46話 スラム
スラム――王都にはそう呼ばれる場所がある。そこは王都の南東部の端っこに位置し、王都の約16分の1を占めていると言われている。数字の上では小さいようにも思えるが……王都は他の街が4っつ以上集まったような都だ。スラムは意外にも大きいのだ。
王都はとても活気があるが、スラムに入った途端にそれが鳴りを潜め、廃れた表情を見せる。ひび割れた石畳に生えっぱなしの雑草、年季の入ったと表現するのも苦しいような木造家屋……。
王都の中でそこが……そこだけがとても色あせているようであった。
「酷いものだね……ホントに同じ街の中だとは思えない……」
廃れた家を背に力なく座っているガリガリの男を見ながら呆れるように呟く。まだ生きているようではあるが……それも長くはないだろう。
「…………はい」
言葉を受けたヘレナはなんだかしゅんとして答え、表情を暗くする。
なぜそんなに責められているかのような顔をするのだろうか……。それがわたしには分からない。
『なんで私は救えないのか』とか思っているのだろうか? しかし、そんなのは思い上がりも甚だしい。
ヘレナは普通の『人種』であり、誰も彼もを救えるなど……あまりにもバカバカしい。所詮、目についた者しか……そして自分の力の及ぶ範囲でしか……『救え』ないのだ。地力以上の願いは……願うだけで自分を滅ぼす。
その『願い』はキレイなものだろうが、人種程度で望んでいい類のものじゃない。
「ヘレナ……いや、なんでもないよ」
「? そうですか」
不思議そうな顔を見せるが気にせずにデコボコな道を歩く。
まだスラムに入ったばっかりなので街の喧騒が聞こえてくる。しかし今向かっているところまで行けば聞こえなくなるのだろう……。そして先の男のような者たちがわんさかといるに違いない。何せ王都の『12分の1』がスラムなのだから。
ここはそういう場所だ。街の中だというのに……命がいくつも失われていく。少しでも長く生きたければ『奴隷』になるしかない。『冒険者』になるのも手だが……まず登録する金がない。そしていざ登録したはいいものの……武器いらずの依頼の数には限りがある。だから助かるのはほんの一握りだろう。
「わたしはこの街がキライだ」
ボソッと独り言のようにそう呟く。
「何か言いましたか?」
「いーや、なんでもないよ」
言って、わたしは少し歩く速度を落とし、ぼーっとスラムの街並みを眺める。前には白い服を羽織ったヘレナ……周りには物陰からコチラをチラチラと見ている浮浪者……。
ここは……このスラムこそが……王都の真の姿のように思えた。
***
「ここのようですね……」
「マジか〜」
今わたしたちの目の前のにあるボロ屋……そこがカーコフ家に与えられたらしい『屋敷』だそうだ。
うん。なるほど素晴らしい。壁や屋根にはいくつか穴が開いていて、およそ雨風が防げない。加えてドアすらもないっていうんだから……これは大層立派な『屋敷』だね。
「はは、ヘレナの家って、すっごく嫌われているんだね〜」
「はい……予想はしていましたが……。前の家よりも酷くなってます……」
ドアはありましたよ……。そう呟いた彼女に内心驚愕する。いやさ、『ドアは』って……それすなわち『ドア』以外は同じだったってことだよね? もちろん家の大きさは違うんだろうけど……状態が同じって……。ホントーにヘレナって苦労しているんだ……。
「はぁ……とりあえず入りましょうか……」
言って、ヘレナはとぼとぼ肩を落としてそのボロ屋に入っていく。それに続いてわたしも入り、玄関をくぐって一つしかない部屋に入った時、ヘレナに疑ったような声がかけられる。
「ヘレナ? ヘレナなのですか?」
居間? にいたのはヘレナによく似た壮年の女性だ。手入れもろくにできず、ヘレナと同じくらいの赤い髪はとてもくすみ、ボサボサになっている。
「お母様……ただいま戻りました」
ヘレナは口元をクッと引きしめ、何かを我慢しながら丁寧な挨拶をする。
わたしは一歩引いてそれを見ていた。ヘレナの母は何をするでもなく、ただジッとそこにいた。ぼーっと虚空を見つめるように……そこにいた。
「お父様や兄さんたちは……?」
ヘレナはそう心配そうに聞くと、今は出ています、と力なくヘレナの母は答える。
事情を知らなければヘレナの家庭はすごく冷めたもののようにも見えるだろう。そう思うくらいに、ヘレナの母はどうでもよさそうに話す。
しかし、どうでもいいからそう答えているのではないのだろう。ただ……ヘレナの母はキチンと受け答えができないほど……気力が残っていないのだ。
