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53話 アレイシア

 わたしがここまで崩れ落ちてしまったのは……果たしていつぶりだろうか。確か最後にこうして泣いたのは杭を打たれた直後だけだった気がする。

 あの時は色々な感情に戸惑って……今までしてきたことを悔やんで……それで泣いたのだ。


 それ以来、わたしは一切の涙を流したことがない。……ルミエを拾って、カレンたちを拾って……ちゃんと導かないとって……そう思ったからだ。


 ルミエたちと出会ってからは楽しい毎日だった。みんなと楽しくおしゃべりして、時々ケンカもして……ずっと笑いの絶えないような空間を作れていた。


 しかし思うのだ……。わたしなんかにそんな資格があるのだろうか……。散々酷いことをして、全てが醜いわたしは彼女らのそばにいるのはいいことなのだろうか……と。


 ルミエたちと笑い合うたび……そんなことが脳裏をよぎってしまう。それをずっと……ずっと見ないようにしながら生きてきた。彼女らに打ち明けることなく……必死になって隠してきた。

 だって……そんなに汚れているのだと知られたら……その幸せな空間が潰れてしまいそうじゃないか。

 それを持つ資格がないのは分かっていても……それでも手に入れてしまえば失いたくないと思うのだ。


 ヘレナにだって本当のことを話せるわけがない。確かにあの子をわたしは人種で一番に気に入っている。しかし……いつも殺したいって思っていたなんてこと……言えるわけがない。

 あの子はずっと真っ直ぐで……わたしにはずっと出来ないそれを当然のように出来てしまう。だから彼女が折れるところを見てみたい。ひた隠しにそう思い、いつかそうならないかとあの旅に同行していた節もあった。

 けどヘレナが好きなことも事実なのだ。矛盾する想いで頭がぐちゃぐちゃになりそうで……だからまたわたしは目をそらしていた。

 なるべく考えないように……考えそうになったらお酒を呑んで思考能力を低下させる。そんな対症療法で今までどうにかしてきた。


 そしてそれはこれからもそうなのだと、そう思っていた。あの女神がわたしの前に突然現れるまでは。


 『頼れ』木製の長椅子で隣同士で座っている彼女は簡単にそう言ってきた。色々な『罪』に向き合えないわたしに何でもないように言ってきた。


 しかしそんなこと出来るわけがないじゃないか。やらかしたのは自分で、醜い思いを持っているのも自分だ。自分だけの贖罪を誰かに手伝わせたくないし、知られれば距離を置かれるかもしれない。

 ……だからわたしは誰にも『頼る』なんて出来るわけがないじゃないか。


 それでも彼女は――アレイシアは『まずはわたしを頼ってください』と軽々と言ってきた。ひととひとは支え合うものだから、とそう笑って強く抱きしめてきた。

 そして不覚にも……どうしようもなく、わたしは嬉しくなってしまった。


 『支える』ことがどう言うことか分かったからだ。大きな荷物を持って倒れそうになっているわたしをそっと支えてくれるだけ。決して荷物を持とうとはせず、倒れてしまわないように背中を持ってくれるだけだ。


 『助けてもらう』のではなく『支えてもらう』。その違いはその『荷物』を持ってもらうか持ってもらわないかなんだと思う。


 あいつは神さまらしく、ただ見守ってくれるのだろう。ときどきこうしてお節介をやきにくるけど、それでも自分で何とかするようにって思ってくれているのだ。


 今にも倒れそうで……わたしはずっとふらふらとしていた。そんな時、スッと背を支えられるだけでもこんなに楽になるものなのか。


 しかしそんなのは相手に迷惑じゃないか? そう思って聞くと、



「毎度毎度起こすあなたの失敗の方が迷惑です」



 とちょっと怒ったように酒を呷りながらアレイシアは言った。


 はは、確かにそうかもしれない。とある島なんかは生態系を完全におかしくしてしまい、なぜか魔物よりも動植物の方が強くなってしまったからね。それと天候もおかしいところも作ってしまった。それらをカレンたちがヒイヒイ言いながら直していたのを覚えている。


 そう思えば、正直言って迷惑をかけるのなんて今さらだなぁ。子どもたちには随分と苦労をかけた。どうせこれからもいっぱいかけるんだし、そこに一つくらい迷惑が増えても……まぁ誤差だね。


 でも……それはヘレナには当てはまらない。ヘレナに本当のことを打ち明ければ……。それに、今の彼女には迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえいっぱいいっぱいの彼女に、わたしのことまでも気にして欲しくないのだ。


