47話 幸と不幸の物語
幸せと不幸について……果たしてわたしはそれを本の中でのことしか知らない。何せ、周りはみんな幸せに包まれていたからだ。『嫌なこと』と『不幸』はわたしとしては『違うもの』と考えているからこそ、周りには『ない』と言えていたのかもしれない。
少し話は逸れるが、『幸』と『不幸』は表裏一体と誰かが言っていた。『幸せ』なことがあれば『不幸』に、『不幸』なことがあれば『幸せ』に……。どちらかが起こればもう片方が同じくして起こる。大きければ大きいほど、大きいものが返ってくる……そう言っていた。そして、その『幸』と『不幸』は最後にはプラマイゼロになる……らしい。
だからこそ……今がどんなに辛くても、生きていれば必ずいいことがある。そう人種の平民は信じているそうだ……。『今』がこんなに『不幸』なのだから、それと同じくらいの『幸福』が必ずやってくると……。
しかし……しかしだ。そんな法則は一体……誰が作ったのだろうか? もちろんわたしではないし、あのアホの仕業でもない。なら……そんなものは『迷信』ということになる。
――世界なんて、そんなに都合がいいわけがない。
だけどその『迷信』はあながち間違っていないなと……一部そう思う。わたしが『正しい』と思うのは『最後にはプラマイゼロになる』ってところだ。
二つの説があるが――一つ目は『ゼロになる』、すなわち何もなくなるってことだ。石板に彫った文字を削って消すのと……『ゼロになる』というのはなんら変わりはない。
つまりは『死ねば』自動的に、ごく自然に、どれだけ嘆いても……幸不幸の天秤は水平になる。
二つ目は『プラスマイナス』ってところだ。幸不幸の天秤の皿にはこの世に生きとし生きるものがのせられていると考えれば……まぁその『迷信』も成り立つだろう。とどのつまり、『笑う』者たちの傍らには『泣く』者たちがいるってことだね。
世界はそんな風に出来ている。決して『都合』なんていいことはなく……ただただ理不尽で無慈悲だ。
そして……その不幸が集められている場所――それがこの『スラム』だ。
「ああ⁉︎ そ、そんなに押さなくても大丈夫です! ちゃんとありますから!」
そんなこの世の『不幸』の吹き溜まりのスラムに慌ただしい声が響く。
その声の主は大きなお鍋を横に置き、一つ一つ丁寧に、しかし手早くお皿に料理を持っている。
彼女の名前はアホでお人好しなお貴族様(笑)――通称ヘレナ・カーコフと呼ばれている。チャーミングポイントは……その短い茶髪でいいよね。ってかめんどい……これ。
「は〜い、並んでくださいね〜。皆さまに配っても余るほど用意がありますよ〜」
さて、そのアホ……ヘレナが何をしているかというと……。
「よくやるよこんな朝っぱらから……。そのうち体壊すよ……」
「いいんです。……ほら、こうやって私が作ったご飯を笑顔で食べてもらえるって……嬉しいものですよ?」
そう、この幸せそうに微笑むお人好し……朝っぱらからスラムに住む人種たちに炊き出しをしているのだ。場所は比較的平民区に近い『孤児院』。大人にもそうだが、飢えている子どもを見て我慢ならないから、そこで炊き出しなんかしているのだろうね。
「にしても……これで三日目じゃん……。朝と夜にこうして炊き出し……昼はお金稼ぎのために外へ狩に……。君、全然寝てないでしょ」
「……まぁそうですね。で、でも! 疲労は文字魔法を使えば無くなりますし、それに……支出はとんとんですし……」
休むわけにはいけません。体を小さくしてそうヘレナは呟く。
「ヘレナ……。分かってはいるんだよね?」
「っ⁉︎」
「そう……ならいいよ」
ふるふると肩を震わせる彼女に……これ以上責めることは酷だと思い、それからは何も言わずに炊き出しを手伝った。
ヘレナが王都に戻ってきた目的――それは学園の仕事があるからだ。王都に戻ってきて早四日目だが……まだ学園の方ではヘレナに仕事がないからこそ……朝と夜の炊き出し、そしてそのための狩が出来ている状況だ。
しかし……それもあと少しのことだ。もしかしたら明日かもしれない。わたしは学園の内情など一切知らないのでそこのところよく分かっていない。だけど、時間がないということだけは分かっている。
ヘレナ……今こうして『幸福』を与えているけど……。それはさらなる『不幸』へ突き落とす前準備になってはいないかい?
