49話 世界は私に甘くない (sideヘレナ)
「さて、それでは話を戻そうか」
アリシアのバカ! アホ! 意外と幼稚! と心の中で呪いの言葉を吐いていると、学園長がそう静かに言い放つ。
「はっ⁉︎ す、すみませんヴィンダーレフ様!!!」
私はなんてことを……。しかもよりによって学園長の前で……罰とかあるのでしょうか……。
その場の流れに身をまかせることしかできない恐々としている私をよそに、アリシアは気にした風もなく言葉を返す。
「そうだね〜。今日はそんな話をしにきたんじゃないしからね」
「ふむ……アリシア君、君は一体……。いや、それを聞くのはよしておいた方が良さそうだ」
「あはは〜別にいいよん。聞かれてもどうせ答えないだけだからね〜」
もうなんなのでしょう……私はあの会話の中に入っていける気がしません。気後れしまくってどうしようもなくなる自信しかありませんよ……。
なんであんなに……そういえばアリシアって魔王でした……。からかわれた後だと忘れてしまいそうです……。
そうやってうじうじ思い悩んでいると、アリシアと一言二言交わしていた学園長がこちらに視線を向けてくる。
「ではヘレナ君。何か学園長である私に頼みがあるのかな?」
そ、そうだ……。私はこんなところで悩んでいる暇などなかったのだ。今すぐに手遅れになる……そうはならないだろうが、早く早くで行動した方がいいに決まっている。それに……私は立ち止まるわけにはいかない。
今まで弱気だった心に檄を飛ばし、学園長の鋭い瞳をしっかりと正面から見据える。
「ヴィンダーレフ様……どうか、昼の前後の間……休憩時間をください」
「へ〜そうするんだ」
「……ふむ、それはなんでかな?」
「そ、それは……!」
ダメだ。心を強く持たなきゃダメだ……。全身にビシバシと感じる威圧感……。位の高さ故か……それとも歳の積み重ね故なのか……学園長の言葉は一言一言がとても重いように感じる。どんどん両肩が下がって行きそうになる。立っていられないくらいに脚に力が入らなくなりそうだ……。
だけど……それでも踏ん張るしかない。そばには心強いアリシアがいる……そう思えば一番苦手なものだって……きっと克服できる。
私は逸らしたくなる視線を学園長に固定し、ゆっくりと口を開く。
「お金を……稼ぎに行くのです。今のままでは無くなってしまうので……」
ここにくるまでにかなりの大金を稼いだが……それでもスラムの人たちを飢えさせないようにするには一月と持たないくらいだ。しかし私が冒険者として狩りに出れば……それでなんとかとんとん位までには持ち込める。
ずっとそうするわけではないが……飢えない環境に一先ずはしたいのだ。それで……スラムの人たちに自分の生き方を見つけてもらいたい。
「どう、でしょうか……」
深くまぶたを閉じ、なにやら考え込んでいる学園長に聞く。すると、そうだなと小さく呟いたあと、少し意外なことを聞いてきた。
「ヘレナ君……君は、どれくらい戦えるようになったのだ」
「は、はい? し、知っての通り私はすっごくヘッポコですよ……?」
「うっわ! ヘレナがついに認めたよ! すっごいすっごい! ねぇねぇ、酒、酒だそうか?」
いらないです!!!!! それになんでそんなに機嫌が上限を突破しているんですか! そんなにはしゃがないでくださいよ! 公爵様の前ですよ⁉︎ そもそもなんで自分をヘッポコだと言ったらそうなるんですか⁉︎ あぁ!! そんなに跳ねないでください! 公爵様が驚き戸惑っていますよ⁉︎ あの冷静沈着な公爵様がですよ⁉︎
私は必死に……それはもう必死にアリシアを落ちつかせ、部屋の隅っこに椅子と小さな机を持っていかせてそこで酒を飲んでもらうように……なんとか納得させた。
その一連の光景を見ていた学園長はゴホンと空気を整えるために咳払いをする。そして流石は公爵の位についていたお方で、アリシアのことは考えるだけ無駄だと……この短い間で感じ取ったようだ。
「あの少女は……いや、考えるのはよそう。それよりもヘレナ君」
「ひゃい⁉︎ な、なんでしょうか」
「はぁ……先程は普通に話せていたではないか……。まぁいい、もう一度聞くが、君はどれだけ戦えるのかな?」
し、仕方がないのだ……。心を決めていないうちに話かけられると……まだどうしてもダメなのだ。それと……学園長は何かを知っているのだろうか。その確信めいた言いようは……そうとしか思わざるおえない。
「な、なにかご存じなのですか?」
「ヘレナ君……今質問をしているのは私だ……答えたまえ」
「っ⁉︎」
学園長から放たれた強い言葉は深く胸に突き刺さる。まるで剣先を眉間に向けられているような……そんな感覚。言い逃れようもなく、切り替えようもない。
正直なところ……あまり私の力は貴族たちには知られたくはなかった……。知られれば利用される……そう思ったからだ。そうなれば私の自由はなくなり、そして集落においてきた領民たちやスラムの人たち……そんな彼らを助けられなくなる。
