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45話 王都

 平和なのはいいことだ。春先すんぜんの今日この頃、集落の住民が世話をしていた麦畑に実りが見えてきた。前の土地では拝むことすら出来なかったそれが……自分たちの手で育っているのだ。この調子でいけばもう何日かで収穫できる。

 そうなればシーラの役目は終わり、彼女はわたしの城へと帰ってしまう。

 そもそもシーラは保護だけが目的であり、その後のお世話まではするつもりはなかったらしい。

 だけど、保護して住むところを与えたからといって、やせ細った者たちに何かができるわけもなく。仕方がないからと、塩やパンが安定するまでは集落にいることにしていたらしい。


 そしてついこないだには岩塩の密集地を見つけ、小麦ももうじき実る。だから彼女の役目はこれで終わりだ。また、春といえばヘレナもこの地を去らなければならない時季だ。



「シーラ様だけでなくヘレナ様もですか……」



 明らかに不安だと言いたげな老人がそんなことを言ってきた。


 ヘレナは住民たちのまとめ役である老人にそろそろ王都に戻る旨を説明していた。


 旅の期間が学園の入学式の前日までとなっており、今日はその三日前だ。この森から王都までは結構いい距離があり、到底三日でたどり着くわけがない。しかし、なぜこんな寸前になって加えてろくに身支度も済ませていないのに挨拶しにきたのか……。



「はい……すみません。事情が事情なだけに戻らなければならないのです……」

「ですが……急すぎるのではありませんか……?」

「うぐっ……! ほ、本当にすみません! つい今朝方まで忘れていたのです!」



 そう、平民に頭をドサッと下げているこの貴族……ヘレナは王都に帰る日程をわたしが言うまですっかり忘れていやがったのだ。

 勇者に会ったり魔族に襲撃されたり、ついには故郷が滅んでいて……たしかに頭がごっちゃになるのも分かる。だけど……そろそろ時間も経ったのだから少しは整理しろと言いたい。


 わたしもつい朝まで忘れていたが、シーラが帰ると聞いて思い出したのだ。まぁまだ三日もあるし、ヘレナの記憶を探って転移すれば王都なんて一日も経たずに到着できる。



「で、ですが……! いえ……」



 まとめ役の老人は何かを言おうとして言い淀む。そして、その言い淀んだ先の言葉を……どうやらヘレナもちゃんと理解しているようだ。



「この集落のことに関しては大丈夫です。アリシアやシーラに頼らずとも、私たちの手で守れます」

「ど、どういう……ことですか?」

「私が結界を張ります。魔王すらも破れないものですよ? 隠蔽もしますし……安全なはずです」



 まぁそう言うことだ。とどのつまり、今の集落には大した戦力がないのだ。たしかに森の魔物は倒せるが、それは数人がかりで襲いかかっているからだ。逃亡したときに追いかけてきた『騎士団』がこの集落に攻めてきたら……大人しく首を差し出すことしか出来ない。

 だからこそ、その騎士団を圧倒したシーラや、狩の時に凄まじい力を見せたヘレナにはそばで守っていてもらいたいのだろう。


 あぁ、話はそれるけど、件の騎士団はわたしが直々に王座の間に送ってやった。もちろんここの記憶はまるまる奪ったので問題はない。


 閑話休題――



 そんな強大な守護が居なくなり、本当に大丈夫なのか……前と同じようにならないか……。それが心配なのだろう。


 ヘレナの物言いは……『はず』とかいっている時点で頼りのないものだけど、そこは信じてやってほしい。そもそも、シーラは結界を張るのが上手ではないのだ。むしろヘレナが張ったほうが安定するだろう。