そんなことをつらつら考えていると、鍋の中が空っぽになり……そこには満腹になって『幸せ』そうな人種たちの顔だけがあった。
「では……行ってきますね……」
「うん、いってら〜」
そうして、わたしは狩に出かけるヘレナをカーコフ宅から見送る。何故ついていかないかは、まぁ護衛依頼が王都にきたことによって達成されたからだ。だからわたしがヘレナにくっついて回る必要はない。
そしてまだわたしが王都に残っている理由……それはとても単純なものだ。
――ヘレナが気に入っているから。
ただそんなことだけで、わたしはここに残っている。カレンが迎えに来るかとも思ったが……大方ルミエにでも止められたのだろう。子どもたちの中での『命令権』はルミエが一番に持っている。なら迎えが来るまではここにいよう、そう思ったのだ。
さぁさぁ見ようじゃないか? ヘレナという『少女』が綴る物語の結末が……果たしてどんな『幸せ』や『不幸』を迎えるのかを。
***
つややかで木目の美しい廊下。中では人種が講義を受けているのであろう沢山の扉。何に使うんだ? と思うほど広い庭。それと同じくだだっ広く何もない運動場のようなところがいくつも……。どこかしこを見ても本、本……本、な場所。挙句には森まである始末……。
「ここは一体どこを目指しているんだよ……」
「どうしたのですか、急に……」
「いや、この学園を魔法で隅から隅まで見てさ……いくらなんでも広すぎ……」
「あぁ……そうですね……」
わたしたちは今、王都の東部に陣取っている『学園』に来ていた。といってもわたしはヘレナに勝手についてきただけなんだけど。まぁ許可は学園側にちゃんととったしいいんじゃないかな? その時催眠を使ったなんて言えないね。てへっ。
「昔はよく迷子になりましたよ……」
うん、ヘレナがなんかアホなことを自身で証明したけど気にしたら負けだ。……何にだ。
でも、確かにわたしも迷子になるくらいには広い。いやさ、この学園なんかよりわたしの城のが大きいよ? でもさ……こうもごちゃごちゃしていると……ね? それにあっちで迷えば近くにいる魔族に聞けばいいからさ。
この学園は今の時間帯――生徒が講義を受けているとき、廊下には人種のじの字すら見かけない。たくさんある部屋の中に入って聞けば良さそうなものだが……それをするとめっちゃ怒られるらしい。
「着きましたよ」
本当に世知辛いな〜なんて考えていると、ヘレナが三階にある一室の前で止まり、そんなことを言ってきた。チラッとその部屋を見やると……まぁどれもこれもおんなじようだし変わったところなんてなかった。
「ついてきてくださいね? ふらふらとどこかへ行かないでくださいね?」
「もう! 何回も言うけど、ヘレナったらわたしのことをなんだと思ってるの⁉︎ 手のかかる子どもじゃないんだよ⁉︎」
「……同じようなものじゃないですか」
「あぁ⁉︎ 今なんて言った⁉︎ ねぇねぇ⁉︎ ちょ、部屋の中に逃げんな!」
そうしてドタバタとしながら部屋に入ると……わたしは何もしてないよ? とでも言いたくなるほどにグッチャグチャのメチャクチャで、嵐が通り過ぎていったと言っても疑わないような光景が広がっていた。
「な、なにこれ……!」
「あぁ〜そう言えばそうでした〜」
わたしが軽くどん引いていると、ヘレナがぽりぽりと頭をかきながら、その散乱としているものを自身が持っている袋に次々と入れていく。
「いや〜便利ですね、これ」
言って、手に持った袋に軽く目をやる。それはもともとヘレナが持っていた収納ポーチが文字魔法によって強化されたものだ。確か収納上限を引き上げたとかなんとか言っていたな。わたしのように異空間を作ればいいじゃんと言ったが、人前でつかいにくいと一蹴されたのが記憶に新しい。
「で……なんだったのさ……さっきの荒れようは」
もう気になって気になって……それでもヘレナが片付け終えるまで聞かないでいた質問をする。
するとヘレナは、あーと言いづらそうにしながらもしぶしぶと口を開く。
「私って身の回りの整理が苦手なんです……それで……」
「……」
うん、それで? って! なぜか言い切ったような表情で奥に向かうなよ⁉︎ 整理が苦手なのはまぁ知っている。これでも結構長いこと一緒に旅をしていたんだからね。だけど、なんでそれでさっきみたいなことになるんだ? 踏み場すらない様子だったんだよ? 説明、説明ぃぃぃぃ!!
