50話 考え事
…………最近ヘレナがとっても忙しそうだ。そのせいなのかヘレナと全く話せていない。シーラが作った集落での時もそうだったけど、今回もそんな感じだ。だから少し暇だ。
ここ数日のヘレナは夜遅くまで魔物を狩りに行っている。それでスラムにある家に帰ってくると、ご飯もとらずにベットに向かってしまう。泥のように眠る彼女は昼にも魔物狩りに行っているし、勇者どもの世話もしている。疲れるのもやむなしだよ。
そんなヘレナのことを心配に思いつつ、わたしはあの『勇者』どもに意識が向いてしまう。それはここ数日の間徐々に強くなっている気がする。……いや、強くなってきている。
あの勇者……どうにも『違和感』があるのだ。そうは言っても少し引っかかるくらいなのだけど……それでも何故か見過ごすことの出来ない引っかかりなのだ。
今回の『勇者』は前に召喚されたの勇者とあまりに違う点がある。……それは『勇者』の性質だ。トーヤやマイからは前の勇者と同じ感じがしたのだが……その他の『勇者』からはそれを全く感じないのだ。
もちろん勇者がみんな同じ性質だなんて思わない。だから少しの引っかかりなのだが……あの『勇者』たちから感じたそれは……。
そもそもな話、あのアホがあんな悪趣味なモノを勇者に授けるとはちっとも思えない。あいつは引くほどの人種好きだ。もう避けたくなるくらいにはアイツは気持ちが悪い。……だからこそ……あんな『魔物』を生み出すスキルなど思いつきすらしないだろう。だけど……あのスキルからはあのアホの式が感じられた……。
わたしはそのせいでずっと同じ思考を繰り返している。ぐるぐるもやもや……ずっと答えの出ない問題を解いているようだった。
「あの『勇者』は一体……。それにあのアホは……」
何者だ。何をしたいのか。誰に聞かせるわけでもなく、ボソッとそんな言葉が口から漏れ出る。
周りは本で囲まれていて非常に落ち着く。人種でもこういう空間はいいものなのだろう。学園内にある大きな図書館には少なくない数の学生がいる。
そう、わたしは今、学園にある図書館に来ていた。
別にスラムが嫌だからここにこもっているわけじゃない。あそこはヘレナの活動によって少しずつ活気づいて来たのだ。そのせいなのか、新カーコフ家の周りが騒がしいのなんの……。ちょっと真剣な考え事には向かない場所になってしまったのだ。
対してこの図書館はいいところだ。本が好きなわたしはそれに囲まれて落ち着くし、何よりも静かだから一つのことだけに集中できるのだ。
「らしくない」
そうあいつらしくないのだ。第一に何故『40人』もの勇者を召喚したのだろうか。今代の偽魔王を討伐するだけなら一人でいいはずだ。……まぁ今代の偽魔王は以前よりも強いし、二、三人程度増えたのならわからなくもないのだが……。流石に『40人』は過剰にすぎる。
人種側がその数を設定したのだとしても、あのアホならばそれに介入出来たはずだ。わたしに勇者が召喚されたことを感づかせない細工をしたのだ……出来ないはずがない。
だからこそ謎なのだ……。なぜ『40人』なのか……。あいつは勇者を返す術を持っていないはず。地上に本体のまま権限できるのならまだしも……それは規則に反する以上出来ないはずなのだ……。
「いや……そうか。そういえばそんな方法も取れるには取れるな」
苦々しく思いながら親指の爪を噛み砕く。
最低な考えにたどり着き……よもやそう考えていないであろうかとあの女神を訝しむ。
この世界に『勇者』が害になるのなら人種……ひいては女神は排除しなければならない。
しかしあの『40人』はおよそ人種では排除するのは不可能だ。
ならどうするか――彼らの望み通り『元の世界』とやらに返せばいいのだ。
だがその世界には返す術がない……だけど『別の世界』に飛ばすことは人種にでも再現は可能だ……。多大な代償を必要とするが……出来るのだ。
偽魔王を倒した勇者たちがたどり着く『世界』はまったく見知らぬところでしたってね。
脅威は別に殺さなくてもいいのだ。この『世界』からいなくなれば……それだけでいいのだ。
前の勇者のように殺さなくていいからいいではないか。そう人種どもは言いそうだが……使い終わったら捨てる……まるでそれはあの『奴隷』と同じではないか。わたしはそれを嫌い、それを憎んでいる。
そういえば、あの女神はそれすらも許容しているのだったな……。
「どうしたんだよ……」
苛立ちやら悲しみ、憎しみ、失望……いろいろな『感情』が詰まった声がため息とともに外に出る。それはこの物静かな図書館ではよく響く。しかし、図書館にいる学生は皆調べ物やら勉強で忙しそうであり、わたしのことを気にすることもなさそうだ。
背もたれにドサっと体を預け、茫然と天井を見上げる。
考えるのが疲れて休憩がてらにそうしていると、ふと天井から吊るされている魔道具が目に入った。逆三角柱のようなそれは中心で小さな魔石を光らしている。