だからこそ知られたくなかったのだが……ここのところ派手に使っていたのがいけないのだろう。旅の時のこともあるが、冒険者として稼ぎまくったのが一番ダメだったと思う。そうするしかなかったとは言え……やはり迂闊だった。
「ご存じの通り……そこそこは強いです」
誤魔化す……そんなことはただの無駄な行為でしかない。しかも誤魔化したことで機嫌を悪くさせてしまっては元も子もない。知られているのなら……今さら隠すこともない。
だけど、『どれくらい』と聞いてきたからにはそこまでの情報は持っていないのだろう。だからこそ、私は真実を出来るだけ隠す。
「強さは……そうですね……。ツノや翼が生えた魔族なら三体同時に相手したことがあります」
なんとか勝ちました。そう付け加えて反応を伺う。すると学園長は再度深く考えるような様子を見せ、少しして閉じていたまぶたをしっかりと開いた。
「昼の前後の間の休憩を認めよう。……ただし、私からの条件を飲めば……だがな。拒否権は認める」
「は、はい?」
てっきり私は何かを『命令』されるものだとばかり思っていた。そうなればアリシアに脱出を頼もう……そう考えていたが、どうやら違ったようだ。しかも学園長の出す『条件』を飲めば私の無茶な要求を聞いてくれる……。
少しその『条件』とやらにひやひやしながらも……そっと口を開く。
「そ、その条件……とはなんですか?」
聞くと、一瞬躊躇うような、迷うような間が空き、しかし学園長は鋭い眼光で私を見つめる。
「38人ほど……この学園内での面倒を見て欲しいのだ」
「はぁ……面倒、ですか? まぁ私って一応教師ですし、いま担任を持っていませんよ? それを『条件』になんて」
学園長は私をどこかの担任にさせたいのだろうか。でもそれならば当然の権利として学園長は私に命じればいいはずだ。私は雇われの身だし、それに担任っていうのにも憧れがあった。今はそんな暇はないことは分かっているが、教師になってもう数年経つ……。それなのに一度も担任を持ったことがなくてみんなに笑われているのだ。……それなりに羨望はしている。
そんな羨望の的になれて、しかも昼休憩さえももらえるなんて……ちょっと私に優しくなっていないか? この世界ってもっと私に対して理不尽なのだと思っていた。……事実、アリシアはそう言っていましたし。
そんな暗くなりそうだった思考を遮るように学園長の重い声が届く。
「さて、ヘレナ君どうするかな? 」
「? で、では受けます。で、ですがほ、本当にいいのだすか」
確かめるように聞くも、問題ないと学園長は軽く言うだけだった。そして何故か学園長はおもむろに立ち上がり、付いてきなさいと私を部屋の外に手引きする。
それに付いていこうと足を動かすが、アリシアのことを思い出した私は部屋の隅で呑んだくれている彼女を抱き上げ、学園長についていく。
「もう! 急になんなのさ! ちょっと下ろしてよ!」
腕の中から抜け出そうと身をよじっているアリシアを見るに、そこまで酒は回っていないようだ。腕の中でこうも暴れ続けられていると腕を痛めてしまうので、そっとアリシアを下ろす。
「もう! なんでお楽しみを邪魔するのさ!」
「え、えっと……ヴィンダーレフ様について来いと言われまして……。アリシアを一人で放っておくわけには行けませから……」
「わたしは手のかかる子どもじゃないよ! わたしをなんだとおもっているのさ!」
……目を離せば何をしでかすか分からない魔王様……でしょうか。こないだ私がお風呂に入っている間に私の魔道具全部壊しましたよね? 研究ぅ〜とか言っていましたけど……単に気になっただけですよね? 全部直してもらったからいいですけど……すっごく驚いたんですから……。
だから目を離せるわけがない。もし学園にある高価な魔道具や施設を壊されでもしたら……私の心臓が持ちませんから。
酒瓶を片手にやいやいと子どものように抗議してくるアリシアを適当にあしらいつつ、学園長の大きな背中を追いかけていく。
程なくしてその背中は遠ざかることがなくなり、ドカンッ! ドゴォッ! ズバンッ! ビシュンッ! と中から爆発音や破裂音、短く鋭い音……物騒な音がたくさん聞こえる大きな扉の前に学園長は立っていた。
「いいかな? 今から会うのは……君の探していた者たちだ。そして……彼らは国の重鎮だと思って接した方がいい」
「そ、それってまさか⁉︎」
「うふふん。どうやら、ヘレナってば余程世界から嫌われているみたいだね」
や、やめて下さい‼︎ そう言うのと同じくして……容赦もなく次なる『扉』が開かる。
あぁ……本当に世界は私に厳しいようだ。ついさっき1枚目を開けたと言うのに……今度はさらに重たい『扉』……。そしてその開け放たれた『扉』の向う側には見たくもない光景が広がっていた。
