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38話 忌まわしき衝動 (sideヘレナ)

 魔族と人種の肉体強度は天と地の差ほどあると言われている。硬化の魔法を使わずとも、素肌は刃を通さぬほどに魔族は硬い。


 しかし……無造作に腕を振るう。たったそれだけの行動で――



「ウガァァァァ‼︎」



 その魔族は胴体が二つにお別れしてしまった。


 私に及んでいる効果は『身体強化』と『変装』だけだ。それだけで魔族を一刀両断……。出来るとは思わなかったのですごく驚いている。


 言った通りに魔族の身体は『硬い』のだ。ちらりと横目でトーヤらを見ると、やはり斬れはしても浅い、私のようにバッサリお別れさせることが出来ないようだ。

 そして、斬ったときの感覚もおかしかった。まるで薄い膜を裂いていくような……引っかかることなく、手ごたえのないままに短剣を振るうことが出来た。


 しかし以前にブタ伯爵の屋敷で盗賊を斬ったとき、今のようにスッと行かなくて感触が気持ち悪かったのを覚えている。

 あの時との違いはこのアリシアにもらった? 黒い刀身の短剣だ。ふた振りあるがどちらも同じ作りであり、二つとも歴史に名を残す名工が鍛えたと言っても過言じゃないのだろう。



「これは……過保護、なのでしょうか?」



 戦闘のまっしぐらそんなことを考えていた。

 魔族の爪や魔法弾が次々に飛んでくるが、強化された身のこなしで躱したり、短剣や体術でいなしたりして……一向に傷を負う危険性がなかった。



「テメェホントにヒューマンか⁉︎」



 今相手をしていた低級魔族からそんな声が上がった。おおよそ魔族とは思えないほどに驚愕の表情を浮かべ、前はあんなに怖かったのに……となんとなく思ってしまう。


 だけど、これは私がアリシアの手によって『強さ』を得たからこそのことだ。もし、この力がなければ足がすくんで逃げることもままらなかった。



「感謝します……」



 まだベットの上でぐーたれているであろうアリシアを思いながら……。今まさに迫り来る魔族の腕を、短剣を振るうことで切り落とす。そして切り落とされたことで生じた隙間にヒョイっと風の球を投げつける。

 すると、ブォ!! と激しい風切り音が戦場に鳴り響き、それをぶつけられた魔族は全身を切り刻まれ力なく地面に横たわっている。



「……さて、後は5匹ですね」



 そう周囲を囲むようにしている魔族を見回し、その傍で足元の魔族の頭部を踏み潰しておく。この処置は別に私に趣味などではない。アリシアが言うには魔族は意外にしぶといから、頭を切り離すなり潰すなりしないと殺せないらしい。

 これはトーヤらも知っていることなので、彼らも顔をしかめながらも私と同じようにしている。



「バケモノめ……」



 いや、魔族のあなたがそんなことを言わないでください。バケモノ代表がそちらにいるでしょうが。私程度でその言い草なら、果たしてアリシアは何になるのでしょうね。神……でしょうか?



「まだ若い女にそれは失礼ですよ」



 ですから死んで下さい、淡々と冷酷に、まるで一連の作業をするように懐に潜り込み、そして腕を振るう。これほどに胴と頭はお別れさせるのが容易いと……常識が塗り替えられていきそうです。


