40話 一筋の雷光
とても……とても懐かしいものを見た。
ヘレナが下級魔族を倒して崩れ落ちた瞬間……中級魔族二体を笑顔でなぶっていた瞬間……そしてそれを嫌悪する瞬間……。その全てをわたしは懐かしく見ていた。
ヘレナが陥ったそれはわたしも通ったことがある道だ。あのアホに『心』なんてものをもらって、それから一気に自分のことを嫌いになった。
しかし、あいつがくれた『もの』は一つだけじゃなかった。いろいろな『もの』を……余計なお節介で教えられてしまった。
だけど、そのおかげで今はもう自分のことを好きになれたし、死のうなんて考えることはなくなった。なりよりも『かけがえのないもの』を見つけることができた。
ヘレナはまたすぐに泣き出してしまうかもしれない。不安、嫌悪、忌避、否定……様々だ。
だから少し先を歩んでいるわたしが案内しよう。あの時そうしてもらったように……あいつに直接借りを返すのは癪だが、娘に渡すからそれでいいよね。あ、拒否とか返品は受け付けていないから。ありがたく受け取っておけ。
「やあトーヤ。すっごいじゃん」
「あ、アリシアさん。いたんですね、まだ寝てると思ってました」
「そりゃいるよ⁉︎」
トーヤは失礼だなぁ。ついさっきヘレナを待ち伏せするまでは宿にいたけど……戦闘が終わる前には来てたからいいよね!
「でもさすが勇者だね〜。五人がかりとはいえ、上級魔族をこうもあっさりと倒せるなんて〜すっごいよ」
ぱちぱちぱち、と手をうって彼らを祝福する。
「い、いや〜。そうでもないですよ〜」
照れたようにトーヤが言うが、昔よりも人種の力は増しているように見える。トーヤやマイは例外としても、その他の娘たちも普通に上級魔族に対してダメージを与えていたことが凄いのだ。
そもそもとして上級魔族に傷をつけることから難しいのに、それをなんなしに出来るのだから誇っても良いものだ。
「まぁそれもだけど、ネコちゃんと銀髪エルフ、物好きドワーフもよくやっていたし、それ以上に神力を束ねれたトーヤはあっぱれだよ」
すると、目をカッと開き、トーヤは一歩後ずさって言葉をもらす。
「な、なぜそれを知っているんですか……?」
あは? そんな驚くようなことじゃない。そもそもいちいち驚いているとキリがないと思う。前に宿でヘレナが言っていたから間違いない。
「まぁね、物知りなんだ」
言って、ニコニコ適当に微笑みを浮かべ、さっさと違う話に逸らす。
「じゃあ帰ろうか。そろそろお腹すいたよね?」
「アリシア……臓物撒き散らしたすぐにそれは……ちょっと」
「えぇ〜! いいじゃん別に! 酒飲んでパーっとだよ!」
やいやいヘレナと言い合い、呆然としている勇者君たちをほったらかして街に向けて足を進めていく。
それに、向こうの空が少し黒ずんでいる。きっともう少しすればこの地には雨が降るのだろう。
この世界ではよく言われていることがある。沢山の人が殺されると鎮魂として雨が降る……と。
ひそひそと泣くように小粒の雫は地を優しくうち、赤く染まった土地を『正しく清い状態』に戻すらしい。
だけどあの黒々とした雲からは――きっと大粒で、地を穿つような雫が溢れてくるのだろう。そして激しい音を伴った光が悪しき者を裁きに来る。
さて……一体その『悪者』は誰なんだろうね――
***
ドガァッ! 天を引き裂くような閃光と共に、そんな爆音が静かな宿にこだまする。
「ひやぁぁぁ⁉︎」
酒の席に全く付き合ってくれないヘレナはベットに潜り込み、枕に顔を埋めて耳をグッと塞いでいる。
「ドガァッ!」
「ひゃ⁉︎ ア、アリシア! 悪趣味にも程があります‼︎」
「あははは! ごめん、ごめんってば! はは〜ヘレナったらおっかしい〜」
大声を出して雷の真似をしてみると、見事なまでにヘレナの身体がピョンっと跳ね上がった。恨めしくわたしを睨んでいる目には少し涙が付いていて、それがさらにわたしの心を踊らせる。
「あはは〜うふふん」
「はぁ……貴女酔ってますよね……。もう6本目ですしやめたらどうですか?」
「にゃ、にゃにを⁉︎ わたひふぁよっへはひよ⁉︎」
「ベロベロですよ‼︎」
ふん! 酔っていないったら酔っていない。身体はなんか重たいような軽いようなだけど、思考はいたって正常だから問題はない。
だ、だからヘレナ……そんなに揺らさないでくれ……。う、さ、さっきからかったのは謝る……。だ、だから……うぷ……。
「って⁉︎ 顔が真っ青じゃないですか⁉︎ ふ、ふくろふくろ!」
言って、ヘレナがガサゴソとカバンを漁り、大きめの袋を出してくれて部屋を汚すことなくスッキリすることができた。
「あ、ありがと……ヘレナ……」
「いえ、こちらこそすみません……揺らして」
ホントだよ。口元を拭いながら恨めしく言う。
そう言えばだけど、こうやって揺らされてスッキリしたのって前にもあったような気がする。そもそもヘレナってなにかと揺さぶって来る……。いつもいつもめんどいなぁなんて思っていたけど、酔ってるときにされるとウザさ倍増……三倍増しだね。
「まぁ……よくはないけどいいよ。別に困るのはヘレナだし。どう? ヘレナも飲む?」
「仕返しのつもりですか⁉︎」
