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43話 誇り高く

「じゃあわたしたちは行くよ」



 聞きたいことも聞けたしね。ヘリックには悪いけど、早くヘレナを安心させたい。無事と知っても領民が街や村を追われたのは確かだし、実際に目で見るまでは心が休まらないのだろう。



「そうか……いや、ヘレナ君の気持ちを考えればそうだね。短い間でしたが楽しめましたよ」



 言って、ふっと何も抱えていないような笑みを見せるヘリック。彼は彼で様々な事情があるのだろう。貴族ってのは案外どころではなく大変なのかも知れない。



「あの……出来れば勇者たちは殺さないでくれませんか……? 同郷の者が死ぬというのは……」

「…………。わたしは手を出すつもりはないよ。めんどくさいからね。だから安心しなよ、マイ」



 今のところ……それが抜けていた気もするが、まぁ仕方がないだろう。不安を煽るだけの言葉は避けるべきだ。それに、異世界人を保護すると決めた手前、そう易々と殺すわけがない。



「じゃあヘレナ? 準備はいい?」



 確認するようにヘレナにそっと手を差し出す。するとグッと息を飲み、心をたしかめるようにゆっくり、ゆっくりとわたしの手に自分の手のひらを重ねた。



「はい、お願いします」

「うん、それでこそヘレナだよ。君たちも……まぁ会う機会が巡ればその時はよろ〜」

「ヘリック様……ほんとうにありがとうございました……。ご恩は生涯忘れません」



 深く深くヘレナは頭を下げ、それを微笑ましく思いながらヘリックとトーヤらに手を振って転移を発動させる。


 すると一瞬のうちにその場からわたしとヘレナの姿が消え去り、屋敷の空気は少し、ほんの少しだけ軽くなった。



 ***



 転移して来たのはヘレナの故郷の地だ。もちろんシーラの魔力を探せば一発だったのだが、ヘレナにはしっかりと現実を見てもらわないとダメだった。

 もちろんそれはわたしの考えだが、どうやらヘレナ自身もそれを望んでいたのでこの地にとんできた。


 来たのだが……。



「は、はは……」



 色を映さない瞳で……ヘレナはただ……ただ乾いた笑みを浮かべていた。

 わたしたちの見ている景色はおよそそこに街があったと言われても信じられないような荒地であった。

 所々に家屋の残骸らしきものがあるが……どれもズタボロに壊されていて、原形すら分からないものばかりであった。



「ま、ち……が……。なん、で……。侯爵様は……こんなこと……!」



 言っていなかった。言葉に出来ない思いが伝わってくる。ヘレナは力なく膝をつき、ぶつけようのない拳を地面に振り下ろしていた。



「ヘレナ……怪我するよ……」

「っ⁉︎ そんなことはどうでもいいのです‼︎ なぜ、なぜ……」

「…………」



 わたしの胸を子どものように叩くその姿は……見ていられないほどに痛々しいものだった。

 ヘレナが『守ろうとしていたもの』それは二つあって、一番は住民たちだ。そして2番目はこの街なのだ……。素敵なものにしたかったのだろう……。今まで見てきたどんな街よりも、ずっと……ずっと住みやすく笑顔の溢れた……そんな素敵な街に。



「なぜわたしたちばかりが……! こんなの……こんなのって……あんまりです」



 ヘリックは『領地を取り上げられた』としか言っていなかった。もしこんなにも壊されていることを知っていたら……絶対に伝えていたはずなのだ。


 しかし聞いていないということは――



「胸糞悪い……。ヘレナ……これはここ数日の間に行われたことだ。だからヘリックは知らなかった……」

「どういう、ことですか……?」

「ヘリックの密偵とやらがこの情報をまだ持って帰っていなかったんだろうよ……。だからヘリックも知らなかった」



 クソが……。わたしがもっと早く気づいていればよかった……。視界だけでもここに飛ばしておくべきであった。



「誰が……誰がやったのですか……」



 わたしの小さな胸に顔を預けているヘレナがうわごとのように聞いてきた。


 そういえば、ここはルミエが見張っているはずだ。シーラも近くにいたのであろうし、破壊されることはなかったんじゃなかろうか……。

 しかし、現実を見れば跡形もなくなっている。あの子たちが負けるなんて……それこそルミエがいるのだし、そんなことはあり得ない。

 ……なら手を出せない相手だったということだ。


 そして、あの子たちはわたしほど『人種』好きではない。わたしが好きだからこそ尊重はしているが、第一はいつもわたしのことを考えて動いている。

 そう考えると、街が壊されたところで『アリシア様なら簡単に直せる』となってしまったのかもしれない。またはわざわざ問題を起こしてまで守るべきじゃないとかだ。領民の命は無事だし、直せるのなら壊れても大丈夫だね、そう考えたのだろう。



「…………」



 しかしそうなるとやったのが誰なのか見えてくる。それをヘレナに言ってしまって……果たしていいものなのか?