 この街に来て数日たったある日、私が魔族の襲撃に対抗すると決意してからアリシアに言われたことがあった。

 ヘレナは血を見る――それ以上に一度『命を奪う』という行為をするとタガが外れる……と。

 言われたときは何のことですか? なんて言っていて、そのうち分かるよ……気をつけてね、と真剣だったアリシアのことがあまり理解できないでいた。


 しかし今はそれがよく分かる。



「あらら〜? もう1匹しかいないじゃないですか〜。つまらないですねぇ」



 力に魅了される。まさにそれが今の私の状態だ。圧倒的だと思っていた魔族を捻り潰す……そんなことが出来てしまう自分に酔っている。

 私は生まれてからずっと『弱者』だった。家は貧乏男爵だし、領地とその住民はやせ細っている。


 私たちよりも余程いい生活をしている他領の平民――憎くて同じようにしたい。

 私たちを嘲笑った貴族たち――憎くて殺してしまいたい。

 私たちをに見向きもしない者たち――憎くて全てを奪ってやりたい。


 本気でそう思った……なんてことはもちろんない。ふとそんなことが頭を過る程度だ。


 だけど……だけど……今の私にはそれが出来てしまえる『力』がある。そしてそんな汚い欲を実現させる方法もハッキリと思い描ける……描けてしまう。



「はぁ……どうしましょうかね」



 私はそっと自分の手を見つめる。すると……そこには真っ赤に染まった私の手があった。また、顔にも服にもベッタリとソレが付いているのだろう。


 始めは嫌悪感を持って魔族を斬っていたはずだっだ……。しかし……五体目から以降、私は少しだけ狂ったように思える。


 笑っていた――私は短剣を振るうとき、確かに笑っていたのだ。口元を引きつらせ『快感』に身をよじらせるように……私は喜んでいたのだ。


 こんな私は知らなかった――知りたくなかった。



「ア、アァァァ!」



 身を抱くようにして抱え込み、蹲ってしまう。知らない自分に恐怖し、それで起こった震えを隠したいのだ。殺しを嫌っていた私が……こんなにも『命を奪う』行為に『快感』を覚えるなんて……。



「私は……私は……」



 ――どうすればいいのですか。


 この身に宿る『憎しみ』に任せ……この『快感』に突き動かされて……それで動いてしまったら――私は今の魔王以上の『災厄』になるかもしれない。

 アリシアは言った。私一人でも今の魔王は殺せる、と。それなら私でも『街のいくつか』を滅ぼすのは容易いことだろう。

 だから言ったのだ『気をつけて』と。アリシアはこうなることは分かっていたのだろう。彼女は決して多く語るような魔族じゃない。むしろ面倒くさがって誤魔化すのだ。


 このどうしようもない『衝動』は……一体どのようにすればいいのでしょうか。


 そう頭を抱えて唸っていると、不意に肩を揺さぶられ、焦ったような声がかけられた。



「へ、ヘレナさん大丈夫ですか⁉︎ どこか怪我でも⁉︎」

「マイさん……それに皆さんも……。あぁ、そちらも終わったのですね……さすがです。私は大丈夫ですよ、それにいざとなればアリシアがいますし」



 そうですか? と心配していくれる彼らを余所に込めていた力を抜き、そっと立ち上がり上空の魔族を見上げる。



「さて、彼らはどうしますか? 中級二体に上級が一体……。貴方たちはどちらがいいですか」



 私はどちらでもいいですよ、と視線だけで伝え、トーヤらは一瞬悩んだ顔を見せたが上級を相手にするようだ。多分、前の雪辱を雪ぐためなのだろう。そうなれば私の相手はあの2匹ということになる。

 ツノはなく、黒に近い翼を持つ二体の魔族。一方が男、一方が女であり、翼の色から見ても相当に強いのだと分かる。もしかしたら上級一体と戦うよりも大変かもしれないが……2匹も殺せ――



「何を考えて‼︎」

「ど、どうしたんですか⁉︎」

「え、あ、あの……すみません。少し嫌な考えをしてしまったので……。ですが戦いに問題はありません」



 言って、彼らと顔を合わせるのが辛くなり、上の中級魔族に、相手は私だと言いついて来させる。



「あっれぇぇ? あなた一人でわたしらの相手するの〜? 低級に勝てたからって調子乗りすぎじゃない〜?」

「はっ! 言うな言うな。人種にしちゃあ強ぇんだし、いきりたいんだろう」

「あはは〜! なのそれぇ〜。私たちってぇ羽しかないけど、弱い上級には余裕で勝てるんだよ〜?」

「そう言うこった! 残念だったなヒューマンの嬢ちゃん」



 嘲るように2匹が喚いている。そしてそれがちょうど……私を見ていつも笑っていた貴族の顔によく似ていた。



「その……その笑いをやめろぉ!!!」



 もう私の中の『憎しみ』がひとりでに歩き出し、周囲に浮く水と風の球を男と女の魔族に向かって全て投げ尽くしてしまった。


 しかし、煙の向こうからは変わらず見下すような声が聞こえてきた。



「あはは! 効かないってそんなの。精々が初級程度だって〜キャハハァ」

「ざーんねーん。俺たちには効果なしってなぁ! じゃあお返しだぁ!」



 言って男は私の身より大きな火弾を打ってきて、私にはそれを避ける術が今はない。飛んで躱せば撃ち落とさる。それは横に避けても同じことだ。女がいつでも魔法を打てる態勢を保っているので間違いはない。

