39話 気にし続ける……それしか出来ない (sideヘレナ)
ドゴン! ドゴン! ドゴン! と断続的にトーヤらに近づくにつれ、そんな爆発音が聞こえてきた。
この爆発音はトーヤのスキルによるものだろう。彼の持つのは『ユニークスキル』らしく、滅多なことでは持つ者がいないそれを勇者は当たり前のように持っているらしい。
ユニークスキルはそれだけで一個師団分の価値があるとされている。トーヤの『爆発』はそこまでの価値がないようにも見えるが効果の及ぶ対象を選択でき、魔力を使えば使うほど爆発の範囲が大きく、そして威力も際限なく増加する。
もしアリシアクラスの魔力を全て使ってスキルを使えば、それこそ世界が跡形もなく消し飛ぶだろう。……いや、アリシアにはそんなもの必要ないくらい簡単にできそうだけれど。
人種の常識の一歩外に出たモノが『ユニークスキル』。それを召喚された勇者たちが全員持っているとなると……アリシアが言っていたことがありえてしまいそうだ。
――今の人種には勇者を帰還させる方法はない。それは偽魔王もそうだ。帰れないと知った勇者は……果たしてどうするのかな?
そうなれば現状よりも酷い事になりかねない……。以前の勇者は毒殺されたと聞かされたが……ユニークスキルによる回復を使えるマイがいるので、毒で殺すことは出来なさそうだ。また、暗殺なんて方法も無理だ。出来るなら召喚などせず、魔王を殺せばいいのだ。
帰せない、殺せない……そうなったとき、この世界に残った40人もの勇者はどうするのだろうか……。
アリシアが面倒を見るだなんて言っていたが、拒否するなら追わないとも言っていた。それすなわち、勇者がこの世界に復讐するのは止めない、そう言っているのだ。
今のトーヤやマイはハッキリ言って私でも倒せる。しかし彼らはまだまだ成長するらしいし、何十人も束になられたら……文字を描く暇すら無くなるだろう。
そうなれば詰みだ。魔王に対抗できない人種が……それを討てるであろう勇者に勝てるわけがない。
彼らには世界に復讐する権利がある。私だって目的の為にソレを探していたのだから。……同罪、であるべきだ。
そうやってつらつらと考えているうちに森を抜け、トーヤたちの姿が見えたかと思えば、ちょうど上級魔族がマイにその引き締まった腕を振り下ろしているところだった。
「っ⁉︎ 危ない!」
言って、脚を引き絞り弓に引かれた矢のように飛び出したその刹那――
「な⁉︎ グヘッ!」
地から飛び立った足を何者かにガシッと微動だにしない力で掴まれ、私はそのせいで顔面から地面とキスしてしまった……。
強化された肉体だったからこそ、大した傷を負わないで済んだが……普通なら砕けていたんじゃなかろうか。
「な、なにするんですか……」
そう言って、脚を掴んだ正体の検討をつけつつ、そっと後ろを振り返る。
するとそこには案の定、ニコニコ微笑んでいるアリシアがいた。
アリシアはトーヤたちを見ていたのか……。
――よかった。
そう思ってふぅと一息吐く。
「何か安心した様子だね。そんなに怖かった?」
「い、いえ……大したことはなかったですし大丈夫でしたよ」
「そう」
言って、アリシアは私に向けていた顔を再びトーヤたちの方へ向ける。
そしてハッと思い出したように私も同じく顔を向け、マイが無傷である事に安心した。
危険だ。そう思ったのは杞憂だった。マイは回復役でもあるが盾役でもあるのだ。回復を得意とし、ダンジョン攻略の報酬で結界系のスキルを手に入れたらしい。加えてアリシア特製の結界用の杖だ。アレのおかげでさらに磨きがかかっている。
上級魔族の攻撃を余裕で弾き、その隙に他四人が攻撃を加える。
そんな連携が少し先で繰り広げられていた。
そんなとき――勇者たちと魔族に顔を向けたまま、ボソッと小さな声でアリシアが言葉をこぼした。
「わたしだって……怖いって思うんだよ。ヘレナがちびるのも分かるよ」
「…………」
聞いて、やっぱりって思ってしまった。アリシアは見ていたのだろう。そもそも彼女に『距離』や『遮蔽物』なんて関係ない。きっと、宿で寝そべりながらでも、私が肩を震わせて蹲っていたことも、艶めかしく顔を歪めていたことも……その全てを『見て』いたのだろう。
