3話 グレースの街
人種、人種、人種、大きな街の中に入るため、門前に行儀良く並んでいる彼らの最後尾にわたしたちはいる。
ここまで来るのにすっごく時間がかかった。なんせ日が昇ってからすぐに軽い朝食を取り、馬に乗って出発したというのに日が頭の上あたりまで来ている。加えて街に入るのにも時間がかかるだなんて、つまらない。
レムスは馬で移動している時に全部食べちゃったし、ヘレナはもうお菓子は持ってないと言って、何もくれない……。
うぅ……こんな長い行列をどうやって待っていればいいのだろう? お菓子なし、オモチャなし……退屈で退屈で仕方がない。
そのせいかキツイ声が出てしまう。
「いつになったら中に入れるの! と言うか何でこんなに多いの!」
「も、もう暫くすれば入れるようになります。グレースの街は大きいですし、商人の方が多く訪れるのです。商人の方達の手続きが時間がかかるだけで、私たちの場合はすぐですので……」
「ふーん、まぁいいや。暇つぶしに何にか面白い話ししてよ」
「え、ええー」
わたしがぷりぷり怒りながら言うと、ヘレナが嫌そうな声を出す。
どうにも彼女はお話をするのが苦手なのかもしれない。野宿していた時も、馬に乗っていた時もほとんど会話をしていない。どこから来たの? とか、貴女も貴族なの? とか、一応会話をしたにはしたけど質疑応答って感じで、楽しくおしゃべりみたいなのではなかった。
昨日も何か話して、って頼んだ時、今みたいに困った顔をしていたっけ。
しかし! ヘレナの苦手なんて気にしたらダメだ! なにせわたしは暇で暇で仕方がないんだよ!
さっきからジリジリとしか門に近づかないこの列は、わたしの精神を削っていく……。
「ヘレナ早く!」
「仕方がないですね……それではここグレースのことを話しましょうか」
「グレース? この街の名前?」
「そうです。滞在するにしても観光するにしても、知っていて損はないでしょう」
「うーん……そうだね。話して話して!」
「はいはい、もうまったく……」
ヘレナは肩を落とし、ポツポツと話し始める。
この街の名産は何々でー、ここが見どころでー、活気があっていい街ですよー、と淡々と説明をしてくれるのだけど……まったく面白くない!
きっと話してくれてる内容は興味を惹かれるものなのだろうけど、肝心の語り手が悪い! わたしの想像をちっとも膨らましてくれないし、変な豆知識を教えられてちょっと萎える……。動物の目玉なんて美味しいとは思えないし、たとえ美味しいとしても食べたくない……気持ち悪いし。
ただまぁ、ヘレナのつまらない語りのおかげで、行列に対しての不満が減った。それに、気がつけば門までもうすぐのところになっていた。
「やっと、やっとお菓子を食べられる……」
「そ、そうですね、あ! ほら、アリシア次ですよ次!」
わたしを気遣うような声を上げてヘレナは門の方を指差す。
「ほわぁ、なんかすごい! 」
指差す方に目をやると、門の先に続く光景にわたしは言いようもない興奮を覚えた。
確かにわたしのところと比べるとだいぶ質は落ちる。しかし大きな建物や民家らしきものがたくさん建っていて活気があった。
前に人種の街を見たことはあったけど、もっといろいろ小さかったし、畑とかの方が建物よりも多かった記憶がある。
わたしが人種の街が発展したことにウキウキしていると、槍を手に持った男のヒューマンが一人近づいて来た。
「こんにちは、身分証を見せてください」
「はい、これ」
ヘレナが『身分証』と言うものを腰にかけた袋から取り出し、男に見せている。しかしわたしには『身分証』と言う言葉に聞き覚えもなければ、ヘレナが持っている薄っぺらい板にも見覚えがない。
「ねえヘレナ、なにそれ?」
「え⁉︎ アリシアは身分証を持っていないんですか? たしかにかなり辺境の人とかは持っていませんけど……」
ヘレナの話を聞くに、街の中に入るには身分証なるものが必要になるらしい。しかし、それがなくてもお金を払えば中に入れるようになるのでヘレナに出してもらって街に入った。
入ってからテトテトと歩きつつ、街並みをぼー眺めていると、前方から深いため息が聞こえた。
「はぁ、宿に行くよりも先にギルドですよね……」
「ギルド?」
「ええそうです。私あそこ苦手なんですよ……。それに護衛のことを言わないと」
ヘレナはまた肩を落として歩いている。街の人種達は活気付いていると言うのに……。
わたしは行き交う人種達や建物を観察しながらヘレナについて行く。
昔からは考えられない。街並みもそうだけど、何よりも人種の数がとても増えた。門前の列だけでも多いなって思っていたけど、街の中はそれ以上に多い。
あの時から一体どれくらい時間が経ったのかな? 城でゴロゴロ、ぐーたらな生活を送っていて、引きこもっていたからなー……。知らないうちに成長したものだ……わたしでなく人種が。
そんなアホなことを考えていると、前を歩いていたヘレナが急に止まり、その背中にぶつかってしまった。
わたしはくそう、と唸っておでこをさすり、講義の声を上げる。
「もう、急に止まらないでよね」
「ごめんなさい。でもほら着きましたよ」
そう言うヘレナの指差す先には、三階建くらいの大きな建物があった。入口らしきところには盾とその上に交差するようにふた振りの剣が描かれた紋章みたいなものが掲げられていて、中からは多くの声が聞こえてくる。
ここはなんなのだろう? なんだか中からいい匂いもするし、食堂とかかな?
「さ、いきますよ」
「え、あ、うん」
わたしが立ち止まって動かないのを見かねたのか、ヘレナが手を引いて建物の中に導いて行く。
ああ、確かさっきヘレナが言っていた『ギルド』ってところなのかも、ちょうどお腹が空いた時に食堂に連れて来てくれるなんて……もしかして心の中を読めるのかも! それならすごいことだ! だって最高のメイドとかになれそうなんだもん。
うふふん、もしそうだったら雇ってもいいかも。あ、でもそんなことしちゃカレンが拗ねるちゃうね。ごめんねヘレナ、やっぱ雇えないよ……。