飲みませんよ! とプイッとそっぽを向き拗ねたように言い、ちょうどその時また外で轟音が鳴り響きヘレナは布団に潜り込んでしまった。
「はぁ、らしいっちゃらしいんだろうね」
言って、わたしはグラスに酒を注ぎ、そっと杯を傾ける。
ヘレナは本当に臆病な子だ。だが、臆病……それは意味合いが違うか。……そう、ヘレナはいつもいつも何かに怯えている。きっと彼女自身それを自覚なんかはしていないのだろうけど……でも確かにそんな感じを受けることがある。
何に怯えているのか……それは全く分からない。彼女自身がそうなのだからわたしが想像できるわけもない。
もしかしたら自分の破壊衝動を無意識的に理解していたのか……はたまたそれ以外のことか……わたしには全くわからないことだらけだ。
ふいに窓の近くに椅子を寄せ、雨が入ってこないように少しだけ開けて空を見上げる。
まだ時刻は夕方くらいだと言うのに夜のように薄暗い。その暗さを照らすように一筋の雷光がほとばしり、気持ちのいいほどの音を奏でてくれる。
その音がお腹に何度も響き、わたしはしょうもないと思うようになって、早々にお酒を片付けてヘレナのベットに潜り込む。まぁお酒くさいだろうけど我慢してよ、そんなにうなされていたら眠るに眠れないからさ。
***
「――シア、アリシア。朝ですよごはん食べに行きましょう。昨日の昼と夜食べてないので、すっからかんです」
目を覚ますと、わたしを揺らしながら、お腹をさすっているヘレナがいた。
そう言えば昨日は食べていないんだった。まぁわたしはその分飲んでいたけどヘレナはそうじゃないもんね。
仕方がない起きてやるか。
く〜と背伸びをしながらベットを降り、適当な服に着替えてヘレナに声をかける。
「準備できたよ〜」
まだ眠気の取れない眼をこすり、あくびを我慢しながそう言う。
すると、それを受けた着替え中のヘレナがアホな面を晒してにこっと笑みを浮かべた。
「ふふ、スカート忘れてますよ?」
そう言ってわたしの下腹部を指差して赤い顔を逸らす。でも知っている。ヘレナのそれは恥ずかしさからじゃなくて、盛大に笑いそうなのを我慢しているからだ。ほら、肩が震えているから分かる……。わたしだって酒を呑んだ後の朝は寝ぼけることだってあるもん……。
「はぁ……寝起き早々ヘレナにバカにされるなんて……世も末か……」
「なぜ私が言えば末扱いになるんですか⁉︎ やっぱりアリシアは失礼すぎませんか⁉︎」
「あ〜はいはい。ヘレナも大概だと思うよ」
言うと、何でですか⁉︎ と大きな声を出して来るが……うるさい。耳を防ぎたい、しかしスカートを履くためにはそれが出来ない……。世の中は不条理なことばっかりだよ!
わたしはこの世の理不尽さに憂いを抱きつつ、黒いロングスカートを出して足を通す。上は白いシャツの上に灰のセーター、そこに厚手のコートを羽織り、ついでとばかりに白いもふもふのマフラーをトッピングする。
せっかくスカートを改めて履くんだ。めんどくて着るのをやめていたけど、盛大にやった方がいいだろう。
しかし、わたしのそれはついにヘレナのツボを押してしまったようだ。
「あ、あはははっ! ア、アリシア、ちんちくりんすぎてヤ、ヤバイです……! も、もう子供にしか見えません!」
「な⁉︎ わたしは子供じゃないって‼︎ これでもこの世界では一番年上なんだよ⁉︎」
言っても、ヘレナはお腹を抱えたまま肩を激しく揺らしている。
しかしなんでちんちくりんなんて言うんだ……。これでも薄着で歩き回ってへんな目で見られないように気を配った結果なんだよ? 納得いかん……。
わたしは笑い続けるヘレナをよそに、不承不承と身につけたトッピングを取り去り、結局残ったのは黒のロングスカートと白色のシャツのみだった。
これでいい? と胸を張ってヘレナに主張してみると、寒そうですね、なんて言ってきやがり、軽くボコにしてから灰色のセーターも来て、これで出発することになった。
しかし、出発とは言ってもこの宿の一階に行くだけなんだけどね。ここのご飯は美味いし、いくら雨があがったとは言え、まだ地面には水たまりもありそうで外に出たくない。
だから朝食はここでいいよね? なんて結果になった。
さっと椅子を引き、何を食べるかメニューを二人して見る。
「うぅ……やっぱり高いですね」
「……ヘレナ、君は気にしすぎなんだよ。もうじき終わるんだ。その前祝いとでも考えておきなさい」
「アリシア……。そうですね、そうします。パーっと行きましょうパーっと」
そうだね、そう返し、肉を食べる気分ではなかったのでこの『オムライス』を頼むことにした。これも王都にいる勇者の誰かが開発……伝えた物らしい。以前にも食べたが、卵料理もいいものだと思えたよ。
「アリシアは『オムライス』ですか……なかなか食べますね。わたしは『オムレツ』にします」
ヘレナはそう言って店員に合わせて注文をする。なかなか食べる、呆れるようにそう言うが、朝の食事はその日一日の気力に影響すると思うんだよ。朝に美味しいものを食べて、それで今日もがんばろ〜って思えるんじゃないかな? うん、そう思うよ絶対にね!