「そう、ですか……」
思考を放棄してそう答える。何か言葉を出さないと……そう思ったのだ。
あの忌まわしい姿を見られた。よりによってアリシアに見られた……。そのことを果てしなく嫌悪するのだ。自分の全てを否定したくなるような……そんな嫌悪感。
「気にするな……そんなことは言わない。気にし続けたらいいさ」
なんなしに言う彼女……。どれだけ見越して……と思ったとき、ふとあの時の彼女の姿が脳裏を過ぎった。
スクレラットに着く寸前で襲ってきた盗賊を蹂躙したアリシア。あの時の彼女も私と同じようになっていなかったか……? 殺しこそはしていないが、悲鳴をあげる様子を見て、命乞いの声を聞いて――同じように嗤っていた。
そうだ、私はその笑顔に戦慄を覚えた。アリシアは『わたしも怖い』そう言った。自分を律することが出来ず、ただ殺人衝動に駆られる『バケモノ』……そうなるのが怖くてアリシアは震え、私はそんな彼女を避けるようにしてしまった。
今なら……今だからこそ――アリシアの気持ちがハッキリと鮮明に分かる。この頃酒を呑んだくれていたのも、私をからかう頻度が増えたのも……忌々しい自分から目を逸らしたかったからだろう。
私だってそうだ。酒を呑んで記憶を飛ばしたい。アリシアと楽しくおかしく日々を過ごしていたい。そうやって平凡な生活に身を置き、戦いを求めたくない。
そうやって考えている間も、アリシアはただそっと……そっと語りかけてくる。
「目を逸らして、それでなんとかなるならいい。けどそれは『絶対』に無理だ。自覚した瞬間から……その快感は一生つきまとう」
「だ、だったら――」
どうすればいいのですか⁉︎ そう叫ぼうとした口を、アリシアの細い人差し指によって止められる。そして彼女は身体をこちらに向け、私の体を包み込むように抱きつき、耳元でそっとささやく。
「ずっと自分を律するしかない。そうしなければ……ダメだ」
『ダメ』その言葉にはどれだけの『想い』が込められているのだろう……。それが分からないくらいにアリシアの『言葉』は重く、そしてどこか自分にも言い聞かせているようでもあった。
「心なきバケモノになりたくないのなら、『殺し』よりも『笑える』ものを探しなさい。受け売りの言葉だけどね。わたしにとってのそれは子供たちであり、美味しいものだったりする。……だからヘレナもそれを見つけなさい」
言って、アリシアは腕をほどき再び観戦に戻った。まるで母を思わせるような抱擁……アリシアのかけてくれた言葉は、どのようにしても言い表せないほど――暖かかった。
「ありがとうございます……アリシア」
アリシアは私を突き放したりしなかった。そのことに心底安堵し、ぽたり、ぽたりと乾いた地面を濡らしてしまう。
私はどうしようもなく『弱い』。魔族と戦ったとき、自分は『強い』だなんて思い込んでいたが……決してそれは『本物』ではなかった。偽物の『強さ』を誇って、いい気になっていただけだ。
アリシアが言っていた『絶対に勝てない』の言葉。シミジミと理解した。私は決してアリシアには勝てない。元々からかてなかったが、立ち向かう気さえ湧いてこない。多分この感覚が『完敗』なのだろう。戦う気すら失せてしまう……私は絶対に勝てっこない。
私はこの『偽りの強さ』に飲み込まれ、自分を見失うわけにはいかない。だからアリシアの助言通りにソレを探してみよう。きっといつか見つかると……そう信じている――アリシアを信じている。
だが、それは故郷を救ってから……だ。アリシア任せになるけれど、気がかりがあれば『心から』笑う事なんて出来やしない。だから、このしょうもない戦いは早く終わってほしいものだ。
***
しばらく鼻をすすって泣き、落ち着いた頃にぐずぐずになっていた顔を水を出してすすぎ、アリシアの隣にひょこっと並んで彼らの戦闘を見る。
すると、先程の真剣な表情から一転したアリシアが、いつもの笑顔を向けて声をかけてきた。
「お? やっと泣き止んだ。そろそろ終わりそうだし見てみなよ。結構面白いよ」