「ヘレナの結界はわたしが保証するよ。まぁ万が一の時のために『目』――簡単に言えばずっと観ておくよ。あぁ危険がないかだよ?」



 変な意味でとらえられたら嫌だったので焦るように付け足す。



「アリシア……ありがとうございます」

「いいよ。これも縁ってやつだね」



 深く礼を向けて来るヘレナに軽く手を振って頭を上げさせる。


 これくらいで礼を言うことなんてない。手間もないしストレスもたまらない。そんな朝飯前なことをやって感謝をされると……むず痒くて仕方がない。



「私も学園に休暇をもらえるように頼んでみます。長期期間取れればここにきますので……。私が……カーコフ家が不在の間……みんなのことを頼みます」



 言って、ヘレナは再度そのまとめ役である老人に頭を下げる。それに年甲斐もなくあわあわしておる老人をよそに、わたしはふと家から出て空を見上げる。



「あ! ママだ〜!」



 青いな〜大きいな〜おいしそうだな〜、なんて黄昏ながら、流れる雲を眺めているとバインバインと凶悪なソレを揺らしながら、猛スピードでわたしに飛びついて来るものがいた。



「うぐっ、痛い……。いや、痛くないけどつい言っちゃうよね」

「ママがまたおかしなこといってる〜」



 シーラはけらけらと無邪気に笑い、かまってかまってとすり寄ってくる。そのことで、シーラがなんでこんなにじゃれついてきたのかはっきりと分かった。



「もう帰るの?」

「……うん。カレンがそろそろかえってこいって……」

「そう……カレンが……。怒ると怖いからな〜あの子は」



 言って、ついやらかしてしまって怒られたときのことを思い出してしまった。あの時はおやつ三日抜きとか鬼のような……悪魔のようなことを言ってきた。それもすっごく冷めきった表情で言うもんだからマジで怖かった。

 そんなことにうへぇ〜としていると、おんなじような顔をしていたシーラと目が合い、あははと一緒になって笑ってしまった。



「シーラ。よく守ってくれたね」

「うん? わたしはルミエにいわれたからやっただけだよ?」



 そうキョトンと首を傾け、不思議そうに聞いてくる。


 分かっている。それはつまり、頼まれなかったら何もしていないってことだよね。わたしだってまさかあなたたちが動くなんて思いもよらなかったのだ。

 だけど……だけど……わたしが守りたいと思ったものを……誰かに言われたからであっても……たとえ本意じゃなかったとしても――



「それでもいいんだよ。わたしは嬉しい。それで十分じゃないかな」

「…………。む〜……よくわかんない」

「うふふん。まぁいいさ」



 一生懸命に頭を悩ました結果がそれならそれでいいのだろう。シーラは子どもたちで一番『感情』に忠実だ。楽しいときは笑い、悲しいときは泣く。好きなものは『好き』って口に出すし、その逆も然りだ。

 また、彼女は『嘘』をつくことは出来ない。『隠す』ことは出来るが、『偽る』ことは出来ない。

 そんな『感情』にもっとも素直なシーラが『わからない』という結論にたどり着くのも自明なのかもしれない。


 わたしは様々な思考が入り乱れる中、ヘレナが出てくるまでシーラと戯れていた。


 すると、ふいにシーラが老人宅の玄関に視線がいったかと思うと、軽い感じでポワ〜ンとした声をかけてきた。



「あ、じゃあもういくね? ママはくれぐれも、もんだいはおこさないでね〜」



 そう言って、なんの名残もなく、バサッとその場から跡形もなくシーラの姿が消えた。カレンが転移させたのだろう。昔はこんなこと出来なかったのに……成長を感じるなぁ〜。あと……問題をいつもいつも起こすと思ったら大間違いだよ? カレン、わたしは身長こそ伸びないけど、精神くらいは成長しているんだよ? 一度した間違いは極力しない! それもカレンに怒られそうなことは特に!


 そんなどうでもいいようなことを考えていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。その先の目を向けてみると、ほんのちょっぴりだけ顔つきが頼もしいものになったヘレナがいた。



「うん。ちゃんと結界は張れているね。これは……奮発したもんだよ。『12文字』なんて……だいじょうぶ?」

「え、えぇ……だいじょうぶです。問題ありません」



 ありまくりだよ!!! 顔つきが変わった。なんて格好つけて言ったけど、気を張っていたからそうなってただけじゃん! 足元がおぼつかない状態でよくもまぁそんな威勢が保てるもんだよ……。なんだか見ていて滑稽に思えるよ……。はぁ……。


