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58話 いい王様

 あのアホの発言以降、居間には何とも言えない空気になっていた。


 互いが互いにどう声をかけようかと探り合っていると、ヘレナが今日も行ってきます! と外に出て行ってしまった。


 魔物を狩って頭を冷まそうとでも思ったのだろうか。もう時間が遅いし、アレイシアの相手もして疲れているだろうに……。

 大丈夫だろうかと身体強化をして走っているヘレナを覗く。すると、どうやらこの近辺の魔物にもやもやをぶつけるらしいので、間違ってもヘレナが死ぬことはないだろう。

 ならば、とわたしはヘレナを見るのを止め、いつになく重い肩を落として異空間からお酒を出す。



「……そんなにジロジロ見ないでよ……。分かったよあげるよ……」



 わたしがクイっと杯を傾けるのをこいつが物欲しそうに見ているのがうざったくなり、仕方ないと態度をあらわにしながらグラスを差し出してやる。

 透明なグラスに注ぐのは透明なお酒だ。わたしが持っている中で最上の果実酒だ……感謝しながら飲みやがれ。



「ほらよ。まぁ酒の相手がいたほうがいいしね」

「ふふ、ありがそうございます。それでは……」



 グラスを鼻に近づけ、ん? と少し首をひねり、眉をひそめながらアレイシアは杯に口をつける。



「っ⁉︎ あ、あなたこんなのを持っていたんですか……。神界でも滅多にお目にかかれないものですよ、これ」



 そう言い、目を見張りながらグラスに半分くらい注がれた果実酒を飲み干す。


 そうだろうそうだろう。何せ、このお酒はわたしが持っている中で一番のお気に入りなのだ。

 ま、まぁ集めたのはティーちゃんだし、すごいのはあいつなんだけど……。ってか今どこで何してんだろ。さして興味はないから知らなくてもいいけどね。



「わたしですら作り方が分からない酒だからね〜。きっと、これの作者はめっちゃ強いよ。少なくとも、わたしを出し抜けているってのだけで賞賛するよ」



 改めて調べてもこの酒の作製過程は分からない。こんなことが出来るとすればこのアホくらいなのだが……その間抜け面を見れば違うと分かるね。

 今までも思ってはいたが、世界は広い。わたしの知らないことがいっぱいあるってのは……本当にいいことだ。


 夜も更けて静かな居間にはからころとグラスの中で回る氷の音だけが響いていた。


 から、ころ、から、ころ。その音に合わせて意識がぼやけていくのを感じる。

 今のわたしの状態を一言で言うと『疲れた』だ。いろいろ気を張って、ヘレナのことを案じて……これからのことを考えて……。


 ――ヘレナに拒絶されなくて良かった。そして真実を知ってもなお、変わらずキレイだった。


 パンパンに膨らんだ風船を剣先で突っついたあとのようにわたしは安堵している。

 それからくる疲労はどこか気持ちがよく、久しぶりにお酒を楽しめている。



「ほら、大丈夫でした」

「…………余計な世話だよ。こんちくしょう……」



 お代わりを早く、とわたしにグラスを差し出しながら、柔らかい微笑を浮かべ彼女は言う。


 わたしは苦しい恨み言を言いつつ、その場を濁す。


 わたしだっていつか話していたさ。そんな思いがあって正直にお礼を言えない。

 だけどその『いつか』は多分訪れることはなかったのだろう。きっと、ヘレナが死ぬその時まで……わたしは話さない。いつか、いつか……言い訳のように呟きながら口を開かないのだろう。