言って、アリシアはトーヤたちの方を指差す。
ありがとうございます。そう小さく呟いてから、私は暗い気分を変えるように言葉を出す。
「はぁ、魔族の貴女がいいんですか……?」
「うん? あぁいいのいいの。去る者は追わず、来るものは拒まず。それがわたしの国の考え方だからね〜。でも、去って行ったらわたしの守護が外れるけどね」
だから死んだところで気にもしない。そう言って、アリシアはどうでもいいような笑みを浮かべる。
魔族は基本的に生死に関心が薄いらしい。アリシアにはそれが顕著に出ていて、人種はどうせ生まれ変わるし〜なんて言っていた。また、魔族――正しくは魔種は『死ぬため』に発生するらしいので、それこそ気にするのがおかしいのだそうだ。
私は魔族じゃないのでその考えを飲み込むことは出来そうにないが……まぁそんなものなのだと理解することにした。
そんなことをボケーと考えていると、トーヤの持った大きな片手剣……両手剣? 片手で持っているし……まぁ大きな片手剣から白い光が溢れ出していた。
「あ、あれはなんでしょう?」
一応こんなでも私は学者であり、『スキル』のことも研究していたので未知の『スキル』には興味が沸くのだ。だから、トーヤのアレが知りたくなって、アリシアに問うてみる。
すると、はは、と軽い笑みを浮かべ、マジで? と呟いていた。
「ど、どうしたのですか?」
聞くと、呆れたような、変なものを見てしまったような……そんな顔をアリシアは浮かべていた。
「あ、ああ。あのさ、トーヤの使っているアレ。完全に『スキル』じゃないね。もう『魔法』って言っていいレベルだよ。……ったく、やっぱりあいつはどうしようもないアホだな」
そう言って天をアホな子を見る目で見つめ、はぁ……、はぁ……とひたいをおさえ頻りにため息をついている。
そんなにひどいモノなのですか? 気になってしまったので聞くと、アリシアはやれやれと首を振って答えてくれた。
「あの光は神力――ザックリ言うと神様の魔力を束ねたものだね」
「か、神の魔力ですか?」
「そう、わたしが力を貸してやれって言ったから、アホみたいに貸したんだろうね。まったく……トーヤが勇者だからこそ出来る芸当か……器用なもんだよ本当に……」
アリシアの言っていることは大半が分からないが、たしかにあの光は『神の知識』から溢れ出ていた『青い光』によく似ている気がする。
ならばあの剣は相当な威力を宿しているのだろう……。
「人種は……大丈夫でしょうか」
その言葉は振り下ろされたトーヤの剣から発せられた爆発音によってかき消されてしまった。
そして真っ白に染められた視界が回復し、目を細めてトーヤたちを見てみる。
すると魔族は跡形もなくなっていて、ばたりと倒れるトーヤとそれに駆け寄る四人の少女の姿が映った。
「まぁそうなるよね。だけど……神力を使って気絶程度の反動で済ませるなんて……さすがは女神様ってことか」
言って、アリシアは茂みから出て行き、彼らの方へ歩いていく。私もちょっと待ってください! と慌てて立ち上がりアリシアの背を追っていく。
とても小さく、子供のようなその背中は……何よりも心を落ち着けてくれるような気がした。
この感情は『依存』でしょうか……。アリシアに頼り、アリシアなしでは自分を保てない……。
彼女との別れはもう直ぐそこまで来ている。私は彼女なしで……『これから』を生きていかなければならない。
だけど私には『守るべき』者たち――いや、『守りたい』者たちがいる。
一度は見しててしまった彼らに生涯をかけて『償わなければ』――『償いたい』とそう思う。
これは『義務』ではなく『権利』だ。私は醜いあの『姿』になるよりも、せっせと贖罪のために生きる方が……多分、性にあっている。
うふふん。でも、これって楽しいことではないですね。楽しいことなんて、アリシアのように呑気に笑える――周囲を呑気にさせる……そんなことでないとダメなんでしょうけどね。
さぁて、さしあたっての障害は無くなりました。そして目下の目標も達成出来そうです。それが解決すれば……今度は――叶うのなら、自分探しの旅にお供して欲しいものです。




