーとっても満足なんだよ!