「そうかも知れませんね」



 ああそうさ。きっと今日お前が話さなければ……わたしはずっとヘレナに後ろめたく思っていたのだろう。本当に……余計すぎるお世話だよ。


 クイっとグラスを傾け、彼女に抱く気持ちを全て飲み干す。そして新しくお酒を注ぎながら訝しんで彼女に目をやる。



「で、あの戯言はなんなのさ」

「はへ? 何がでしょうか? あ、おかわり下さい」

「……はぁ。で、国を作ればいいって……ヘレナに王になれとでも?」



 グラスをこっちに向けるアレイシアにため息を一つ。そしてなるべくそれを気にしないようにしつつ、なみなみと注ぎながら呆れたように言う。

 するとお酒が入って機嫌がいいのか、彼女はいつもよりも楽しそうな笑い声をあげる。



「うふふん。その通りで〜す。ヘレナさんにはそれができますよ〜」

「……どうだろうな。わたしにはお前のその自信の源が分からないよ」

「そうですか〜? きっとみんなから好かれる『いい王様』になれますよ〜」



 『いい王様』――グラスをくるくると回し、アレイシアはその水面をぼんやりと眺めてそう言った。


 ――果たしてその『王様』ってのはどんなものだろうか……。


 しかしそれは前提からしてあり得ない。何せ『みんなから』なんてのは土台無理なものだ。


 わたし自身『魔王』を名乗っている手前、そうとしか思えないのだ。

 わたしの治めている国でも、わたしに反感を持っている魔族は多数いる。その最たる例が偽魔王とそれについている魔族たちだ。

 それを悪いことだとは言わないし、それを否定するつもりもない。



「どんな『王』なんだろうな……」



 ただボソッと呟く。疲労いっぱいの頭ではあまり深く考えられない。いちいち口に出して確認し、それでまた思考の海に潜る。

 『いい王様』とは何か……。そう考えようとしたとき、質問したつもりはなかったのだが、先のわたしのつぶやきにアレイシアがゆっくりと答える。



「そうですね……。それは……なんなのでしょうね」

「はぁ? 何言ってんのさ。いい王様って言ったのはお前だぞ?」



 波一つ無いような声に、わたしは少し心配になってジッとアレイシアの顔を覗き見る。ついにいかれたか? と聞くも、違います! と元気一杯なのでまぁ大丈夫なのだろう。


 どん、とアレイシアはグラスを置き、息を整えてから口を開く。



「わたしだって偉そうに定義出来ませんよ。ただ……なんとなくそう思ったんです。ヘレナさんが治める国はきっと……」

「…………」

「いえ……。申し訳ありませんがお酒をもらえますか?」



 言いかけた言葉を途中で止め、誤魔化すようにわたしに差し出してくる。わたしはグラスにお酒を注ぎ、そして再び話を掘り返そうとはしなかった。

 こいつが真剣な話を曖昧なままで終わらせるってのは相当に珍しいことだ。だからわたしは何も聞かない。


 きっと……。きっとなんなのだろうか。その先が気にはなるが、ふっとわたしもその光景を思い浮かべてみる。


 ヘレナが王になったとしたら……なんだかその国は慌ただしい国になりそうだ。あちこちが賑わっていて、住民同士の交流が盛ん、そして『人助け』が尊重されていそうだ。

 だからこそ王都のような『スラム』もなく、もしかしたら『貴族』すらも形を変えているかもしれない。

 それに、最近のヘレナはわたしに似てきている。食文化が盛んな国になっていそうで怖いよ……。わたしのお腹がはちきれちゃいそうだからね。


 ヘレナが国を立ち上げ『王』になったとしたら……。きっとそこはさぞ楽しそうな国になるのだろう。それに、わたしや子どもたちもふらっと遊びに行くかもしれない。間違いなくルミエとカレンは行くだろうね。


 だけど……だけど、ヘレナが『王』になれるのかと言われれば……。



「ヘレナは……そんな決心がつかないだろ」

「……もしも、の話なのですけどね。ですが……世情を考えれば必ず起こるのでしょう」



 戦争――ヘレナは相当国から嫌われているし、周辺諸国も新しい国なんて邪魔で仕方ないはずだ。それに、建国したてなら簡単に潰せるって考えるところは絶対に現れるだろう。


 そして、今のヘレナにはそれらを押さえつけられるほどの力はない。いくら力が強くても、彼女が『人種』相手にその力を行使できるかは別問題だ。


 あの子はまだ恐れている。誰かを殺すことを恐れているのだ。

 前にヘレナを襲ってきた勇者がいた。その時ヘレナは防戦一方で、傷つかないようにするので手一杯だった。傷つけない……そうは言っても『自身』がではなく『勇者』が、だ。

 文字魔法は便利だが、いささか加減が効かない。ヘレナは2〜3文字だけ使って勇者と相対していたようだが、4文字にすれば大半は圧倒できたことだろう。しかし、当たりどころが悪ければ殺してしまう危険性もあった。

 それに、ヘレナは『血』を見るのも極端に拒んでいる。気持ちが昂ぶるから、と分かっているのだろう。そしてそうはなりたくないと、気を配りながら戦闘をしていた。



「人種を殺せ、そうヘレナに言うのか? お前がか?」



 だからわたしは二つの意味を込めてアレイシアに問う。


 殺しを嫌がるヘレナに強制するのか……。愛しているとまでのたまった『人種』を殺せ、とお前が言うのか……。


 目を細め彼女を見つめる。



「…………」



 アレイシアは考えるようにグラスの縁を指先でなぞり、かん高い音を出しながら視線を落とす。少ししてその音はやみ、彼女は顔を上げて冷え切った表情を見せる。



「わたしは、あなたが思っているより冷たいです」

「…………」

「たしかに『人種』は愛していますが……。その一人一人は愛していません」



 神ってそんなものです。そう言葉にする彼女はいつもの温かさを感じさせず、ただただシンっと静かな澄んだ空気をまとっていた。



「……そうか」

「あれ? 怒ったりしないんですか?」

「なんでさ、怒る理由はないだろ」

「ん〜まぁそうですね」



 そう、怒る理由がない。さっきのも後者のは確認のために含ませただけだ。


 神ってのはそう言う存在だ。アレイシアは『人種』を愛している。その愛する『人種』が殺しあったところで……『個人』には興味はないから止める意味がないのだろう。それで『人種』がより良くなるのなら……。そんな思惑もあるのかもしれない。