しかしそんなわたしの思いも虚しく、ヘレナの口からそれ以上のことは話されることはなく。そしてわたしもそんなアホらしくなるようなことをわざわざ聞く意味ないな、と虚無の境地に至ったのであった。
ん? 結局この部屋に来た理由だって? そんなの知らないよ。わたしも説明されていないからね! ま、まぁ……勝手について行っているし、ヘレナになんの説明責任もないんだけど。
「さ、行きましょうか」
「はへ⁉︎ なんでここに来たの⁉︎」
「はい? あぁ、この白衣とバッチを取りに来たんです」
言われて、ヘレナをよく見てみると、この部屋に来るまで着ていなかった白くて薄い服と、バッチと言うよりはピンに近い細長い銀色のものを右胸辺りにつけていた。
「そ、それだけ? ってかなんでそんなのを取りに?」
「なんでって……。あぁそうでした、アリシアは知らないのでしたね。これは私がここに属する『教師』『学者』だと示すものなのです」
言いながらヘレナは白衣と銀色のピンを指差す。
「だから?」
「はい。これは制服みたいなものです。仕事中は身につけていることと決まりがあるのです」
「ふーん、そ。どうでもいいね。さっさと次いこ次」
「ど、どうでもいい……」
ほらほらなんでそんなに肩を落としているの? まだ朝のことを引きずっているのかな? 炊き出しの件は今あるお金が尽きるまで……そう決めたんでしょ? なら振り向くのはダメだと思うなぁ。
でも諦めきれないんだよね? だったらなおさら、そんな暗い顔をしてちゃダメだよ。学園に休暇を頼むにしても、それじゃあダメだ。
君が歩むその道のりは……決して都合が良いわけじゃないってのは今までのことでなんとなくわかる。
そもそもなにが不幸かって……もう『わたし』に出会った時から『不幸』だよね。だってあのとき死んでいれば……そんなに思い悩んで『不幸』にならずに済んだのにさ。
苦しんで苦しんで……思い悩んでつまづいて……。それでもなを立ち上がって、それも打ち砕かれて……でもまた立ち向かおうとしている。
なぜわたしがヘレナを気に入ったのか……。最近の彼女を見ていて……なんとなくそれがわかった気がする。
それは――
「うふふん。そうか……君は似ているんだ」
「? なんですか」
「あはは、今になって気づくなんてね〜。あぁ、ヘレナは気にしないで気にしないで」
言って、ヘレナに軽く手を振って先を急がせる。不思議そうな顔を見せたが、まぁこんなしょうも無いことをわざわざ伝える意味もさしてない。
彼女は似ているのだ。他人の空似なのだろうけど……それでもそっくりだ。容姿は似ても似つかないし、ましてや性別すらも違う。しかしそれでも『似ている』のだ。どこがじゃない、性格――『生き方』こそが大いに類似している。瓜二つと言ってもいい。
はは、だからだろうか……ヘレナが『不幸な人々を全て救いたい』なんて身に余る『願い』を持っているのは。
たしか彼はそんなことを一心に願っていた。愚直で諦めることを知らないあの『少年』……。彼はひ弱なはずのその『力』で……たしかにその『願い』を成就させた。
ならその『少年』に似ている『少女』は……案外その馬鹿げた『願い』をかなえてしまうのかもしれない。『わたし』との出会いが『不幸』だと……そう言えないようにしてしまうかもしれない。
うふふん。まぁ似ているからといっても、ただ『似ている』だけだ。ヘレナはあの『少年』ではない。同じように出来るなんてさらさら思っていない……。だけど少しくらい、小指の爪先くらいは……期待したっていいんじゃないかな?
わたしは頼りなく揺れるその白い背中をぼーっと眺める。
彼と似ている彼女には是非とも頑張ってもらいたいものだ。まぁさしあたっては……休みを取れるか取れないかなのだが……ヘレナには悪いけど無理だろうなぁ。いやさ、君ってついこないだまで長いこと休暇を取ってたじゃん。だから無理に決まっているよ……。
わたしは本を読むのが案外好きだ。城ではぐーたら寝転んでカレンの作ったお菓子を食べ、そしてルミエから無断で拝借した異世界の本を読む。
悲しい物語ならお菓子が塩っぱくなることもあるし、不幸な物語ならその物語の世界に入りたくなってしまう。そして不幸な登場人物のいない物語に出会うとその日のお菓子はより美味しいものに感じるのだ。
ヘレナは多分……このままいけば何かを切り捨てることになる。それは決してわたしが求めている物語ではない。だからといってわたしが動き過ぎれば……もうわたしの物語になってしまう。
まぁだけど、ほんの少しだけ手助けしてもいいよね? ほら、物語にはよく出て来るでしょ? そう言う助言役って。そしてその登場人物は決して主人公じゃないよね。よね?