 アホらしと思いつつ、わたしの恥ずかしさを拭い去るようにヘレナに向けて腕を振るう。



「ありがとうございます……。楽になりました」



 そう言って、ヘレナは確かめるように手を握りしめたり、その場で屈伸してみたりとしていた。

 先ほどまでヘレナが感じていた疲労感は『魔力』の使い過ぎによるものだ。

 今回は『結界系』だったから良かったものの……もし『攻撃系』ならばこんなものじゃなかっただろう。それこそわたしが治癒魔法をかけなければ『息』すらも激しい苦痛を伴っていたはずだ。

 ヘレナならそれで済むが、他のものがすれば即死だろう。それくらいキケンなものなのだ。


 12文字も使った代償だ。アレほど最悪の切り札にしておけとと言っていたのに……アホな子だよまったくもう……。



「ほら、さっさと帰って荷支度しないと」

「そ、そうでした!」

「はぁ……回復したばかりなのに、なんで走る元気があるんだよ」



 遠ざかっていく背中を呆れた思いで追いかけていく。ちょっと歩みの速度を上げれば追いつく白い背中。わたしはそれを……ただ追いかけていた。ただひたすらに……笑顔を張り付けて追いかけていた。



 ***



「うーっわ、すっごいね」

「でしょう? これが王都です」



 ヘレナが門の隔てて指差す先……それは外観からわかっていたことだが、今まで立ち寄ってきたどんな街よりも壮大であり、まさに『都』にふさわいい佇まいであった。

 また今までの街と比べ、王都は倍……いや、4倍くらいの大きさを誇っていた。その要因はこんな遠目でも『大きい』と分かる二つの『城』だろう。


 わたしたちは王都の南門で中に入る手続きをしているところだ。そして王都の中心やや北にヘレナ言うところの『王城』があり、そこから真っ直ぐ東に行った所に『学園』があった。

 流石に『学園』より『王城』の方が大きいが、まぁどっちも大概にデカイよ。


 王都をはいくつかの区画に分けることができるらしい。中央と北部を『王城』が支配し、東部を『学園』が牛耳っていて、そして『貴族』は西と外壁に近い北部に根城を構えているそうだ。そして『平民』は南部に根を下ろしていて、『キルド』も南部に位置しているそうだ。


 そして王都故であろう厳しい検問が終わり、ようやく街の中入れたわたしたちはトコトコと徒歩でカーコフ家に与えられたという『屋敷』に向かっている途中だ。



「ね〜そういえばヘレナって自分の家がどこにあるのかわかってるの?」



 先程からどうやらあてもなく、ふらふらとさまよっているようにしか見えないこのアホウにそんな質問をする。



「へ⁉︎ あ、当たり前じゃないですか〜。わ、私の家ですよ〜?」



 すると、すっごいキョドったヘレナは明後日の方向を向いて下手な口笛を吹いていた。


 こいつはアレだ……疲れるやつだ。わたしは知っている。経験則で知っている……。これはとてもとてもアホらしいやつだ……。

 なんか始めは自信満々に歩いていたから大丈夫なんだと思っていたが……これはアレだ……。久しぶりの大都会に気分が舞い上がってしまっているのだ……。しかもそれがわたしではなくヘレナっていうんだから始末におえない。


 早く両親に会いたがっているであろうヘレナに遠慮し、それでわたしは屋台やご飯屋には立ち寄らなかったんだよ? くそう……これだからアホってのは手の施しようがない……。



 そんな頭の痛くなるようなことを考えていると、件のアホが、あっ! と何かを見つけた様子で指をどこかにさしていた。

 そしてその方向を見てみると――



「あぁ……ギルドか……」

「そうです! 迷ったのなら聞けばいいんですよ!」



 指の先にはもうすっかりと見慣れた剣と盾の紋章があった。大方、情報が命ィィィ‼︎ な冒険者かギルドの役員に尋ねるのだろう。まぁたしかにそれはいい考えだが、こんな大都会のギルドなんかに入りたくない。普通の街でもあんなに混んでいるのだ……王都のともなれば……王都が嘔吐に早変わりしちゃうよ。