 そんなことを少しずつ話すと、アレイシアはふふっと笑ってこう答えた。



「ヘレナさんはずっとあなたのことを気にしていますよ?」

「え……?」

「あれ? 気づいていませんでしたか?」



 気づくも何もない。ヘレナはちっともそんな素振りをしていなかった。それに最近は忙しそうだったし、あまり顔を合わせていないのだ。わたしのことを気にしている暇などなかったはずだ。



「ヘレナさんはずっとあなたを心配していましたよ? ほら、最近のあなたって荒れていましたし、ずっとお酒ばっかり飲んでいたでしょう? それに、ときどきガラスの割れる音が聞こえるって近所の人種に聞いていたらしいです」



 ……そうか。そういえば家の中には誰もいなかったが、周りにはいたのだ。騒がしいから聞こえていないだろうと思っていたが、予想外にも聞こえていたらしい。それに、ここ最近ヘレナと会うときはずっと酔っている状態だった気がする。


 うかつだった。……冷静になって思い返せばひしひしとそう感じる。何せ、ずっと引きこもって酒ばっか飲んでいたのだ……多分それも近所の人種たちから聞いていたのだろう。



「ヘレナさんにもちゃんと話してあげて下さいね? 旅を一緒にするぐらいお気に入りなんでしょ? だったらきちんと言うべきです」

「だ、だけど……」



 離れて行くかもしれない……。どれだけいっても人種であるヘレナは弱い。それに死にたくないだろう。……なら、殺したい、そんな思いを秘しているわたしを遠ざけたいはずだ。


 そんな思いをよそに、アレイシアは自信満々に酒臭い口を開く。



「ふふ、だいじょうぶですって。そもそも、あなたから逃れる方法なんてないんですし、それを分かっているヘレナさんが離れて行くなんてありえません!」



 おい、それはそれですっごく傷つくぞ? 怖がれ続けられるのって、なかなか堪えるものなんだ。


 訝しげな視線を彼女にぶつけていると、あわあわと手を胸の前で振り、きまりが悪そうにしながら、わたしの渡した酒瓶をクイっと飲み干す。



「ぷはぁぁ〜。ほんっと美味しいですね〜これ」

「おい、それで誤魔化せるほどわたしは落ちぶれてねぇぞ?」

「うへ⁉︎ ご、ごめんなさいってば! 言い直しますからその拳を下ろしてください!」



 次ふざけたらぶっ飛ばす、そうふてくされたように言うと、アレイシアはスッと表情を引き締め、静かな声音を出す。



「そうですね……。もしかしたら怖がるかもしれませんね。それで離れていく……そんな結末が訪れるかもしれません」

「っ‼︎」

「ですが覚えていますか?」



 冷酷に言われたその可能性にビクッと肩を震わせる。しかし、そんなわたしの肩にアレイシアはそっと手を置き、少し楽しさを秘めてそんなことを言ってくる。



「あなたは以前ヘレナさんに問うたことがありますね。『いなくなってくれてもいい』と」



 ……あぁ、そういえばそんなこともあった気がする。確か、スクレラットという街の宿で奴隷のことを話し合った時だった。その際にヘレナはわたしが『魔族』なんだとハッキリと認識した。だから怖いだろうと思って『逃げていいよ』と、そう込めて言ったのだ。



「だけど次の朝になってもヘレナさんはあなたの側にいました」



 目が覚めたとき隣のベットでグースカ眠っている彼女見て、すっごく安堵した。あの時から嫌われるのは嫌だなぁって思っていたからだ。



「殺されるかもしれない。そのことを踏まえた上で……ヘレナさんは今でもあなたの側にいる。そうは思いませんか?」



 ……あの子はアホだからね。多分本気でそう考えていると思うよ。それにその直後に『魔王』だとバラしても、ただ驚くだけで『拒絶』の『き』すら見せなかった。いや……見せなかったんじゃなくて、思いすらしなかったのだろう。


 ヘレナは……怖がってはいるだろうけど、それでも側にいてくれたのか。



「そんなヘレナさんに話したところで、『えぇ⁉︎ そうだったんですか⁉︎』って驚くくらいですよ」



 なぜかヘレナの真似をしているが……まぁそういう光景が目に浮かぶ。実はヘレナを殺したいってずっと思ってたんだ〜って言っても、『今までたくさん助けてもらいましたし……。沢山の恩がある貴女に殺されても……いいですよ』って笑いながら言いそうだ。いや……言うだろうね。

