56話 流れ星 (sideヘレナ)
最近になって『勇者』とは何なのだろう……そう思うようになってきた。いや、『勇者』という存在を知った時からそう考え出していた気がする。
私の知っている『勇者』は『お伽噺』上でのことだけだ。雲や海をその剣の一太刀で切り裂いただの、魔法で大きな山を吹き飛ばしただの……そんなことが主に書かれていて、魔王を倒すまでは大体の『お伽噺』は共通している。
しかし、結末は色々あるのだ。元の世界に帰っただったり、この世界に残って幸せに過ごしたり、さらには爵位をもらったとも書き加えられていた『お伽噺』があった。
私は『勇者』がどんな結末を迎えたのか知らない。色々なものがありすぎて、もはや人種には真実を知る者はいないだろう。知っているとしたら……アリシアのように大昔から生きている者たちくらいだ。
だけど私はさして『勇者』の結末を知りたいとは思わない。むしろその逆で『始まり』こそを知りたい。
異世界から突然召喚された身なのに、どんな理由で『勇者』はこの世界のための立ち上がったのか……私はそれを知りたいのだ。
どの『お伽噺』にも『人々の救いを求める声を聞いて』と書かれていたが……ひとつだけ違うものを見てしまい、果たしてそれは正しいのか? と疑問に思ってしまったからだ。
『お伽噺』は結局は誰かが書いたお話だ。実際にその光景を見ていた者が書いたとしても、真実をありのまま書くとは限らないのだ。
終わり方にはいくつも種類があり、その多くが作者の創作なのだろう。だとしたら二つある始まり方は……一体どちらが真実なのだろうか。もしくは……。
ただ、願わくは……『そうしなければ生きられなかったから』なんて始まり方じゃありませんように……。
ふとスラムを彩る空の星々を見上げ、流れ星を探す。
真実を知る者を私は少なくとも一人知っている。しかし……やはり怖くて今日も聞けないのだろう。夜でもにぎやかな通りを抜け、少し暗いような実家に入る。
なんだか家の中が騒がしい気がする。誰かと誰かが言い争っているような……。少しの不安を胸に抱きつつ、私は長い一日の終わりを迎える扉を開ける。
***
「はいぃぃぃぃ⁉︎ あなたさっきは『分かった』って言ってましたよね⁉︎」
「だーかーらー! お前があまりにも哀れすぎて言っちゃっただけだよ!」
「あ、哀れですか⁉︎ どこをどう見たらそうなるんですか⁉︎」
「全てだよ‼︎」
家に帰ってくるなり、私を出迎えてくれたのは怒声を浴びせあっている光景だった。机を挟んで言い合っている片方の少女はアリシアだ。しかし、もう片方の銀髪美人は知らない人だ。アリシアとこうして正面切っているってことは……もしかしてアリシアの側近の方、だろうか。
だけど罵声を飛ばしあっている二人はあまりにもそっくりだ。アリシアが成長すればちょうど銀髪美人とうり二つになる、と思う。それくらい似ているため、もしかしたら親子なのかもしれない。
「なんで引き受けてくれないんですか〜!」
「お前のツケをなんでわたしが払わなきゃならん! そもそも、あの勇者どもを帰したらヘレナの自由時間がなくなるじゃん!」
「いいじゃないですか! どうせあなたが面倒みるんですから!」
「問題をすり替えるんじゃない!」
うぎゃー、むぎゃーと身を乗り出しては、つばが飛ぶくらい勢いよく言い合っている。
間に入って止めようかとも思ったが、なんだかアリシアが楽しそうに笑っているのを見てそれはやめた。
ここのところの彼女はとても悩んでいるようで、ずっと気分を沈ませていたからだ。アリシアそっくりの女性が誰かは分からないが、アリシアがあんなに笑顔なんだからそのままにしておく方がいい。
少しうるさい二人をよそに、私は奥にいるであろうお母様に顔を見せに行く。
「お母様、ただいま戻りました」
「あらヘレナ、今日は早いのですね」
はい、と軽く返事をして、夕食を用意しているお母様の横に並ぶ。今日は何をした? いいことはあった? などたわいもない会話をしていると、台所にはコンコンと包丁の音、グツグツと煮える音が満ちる中、居間ではアリシアと謎の女性との楽しげな会話が聞こえてくる。
「お母様、アリシアと話している女性はどなたなのですか?」
煮えるまでの暇つぶし、そんな感じで聞く。するとお母様は少し首を傾け、頰に指をついて答える。
「それがよくわからないのです。古くからの知り合い、としかアリシアは言いませんし、隠したいことなんだろうと思ってそれ以上は聞いていません」
「そう、ですか……」
お母様の話を聞いてふらっと思考を巡らせる。
アリシアの古くからの知り合い。そもそも『古くから』ってのがイマイチ分からない。アリシアは世界誕生の日くらいから生きているらしいのだ。だから『古くから』ってのは『いつ』のことかなんて私にははかれない。
ただ……なんとなくだけどあの銀髪美人はアリシアの側近たちではない気がする。アリシアのことを呼び捨てにしているし、少し上から話しているようでもあったからだ。
