51話 救済
『助けて下さい!』そんなことを対して親しくもない奴に地に這って言われたら……果たして、その頼みは聞き届けるだろうか。
わたしの答えは『聞き届けない』だ。わたしにはそれを受ける理由なんかはないし、迷惑だから帰ってほしいとまで思う。
そもそも、なぜすぐに他人に力を求めるのだろうか? 必死になって……身も擦り切れるくらいに頑張ってから来いよ。他力本願……そんなのはただの甘えだ。どれだけ頑張っても……命を削っても無理で、それで頼ってくるのなら……まぁ聞き届けると思う。
それかヘレナのような強くて真っ直ぐな意思を持っているのなら、わたしは君らを認めていただろう。
しかし……しかしだ。対して君らはどうだ? 俺らが悪かったので治して下さい? 挙句の果てには助けて下さい、だと? そろそろわたしの腹がよじれすぎて死んじゃうよ。
後悔なんてのは、『事後』にかくものだからこそ……取り返しがつかないんだ。
わたしはあの図書館で君たちに猶予を与えていたはずだ。その証拠にメガネ君に手をわざわざ向けて、それで少しだけ待ってあげたじゃないか。その間にでも口を閉じていれば……流石に再生不の呪いはかけなかったさ。
それに君たちは……許されないことをした。そう、ヘレナを人質にしようと襲ったことだ。あの時、転移の魔法が込められた結晶をヘレナに渡してなかったら……もっと深く傷を負っていただろう。
あはは。傷だらけで帰ってきた時は……怒りでどうにかなりそうだったんだよ? それなのにヘレナに言われたから……制裁は最小限で抑えてあげたんだ。五人だけで済んで良かったって思うのが懸命だよ。
ん? いやいや、それはあまりにも都合が良すぎるよ。謝罪でどうにかなると思っているの? ごめんなさいって……そもそもなんでヘレナじゃなくてわたしに謝るのさ? いくら君が依り代だからって『壊す』よ? 今は黙ってわたしの話を聞けよ。
はぁ……本当にめんどくさい。女だからといって惨めに思わないのかな? この状況。勝手にカーコフ家を訪ねて来たかと思えば、いきなりそうして這いつくばって。ましてやわたしのような小さな女の子に頭を踏まれるって……もう惨めを通り越したナニカだよ。
わたしは会った時から君たち『勇者』ってのが『嫌い』なんだよ。『命』を……ひいては『魂』をあんな使い方する連中なんて……それこそ『最悪』だ。わたしも人種を殺すことはあるけど……それでも『魂』までは壊さないってのにさ。
はぁ……だから口を開くなよ。そりゃあ君らはあの魔王を倒さなければいけないのだろう。そして犠牲者を出来るだけ少なくするため、討伐するのは早ければ早い方がいいんだろう。
しかし……君らを強くするために『魂』を消費してたら……そんなのは『魔王』よりもひどい。
あぁ知らなかったなんかで言い訳は『絶対』にしないでね? わたしはそこらへんは厳しいんだ。『殺し』は認めるが、『魂』と『心』を壊すことだけは絶対に許さない。まぁ前者は時々許すけど……後者だけは絶対に許さない。
君らは間接的になのだろうけど、その二つを大いに侵しているんだ。ならば即戦争だろ? だけど君らが『勇者』だから我慢したのに……そのギリギリの均衡を破ったのは君たちだ。
口火を切ったのは君ら。それで今さらになって後悔なんて……本当に虫がよさすぎる。そもそもな話、メガネ君を潰した後、なんで君らはわたしにずっと謝らなかったの? すぐに諦めて帰っていったよね?
