37話 私の罪 (sideヘレナ)
私は……ただ町の人々が飢えていくのを見ているだけしか出来なかった……。
カーコフ家は王都郊外にあるいくつかの小さな村と一つの町を治める『男爵』 の位を持つ貴族だ。男爵は爵位の一番下ということもあり、さして自分たちが『貴族』だなんて……私たちの家では考えていなかった。
だけど程度は知れていても貴族なのは変わりなく、『責任』を持って日々を生きていたことは確かだ。
私が貴族としての自覚を持ったのは……確か母に町や村に『視察』という形で連れて行ってもらったときだ。
当時訪れた町や村はとても錆びてれていて、人々には一切の笑顔がなかった。そして母からは作物が取れず、特産と呼べるものもなくて衰退していく一方だと聞かされた。
それを聞いた私は意味もなく涙が溢れてどうしようもなくなってしまった。しかし母は私をあやすことなく、『覚えておきなさい』と、ただ静かに強い念のこもった声でそう言うだけだった。
今思えば、あの時町や村に連れていってくれたのは、自分が『何者』で『何』をするのべきなのか……それを心に刻み込むためだったのだろう。兄や姉に聞いてみたら自分たちも連れていかれたよ、と苦しげな笑顔で言っていた。
カーコフ家の治める土地が不作なのは今に始まった事ではなかった。父が当主に着く少し前からほんの少しだけ作物が取れなくなったそうだ。その時は誤差だろうと気に留めなかったようだが、それから年々収穫量が減少し……今となっては税を払えばなくなるほどまでになった。
あと2、3年もすれば、よくてカーコフ家は全員奴隷落ち、悪ければ領民の半数以上がその道づれに……。援助する。そう言いだしてくれた者はただの一人しておらず、こちらから申し出れば領民を差し出せ……と。
そんなことをするわけにはいかない。私たちがそうなるのならいいが、あんなに日々を必死にもがいている彼らに……私たちの責任をなすりつけてはいけない。
カーコフ家はただ衰退していくのを黙って見ていたわけではない。土をよくしようと高いお金を払って肥沃な土地から大量の土を買って来たり、飢えた土壌でも育つ作物を植えてみたりと……。財産を投げうって取り組んだが……一切の効果を示すことがなかった。
そして、ついにカーコフ家は諦めてしまったのだ……。少しでも長く生きよう……と。研究費は打ち切りにして、その分のお金で領民たちに食料を配給することにした。
それを決めてから数年が経ち、もう私たちの家には寝具すらまともにない状態になっている。私たちが王都で働き、それでようやく民を賄えるだけのお金を稼げているのだ。家に使う余裕なんてあるわけがない。
今家にいるであろう者は、の兄と姉、母だけだろう。彼らは次期当主や花嫁の修業中だ。もっとも、カーコフ家のような『糞食』だなんて嘲られている家の娘など……どこもお断りだろう。といっても、毎日領民を見回っているらしいし期待などさらさらしていないのだ。
父も母も兄も姉も弟も……みんなは汗水を垂らして毎日頑張っている。そんな……そんな彼らをほったらかして、私はこうしてアリシアと楽しい日々を送っている。
たしかに私も王都の学者の一人として、また教師として頑張ってはいる。それに、見つければ援助をしてくれる、と言われこの旅に出たのだ。……まぁ既に見つけられていたようだし、その連絡がされていないということはまた馬鹿にされているのだろう。
そんななんの役にも立っていない私が……こんなにも楽しんでいるのはおかしいはずだ。
美味しいお菓子やご飯をご馳走になって、ただノンビリと日々を過ごす……。そんなのは許されるはずがない。
魔物を倒して得たお金を実家に送る。……それはただの贖罪だ。罪の意識から目をそらすだけの……醜い言い訳に過ぎない。
アリシアは言ってくれた。手を取って、と。私はその手を取る資格があったのでしょうか。何一つ責任を成さず……それで誰かに任せるのは――『いいこと』なのでしょうか。
きっとそれはいけないことだ。いつか私は裁かれないといけない。幼い頃に誓った『必ず良くする』なんて美しいだけで中身のない言葉は……いつしか私の中で汚れきっていた。
心のどこかで分かってしまったのだろう、折れてしまったのだろう。理想と現実の狭間で苦悶し……そして諦めてしまった。
――もうどうしようもない。
そうやって一度見捨ててしまった私は贖い続けるしか出来ない。責任を放棄した私はこれっぽっちのことで許されてはいけないのだ。
***
「あぁ……そうですよね。分かっています」
私は外から聞こえるカン、カン、カン、と鐘を鳴らす音で夢から抜け出てきてしまった。しかし、身体の方はそうだけれど頭の方はまだ夢を見ているらしい。
「はぁ……こんな朝から何ですか」
目覚めてからずっと夢のことが脳内を巡っていたが、いい加減外の騒がしい人の声と鐘の音が煩わしくなってきた。せっかく高いお金を払ってまでこの無駄に無駄を重ねた静かな宿を取ったというのに……。