「そういや、どっかで見たことあるな〜」
一旦考え事を中断したわたしはその魔道具に見覚えがあるような気がした。いや、せいかくには似たような物を、だろう。
どこだったけなぁとボケーっと考えていると、ビビッとそれを思い出した。
「そうだ。たしか、大昔に普通の魔族の子たちに作ってあげたやつだ」
わたしの国がそこまで大きくなかった頃――ちょうどシーラの作った集落くらいの規模だったときのことだ。
当時、力に惹かれた魔族がわたしの元に勝手に集まって集落を形成しやがったのだ。それでわたしの暮らしているところが夜でも明るかったので、その勝手に集まってきた魔族たちが灯りを要求してきたのだ。
図々しい、そう一蹴しようと思ったのだが、何故かカレンにも頼まれてしまったのでどうにか作ってみることにしたのだ。
そして試作品第一号は使用者の魔力を使って明かりを灯すってものだったのだが……ずっと魔力を注ぐのがめんどくさいって返却された……。それで涙目になりながら苦節すること二度目。わたしは魔物の核――通称魔石には魔力を貯めておく性質があったのを思い出し、それを組み込んだ『明かりを灯す』道具を作ったのだ。
その道具と形や式が色々と違うものの……あの魔道具は理論や構造は同じものだ。
ならアレは――
「またパクリやがったのか……。くそ、そろそろ対価を要求してもいいだろ……これ」
はぁ……ヘレナの文字魔法といい、魔道具といい……なぜあのアホはわたしの思いつきを勝手にパクるのだろう……。一言言ってくれればそれでいいのに……あいつはほんと……。
「絶対なぐる。グーでなぐる……。パーじゃなくてグーだ。……チョキも追加してやろう」
言っていると、少し声も弾んだものになってきた。
そうだ。そうなのだ。あいつはほんとしょうもないことしかしないアホなのだ。人種好きでアホなあいつはあんなことを思いつきすらしないだろう。奴隷のことは……期待しているのだろうね。だからこそ静観を決め込んでいるのだ。
「なら、なおさらってことになるんだけど……」
そんなアホが『40人』も召喚されるのを易々と見逃すわけがない。それに時空の穴を塞ぐのも大変だろうし……その隠蔽もキツイものがある。だけどそれがこうして起こってしまっている……。
「勇者、か……あいつらは――」
「勇者がどうかしたんすか」
何なんだ、そう続けるはずだったのに、そんなこちらを軽く見ているような声に遮られた。
あ゛ぁ? と言いたくなるが、どうにか邪魔をされた怒りを収め、天井に向けていた視線をその声の方に向ける。
すると――
「あぁ、『勇者』か……。はぁ……なに? そんな大勢してさ。目障りだよ」
「そんなことないっすよ〜。でしょ?」
視線を向けた先にいたのは十数人程度の『勇者』の群れだった。うざいなぁと思いつつ、ふと全員じゃないんだなと疑問に思う。
しかしそんなことは大した問題にならない。今問題なのはこの憩いの空間が騒がしくされそうってことだ。
そう思うが早いか、図書館にいた生徒たちは『勇者』に気づいたのか少し騒がしくなってしまう。
「迷惑だよ。せっかく静かだったのに……帰ってよ今すぐ」
心底めんどくさそうに、そして迷惑そうにため息をついて言う。しかし目の前の白みがかった金髪の『勇者』は気にすることなく口を開く。
「えぇ〜いいじゃないっすか。ちょっとアリシアさんとお話ししたいなぁって思ったんすよ〜」
「ほんとウザい……。さっさと消えてもらえるかな? それとも再起不能にされたいの?」
「そんなこと言わないでくださいって〜。ちょっと、ちょっとだけっすから〜」
……ウザい。今世紀最大くらいにはウザい。引けって言っているんだから大人しく引けばいいじゃん。本当にもう二度とその口を開けなくしてやろうかな? そうすれば多少は静かになるだろうさ。
何をしてやろうか色々考えていると、今度はその軽薄な『勇者』に代わって長身のメガネをかけた『勇者』が言葉を発してきた。
「レンヤを撃破したそうだが……それで勇者を舐めてもらっては困る。今ここにいる者たちはアイツよりもさらに強いぞ? それを踏まえて……お話を聞かせてもらおうか」
自尊心をバシバシと感じるその『勇者』は……もう呆れるを通り越して面白いものに見えてきた。いやさ、傲慢で自信満々にわたしにそう言うけど、正直言ってまったく威圧感を感じない。そもそも『わたし』に戦いを挑むなんて……それこそバカらしいことだ。
小動物を愛でるのはいいものと子どもたちが言っていた気がするけど……なるほど、案外楽しめそうだ。
しかし、今はそんなことに付き合うほど暇じゃないのだ。
軽く目を細め、強い口調で哀れすぎる『勇者』君に返す。
「で? だからどうしたの? 君らは虫よりも強いぞって聞かされて、何か思うことある?」
「ふっ、強がりもそこまでいくと大したものだな」
「………」