少しして何事もなく、頼んだものは運ばれて来て、わたしたちは談笑しながらそれを胃に収めていった。
すると、ふと思いついたようにヘレナが声をあげ、話していたことを切り上げて問うて来た。
「そういえばトーヤたちはまだ部屋にいるんでしょうか? 外にいるなら書き置きでも残していそうですけど」
こてっと首を傾げ、考えるようにヘレナはおでこをつついている。
「ん〜ちょっとまってね……」
言って、わたしはトーヤの魔力の場所を探ってみる。すると、大きな屋敷――ちょうどデプオの屋敷のようなところで豪華な食事をとっている光景が見えた。
それをどう言い表せばいいのか少し迷ったが、そのままに伝えることにした。
「トーヤたちは貴族? のようなスラッとしたヒューマンとそいつの屋敷で卓を囲んでいる。場所は……東門あたりにある一番大きな屋敷」
言うと、あそこですか、とヘレナは納得したように頷き、安心したように息を吐く。
「ヘリック・アドルフィン侯爵です。あの方なら前の様にはならないでしょう。きっと彼らが勇者だと分かっても悪い様にしないはずです」
「そう、悪い様には……ね。まぁ即奴隷にしよう! なんて馬鹿なことをしない貴族で安心したよ」
「……そうですね」
はぁ……と二人揃ってため息をして、あまり美味しくなくなった皿の上を片付ける。
さて、食べ終えたはいいものの……これからどうしようか……。わたしとしてはもうヘレナの故郷に向かってもいいんだけど……。
「トーヤたちに挨拶なしに……は少し気が進みませんね」
提案したらそんなことをヘレナが申し訳なさそうな顔をして言った。ヘレナは体面を気にしすぎだと思う。だけどつらい貴族社会で生きるためにはそれが必要だったのだろう。
「そう、じゃあトーヤたちに会い――」
「ヘレナ様、アリシア様、表でに馬車をとめています。おこししてだけますか?」
会いに行こう。その言葉を遮って黒いぴっちりとした服を来た壮年頃の男が物静かにそう言ってきた。
なに? そう言い返そうとしたとき、ヘレナが血相を変え、あわあわとしながらわたしの口を塞ぎ、抱きかかえてヘコヘコと頭を下げてその男の指示に粛々と従って馬車に乗ってしまった。
「な、なにがどうして……」
わたしは嘆息が出るほどに精錬に精錬を重ねた様なヘレナの華麗で見っともない動きに呆気を取られ、訳も分からないままに馬車に乗ってしまっていた。
このわたしを置いてきぼりにするなんて……ヘレナの成長? 元から? まぁマジで怖いよ……。
だがしかし、いつまでも口をアホみたいに開けているわけにはいかず、ヘレナの腕の中で身じろぎをして無理やりに抜け出し、対面の台座に腰を落としヘレナをジロッと睨む。
するとヘレナはぴくっと肩を震わし、癖なんです……なんて言い訳のようにぼそっと呟いた。
「はぁ……なにさ、それ。あの男よりヘレナのが位高いでしょうに……。舐められるよ?」
「で、ですが……! あ、あの方の主人は侯爵なのです……逆らえるわけないですよ……」
だからと言って、何故あんなに軽やかな身のこなしを……。文字使ってないよね? ……それだけ毎度毎度のことなのか……ヘレナってすっごく苦労してるんだな〜。やっぱり魔族のがいい生活してね?
「人種って……めんどくさいね」
「はい……」
もう起きてから何度目のため息だ……。朝っぱらからこんなことなら今日一日はどうなることやら……。
あぁ、流れる窓の外が恋しい。いつもはあんなにうるさく感じるのに……何故か今はそれが懐かしいものに思えるよ。馬車の中と外……空気の暗さが二倍くらい差があるだろ……。
そう思うくらいにわたしたちの気分は下がっていて、ついでにわたしの機嫌も悪くなっていた。
朝の憩いの時間を台無しにしてくれたんだ……。これでしょうもない理由で呼び出したのなら……有り金全部かっさらって食べ物に変えてやる……。




