44話 集落での一日
『人は自由だ』そんなことを言っていた者がいた。人生は自分の選んだ選択肢によっては『無限』の可能性があると……。しかし、そんなのは井の中の蛙大海を知らずってやつだ。
『人は自由』と謳ったのはどこぞの王子様。彼は飢えることなく、努力すればするほどに成果が付いてきた。才能、環境、運……様々なモノが必要値まで達していたからこそ、『人は自由』だなんて大それたことを言えたのだろう。
だが、そんな王子のように『全て』を持った者はごく一部しかおらず、大多数のものは『選択肢』なんてモノは選ぶことが出来ない。ほとんどが王子のような『自由』はなく……自分たちは『自由』なんだと嘯き、日々をだましだまし生きている。
しかし……そんな日々を必死に生きている者の『偽り』は王子のような『本物』の前では容易に塗りつぶされてしまう。
それを嘆く権利は『嘘つき』にはなく。もし反抗すれば『悪』は『正義』に制裁されてしまう。
『嘘』は悪いこととされている。『嘘』をついて『本当』を騙せば、それは『罪』となる……。
だが……その『嘘』をつかなければならない状況に王子のような者たちが追い込んでおきながら……なぜその『正義』とやらは胸を張っていられるのだろうか。醜く濁ったその『正義』とやらは……果たして『本物』なのか?
『正義』は今日も嘲笑う……。『悪』は生きるために必死に『嘘』をつき、自分すら騙そうと高らかに笑う。
街は今日も今日とて賑やかだ。人口はそこまで多くないというのに……それでも騒がしいものだ。
***
シーラが森の中に作った集落に来てから……そうだな、十日くらい経ったんじゃなかろうか。
ヘレナがこの名無しの集落に着いてからというもの、住人一人一人に挨拶回りと言う名の謝罪をしていた。
そんなことする必要はありません。そう集落にいた皆が口を揃えて言うが、ヘレナはそこのところ頭が固いからか全く聞く耳を持たなかった。
また『集落』といってもカーコフ領の難民はかなり多く、一つの『街』くらいの大きさになっている。ヘレナは朝から夜遅くまで家々を回っているため、この頃朝食と寝るときしか顔を合わしていない。
それとなぜそんなに大きいのに『集落』なのかだけど、外壁があってこその『街』だと思うからだ。集落全体にシーラの結界が張ってあるが目には見えないし、何より外壁っぽくないのだ。
閑話休題――
そんなわけでヘレナともあまり話せず、かといって住民たちと話す気にもなれないわたしは新しく作った家で一日中ゴロゴロしているか、酒を呑んで酔っ払っているかだ。
『カンッ! カンッ! カンッ!』
今日も今日とて酒を片手に『だんご』をつまんでいると、軽い鐘の音が三回集落全体に響き渡った。『鐘の音』からは先日の魔族襲撃が連想されてしまうが、今回のはそんな物騒なものではない。
『今日も大量だぞ!』
集落の東側からそんな声が聞こえて来た。
この集落では森での狩で食料を調達している。野生の動物や魔物、自生している野菜や果物。パンなどは小麦が流石にないので、育つまではシーラが街に行って買い出しているそうだ。
また、その狩にはシーラは手を出してはいない。精々が最低限の武器を与えたくらいだ。
なんと彼らは必死になり、痩せ細った身体を酷使していたそうだ。しかしその甲斐あってか、今では健康体に戻りつつある。それに狩にヘレナも加わったことで収穫量が格段に上がったそうな。
この森は資源が豊富だ。まぁわたしが昔オイタをしたからなんだけどね。この森はあらゆるものの成長速度がそこそこすごいのだ。かといって一定以上になると成長は止まるし、魔物や動物、植物が異常に進化することもない。
ただ資源が豊富で、他のところに比べれば作物と動物の成長が早いと言うだけだ。それに人種にはその影響がないって言うんだから……本当、好条件の土地だね。
まぁ他の土地と比べれば、なんだけどね。麦で言うと、だいたい3、4割程度成長が早くなる。それだけでも今までと比べれば最高なんだろう、彼らにとってはさ。
『半分は保存食にしますからね。主婦の皆さんは手伝ってください』
この声は……あぁヘレナか。保存食って……まぁ、いつ『なに』があるか分からないし、安全な時にこそそういった備えをするのは感心はする。