 ちらっとしか聞こえなかったが……『アリシアに命を捧げても……』なんて物騒なことを言っていたことがあった。あの時はちょっと……引いちゃったよ。怖かったからね。



「た、確かに……そう、だね……」



 もう答えようがない。色々な可能性を改めて考えた結果……そうとしか言えなかった。



「ふふん。わたしに間違いはありません!」



 こいつのドヤ顔はうざいが、それを間違いとは言えないからなおさらムカつく。アレイシアがすることなすことはアホらしいものだけど、それでも全部が全部間違っていないからすごい。

 絶対にいい結果――自分の望むことに全力で向かっていけるのが、アレイシアって女神様だ。



「そうだね。お前の言う通り、頼ってみようかな」

「ああ⁉︎ ア、アリシアがついにデレました‼︎ ヒャッホーイ! これでいろいろし放題ですね〜!」

「何がデレただ⁉︎ ふっざけんな! それにいろいろってなんだ⁉︎ お前ちょっとキモいぞ⁉︎」

「はいぃぃぃ⁉︎ キモい⁉︎ 言うにこと書いてキモいですか⁉︎ これでも神の中でも上位に位置する美貌なんですよ‼︎」



 い、いや、マジでキモいって。少し見ない間に頭のネジが吹っ飛んだか? ってかそもそもお前ってネジ一本しか残っていないようなアホだろ? それから吹っ飛んだなんて……あぁそれでこんなにおかしくなったんだ……。なんだろうな……かわいそうすぎて殴る気力もなくなったよ。


 今までの空気をぶち壊しやがって……。わたしは頭が痛くなるのを抑えつつ、呆れたように言葉を出す。



「はぁ……もうお前が分からん。てか、いろいろって何するつもりだったんだよ」



 ため息をついて、とりあえず罵倒でもしてやろうかと思ったのだが、ふとアレイシアの言葉が気になってそんなことを聞く。

 すると、アレイシアは何を思ったのかスッと長椅子から立ち上がり、わたしにも立つように促してきた。



「それはご飯を食べながらにしましょう」

「は? なんでさ。ここで話せばいいじゃん」

「いえ、お腹が空いたので」



 おい、テメェはそれでも女神か? ちょっと自由すぎだろ。そもそも、神であるお前が食事を必要とするわけがないじゃないか。

 しかし、そんなことを思っていると、気分転換です、と声をかけられ、その思考を止めざる終えなかった。

 長くなるからとも言っていたが……一番の理由はわたしを気遣ってのことだろう。話される内容はわたしに関係することだったから。今まで泣いていたわたしを少しでも元気付けようと……だからわたしの趣味の食事に誘ったのだろう。


 わたしはそんあ女神の心遣いに嬉しく思いながら、仕方なさそうに長椅子から立ち上がる。



「 …………ありがと」

「ん? 何か言いましたか?」



 立ち上がって彼女の横に並んだ際にボソッとそんなことを言うが、まぁわたしの声も背も小さかったことでどうやら彼女には聞こえていなかったようだ。


 よかった。これは思わず口から漏れてしまった言葉だ。聞かれていたら恥ずかしいどころじゃない。多分死にたくなるほどの黒歴史になっていたことだろう。


 そんな時、ふと心配になってアレイシアの顔を見上げるが、やはり聞き取れていなかったようだ。うん、よかったよかった。



「どうかしましたか? 顔に何か付いてます?」

「いーや、なんでもないよ。で? どこ行くの」

「うふふん。あなたらしいですね。うーん、わたし甘いものが食べたいので、和菓子食べに行きましょう!」



 うきうきるんるんでアレイシアは言う。繋がれたら手をそんなにぶらぶらされると痛いんだけど……まぁ今日くらいは許してやろう。寛大なわたしに感謝しろ。


 しかし……こいつは気にしていないのか? そんなことを思って少し尋ねる。



「お前、ケーキやらの『甘いもの』にトラウマとかないの? それってわたしが生まれた原因でもあるじゃん」



 そう当然のように聞く。何せ、わたしと言う『悪』が生まれてしまったのはこいつが『限定ケーキ』とやらに気をとられていたからだ。そのせいで……わたしを止めるために『神格』のほとんどを削ったんだから。

 アレイシアが消えてしまう前にわたしが修復できたからこそ、こいつはこうして生きている。もしその修復が間に合わなかったら……。


 返事のないアレイシアをよそにそんなことをつらつら考えていると、唐突に体が浮き上がった。何事かと慌てて現状を確認すると、どうやらアレイシアがわたしを抱き上げていたようだ。