マジで殺してやろうかな? とわたしを嘲るこやつを睨む。それを何と勘違いしたのだろうか……そのメガネ君は高笑いを上げてわたしに蔑みの視線を向けてきた。
「あははは! お前は弱いんだから強者に従っていればいいんだよ!」
「…………」
「テメェには聞きたいことが山ほどあるんだ。だがまぁ、それが終わったら『材料』にしてやるよ! ははっ、勇者に貢献できるんだ。感謝してほしいな!」
その呆れて声も出なくなる『勇者』の独白を聞き、もう終わったかな? って頃にそっとわたしはその『勇者』に手を向ける。
「ん? ははっ何をするつもりなのかわからないけど、俺のステータスはテメェ程度で抜けねぇぞ?」
「君は言ったね……弱者は強者に従うしかない、と」
「あぁ? あたりめぇだろうが。決まり切ったことを聞くな」
「そう……ならわたしはあのアホにしか従わないってことになるね」
わたしよりも『強い者』なんて……もう今ではアイツだけになってしまっただろう……。
「は?」
意味が分からない、そう顔に書いてあるね。君の言葉に何も感じていないようなわたしに動揺しているのだろう。
だけど……わたしだって少しは感じているんだよ? そう、無気力感とか……ね。
「残念なことに、わたしは君より『強い』」
「は? 何言ってるんだ。こっちには勇者が10人もいるんだぞ⁉︎」
違う、そうじゃないんだ。そんな力ではまったく意味がないんだ。もしわたしを消滅させたければ……そうだな、最高神を本体のままで三柱ここに連れてこい。世界もろとも破壊尽くして、ようやくわたしは『死ねる』だろう。
「そう。じゃあもういいよね? そろそろその汚い口は耳障りなんだ」
「は? だから何を言って――」
「君の中では弱者は強者に従うんだよね? じゃあ……死んで?」
言って、メガネ君に向けて『死』という『概念』を投げつける。回避は不可能、防御は人種程度では意味を持たない。そしてそれに当たれば……たちまち灰と成り果てる。
わたしはそれくらいに『理不尽』なのだ。それにケンカを売ったことを後悔しろ、そい心の中で呟く。
もうすぐ当たるなぁ。そう思いながら彼を見ていると――それは起こった。
「な、なんだ」
「っ⁉︎」
メガネ君に『死』が当たる寸前――ピカァァ!!! と激しい閃光が図書館内を包み込み、そして当たるはずだった『死』は何者かによって『防がれた』のだ。
「……うかつだね」
『勇者』どもはその激しい光の中で視界は塗りつぶされているだろうが……わたしには異常もなく見ることができる。そしてわたしは一番奥にいる『勇者』――名も知らない少女をずっと見続けていた。
「なにさ、随分と久しぶりなのに……楽しく話そうよ」
そうその少女に話しかけるも、他の『勇者』と同じように目を手で覆い、地に這いずっているだけだった。
「そう……その子が依り代なんだね……まぁそれてよかったよ。……安心してよ。君が守ったんだ……殺しこそはしない。何か理由があるんだろうからね」
誰も聞いていないと知りつつ、わたしは放った『死』を消し去る。すると図書館を覆っていた激しい光も収まり、次第に『勇者』たちの視界も回復して行った。
そして『勇者』全員が見えるようになり、落ち着いた頃にわたしは彼らに声をかける。
「話は聞いてあげるよ」
「は、はっ! 最初からそうしとけばいいんだ」
「でも……君には罰を与える。あいつが守ったから、命だけは奪わない。精々感謝するんだな」
言って、わたしはメガネ君の四肢を切り落とし、一生それが治らないようにした。ついでと言わんばかりに声を出すことも出来なくしてあげた。愚かにもわたしを本気でむかつかせた罰がこれだけで済むなんて……本来はあり得ないことだ。……昔なら容赦なく消し去っていたのだけど……随分と丸くなってしまったものだ。
「じゃあ行こうか。ここじゃ他の生徒さんに迷惑でしょ? ……ほら、そんな怖がっていたら先に進まないよ」
今さらわたしに恐怖の感情を向けてくるけど……遅いんだよ。もっと君たちは早く気付くべきだった。しかもこないだの『魔物』を作っていたのはあのメガネ君だろ? わたしは非常にアレが嫌なんだ。こうなるのも……まぁ当然っちゃ当然だね。
さて、どうやら『勇者』たちはその場から一向に動き出さないようだ。ずっと待つのも時間の無駄だし、お腹が寂しそうに鳴いているのでそろそろ昼食にしよう。
「まぁ話は今度聞いてあげるよ。じゃ、わたしはそろそろご飯の時間だからね」
そう言い残して図書館を去る。すると後ろでメガネ君に駆け寄っていく足音が聞こえる。それと治療をしようとしているんだろうね。でも……それは絶対に不可能だ。あのアホですら……わたしの呪いは解けないからね。
さぁて、衝撃の事実がほんの少し分かったのだけど、それでも未だに全然足りない。あいつから直接話してくれればいいのだが……。
とにかくご飯を食べようか。腹が減ってはなんとやらってね。お腹いっぱいになればいい答えが見つかるかもしれないしね。