だけどね……ヘレナよ、住民たちの顔を――主に主婦の皆さんを見てみなよ。ほらすっごくうへーっとしているじゃん。保存食って作るの大変なんだよ? しかもその量の半分って……多すぎるよ……。
「ん〜。『べーこん』ってのを食べてみたいな〜」
ヘレナには手間暇のことを考えろといっているのに、わたしもそんな時間がかかり、香辛料もたくさん必要になるものをヨダレを垂らして想像していた。
「ママはべーこんをたべたいの? でもべーこんってなーに?」
近くで大きなぬいぐるみに埋もれていたシーラはキョトンとして聞いて来た。そんな愛らしい姿を微笑ましく思いながら、異世界の料理のことに思考をさく。
ベーコン。時間はかかるけど、作り方はそこまで難しいものではない。……まぁ器具を揃えるのがそもそもだるいが……。
手短にせつめいすると、肉に塩、胡椒、ハーブなどの香辛料をすり込み一週間ほど寝かせ、水につけて塩を抜く。そして肉を乾燥させてから、匂いのいい煙を出す木を使って蒸したら完成だ。
手短にしてもこれだけかかり、『一週間』やら『肉を乾燥』なんて聞くだけでも時間がかかることがわかる。
誰かがやってくれるのならいいけど、自分でやろうなんて思わない。食べたいなら異世界から直接持って来るよ。
「お肉をいい匂いの木の煙で蒸した料理? だよ。どこかの街で食べたことあるんだけどさ、酒にあってすっごく美味しかったんだよ」
「へ〜、わたしおさけきらいだからわかんない」
「あはは〜そうだね。シーラは酒飲めないから仕方ないか」
はははと機嫌よく笑う。久々の……本当に久々の子どもとの会話。もう長いことこうやってゆっくりと話をしていない気がする。あの子たちはもう大きいのだし、昔みたく目に見えて寂しがるなんてことはしないんだろうけど、それでも悪いことをしているな〜と思う。
だけど、今はあっちのお人好しの面倒を見ていたいのだ。短い短い間しか共にできない。あなたたちとはこれからも……ほぼ永遠に等しい時間を共にするのだろう。しかし彼女との時間は『今』しかない……。『別れ』をこんな時期から考えるのはおかしなものだけど、それでも……気に入った者との『別れ』ってのは寂しいものなのだ。
『アリシアにも少し持って帰ってあげましょう。どうせ今日も呑んでいるのでしょうしね』
悪いか。暇なんだから仕方がないじゃないか。ここにいる間、わたしが『暇』なのはいいことなのだけど……楽しいことの一つや二つくらいあってもバチは当たらないと思う。
「おっと、空になっちゃった……。次は何にしようかな〜」
中身がなくなって軽くなった酒瓶を異空間にポイ捨てし、ガサゴソと次の獲物を物色する。
「ん〜軽めのがいいかなぁ。いっぱい飲みたいし、すぐに酔うのもつまんないし」
それにヘレナも今日は早く帰ってきそうだからね、引きこもりがベロンベロンで待っていれば呆れられそうだ。
「お? こんなんあったんだ。まぁ複製複製」
見たこともない酒が手の中にあり、これ一本だけとかだったら死にたくなるので、大量に量産してから瓶の蓋を取ってグラスに注ぐ。
ゆらゆらと透明な水面が揺れ、金や銀の粒子がふわっとその透明な酒の中で星のように漂っていた。
「なんだろ? 本当に見たことないや」
透明な夜空のような酒に感動を覚えながら、そっと杯を傾ける。
「っ⁉︎ な、なにこれ⁉︎」
口に含んだ瞬間――今まで飲んでいた酒精が全て吹き飛んでいくような感覚がし、口の中で星々の輝きが再現されたような……言葉にしようもない爽快感が溢れ出してきた。
この酒はわたしの知るどんなものとも類似していなかった。飲めばスーッと全てが軽くなっていくような、詰まっていたものが消えていくような……そんな酒。
「でも……」
正直言ってそこまで美味しいとは思えない。たしかに頭はスッキリするし、酔いも覚めた。口に入れたときの衝撃もすごかった。だけど……なんて言うか、口の中がすーすーして気持ちが悪い。あと味も清涼感があるものなのでどんな料理にも合わないと思う……。
「うへ……まだ口に残ってるし……」
口の中がとにかくすーすーしてうざったいので、違う酒で口直ししようと一気に飲んで見たものの……そのすーすーと酒の味が混ざってめっちゃ不味い……。