血、血、血、血、血、血、血……赤く、赤黒く……『扉』の先の地面が彩られていた。そしてそれは今もなお……その色を濃くしていく……。
「どうかね? これが『勇者』の実力だそうだ。……実に恐ろしいものだね。どうしてこんなのを……いや、すまない。聞かなかったことにしてくれ」
そういう学園長の言葉に、果たして私は答えることが出来ない。それは眼前で繰り広げられる――――しい光景に――――いるからだ。こんな――に―――を任せていいのだろうか。
彼らが大きな『魔物』を消しとばすと、どこからともなく一瞬のうちに……またその大きな『魔物』が現れる。そしてそれを倒せば次、それを倒せば次……。誰が一番早く『それ』を倒せるのか、楽しむように競っていた。
そう、それこそ――単なる暇つぶしのように。
動き出しそうになった身体を唇を噛んで押しとどめ、ふと私よりも動き出しそうなお隣を見る。すると一見アリシアはなんでも無いような風を装っているが……軋む音が聞こえるくらいに固くしたその拳が目に入った。
彼女も『理解』したのだろう。私がしたくらいだ……アリシアが気づかないわけもないか。
「すまないな、待たせてしまったかな」
ぱんぱんと二回手を打つ音と共に学園長が38人の『勇者』たちに声をかける。すると『勇者』たちはその場に出ていた『魔物』を無残に殺した後、ゆったりとした足取りでこちらに向かってきた。その際、『勇者』の一人が何かスキルを使ったのだろう。この場が今まで血で赤黒くなっていなかったかのように……その胸糞悪い色は消え去った。
「学園長〜おそいっすよ〜」
「いやいやすまないね。少し話が盛り上がってしまってね」
最初に学園長に声をかけてきた男は『勇者』だと言うのに、一番の特徴である『黒髪』ではなかった。偽物っぽい白みがかった金……それを携えた軽薄そうな少年だった。
「それで学園長。担当は決まったのか?」
次に聞いてきたのは眼鏡をかけた長身の男。こちらの髪は普通で、他のものよりも少し色が深いかな? と思うくらいだ。
「あぁ、このヘレナ君に任せることになった。またヘレナ君は未熟なため、こちらのアリシア君にも補助としてついてもらうことになった。こう見えてもれっきとした成人……だ」
「おい、そこはためらわないでさ。わたしはれっきとした大人だよ!」
「す、すまない」
なにやらその会話を『勇者』たちは目を開いて聞いているが……それは別にいい。今気になるのはアリシアと学園長のことだ。
今まで一度もアリシアに私の補助をしてくれと学園長は頼んでいない。そして今聞かされたアリシアはそのことになんの反応も示さず、年齢のことだけに突っかかっていった。
何かをするつもりなのだろうか……もしかしたら『勇者』を……。
その先を考えそうになるが首を振って中断させる。そんな時、急かすような声がかかる。
「ほらヘレナ君、あいさつを」
「……はい」
本当はしたくもないが……学園長の手前しないわけにはいかないだろう。
「私はヘレナ・カーコフと申します。短い間でしょうけれどよろしくお願いします」
そうやって下げてたくもない頭を『勇者』に下げるのだ……。少しの嫌味くらいは許されるだろう。
私はあぁそう言えば……と言葉を続ける。
「私は正真正銘のカーコフ家の者なので……こないだのようにいきなり襲いかからないで下さいね? 次は反撃しますから」
こういう煽るような言葉をアリシアがしそうな口調で言う。なにやら横から、もうしちゃったよと笑い声が聞こえてきたが……そんなのは知らない。見たことも聞かされたこともないので知らないのだ。
「あ゛ぁ⁉︎ なにぬかしてやがんだ!」
「あ、こないだのおバカさんです」
「ほんとだ〜。全身の骨を砕いたのに……くそう、今度はもっと派手にやってやろう」
あ、貴女は何をしたんですか……。いえ、彼が可哀想とかではなく、ただ単にいつどこでしたのか気になっただけなんですけど……。どうやったら二度も同じ『勇者』といざこざを起こせるのだろうか。
「何やら物騒な会話が聞こえたが……よろしく頼むよ、ヘレナ君」
そう言って学園長はポンと私の方に手をおく。しかし何のためにここへ連れてこられたのかいまだによく分かっていない私は視線でそう伝える。
「ヘレナ君は一般生徒が受ける授業を『勇者』らに施して欲しい。朝夕だけでいい。昼は『勇者』も外に出るからな」
「? はぁそれはわかりましたけど……。いえ、分かりました」
なぜですか? と聞こうとしたが、教えてくれそうな感じがしなかったので聞かないことにした。それに……私にとってもこの話は都合がいいのだ。嫌悪感はあるが……わがままを言っていられるほど現状は甘くない。もしかしたら学園長はそのことまで考慮済みなのかもしれない。
「では『勇者』の皆さま。『短い間』にならないようにお気をつけてよろしくお願いしますね」
本当の表情を隠すように小さな微笑みを浮かべる。そしてそんな表情をしているのだと深く認識して、少し貴族っぽいかもと思うのであった。