「アリ、シア……?」



 そんな不安が顔に出ていたのだろう。ヘレナが涙をこぼしながらも、心配そうにわたしを見つめてくる。わたしはそっとそんな彼女の頭をなで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「これをしたのは……勇者、だと思う」

「っ⁉︎」

「違うのならルミエがなんとかしていたはず……。でも勇者を攻撃してしまったら、わたしの平穏な生活が崩れる。そう考えたんだと思う……。本当にごめん……」



 もし勇者に攻撃……そして最悪殺してしまったら……。それこそ大戦が起こってしまう。いや……戦にすらならない。わたしを中心とした人種への侵略……。


 勇者を殺せば流石のあの女神も怒るかもしれない。そして最高神の助けをもらってでもわたしを殺そうとしてくるかもしれない……。だけど実のところ、神界でなければわたしが負けることなんて『ありえない』。

 あの女神に対しては多少の不利はあるが……それは『心』の部分だけなのだ。しかも戦いには実質的な影響力がなく、ただ『戦いたくない』そう思うだけだ。


 やられたらやり返す……。なら、攻められたら攻め返すしかない。そしてそれは人種がいなくなるまで続くかもしれない。


 それらは本当に最悪の場合なのだが、その『もしも』が起こってはいけないのでルミエは手を下さなかった。そしてわたしに連絡すれば動かざるおえないので、連絡はしなかったのだろう。



「アリシアのせいなんかじゃ……ないです」



 うじうじと頭を悩ましていると、ヘレナが苦しそうに笑いながらそんなことを言ってきた。



「悪いのは……カーコフ家(わたしたち)です。領地を守れなかったのが……悪いのです。力がないから……だからこうなったんです」

「ヘレナ……」



 やっぱり君は美しいよ……。いやはや、初めてあった頃から成長したね。……いや、していないなぁ。

 だってヘレナったら、あった時からこうだったからね。成長もクソもない。ヘレナはもともとこういう人種なのだ。


 いろいろ辛いだろうに……そうやって笑えるのは誇るべきモノだよ。



「そう……。ならひと段落したら直してあげる。どうせいま直してもすぐに壊されそうだしね」

「ほ、ほんとですか?」

「あぁ当たり前だよ。元から土地を直すって契約をしていたしね。ちょっと手間が増えるくらい問題ないよ」

「あ、ありがとうございます!」



 ふふん。……ただ、失ったものはどうしても返してあげることができない。『守れなかった』その過去は変えられない。記憶を奪ってもいいが……どうにかこれからの糧にして欲しい。ヘレナはそれができる子だと思っている。


 そうやって荒れ果てた光景を背に、わたしたちは優しい空間を作り出していた。


 しかし――そんな空間を壊すかのように荒々しく声がかけられた。



「あっれぇ? おいおいおいおい? ここは立ち入り禁止だぜぇ?」



 目を向けると、そこにはこげ茶のような黒のような髪の大きな剣を担いだ青年がいた。



「しかも街を見て片方が涙ねぇ〜。あぁ、お前らはあれか? 逃亡した奴隷か?」

「…………」

「ははっ! 捕獲してこいって言われてるからなぁ〜。抵抗なんて意味ないんで、大人しく付いてきてくれや」



 ポンポンと肩に担いだ大剣を軽く扱い、自分の力量をまざまざと見せつけてくる。しかしわたしたちはそれをとても冷ややかな目で見ていた。



「あぁ⁉︎ なんだその目はよぉ⁉︎」

「え? いえですね? アホっぽく見えたので……ああ失礼しました」

「あぁ⁉︎」



 ふふ、ヘレナったら言うようになったものだね。目の前の粋がっているガキは顔を真っ赤にして剣を地面に突き刺している。だけどそんなことで今更ヘレナが怖がるとでも思っているのだろうか。殺しは怖がるけど、そんなことじゃまだまだだよ。



「えぇ〜っと、わたしたちは君の探し物じゃないよ? そもそもこのヘレナは貴族。この地を治めていたカーコフ家の三女。絡む相手は間違うなよ? おバカさん」



 言って、わたしは馬鹿にするように手を振って、ヘレナの手を引いてその場を後にしようとする。


 するとそのバカ丸出し君は大きく大剣を振り上げ凄まじい(笑)速度でわたしの脳天にそれを振り下ろしてきた。



「ふん。どうやら、君は偽勇者のようだね」

「な⁉︎」

「二度とわたしの視界に入るな。くれぐれもケンカを売る相手を間違うなよ? おバカさん」



 わたしめがけ振り下ろされた大剣は跡形もなく消え去る。わたしが何をしたか……それすらもこのバカには分かっていないだろう。これで力の差を思い知ってくれればいいんだけど……。



「クソがぁ!!!! これでもくらいやがれ!!!!」

「はぁ……君が異世界人でなきゃ殺してたよ」



 ため息をつきながら、わたしに迫る赤いオーラをまとったバカをペッシっとする。そのままペッシ、だ。頭を軽く平手で叩き、地面さんにとどめをさしてもらったのだ。まぁ気絶しているだけだし、あのアホが何か言ってくることはないだろう。