 でもヘレナのことはちゃんと『愛している』と見ていいはずだ。しかし、それはただ単に彼女がヘレナのことを気に入り、目をかけているからに過ぎない。

 何せ、『全ての』人種を『愛している』なんてのたまうのなら、あんなに魔王に殺されなかったはずなのだ。人種は過去に『絶滅』しかけている。その時アレイシアはギリギリになって手を出したのだ……。そのことで分かるだろうよ。


 多分、ヘレナには理解できないと思う。でも仕方がないのだ。『神』と『人種』では住む世界があまりにも違いすぎるのだ。



「で? そっちはどうでもいいとしても、だ。正直なところ、ヘレナに戦争なんてできると思うか?」



 もういいよね、と軽い感じで話を戻す。もともと聞きたかったのはこっちなのだ。わたしでは思いつかなかったことが……こいつならって思うんだ。

 わたしだってヘレナが自分の力で立てるのならそれに越したことはないからさ。



「そうですね〜無理なんじゃないでしょうか」

「おい! ちょっとは考えろよ!」



 考える素振りも見せないこやつにはもう頭がいたい。ガシガシと頭をかき、酒を乱暴に飲んで言葉を投げつける。


 するとアレイシアはおどけた仕草で笑い声を上げ、ふふ、と口を開く。



「冗談ですってば〜。……ヘレナさんは〜民を守るためならば戦いますよ〜。絶対に〜」

「…………」



 口調や態度こそふざけた様だが、彼女の眼差しだけはしっかりしたものが込められていた。


 放たれた言葉に返す言葉を探していると、今度は真剣にアレイシアは言葉を重ねる。



「あの方はそう言う人種です。そして『戦わない』と言う『道』すらも見つけ出すでしょうね。あ、もちろんわたしやアリシアの力を『借りずに』ですよ」

「お前……本気か? いや、正気か?」

「ええ、もちろんですとも。ヘレナさんにはそれが出来ます。そうは思いませんか?」



 聞かれても、無理だとしか答えられない。だって、今までのヘレナをどこをどう見たらそう思えるのだろうか……。

 あの子はただのお人好しだ。そしてヘリックがしてくれた援助にも気づかないほどのアホだぞ? アレイシアはヘレナの何を見ていたのだろうか?


 そうやって訝しんで見ていると、アレイシアはゴホンと咳を一つする。



「出来るったら出来るのです。そんなにヘレナさんを信じれないのなら、わたしを信じてください」

「え? それこそ無理。お前だけは信じたくない」

「即答⁉︎ い、いやいやアリシア? わたしですよ? あなたがさっき泣きついてきた母ですよ?」

「それとこれとでは話が違う。なんかお前を信じるのはやだ」

「子どもですか⁉︎」



 おいうるさい! 酒をやるからもうちっと静かにしろ!


 こいつを信じたくないのはただのわたしの意地だ。子どもだと罵られようが……それだけは嫌だ。

 いやさ、あっさりと信じて調子付かれるとか一番面倒くさいじゃん? そんなことになるくらいなら、ヘレナならそう出来るって『ヘレナ』を信じるほうが何億倍も良い。



「そうだね……。わたしはヘレナがどうなるのか見てみたい。だからあの子がその『道』を選んだとしたら……ヘレナを信じて見守ってあげようかな」

「な〜んだ〜。やっぱり信じてくれているんじゃないですかぁ〜」

「ああそうだよ。お前じゃなくてヘレナをだけどな!」

「な、なんですかそれ⁉︎ いいじゃないですかちょっとくらい! アリシアはつんでれさんです!」

「はぁ⁉︎ なんだそれ? って⁉︎ くっついってくんな! 酒臭くてキモい‼︎」



 机から身をのりだして向かいに座るアレイシアが意味不明ことを言って迫ってくる。それを心底嫌だと表情に表しながらグイグイと押し返す。


 うぎゃ〜、ぐがぁ〜。そんな騒がし声が夜の帳が下りたスラムに響き渡る。もう彼らは寝静まった頃だ。そしてヘレナは未だ元気に魔物を叩き起こしていらっしゃる。


 まったく、こんな平和を彼ら彼女は望んでいるというのに……なぜそれを邪魔したがるのだろうか。

 彼女のいう通り、あの子は国を作り、彼らはそこに住んだほうが幸せになれそうだよ。

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