 道に迷った罰としてヘレナに単騎で出陣することを命じ、わたしはギルドの外で待っていることにした。



「……ここま復興していたんだね。あの惨状を思い出せないくらいになったね〜」



 平民が暮らす区画だというのに、ぴっちりと規則正しく敷き詰められた石畳。王都を賑やかにしているお店の数々。それに街を行く『人種』……。ヒューマンにほんの少しのそれ以外。そして黒い首輪をつけた様々な人種……。



「ヘレナやヘリックは好きだけど、この街は好きになれないかなぁ〜」



 そうだなぁ、ヘレナを待つ間、一つ問題を出題しよう。ん? 出題者と回答者がわたしじゃつまらないかい? まぁいいじゃないか……『暇つぶし』なんだからさ。


 さて問題です! ジャジャン! 王都をグルッと囲む、首が痛くなるほど高く厚い外壁……はてさてその外壁を作るのに一体どれだけの――命を使ったでしょうか?


 答えは……そうだな、あえて『ゼロ』と答えておこう。わたしはこの旅の中で『学んだこと』ってのがすっごくあった。それは楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、滅ぼしたくなってしまうこと……。

 あの分厚い壁を築くのに失われた『命』は一つたりともない。想いのこもっていない『道具』が壊れたところで……果たしてそれは――



「お、お前は⁉︎」

「…………」



 つまらない自問自答を横から無作法にも遮ってきたものがいた。目を向けなくても誰かは分かるし、虫を相手にしているほど機嫌は良くない。



「おい‼︎ おい‼︎ 聞こえているだろうが‼︎」

「……」



 こげ茶に近い黒髪のバカが往来のど真ん中だというのに、他人の迷惑も考えずに叫びまくる。



「あの時は油断してたがよぉ‼︎ 今回は初っ端から本気で行く! 決闘しろ‼︎」



 はぁ……力の差すら理解できないバカは……ちょっと相手にするのが疲れる。これで差を理解していながらも立ち向かってきているのなら……その度胸をかっていただろうに……。しかも今回もしっかりと『見物人』がいるし……ってか増えてね?



「勇者ってそんなにヒマなのかねぇ〜」

「何をぶつぶつ言ってやがる‼︎ チビ! さっさと準備しろ‼︎ こっちはもう万端だ‼︎」

「そう、なら証人は君たちね」



 その『見物人』だけに聞こえるように言って、その瞬間――名も知らぬこげ茶髪の勇者君は両腕両脚の骨が圧倒的な力によって粉砕し、ついでとばかりに丸坊主になっていた。



「ほら、一応殺してあげていないだけ感謝してね」



 わたしは『見物人』に向かって、ケンカを売ってきたものの成れの果てを放り投げて渡してあげた。それに大層ビビったのか蜘蛛の子を散らすように『見物人』だけが逃げていった。


 そう、通行人たちは何事もなかったかのように普段通りだ。まぁそれはわたしが結界を張ったからであり、『見物人』の勇者君たちにしかこの一件は見えていなかったのだ。

 着いて早々問題を起こすわけにはいかなかったからね。仕方ない処置だよ。それに手を出してきたのはあっち。殺気を向けてきたのだし、それにお返ししたまで。腕と脚で許したんだ……問題にするようならその全員を『敵』認定しちゃうぞ?



「うふふん」



 久々の刺激に酔いそうになっていると聞きなれた声がかけられた。



「あれ? 何か魔法を使いました? 違和感があります」

「ひゅ〜。分かるようになったんだ〜。ヘレナってマジで『人種』?」

「な⁉︎ どこから見てもそうじゃないですか!」

「はは、冗談冗談……。で? 場所は分かった?」



 話を変えるように聞くと、ヘレナはハッとした表情を見せ、少しいいずらそうに口を開く。



「え、えぇ……分かりました。平民区東部の端っこだそうです……」

「……はい? 平民区? ヘレナの家って貴族で『伯爵』だよね?」

「そ、そのはずです……」



 なら……なら、なんで……。そこは王都に来る前に教えられた所……。王都の南東端には孤児や浮浪者が集まっていると聞いた。そう――『スラム』という所だった。

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