「見たところ、ほとんど食べていないようだけど平気なの?」
心配になってではないが……まぁヘレナの母親なのだから気にしてやる。
するとヘレナの母は少し驚いたような表情を作る。
「あ、あの、貴女は貴族様ですか?」
そう聞く彼女の声は少し震えていた……。『貴族様』……同じ貴族なはずのに……彼女はそう言った。
「安心して。わたしはただの護衛。君の娘に依頼されただけのただの旅人だよ」
「そう、ですか……。ヘレナを守って、くださり……感謝します」
ヘレナの母は体力が持たないせいか、そんな短い言葉でさえ息を切らして途切れ途切れに話す。
それを心配げにヘレナは見ているが、どうすればいいのかがわからないのだろう。……仕方がない、縁があるからこそ……わたしが手を差し出そう。
「別にいいよ感謝なんかしなくたって。興味があったから受けただけ。あとこれを飲んで」
言って、一見透明な水の入ったグラスをヘレナの母の手に持たせる。なんだかヘレナがお酒を渡さないでください! とうるさいが、そこまでわたしは非常識じゃない。
「これは酒じゃないよ」
眉をひそめつつそう答える。
「ならなんなのですか! シーラが言ってました。ママは時々よくわからないことをするって! それで大体カレンが怒るって! だから何かするとき、事前に聞いておけって。そう言ってました! だから教えてください!」
おい……シーラは後でお菓子抜きの刑に処そう……。なんでそんないらん知識を与えちゃうかなぁ。まったく……わたしはそんな悪いことはしていないもん。なぜかカレンが怒るんだよ……知らないよ。
「はぁ……シーラが言ったことは忘れて……。それと、これは栄養がたっぷりと詰まった飲み物だよ。ヘレナ母が元気ないままじゃ、ヘレナも気が気じゃないでしょ?」
言って、何かためらっているヘレナ母に強引にでも栄養ドリンクを飲ませる。するとヘレナ母の頰に赤みがさし、半開きだった目がシッカリと開かれる。そしてヘレナとわたしの間を何度も交互に視線をうごかしたあと、深くわたしに向かって頭を下げる。
「この度は……ありがとうございます」
「いいって、ヘレナの母親だしね〜。それくらいどうってことないよ」
「そう、ですか……」
沈んだようにそう言い、それでは……と躊躇いがちにもその先を口に出す。
「いくつか……その、飲ませてもらった水を……その……譲ってくださいませんか……?」
「お母様、それは……」
ヘレナ母はすがるような顔つきでわたしを見つめ、なんやかんや止めようとしたヘレナも最終的には同じような顔つきでわたしを見てきた。
二人は救いたいと思っているのだろうよ。ヘレナ母はここで暮らして接し、ヘレナは来る途中で見た『彼ら』……。自分たちではどうすることもできない『彼ら』をわたしに救ってもらいたいのだろう。
ヘレナはともかく、ヘレナ母はわたしの力を知らない。飲むだけでこんなにも……と思ったのだろうね。それでヘレナからお金を分けてもらって『冒険者』に……とかかな? それとも、職を一人一人探していこうと思ったのか……。
まぁそのどちらにしても……その『彼ら』が死ぬのが遅くなっただけだ。
そんなことをつらつらと考えていると、ふと頭によぎったことがあった。
「そうだ。ヘリックが言ってたじゃん。カーコフ家に莫大な金を押し付けたってさ。その『莫大なお金』を分けてやればいいじゃん。わたしに頼らなくてもさ」
「それは……」
ごく自然に当たり前のように言うと、ヘレナ母はその綺麗な顔を歪ませ、苦々しく口を開く。
「全て……全て無くなりました……‼︎」
「ど、どう言うことですか⁉︎」
うるさい……。もうちっと小さくしてくれ……。とても静かな空間でそんなに大声を出されたらマジでビックリする。ほら、お隣さんもビックリしたようだよ? 抗議出来るほど、お隣さんが元気じゃなくてよかったね。
「わからないのです……。爵位は与えられましたが……お金の方は事情により、なくなった……と」
「ど、どういうことですか……」
「…………ふーん」
事情により……ね。さて、お金を払えなくなるほどの『事情』……。そこのところ二人はわかっていないようだけど……わたし、分かっちゃったよ……。
本当に……今すぐにでもこの国をぶっ潰してやろうかなぁ。それか国王ぶっ殺して国を乗っ取ろうか? もういっそのこと魔族が統治したほうがいいんじゃなかろうか。
そんなことを黒々として考えていると、ヘレナの悲痛な叫びによって呼び戻される。