あぁ、だから耳障りだって。言い訳は聞かない。もう答えはわたしの中で出ている。それを変えようなんて……分をわきまえてくれよ。こうやって謝りにくるのは所詮、後の祭りってやつだね。わたしはあの十人を治さない。君らの貴重な戦力だったんだろうけど、まぁご愁傷様ってね。
ん? 王国から兵が出て捕まるって? あはは。それこそないって。王国兵程度なら、ヘレナだけで全軍相手に出来るからさ。あの子は一人で魔王を倒せるほどの逸材だよ。
ほんと……君らはとことん『勇者』じゃないんだね。こりゃあの『二人』と『三人』に期待だね。……あれ、なんだか1匹増えてるんだけど……ま、まぁ見なかったことにしよう。
あぁこっちの話だよ。そろそろ君らの物語は君らの関係のないところで終わりそうだってね。
よかったね〜もう戦わなくていいんだよ? 君らは何もしなくていい。国の連中が何考えているかなんて……全てお見通しだけど、ちゃんとヘレナの授業は受けようね? 逃げるなんて出来ないと思った方がいい。それも許さないから。あの子が君らの世話を解任されれば今の生活がままならなくなるからね。
さてと……そろそろお暇願おうかな? お昼の時間ももう終わりだ。ヘレナ先生の授業に遅れるからね。
「ま、待ってください!!!!」
「だからウザいんだって。君も壊されたいの? 本来……罪の意識は消えないものなんだけど……。いやはや、君らの世界はさぞかし『平和』なんだろうね」
「どういうこと――うぐっ⁉︎」
何度忠告しても口を開き続ける彼女の顔を強く踏む。
どういうことも何もない。ただの皮肉だ。『罪の意識』が簡単に消えるような世界の『平和』ってのは……所詮は『偽物の平和』でしかないってことだ。
わたしはさらに足に力を込め、蔑むように哀れな依り代に声をかける。
「そうだね、何のおもてなしも出来なかった詫びとして、学校まで送ってあげよう」
「――――っ!!」
「ん? わたしには話したいことなんてないから、じゃあバイバイ」
言って、依り代を学園まで転移してあげる。うふふん。わたしったらやっさし〜ね。手ずから送り出してあげるなんてね。自分へのご褒美として、今日も酒盛りだね! ヘレナが帰って来るまで呑んで呑んで呑みまくるぞ〜!
「ふぅ〜。流石にウザかったな〜」
なみなみと酒が注がれたグラスをそっと傾け、飲み干した後の一息とともにそう呟く。
あの依り代も十分にウザいのだが、『勇者』たちは謝ればなんとかなるとか勘違いをしていらっしゃるのだ。しかも、悪い時は謝罪を一蹴したらキレて来る始末……。四人はそれで『壊した』よ。
「謝罪なんて……所詮は自己満足だよ」
そう言うわたしは自己嫌悪しそうなのを酒とともに飲み込む。
謝罪をする側は確かにそれをする事で気持ちの整理がつくのだろう。しかし、される側はそうじゃないのだ。
謝ったから許せ。彼らは口を揃えてそう言う。それは直接的にではないにしろ、心の底では皆が皆そうなのだ。
だけどそんな願いはただの傲慢だ。それに怠慢だ。裁量は必ず被害者にあり、加害者はその被害者に許されるまで『償い』をし続けなければならない。
だから彼らはわたしにではなく……ヘレナに許しを請うべきだ。
君らは恵まれているんだよ? 許しを請えるものがいるなんて……わたしなんか――
「ちっ! なんでこんなこと考えなくっちゃいけないんだよ!」
つい癇癪を起こしてしまって手に持っていた空のグラスを放り投げてしまう。パリィィン!! とやけに多いな音が響いたが……家には誰もいないので大丈夫だっただろう。
今、カーコフ家一行はそれぞれの理由で外に出ている。最近彼らは夜にならないと帰ってこない。……対してわたしは……ずっと引きこもって酒を呑んでいたりしている。
多分そのせいだ……きっと昨日の酒が残っていたのだろう……。だから物に八つ当たりなんてらしくないことをしてしまったのだろう。
「はぁ……久しぶりに外を歩こうか……」
壁にぶつけて割ってしまったグラスの破片を片付け、ゆったりとした足取りで玄関に向かう。
「あぁ……眩しくって仕方がないよ」
今日も今日とてさんさんと元気一杯に輝く太陽は天高くのぼっていた。あの天体はこの地に住まう全てのものに分け隔てなく……その光を分けてくれる。
わたしも光を渡したことはあったけど……そんなのはただのままごとでしかないんだ。
「だからまた暗い思考になってるって」
ぶんぶんと首を振って今までの思考を払いおとす。
しかし、一度こびりついてしまった汚れはなかなかに落ちにくいものだ。わたしはしぶとく残るその汚れに嫌でも目が行ってしまう。