「お、おい。何してんの? マジでわたしが子どもに見える、だろ……」



 言うも、なぜかずっと静かなアレイシアを不安に思い、だんだんと言葉が弱くなっていってしまく。

 それにアレイシアはわたしを抱き上げたまま、黙りこくったまま自分の胸に押し付けてくるだけだった。随分と息苦しいので早く離して欲しかったのだが……なぜかみっちりと隙なく抱え込まれていて彼女は離そうとしなかった。



「お、おい……は、離して……くれ」

「…………」

「ア、アレイシア? あ、あやまる……だ、だから……」

「……すんっ……すんっ」


 ジタバタしながらアレイシアに声をかけていると、そんな鼻をすするような音が聞こえてきた。もしかして泣いているのか⁉︎ と慌てて魔法を使ってアレイシアのことを俯瞰すると――



「って、何を嬉しそうに匂いをかいでいるんじゃぁぁぁぁ!!!!!!」

「ふぎゃ⁉︎」



 そこにはわたしの首筋に顔を埋め、鼻をすんすん鳴らしながら至福の表情を浮かべているアレイシアがいた。

 それを見たわたしは即座にアレイシアの腕から抜け出し、そのマジで気持ちの悪い変態をぶっ飛ばす。


 い、いや、だってあんな顔で鼻を鳴らされたら誰だってこうなると思う! 少し前はあいつにすっごい尊敬を持っていたけど……今ので全部吹っ飛んだよ!



「お、お前は……な、何をしてるんだ……?」



 もう一周回って恐々としながらそう聞く。すると件の変態はヨロヨロと立ち上がり、埃を払いながら答える。



「抱き上げたはいいもののなんて言おうか悩みましてね。それでとりあえず匂いでも嗅ごうかな〜って」

「いやいやいやいやいや……それはない。それだけはない。てかそもそもなんで抱っこなんかしたんだよ。いやがらせか?」



 両肩を抱えて後ずさりながらそう言う。そして、そもそもな話を聞く。


 何故かが分からないからだ。なぜアレイシアはわたしを抱えたのか……。もうそれは今までのことへの仕返しだとしか思えなかった。

 しかし……目の前の彼女の顔を見ればそれが違うのだと知らされる。


 そして……わたしはあんなに怒っている彼女を見たことがなかった……。



「わたしはわたしの子どもを絶対に愛するんです」



 顔を伏せ、肩を震わしながら彼女は言葉を紡ぐ。



「そしてその『愛する子ども』にあなた……アリシアも入っています」



 嵐の前の静けさのような声音は……わたしが今までに感じたことのない『恐怖』感じさせる。それに心なしか、優しく吹いていた風もなりを潜め、街の方も活気を無くしたように静かになった気がする。


 そんな冷えきった空気の中、アレイシアは目尻に涙を浮かべながら伏していた顔をバッとあげ、わたしに厳しい視線を送ってきた。



「そんな愛するアリシアが生まれてきたことが『トラウマ』になるわけがないじゃないですか‼︎ 二度と、二度とそんなことを言わないで下さい‼︎」



 もうわたしは、は、はいと途切れ途切れに答えることしか出来なかった。


 そうして固まっていたわたしをよそに、さっさと前を歩いていくアレイシアが何事もなかったかのように声をかけてくる。



「分かってくれたのならいいです。さて、気を取り直してお菓子を食べに行きましょう!」

「う、うん……。い、一応話を聞かせてもらうってのを忘れないでね?」

「あ、忘れてました! ま、まぁ思い出せましたしいいですよね? ね!」



 い、いや、いいわけがないんだけど……もうそれでいいよ。ちょっと今のわたしからは思考能力が全力で削がれているからね……。


 あんなことをマジな感じで言われて……正直どう感情に表せばいいのか分からないのだ。

 だって……わたしたちって元々嫌い合う仲だった気がするんだけど……。いやさ、お前がわたしと出会ったときの第一声って『ぶ、ぶっころしてやるぅぅぅ』みたいなアホっぽい感じだったろ? てっきりすっごく嫌われているんだと思っていたんだけど……ちょっとお前が何考えて生きてんのか分からないよ……。


 前でスキップしているアホにため息をつきつつ、わたしも肩を落としながらついていく。正直、どうにでもなれ〜って考えているんだけど。本当にどうでもよくなってきてしまったよ。

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