「さ、行こうか」

「は、はい。トーヤやマイとは全然違うのですね」

「そうだね〜」



 軽い言葉を交わしながらヘレナを先導する。

 トーヤとマイは未熟ではあるが勇者らしい振る舞いが出来ていた。だけどあのバカはどうだ? ただのチンピラかと思ったよ。なんであんなのを勇者にしてしまったんだろうね。


 そんなことをつらつらと考えつつ、わたしは家屋の残骸に隠れている者たちを探る。


 しかしどいつもこいつも大したことはない。出てくるのならヘレナに相手をさせようかとも思ったが……出てこないのだから仕方がない。無視するのが一番いい。せっかく復讐の好機だったんだけど、まぁ仕方ないか。



 ***



 わたしたちが転移してきたところからしばらく南西に歩いたところにある森の中にカーコフ領の民たちはいる。



「もう少しだよ」



 わたしたちは今、その森の中心へと徒歩で進んで行っている。



「はぁ……はぁ……。はい……!」



 転移すればすぐにつくのだがなぜそれをせず、何故ヘレナが文字魔法すら使わずに肩で息をしてでも徒歩で向かっているのか……。それは一重に罪の意識があるからだろう。贖罪……とまではいかないが、苦労しているであろう領民たちに、自分だけが楽をしていれば顔を合わせられないのだ。

 だからわたしもめんどくさいのを我慢してこうやって付き合っているのだ。


 森の中心地まではもうあと少し。それまでの辛抱だ。



「……あれ? 誰か向かってきていませんか?」

「ん? あぁ、木にでも聞いたんだろうね」

「はい?」



 空の向こうを指差し、よく分からないと首を傾けるヘレナをよそに、わたしはどっしりと地に足をつけてその時に備える。


 そして、こちらに向かって飛んできている者の背に羽が見えてきた頃、ヘレナがすっごく驚いた声を上げたが……もう遅い。

 それが見えたと思った瞬間にわたしにすごい衝撃が加わった。



「ママ〜! ママ〜!」

「はぁ……。いい加減ママ呼びはよして欲しいよ……。わたしよりおっきい娘とか……もう、ね……」

「うん? なにいってるの? ママってときどきへんになるよね〜」



 嬉しそうにわたしのぺったんこな胸に顔をスリスリしているのがバインバインのシーラ。背中に透明な蝶のような羽を生やす珍しいタイプの魔族だ。……正確にはハーフだが。



「ア、アリシア……その方は……?」

「あ? あぁこの子は……。ほら、挨拶して」

「うん! わたしはシーラってなまえだよ! じょれつはだいさんい! つよいんだよ〜!」



 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねてそう自己紹介する。しかし……ヘレナったらボヨンボヨンと跳ねるわたしにはないモノに目がいき過ぎて話を聞いてない……。


 それでもなんとか自分の名前くらいは答えられたようだ。



「へ? あ、わ、わたしはヘレナ・カーコフです。アリシアと旅をしています」

「ふーん。ママとのたびはたのしい?」

「は、はいとても!」

「うんうん。それならよかったよ〜」



 そう言ってシーラはヘレナの手を取ってブンブンと上下に振っている。ヘレナはそれに困ったように眉根を下げ、わたしの方を見る。



「あ、あのアリシア。この方って……その……」



 しかし言いかけてヘレナは口を閉じる。言いたいことはなんとなくわかる。シータが見た目に反して精神が幼いってことだろう。


 シータの外見は豊満ボティの立派な女性だ。スラっと伸びた薄緑の髪から覗く顔立ちは正統派な美人さんだ。彼女を見ればどこぞの王女様と勘違いするかもしれない。


 だけど彼女は魔族であり、半分は『妖精』なのだ。そして『妖精』の特徴はとても小さいことと、精神が『見た目上』幼いってことだ。この『見た目上』ってのがとても重要であり、実のところシーラはその口調のように『幼い』わけではない。

 まぁ普段はすっごく無邪気で子供っぽいため、その外見に似合わなさ過ぎて違和感のパレードなんだけどね。何日か一緒にいればそのうち慣れるよ。



「ヘレナ……気にしたら負けだ」

「そうですか……そうします」

「うんそれでいい。シーラ、じゃあ案内してくれる? 」

「うんいいよ! こっち! ついてきてね」



 言って、シーラは空を飛んで行ってしまう。それにヘレナはあわあわしているが、もうここまで来たのならいいだろう。わたしはヘレナを抱えて空を飛ぶ。



「ひゃ⁉︎ と、飛んでます⁉︎ 高いですぅ! 怖いですぅ! 下ろしてくださーい⁉︎」

「ちょ、暴れないで……。落としたらどうすんのさ」



 高所で暴れるヘレナに手を焼きながら少し空の旅を楽しみ、そしてぽっかりと森に穴が空いた場所が見えてきた。

 そこには家がいくつも立っており、人種が暮らしているのも遠目にだが見える。

 それはヘレナも同じようで、顔を綻ばせつつ、今か今かとそこにたどり着くのを楽しみに体をうずうずさせていた。


 やらなくちゃいけないことはまだまだある。問題だって見えているだけでも片手では足りない数だ。

 だけど今日くらい……そんなことを忘れてもいいんじゃなかろうか。


 ま、それを許すような『運命』ではないのだろうけど……。

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