そんな時、ドン! ドン! ドン! と強く三回ドアを叩く音がして、何日か前に来た聖職者たちかと思ったが次に聞こえてきた声で違うと分かった。
「アリシアさん! ヘレナさん! 起きてますか⁉︎ マイです! 魔族が……魔族が来ました‼︎」
魔族――そう聞いて渦巻いていた思考が明後日に吹き飛び、慌ててベットから飛び降りる。そしてとなりにいるであろうアリシアを見ると案の定寝ていたので、肩を揺さぶって起こす。
「アリシア! アリシア! 起きてください、魔族が来ました!」
「……うぅ。まだ昨日の酒残ってるし……私は後で見に行く……。うぷ、ちょっ、揺らさない、で……」
激しく揺さぶっていると、気分の悪そうな顔をしてアリシアがそう言い、私は手を止めて危なくなったらお願いしますね! といって外に出て行こうとする。
するとアリシアは寝ぼけ眼をこすりながらも私に声をかけ、腕をひとふりした。
何をしたんですか? と視線で伝えると、再びベットに潜り込んだ彼女は眠りにつきながら言葉を残した。
「ヘレナ寝巻きじゃん……。適当に着替えさせただけ……。もういい」
言って、アリシアは寝息を立ててしまった。そして、言われてハッと恥ずかしく思った。アリシアが気を聞かせてくれなければ、戦場で『寝巻き姿』だなんて間抜けな姿を見せるところだった……。たぶん味方からも敵からも奇異な視線を受けていただろう。
ふと、今の自分の姿が気になり、見下ろしてみる。
たぶん目立たないように、とアリシアは思ってくれたんだろうけど……全身黒って……ちょっと……。また、フード付きのローブを外せば、暗殺者の装束にしか見えないし……。
「アリシア……あなたって私のことなんだと思っているんですか……」
私ってそんな印象があるのでしょうか? それにご丁寧なことに真っ黒な刀身の短剣まで腰にふた振り付いている。
あれでしょうか? アリシアは私を暗殺者に仕立て上げたいのでしょうか……。そ、それでもお金がもらえるのなら……やっぱり嫌ですね。人を殺すのは苦手です。
「って! そんなことをしている場合じゃありませんでした! マイさんが待っていますよね」
ドアを開け、その先にいたマイと合流し、アリシアは来ないと説明しながら魔族がいる方向へ走って行く。
しかし、さすがは勇者であるマイさんの走る速度に運動音痴の私が付いて行けるわけもなく……。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
「い、いてて……。マイさんは早いですね」
「え、あ、あの! ヘレナさんてすごく強いんですよね?」
こてっと首を傾け聞いてくるマイ。たしかにアリシアはそんな馬鹿げたこと言っていたが、強いと言っても『文字』の効果がある場合に限る。
使えば一定の間は超人的な力が得られるが、効果は時間制限がある。効果中に再び書くことでその制限時間を伸ばすことは出来るが……魔族がどれくらいいるのか分からないので、出来るだけ魔力を温存しようとしていた。
しかし、その現場に行くまでに時間がかかっては本末転倒だ。
「マイさん、すみません。少しだけ待ってもらえますか?」
言って、いつも首にかけている棒型の魔道具を取り出し、それを前に突き出す。
「『♈︎』『♊︎』」
白い光が魔道具の先に宿り、それで描かれたそれぞれの文字から赤と黄のオーラが溢れ出し、それらが私の体を包み込み、吸収するように中に入ってくる。
「キレイ……」
たしかにこの光景を外から見ればそう映るかもしれない。赤と黄のオーラが混ざることなく繊細に渦を描きながら体内に入って行くのだから。もし夜ならばもっと幻想的であっただろう。
さて、これで身体強化と短剣術、身体の使い方が身についた。一時的なものだが、一流のそれになるのだからすごい。
「お待たせしました。行きましょう」
言って私は飛ぶように地を蹴って道を行く。この状態の速さでも付いてくるマイはそれこそすごい。勇者とはこれほどの者たちなのだ。これが平和で幸せな世界から来たのだとは信じられない。
しかし、魔王を倒すにはこれくらいじゃないとダメなのでしょう。……あの呑気な魔王様には歯が立たないでしょうけど。
「み、見えてきました! アレです‼︎」
少し現状から思考が離れていたが、マイのそんな焦ったような声で一気に引き戻された。
そしてマイの指差す方――門の先を見ると砂煙が立っているのが見え、沢山の冒険者が魔物を相手にし、トーヤや獣人のミュリア、エルフのレイリ、ドワーフのアネスが余裕を持って複数の魔族相手に大立ち回りしているのが見えた。
「急ぎましょう」
上空には彼らを観察する三つの魔族がいた。大方見極めるためにそうしているのだろう。
トーヤは大きめの片手剣と爆発を起こすスキルが主な武器だ。高いステータスによって振られるその片手剣は圧倒的な力を誇り、牽制にもなる威力の高い爆破スキルを器用に使い、剣にその効果を付与しているようだ。魔族に剣が触れるたびに爆発を起こしている。なぜ剣が壊れないのか、聞いた時は謎だったけど『不壊』属性が剣についているらしい。