うん、あの酒は生涯封印だ。あと、あんな酒を置いていたティーちゃんには今度お仕置きをしよう。
「ママどうしたの〜?」
「なんでもないよ〜。まっずいお酒を飲んだだけ」
「あはは〜ママのかおおっかしいの〜」
「なんだと〜」
うりうり〜とシーラの髪をいじくっているとガチャリと言う音が玄関の方から聞こえてきた。
「今日は早めに戻ってきました〜」
そう言って、大きな葉っぱでくるんだお肉を片手にヘレナが帰宅してきた。ヘレナのお人好しがなせる挨拶回りはようやく終わりを見せたのか、いくらか肩の荷が軽くなった様子が見える。
「今日は早いね〜。まだ日が沈みきっていないのに」
言って、ふと赤い日の差す小窓を見やる。すると予想通り、皆様に挨拶できましたので、と頰をかきながらヘレナはテヘッと笑う。
わたしはそれに少し心を落ち着けつつ、気にしない風に包みに目を向ける。
「それはお肉だよね? お土産?」
「あ、はいそうです! いっぱい取れたので分けてもらいました」
自慢げに見せられたそれはよく引き締まったいいお肉だった。狩ったばかりだからまだ固いだろうが、二日も置けばとても美味しくいただけるだろう。
「そう……すごいじゃん」
「あれ? なんだか嬉しそうじゃないですね。……気に入りませんか?」
めんどくさいな〜と思っていたのが顔に出てしまっていたのだろう。ヘレナは不安気な表情を見せる。わたしはすぐさまそれを訂正する。
「そんなことないよ。ただ……」
「ただ?」
「ただそのお肉ってまだ固いからちょっと置かないと美味しくないな〜ってね」
プイッと膨れてわがままを言う子どものように言うと、クスッとヘレナは笑みをこぼす。
「ふふ、いつでも食いしん坊なのですね」
「ふん、うるさいよ」
「あぁ拗ねないでくださいよ。ほら、まだこないだのお肉がありますよ」
そう言ってヘレナはルミエ作の冷蔵の魔道具を開け、中から一塊のお肉を取り出す。てかまだそんなに残っていたんだ……。結構食べたと思っていたんだけど、それでも残っているなんて……ちょっと手加減しすぎたか……。
「あ、ママがまたへんなことかんがえてる〜」
「ちょ⁉︎ か、考えてないよ」
「アリシア……問題は起こさないでくださいね……」
「起こさないよ!」
もう! ヘレナったらわたしをなんだと思っているのさ! ちょっと多めに食べてやろうって考えただけだよ! 集落の食料全てを食い尽くそうだなんて考えていないんだから大丈夫じゃん! ほんとぷんすかだよ!
まぁ保存食のことをこの集落は考えられるようになっている。それつまり、食うに困っていないからこそ考えられることだ。だからちょっとくらいは食べてもいいとは思うけど……飽きるしやらないよ。
「シーラも手伝ってくれますか?」
「わかった〜」
おい、シーラをマジの子ども扱いするなんて……ヘレナったらすっごいよ。度胸があると言うか……無知の幸せというか……。シーラもヘレナのことを嫌ってはいないようだからいいけど、ぶっ飛ばされても知らないよ?
固い木の椅子にもたれかかって厨房にいるヘレナとシーラを見る。ヘレナはともかく、自分より背が高く、発育もいい娘というのは……やはり悔しいものがある。
わたしはこの身体を気に入っていないわけじゃないけど、出会った頃は小さかったシーラやカレンとかの子どもたちを見ると……嫌でも時間の流れを感じてしまう。ルミエは……ちっさいままだけど、その他はみんながみんなわたしを置いて大きくなって行った。
それを嬉しく思い……そして悲しく、寂しくも見ていたのだ。
「アリシアー。塩出してくれませんかーなくなっちゃいました」
「ママおねがーい」
「はいはい」
お気に入りのヘレナと大切な娘。
これは誰かが言った言葉――出会いがあれば別れがある。
表裏一体で……裏があるからこそ、表はより良いものになる。
いつか悲しい思いをするのだとしても……それでも……。
「これでいいよね」
「ちょっと、これ塩は塩ですけど岩塩じゃないですか! どうやって削れっていうのです⁉︎」
「ん? シーラに頼んだら?」
「わたしやる〜」
「もう!」
幸せな空間……それはたしかに今ここにあるのだ。それを大切に胸に仕舞えば……仕舞うことしかわたしにはできない。