「アリシア‼︎ 魔力を今すぐに抑えてください‼︎」
「っ⁉︎」
言われて、ハッとなったわたしは漏だしていた魔力をすぐさま抑える。魔力が漏れて一番被害にあったであろうヘレナ母に目をやると、少し息が上がっているくらいでその他の異常はない。
それによかったと胸をなでおろしながら、キチンと謝罪の言葉を口にする。
「ごめん……少し乱れた」
「いえ……お母様は大丈夫そうですしいいのですけど……。珍しいですね、何かあったのですか?」
「……いや、なんでもないよ。そうだね、詫びとして少しだけ手を貸すよ」
言って、暗くなってしまった話題を明るいものに変える。
「あ、ありがとうございます!」
「い、いいのですか?」
「あぁ、まぁね」
表情を明るくさせる二人……。彼女らには悪いが、そのことにたどり着かせたくないからだ。より詳しくは『ヘレナ』気づかせたくないのだ。
王国をわたしが滅ぼすのならいいが……ヘレナにはそれをして欲しくない……。よりによってわたしが授けた力でなど……させたくないのだ。
「や、やりましたね」
「そ、そうですわね。何が何だかわからないのですけれど」
「アリシアがおっちょこちょいでよかったってことですよ」
おい、そこのアホ二号。余計な一言が多いようだと君をもっといじっちゃうぞ? アホなこと言ってないで『その後』のことに頭を悩ませておけ。
「はぁ……」
一つの大きな壁を超えたように嬉しそうな二人を微笑ましく眺めつつ、わたしの中で渦巻く黒い感情に意識を向ける。
『お金』を払えなくなった事情……。カーコフ家に与える『お金』なんて、王国側からすれば微々たるものだろう。嫌がらせで渡せない……なんてことはないはずだ。なにせ『事情により』無くなったんだからね。
この国に最近おこった『事情』なんて……一つしかないじゃないか。ヘレナ……君もよく知っている、その『事情』……。そのせいで君たちは――
「今から動くのですか?」
突然にヘレナから声をかけられて意識がそちらにずれた。まだもう少し考えていたかったけど……まぁヘレナを安心させてやる方が先決か。
わたしはどこか不安そうな二人を安心させるため、優しく言葉を紡ぐ。
「わたしはいつでもいいよ。どうする」
「で、では今からでお願いします!」
「私からもお願いします……。今日もどこかで死人が……」
はぁ……そんなに暗くならないでもちゃんとやるよ。それに二人揃って頭を下げないでくれ。わたしはそういうの苦手なんだよね。そんなに上等な者ではないからね……。きみたちにそうされると……申し訳なくなるからさ。
「じゃあいくよ」
そんな思考を振り払うように、わたしは腕を一振りする。どこへですか? ヘレナはそう言ったが、残念。どこかに行くわけじゃないんだよねー。
「こ、これは魔法の気配……。な、なにをしたんですか……?」
「はは、そんな心配しなくてもいいよ。そのうち分かるって……ほら」
言って、わたしはそっと穴だらけの天井を指差す。
すると――
「冷たっ⁉︎ な、なんですか⁉︎ うひゃ⁉︎ ……こ、これは、『雨』ですか?」
「あはは、やっぱ雨漏りするんだね〜」
「す、すみません……」
この廃れて乾ききったこのスラムを潤すように『雨』がぽつぽつ、次第にざーざーと降り出す。この『雨』は『癒しの雨』だ。わたしがこのスラムにだけ降らした。
効果は先のヘレナ母に与えた『水』と同じだ。『雨が降っている場』にいるだけで全てが回復するようになっている。
わざわざ濡れなくれもいいのだが……まぁなんだ。春一番の水遊びと洒落込もうじゃないか。夏でないのが残念ではあるが……絶対に風邪などひかないし、むしろ健康になるまである。
だからお前らも外に出てみろって。雲一つないというのに雨が降っているなんて不思議な光景が見れるぞ? うん、自分でしたことながらすっごい不思議だ。うふふん。
「うわ、なんでですか⁉︎ こんなに晴れているのに雨って⁉︎ アリシアの仕業でしょ! 家の中がビショビショになるじゃないですか!」
ほら、アホで間抜けでお人好しな貴族様もお外に出てきたし、遊ぶつもりなんだろうよ。そうやって能天気にはしゃいで……これからのことを考えればいいさ。
暗い頭では無理でも……明るい雰囲気でわいわいと考えればなんとかなるかもしれないよ? ん? そんなのありえないって? はは、そうかなぁ? わたしは思いついたよん。君らが生きるための方法がね。
それも…….ヘレナ自身が持つ『力』だけで出来る方法だよ? ほら、みんなで遊ぼうよ。