こうして何日振りかの外なんだ。ちょっとは楽しいことを考えたいものだ……。
「…………」
しかし、いくつかの店に入っておいしいご飯を食べてもそれが晴れることはなく……ずっとその汚れが溜まっていくだけだった。
「うらやましくなんか……ない」
公園にちらほらと置かれた木製の長椅子に腰掛けボソッと呟く。
「…………」
あの『勇者』のことを……決して羨んだりしない……。『罪の意識』は持ち続けるって……そう決めたんだ。 あんな奴らみたいに『忘れる』なんて……絶対にしない。じゃなかったらわたしは……わたしは……。
「あなたは十分なくらい悩めていますよ」
「っ⁉︎」
「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。アリシアって名前、気に入ってくれているようで嬉しいですよ」
真っ黒に染まっていく思考を晴らしたのは、そんな楽しげにクスクスと真後ろで笑う女の声だった。
「ヘレナさん……でしたか? いいお友達が出来て、本当に良かったですね」
その嫌でも乱れた心を落ち着けさせられるような優しい声音は……ずっとわたしが会いたかった神のそれだった。
その待ち望んだ者との出会いの衝撃と感激で……わたしは身を震わせて俯くことしか出来なかった。
「アリシア……そんなにツライのですね……。よし、わたしの胸にどどーんと飛び込んできなさい。あなたにない豊満な二つの果実で包んであげましょう」
そう言って、後ろで胸を張って大きく手を大きく広げたのが見ないでも伝わってきた。
「ほら、どうしたのですか? いいんですよ? あなたの方が年下ですし、わたしを母だと思って思いっきりどうぞ」
わたしはその優しげな言葉にぷるぷると肩を震わし、スッとおもむろに立ち上がる。
「おお? 会わない間で随分と素直になりましたね。うんうん。母は嬉しいです」
自信満々にそう言う女神様に顔をうつむいたまま体を向け、そして――
「何が母だぁぁぁぁぁ⁉︎ テメェが限定ケーキ欲しさでこの世界の管理を放り出しただけだろがぁぁぁぁ!!!!!」
「ぐへぁ⁉︎」
ズドガンッと公園内には鈍い音が鳴り響き、前方にそびえていた木々が一直線になぎ倒されていった。
わたしはそんなことお構い無しに、その人工の道を通って殴り飛ばしたアホの元に歩いていく。
「てかお前はなんで普通に『本体』で来てやがるんだぁ?」
「ちょ、ア、アリシア。口調、口調が杭を打つ前に戻ってますよ⁉︎ そんなの可愛くないです!!!!」
「あぁ⁉︎ そんなのどうだっていいだろうが! どういうことか説明しろよ、な? 」
「ま、マジで怖いですって⁉︎ 本気モードですか⁉︎ ねぇ、いきなり本気出しちゃダメな存在ですよね⁉︎」
「だからしらねぇって。お前相手にゃあ全力って決めてんだよ」
あぁ……。ほんとなんなんだろ……コイツ。よりによって一番きて欲しくないときに出てくるし……。しかもなんで『依り代』も介せずに『本体』で地上に降りてきちゃってるのさ……。そこまで回復してたんならさ……もう、考えるのもめんどっちいよ。
「ア、アリシア? な、なんなんですかその振り上げた拳は……? は、母に手をあげるのですか?」
片手で顔を覆い、もう一方の手をこちらに向けて、来ないで! と言っている。なぁ? 一応こいつってこの世界の神なんだぜ? それが……なんでこんなみっともない声を出しているんだか。
「ほ、ほら、わたしはあなたのお母さんですよ? わたしのお陰であなたは生まれたんですし、ほら、わたしお母さん」
「お、お前……」
こ、このアホ……。まったく成長してやがらない。ずっと前に会った時から何一つ変わらずアホだ。……いや、大きく変わっているとこかあるな。
わたしは震える拳をどうにか抑えつつ、ゆっくり口を開く。
「な、なぁ……」
「何ですか?」
「お前の髪ってさ……金だったよな? 目も」
「ん? はい、そうですよ」
そのアホはごく自然なように言うが……な、なら何で……。
「何で青い光の舞う銀髪に青い瞳なんだ?」
そう、それは以前のわたしの姿とまったく同じだった。
「へ? だってこっちのが便利ですし、ほらイメチェンですよ。イ メ チ ェ ン !」
「ざっけんな‼︎」
「ぶべらっ⁉︎」
ばさぁぁっと髪を手でなびかせ、自信満々な顔でわたしに見せつけたアホをついつい殴ってしまった。そのせいで公園に植えられていた木々を真っ直ぐにぶち抜いてしまったが……誤差だよ誤差。便利になったと思えばいい。