そんなことが出来るはもしかして、そう考えたとき耳元で囁くように声をかけられて思考が途切れてしまった。
「あら、ヘレナさん帰ってきていたんですね」
「うひゃ⁉︎」
「うふふ、そんなに驚かないでくださいよ〜」
いつのまにか台所に来ていた銀髪さんがアリシアとそっくりの笑顔を浮かべ、にこにことして私を見ていた。
私はとっさに距離をとって、耳を抑えながら訝しんで言葉を出す。
「あ、あの、なんですか……?」
「いえいえ、いい匂いがしてきたなぁ〜と思いまして、それで見に来た次第です」
銀髪さんが飄々と言うと、その後ろからなんだか疲れた様子のアリシアがふらっと現れ、ドカッと彼女の横腹に鋭い突きを入れた。
「うぎゃ⁉︎」
「ごめんね〜ヘレナはこんなアホの相手はしなくていいからね〜」
そう言って横腹を押さえて蹲っている銀髪さんをアリシアは引きずって居間に戻っていこうとする。それを、待ってください! と少し声を張ってアリシアに呼び止める。
するとアリシアは足を止め、首だけを動かして私に視線を合わせる。
「……なに?」
「い、いえ……その女性はアリシアの知り合いですか?」
少しためらった様子を見せるアリシアに疑問を覚えつつ、とりあえずは聞きたいことを聞く。
すると考えるような間を取り、アリシアはそっと口を開く。
「そうだね……このアホは昔からの知り合いだよ」
「そ、そうなのですか……」
「……もういい?」
短くそう言って居間に戻ろうとするアリシアに、これだけは聞かせてください! と言葉を続ける。
「そのお方の名前って、何ですか?」
「…………はぁ」
振り向かずに一つだけ重たい息を落としたあと、ボソッと『アレイシア』とだけ言って居間へと歩みを進めて行ってしまった。
台所と居間を仕切る布をくぐる彼女を見送りつつ、彼女の口から出た名前に意識を向ける。
アレイシア――アリシアの見せてくれた銀髪姿を成長させたとしたら、うり二つになるであろう女性。それでも奇妙だと言うのに、名前までそっくりだなんて……これは何かの偶然なんだろうか。
それにアリシアはあの女性――アレイシアを呼ぶときに使った言葉は『アホ』だった。
たしかアリシアがそう呼んでいたのは……果たして『誰』のことであっただろうか。私はそれを知っている。長いような短いような旅で、その『誰』について聞かされたこともあった。
アリシアは決して明言こそはしなかったけど……その『誰』の正体がなんなのかは明白だった。
***
食卓には珍しく楽しげな声が行き交っている。それはわたしの! 早い者勝ちです! などなど。アレイシアというアリシアそっくりの女性のお陰なのか、朝見かけた時まで元気のなかった彼女はとても楽しそうだ。
「お父様たちは……」
「えぇ……王城で開かれている社交界に出席しています……」
「……今日もなんですね」
楽しそうに正面のアレイシアさんと話している彼女を横目に、私は沈んだ声でお母様と話す。
今、この卓を囲んでいるのはたった四人だけだ。本来ならば、お父様と兄さん、一番上の姉さんもいるはずだけど……ここの数日の間、王城で開かれている社交界……言ってみれば税を無駄に無駄を重ねて使ったような豪勢な立食会みたいなものに参加している。
なぜそんなことをする必要があるのか甚だ疑問だが、もっと腑に落ちないのが『勇者』までもがそこに参加していることだ。
アリシアにちょっかいを出して『38人の勇者』のうち6人は再帰不可能な状態になっている。その者たちを治してもらおうとアリシアに頼みに行った者も、4人は傷を負って帰ってきた。
そのこともあって彼らの士気が著しく下がるかと思えば、『勇者』の数人がどうにかまとめ上げているため、現状はさして問題にはなっていない。
そんな彼らが、社交界に出る意味が全く分からない。そもそも社交界とは貴族間で情報交換をするために設けられた場のはずだ。まぁ上位貴族のご機嫌とりってのがもっぱらの理由になってしまっているが……元々はそう言う場だったはずだ。
「勇者たちはなぜ社交界に出ているんでしょうか?」
私よりも事情を知っていそうなお母様に聞いたつもりだった。しかし、私の質問に答えたのは斜め向かいに座っている彼女であった。
「あぁ〜それはですねぇ〜勇者さんたちに――」
その先を言おうとしたアレイシアさんの口にお肉が投げ込まれ、むぐっ、とそれを飲み込むために彼女は口を閉じてしまった。
少し唖然としつつも、お肉を投げたであろう人物を見やると……。そこには何もなかったかのように、のうのうとお肉を頬張っているアリシアがいた。
「あ、あのアリシア? な、何をしているんですか?」
「ん? な〜んにも〜」
「いや、話そうとしていたアレイシアさんの口を封じましたよね⁉︎」
「わたしじゃな〜いも〜ん」
子どものように鼻を鳴らしつつ、アリシアはそっぽを向いて言う。