 なら正面から迎撃するしかない。都合のいいことに火弾の速度はそこまで早くない。文字を描くのには十分なくらいだ。


 さて、と私はそっと腕を前に突き出し、指先に魔力を集中させる。そして束ねた魔力が光となり、それを望むままに動かす。



「『♈︎♐︎♓︎』」



 宙に描かれた3つの文字はそれぞれを象徴する色、赤・紫・緑に光り、そしてそれらの色が鮮やかに混ざり合ったオーラが漏れ出してきて私の身を包み込む。

 そして、それらが完全に私の体内に入ったとき、男が放った身を超える火弾が直撃した。



「ヒャッホー! 直撃だぜ! あいつ真っ黒焦げじゃねぇ?」

「あはは! それなら興ざめもいいとこね!」



 気分良くなっているようだが、あいにく『文字魔法』はそんなに甘いものじゃない。



「あなたたち……そろそろその下卑た口を閉じて速やかに首を切り捨ててゴミになってくれますかぁ〜?」



 煙を腕を振るった風圧でかき消し、にやっと艶やかな笑みを添え、彼らに返してやる。


 すると二人はカァっと顔赤くし、魔力弾を放ちながら口汚く罵ってきた。



「あ゛ぁ⁉︎ 何調子に乗ってんだこのクソ種族がぁ‼︎」

「あたしたちをそこまでコケにしたのはあなたが初めてよ‼︎ 死んで詫びなさい!」



 そうやって次々と彼らの放つ魔力弾が私に直撃し、砂塵が舞う。


 ――しかし、私に一切の傷はなく、さらに言えば衝撃すらもほとんどなかった。



「な⁉︎ バケモノかテメェ⁉︎」



 一向にビクともしない私を彼らは怯えた目で見てくる。


 あの魔族らは甘く見過ぎなのだ。『文字魔法』は一文字だけでも十分に強力な効果を発揮するが、二文字、三文字と増えていくことで加速度的に効果が増していく。

 今回使った『♈︎♐︎♓︎』は、『身体強化』の効果を『高め』それらをさらに『爆発』させてより強いものにしたのだ。

 名付けるのなら『超強化』。肉体を強化し、副次効果で『見る』ことも強化され、今の私なら男女の魔族の動きを寸分の違いもなく見ることができる。



「もういいですよね?」



 満足した? と言外に伝え、スッと目から温かさという温かさを抜いていき、冷めきった表情で彼らを見据える。



「ヒッ⁉︎」

「こ、こいつぁヤベェ⁉︎ に、逃げるぞ」


 ようやく自分たちが狩られる側だと理解したのか、その恐怖に従って私から逃げようと後ろへ駆け出そうとしていた。ご丁寧に魔法で弾幕を張っているが――今の私にそんな雨は効くはずがない。



「だから、その口を……閉じろ‼︎」



 と、強化された腕力にモノを言わせて、女魔族を後ろから思いっきり殴打する。

 すると、バンッと何かが弾けるような音とともに赤い雨が降りそそいだ。そしてその雨の中、私はニタァと心底愉快な笑みを浮かべ、恐怖で顔を歪ませている男魔族に近づいていく。



「く、くるなぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あははぁ〜? 何ですかぁ〜それ? あなただっていっぱい人種を殺しているでしょ? それと一緒ですよ〜」



 仕返しとして嘲るようにいうと、男は半狂乱になりながらムチャクチャに自分の持つ力をぶつけてきた。……しかし、そんなものが効くわけもなく、ただの中級魔族程度が『神』が与えたものに勝てる道理がない。もっとも……アリシアの側近たちには余裕で負ける未来しか見えません……。あの方たちは例外中の例外です。



「だから効きませんって。はぁ……アリシアの言う通りですね……。命乞いは見るだけで心踊ります!」



 そう、アリシアが酒の席でそんなことを言っていた。昔は人種のそんな姿を見るために良く襲っていた、と。物騒な、そう思っていましたが、分かりすぎるほどに分かってしまいます。背筋がビクビクと震えるような……甘くて艶かしい快感。


 ――あぁ、壊れてしまわないか……本当に心配です。



 そんな風に今後のことを憂いていると、足元で這いつくばっている男から堪忍袋の尾がブチギレるようなことを言われた。



「あ? アリシアだと? はっ! あんなクソについていやがるのか。はは、あのお方にビビって引きこもってたあのクソガキに――」

「――もう死ねよ」



 ドンッ、ドンッと衝動的に何度も男の頭蓋を踏み抜いてしまった。私の悪口は……許せないがまだ我慢できる。……だけど返せないほどの恩がある彼女を……よりによって私の前で侮辱するのは許さない!



「はぁ……汚れてしまいました……。ばっちぃ、ですね『♒︎』」



 アリシアがいいそうなことを真似しながら、水を司る文字を起動させ、今回は攻撃用でなく洗浄用に水を出す。私を囲むようにオーラがグルグルと回り、それが次第に水になって汚れを全て落としていってくれる。


 そして綺麗になった後、魔族らに投げて何処かに行ってしまった二つの短剣を探し、少し遅くなったがトーヤたちの応援に行くことにした。


 アリシアはもう起きているのでしょうか……。戦闘の――殺しの興奮が一向に収まらない私を見て……果たして彼女はどう思うのでしょうか? 叶うことならば笑い飛ばしてほしいものです。

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