あいつの容姿はタダでさえわたしに似ている。……いや、あいつにわたしが似ているんだ。
わたしはあのアホの怠慢のせいで生まれ、彼女の世界で生まれたことで容姿がそっくりになってしまったのだ。……なのに身長とか胸とか身長とか……身長とか……。そこらへんはまったく似ることはなかった。また、それは髪と瞳もそうだった。
髪と瞳の元々の色はわたしが銀と青、アホが金と金だった。しかしあのアホ……多分カレンが作った宗教に便乗して色を変えやがったのだ。イメチェンなんてわけの分からないアホなことを言っていたが、そんな考えは手に取るようにわかる。
「ア、アリシア……きゅ、急に殴らないでくださいよ! 痛いんですよ⁉︎ 手加減してくれているのは分かりますけど〜もっと優しくぅ〜」
「だからウザい! お、お前はなんでいつもいつもそうなんだよ!」
「ぶほわっ⁉︎」
コイツの終始適当な話し方はほんとに頭にくる。なにかこう……なんとも言えない感じでウザいのだ。
「もう! 神様だからって痛いものは痛いんですよ⁉︎ もっと母を労って! ね? ね!」
「まずはそのどや顔が出来ないくらいに殴ろうか?」
「ちょ腕をぐるぐる回しながら近づいて来ないでください⁉︎ まじ怖いですって! ちぇ〜もういいませんよ〜だ。はいこれでいいんでしょ?」
そのまま、仕方ないなぁ〜と言って両手を肩のあたりでやれられと振る。
その仕草は非常に、ひっじょーに! ムカつくものだった。
「ぷぎゃ⁉︎」
だから殴る。うん、アホの対処法はこれが一番効率的だ。口でねじ伏せようとすれば……ただ疲れるだけで効果はない。
あのアホは余すことなくアホなのだ。だからこそ掴み所がなく、何を言っても効果を示さない。
そのくせ、わたしのことを一番に理解しているんだから手に負えない……ほら、こんな感じに……さ。
「どうですか? 気分は優れましたか?」
「っ⁉︎」
「うふふん。そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。わたしとあなたの仲でしょ?」
「は、はぁ⁉︎ お前との仲ってなんなんだよ! キモいこと言わないで! 殺しあった仲、でしょうが!」
そ、そうだ。コイツとは長いこと殺しあったのだ。あの時は流石に神を殺すつもりはなかったから追い返していただけでわたしには殺意はなかった。けど……向けられるくらいのことはしてきた自覚はある。だからこいつになら……わたしは……。
「うふふんって笑い方、真似てますよね」
「なっ⁉︎ そ、そんなことないって!」
「ふふ、あなたも十分パクってますね」
そ、それは! ……そうだよ? 悪い? お前に杭を打たれてからお前の口調とかに似ちゃったんだよ。そ、そのせいだよ。きっと……。
この優しい笑みを絶やさない女神は……やっぱり敵わない。わたしがおちょくられる側に回るなんて……はぁ。なんでコイツはこうなんだろうな……。
ため息をついてそんなことを考えていると、今までのアホみたいな表情と声音をクッと引き締め、真っ直ぐにそのアホ――アレイシアがわたしの目を見つめてきた。
「わたしは心なき『バケモノ』に『心』渡しました」
「っ⁉︎」
「見ていられない……そう思ったからです」
アレイシアの口から出る一言一言は街の喧騒を通り越して大きく、そして重いものに思えた。しかし、冷静になって辺りを見るとお得意小手先魔法で結界を作り出していたようだ。
「あなたは……『悪』が集まって生まれた存在で……。『殺しの快感』という感情しか持っていませんでしたね」
「…………」
そう、なのだ……。あの時の……心をもらう前のわたしは……そうだった。人種――ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフ、目につくものを片っ端から殺していた……。
悲鳴を、命乞いを、最期の声を……わたしはそれを聞いて快感を得ていた。その快感を得るためだけに存在していた。手にまとわりつく肉を切った時の感触は……今でも思い出すだけで性的な興奮を覚えてしてしまう。
淡々と……普段の態度から想像出来ないアレイシアの冷め切ったその声音は……どこか嬉しくもあった。
――あの時の続きを。
そう思ってしまうほど……疲れてしまったのだ。子どもたちやヘレナには悪いけど……それでもわたしは……。
会いたかった……ずっとずっと会いたかった。お前に……貴女に……アレイシアに……。名付け親であり、わたしの勝てない貴女に……どうか、どうか……この身勝手な願いを叶えて欲しい……。