するとそれを見ていた彼女の向かいに座るアレイシアは優しそうな微笑みを見せる。
「あなたは彼女に甘いですね。……ヘレナさん、先の続きは自分で知るか、それかアリシアに聞いてください」
「は、はい? え、えっと……分かりました?」
何もかもを包み込んでしまいそうな柔らかい声音に、私は戸惑いながらそう答えるしかなかった。ふと美味しそうに料理を食べているアリシアを見やると、一瞬目があったがしたが、すぐに逸らされて少し気まずく思う。
そんなにも話したくないようなことなのだろうか。それほど『勇者』が社交界に出ているってのはマズイことなのだろうか……。
『勇者』とはなんなのか……。最近そう考えることが多くなってきたが……果たしてそれすらもアリシアに止められるような事なのだろうか……。
――勇者がどうやって決意をしたのか知りたい、そう問えば彼女は教えてくれるのだろうか。
そう思っていると、不意に声がかけられる。
「どちらも、ですね」
「え⁉︎」
「うふふん。なんでもないですよ〜」
アレイシアは意味深に笑いを浮かべ、はぐらかすように軽い態度を見せる。それになんだか釈然としないまま、今度は隣からものすっごく不機嫌な声が上がった。
「おい……流石に怒るぞ……」
アリシアはドンッとフォークをお肉にさし、睨みつけるようにアレイシアさんにガンを飛ばす。しかし当の本人は飄々とそれを受け流し、アリシアを正面から見つめそっと言葉を紡ぐ。
「……そう、なのですね……」
「何がだよ……」
アリシアが目を細めて問うと、アレイシアさんは一つ息を吐いてからそれに答える。
「見せないようにするだけでは……何も終わりませんよ」
「…………」
「目を逸らしてもどうしようもない。そうあなたは知っているはずですね。てっきり自分から言いたいのだとばかり思っていましたよ」
「…………。……はぁ」
そんな物憂げなため息とともに、食卓の周りの空気も重くなったような気になる。私とお母様はその場で少し肩身を狭くして、アリシアは視線を落としてボソボソと呟いている。しかしそんな状況で、彼女だけが……アレイシアさんだけはしっかりと背筋を伸ばし、アリシアを真っ直ぐに見つめていた。
「キレイなままでいて欲しいからといって、あなたが汚れを遠ざけるのは間違いです。ヘレナさんは遠からず知ることになります。それでもあなたは見せないようにするのですか?」
「…………」
「あなたは守っているつもりなんでしょうけど、それは自分勝手な願いをヘレナさんに押し付けているだけです」
「それは⁉︎ それは……」
アレイシアとさんアリシアの会話を私は目を見開いて見ていた。何せあのアリシアが説き伏せられているからだ。
私の知るアリシアはいつもいつも堂々としていて、誰も勝てないような彼女だ。しかし今の彼女はどうだ? アレイシアさんの言葉に何も言い返すことができず、しゅんとしているなんて……普段の彼女からは考えられない。
「あ、あの、アレイシアさん……」
「ヘレナさんは静かにしていて下さい。今はアリシアに説教をしているところですから」
アリシアを心配に思って話を止めようと声をかける。しかしピシッとしたアレイシアさんの言葉に私まで凍りついてしまう。
「ヘレナさんはお人形じゃありません。しっかりと血の通った……『心』を持った人種です。いくらあなたでも好き勝手にしていいなんて、そんなことあるわけがないじゃないですか」
「分かってる……!」
「いいえ、分かっていません。あなたのしている行為は……キレイな蝶を標本にしようとするのとなんら変わりません」
少し考えておきなさい、とアレイシアさんは深くうな垂れるアリシアに言って食事を再開させる。
私たちは言葉を出すこともできず、ただジッとその光景を見ていることしか出来なかった。
肉にフォークを何度も何度も刺し、ただ沈黙を守る彼女……。果たしてアリシアは今、何を想い、何を感じているのだろうか。
私ごときではそれをはかりきれる訳もなく、そしてアリシアにかける言葉も見つけられないままみんなのお皿の上が空っぽになってしまった。
「ヘーレーナーさーん! お風呂に行きましょう!」
「うへ⁉︎ な、なんですか急に!」
「いいじゃないですか〜。ヘレナさん今日も頑張っていたようですし、夜の狩はしない予定なんでしょう?」
まだ食器も片付けていないし、何よりもあんな状態のアリシアを一人になんて出来ない!
しかしそんな思いも虚しく、私は引きずられるように外へ連れ出され、アレイシアさんにどこかへ連れて行かれる。
大丈夫でしょうか……。アリシアを心配に思いつつ、スラムから見える星空を眺める。
流れ星だ――気づいたらそれは夜空を駆けていた。
そして空からこぼれ落ちるようなそれは……まるで彼女の姿を表現しているようでもあり、私はただ星が流れて欲しくない、と矛盾した願いしか抱けなかった……。