白い髪の猫の獣人――ミュリアは身体全体を白く輝かせ、目にも留まらぬ速さで魔族を翻弄している。身体強化をかけているからこそ彼女の姿が見えるが、普段なら絶対に見えることがなかっただろう。主な攻撃方法は獣人特有の爪を活かした体術、そして咆哮のようなスキルだ。
ついで、銀髪エルフのレイリ。彼女は言うまでもなく、エルフの代名詞たる多種多様な魔法を繰り出している。エルフ故に魔力が多く、そしてあのエルフは殊更に多い、そうアリシアは言っていた。銀髪のエルフはそんな傾向だそうだ。見たのは合わせて三体だけど、と笑っていた。
そして最後、放浪職人でドワーフのアネス。アリシアから言わせれば彼女が一番よく分からないらしい。それは私も今ひしひしと感じている。アネスの戦い方はちょっと特殊だ。
見たところ自分で調合したであろう薬を自分にかけたり敵にかけたり、そして多分錬金術によっていっぱい武器を創造したり……。それを投げつけて使ったかと思えば、直接切り掛かって行ったり、戦い方が一定じゃないのがアネスという少女だ。
普段のボケ〜とした雰囲気からは考えられないほどに強い。
「準備はいいですか」
いつのまにか私の前を走っていたマイが聞いてきた。ふと思い出したように先を確認すると、もう目の前までにその先頭地帯が迫っている。
マイはこの街全体に結界を張っているというのに自分も戦いに行くなんて……凄いですね。
私もそれに負けないようにしないと。私はグッと魔道具を握りしめる。
「じゃあ、守りますよ! 『♒︎』『♓︎』」
すると、それぞれから青と緑のオーラが溢れ、それが体の中に入ると、周りにぷかぷかと大小さまざまな水の玉が出現し、同じく風が渦巻くように球体となって浮かび出てきた。
「まずはお掃除からです!」
言って、冒険者たちが相手をしてくれていた魔物の集団に水と風の玉をいくつか投げる。
すると、ゴォン! とすざまじい音と衝撃がここまで伝わってきた。味方には効果ないようにしたが……驚いて固まっているのは仕方ないですよね? 魔物も一掃出来ましたし……別にいいですよね。
「す、凄いですね。アリシアさんも大概ですが……ヘレナさんも常識が通じない……」
マイが驚愕の表情を浮かべそんなことを呟いていた。でも、アリシアほど常識知らずじゃありませんよ。何せ彼女は神とお友達感覚らしいですよ? あのアホだなんて軽い呼び方をしていますし。拾ったとか言っていたルミエは低級の神より強いっていうじゃないですか……。それでアリシアはそのルミエより強いんですよ? もう考えるのがアホらしいです。
「そんなことないです。さ、治療も終わったようですしトーヤたちに加勢しますよ」
「は、はい!」
マイが怪我をしていた冒険者たちを治療しているのを待ち、終わってから加勢に向かう。
私一人で行くのが怖かったんじゃない。もし私が離れたとき、マイが上空にいる魔族に襲われるかもしれないと思ったからだ。
「加勢します! 右は任してください!」
トーヤらにマイが加勢したのを確認し、私はそう宣言する。トーヤから大丈夫か? と声がかかったが、これくらいなら多分いけるはずだ。せいぜい十数人程度……アリシアから低級魔族なら何体でもいけるよ、だなんて軽く言われた。
魔族の位を判断するにはその姿を見ればいいらしい。まず青白い肌でそのほかはヒューマンと変わらないのが『低級』。そして角か翼のどちらかがあれば『中級』。そのどちらもあれば『上級』。
また、角が大きければ大きいほど強く、翼も黒に近ければ近いほど強いらしい。ただそれに当てはまらない魔族もいて、そいつらは『上級』に分類されるらしい。
そして、気になってアリシアやその従者の魔族たちはどうなのかも訪ねてみた。すると、アリシアは元からどっちもなく、ルミエやカレン、その他側近は邪魔、という理由で取ったらしい。
アホですか、なんて思いながら目の前で群れている魔族たちを見る。
「よかった、見落としなく全部低級ですね」
上には上級一体と中級二体ですが……そう心の中でつぶやいて、しっかりと前を見据えて剣を構える。
いくら大丈夫だと言われていても、それで気を抜いていいことにはならない。手札を見せびらかすこともそうだけど、余裕ぶっこいて負けることだってあるのだ。これもアリシアに教えてもらった。
上に魔族がいる以上、『文字』は使いたくない。使うとしても一文字のものだけだ。二文字以上で構成された『文字魔法』は見せられない。
「さて、あちらも始めたようですし、頑張りましょうか!」
気合いを入れるように叫び、ダンッと地を蹴り、魔族の軍団に向かって行く。
私の方にいる魔族は全体の三分の一程度、あちらは五人います。……指揮官として中級魔族もいるようですが大丈夫でしょう。
今は目の前のことを片付けることに意識を集中させ、同時に上にいる傲慢さが溢れ出る上級魔族に叩き込む術式を考えておく。
故郷を救えなかった分……私は――




