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36話 対価は何をお望みですか?

いっぱい綿の詰まったクッションを日本語でどう表せばいいんでしょうね?

座布団? 敷物? ……それではぺったんこなものしか想像できません……。はぁ……。

「やぁ、内緒話は済んだってことでいいね?」



 扉が開き、ヘレナたちが入ってきたのを見て作業を止め顔を上げる。



「あれ? 何ですか、それ……。ベットも無くなってますし……はぁ何してるんですか」



 呆れたように言って、ヘレナは宙に浮く七つのフカフカで大きなクッションを指差す。


 これを出した理由としては単に七人も座るモノがないからだ。あと部屋の備品を収納したのはその置く場所を確保するためだ。


 いくら高い金払っているからと言っても、七人同時に同じ部屋で泊まることなんて想定されていない。

 それなら部屋でなく別のところですればいいじゃない、そうなるけど面倒かったからこれでいいのだ。



「この方が色々楽でしょ」



 言って、これで最後ね、と異空間から適当な丸机を出し、その周りに大きなクッションを落としていく。そして丸机に七つグラスを置き、何本かティーちゃんからもらった酒を出す。


 ヘレナはからみ酒でめんどくさいけど、トーヤたちが全員そうと言うわけじゃないだろう。


 一人くらい酒に強いのがいてもいいよね。久しぶりに誰かとまったりと話しながら飲みたいのだよ。



「さ、適当な場所に座って」

「はぁ……言っても聞きませんよね」



 うんよく分かってらっしゃる。しかし応えてくれたのはヘレナだけか……。何してるんだろ。


 そう思ってトーヤらを見てみると、ぽかんと口を開け驚いている様子だった。

 わたしはそれが何故なの分からなくて不思議で仕方なかったけど、ヘレナは分かったようだ。


 頭をぽりぽりかき、ヘレナはため息を吐いてトーヤらに声をかける。



「皆さん、アリシアのコレを気にしていたら……もちませんよ。アリシアだからと考えた方が後々楽です」



 言うと、そ、そうですかとトーヤたちがか乾いた笑みを浮かべ、戸惑いを隠しながら各自ふかふかのクッションに腰を落とす。


 ヘレナのいい口はムッとくるものがあるけど、人種にとってはそうだったと思い出し、まぁそれも仕方がないのかなぁなんて納得した。



「それは置いておこうか。さ、何から飲む? キツイやつ? ユルイやつ?」



 酒瓶を傾けながら聞くと、トーヤやマイはためらう様子を見せおずおずと口を開く。



「あ、あの……俺らまだ成人してないので飲めないです……」

「そ、そうです……。だからお酒はちょっと……」

「……は?」



 言われて、わたしはちょっと耳を疑ってしまった。成人してないから酒を飲めないって……人生の大半を損してない? 美味しい料理には酒は必須だし、嫌な気持ちを晴らすのにも必要なものだ。

 この子たちの世界ではそんな大事なものを禁止にしているのか……わたしだったらそんな世界はお断りだな。


 まぁこの世界にはそんな制限があるわけはなく。そもそもわたし=ルールみたいなことが出来はするので、別にここで飲ませても大丈夫だろう。


 そう思って、彼らのグラスを手元に寄せ、勝手に酒を注いでやる。



「何の匂いもない透明の水……それってこないだのやつですか⁉︎」



 わたしが淡々とグラスを満たしていると、不意に隣からそんな声が上がった。

 すっごく美味しかったので嬉しいです! ヘレナは笑顔を弾けさせてそう言う。


 よっぽど気に入ったのだろう。この酒はそこまで酒精はキツくないし、初めて酒を飲むって者にも受け入れやすい。その上、最上級の酒だ。そこらのものとは比べ物にならないくらい美味しいんだよ。


 ほら飲んでみなよ、そう言ってトーヤとマイに差し出す。また、他四人はいける口らしく、一口飲むとすっごく驚いた顔をしていた。加えて、ヘレナはもう飲み干していてお代わりをせっついてきていた。



「そ、そこまでなのか?」

「だから飲んでみなって。そこまで強くないから初心者でも安心安心」

「は、はい……」



 トーヤとマイが否定するよりも早く、わたしが押し続けているとようやく飲む気になってくれたようだ。飲み物を飲むだけなのにそんなにためらうなんて……この世界も大概だけど君たちの世界も住みにくそうだよね。


 そんなことを考えつつ、彼らが気にいるかどうか見届ける。

 まぁ、肩を跳ねさせ開ききったまぶたを見れば語らずとも分かるってものだよ。



「うふふん。美味しいでしょ?」



 みすかしたように言うと、ああとか、はいと心ここに在らずな感じで返事を返してきた。


 そりゃあ初体験を最上なもので味わったのならそんな感じになるだろう。わたしだって飲んだ時には驚いたのだ。トーヤとマイならなおさらだろう。


 わたしは彼らの反応を一通り堪能して満足した。だからそっとおつまみ代わりの『わがし』を出し、部屋に呼んだ件を話し出す。



「さて、まずはツケの払いに君たちを巻き込んで済まなかったね」



 言って、全員を見回す。

 しかし、皆が皆何のことか分からないって顔をしている。当たり前だ。宗教の起源を話してはいないし、神とのいざこざも話していない。ヘレナはなんとなく分かっているようだけど、本当のところまでは分かってはいない。


 だけどそれを話すとせっかくの酒が不味くなるので話さない。



「だからその詫び……は違うかな? ん〜対価? をあげようと思ってね、だからここに呼んだんだよ」



 グラスを傾けながらそう言って、一口『だんご』をつまむ。

 美味しいものに美味しいものを合わせればさらに美味しいものになると思うんだよ。果実酒に『だんご』……うん、ちょっとないかなぁ、あはは。


 すると、しばらく固まっていた彼らはようやく飲み込んで、わたしに視線を向けてきた。



「そ、そんな対価って……何もしてませんよ?」



 トーヤが探すようにそう言ったがちゃんとしてもらっていた。あ! ミュリアがわたしの狙ってたのを取りやがった……くそう。


 まぁいいや……。わたしは少し気落ちしながらそっと言葉を出す。



「ほら、わたしが出て行く前に抗議してくれてたでしょ? それそれ」

「そんなの当たりま――」

「あとマイが壁を出してくれたこともだね。あぁ遠慮することないよ? だって君らがいなかったらヘレナが嫌な思いをするところだったかもだしね〜」



 言うと、彼らはばっとヘレナの方を見る。

 それにあわあわして、ちょっと何ですか⁉︎ とヘレナが戸惑いの声を上げる。しかし、わたしがそれを答えるとでも? やだよはずかしい。


 あの時、確かに聖職者たちを殺す気なんてない初めからなかった。しかしあの傲慢チキ野郎が余りにもウザくてやっちゃてもいいよね? なんて考えそうだった。

 だけど後ろにはトーヤたちもいたし、宿で殺しなんて起きない方がいいだろうと思いとどまったのだ。

 ただ、もし攻撃されていたらそんな思いを無視して赤い血しぶきを撒き散らしてあげていたよ。


 だからことさらマイはお手柄だ。たぶんブチュってしていたらヘレナの気分がさらに悪くなっていたと思うから。



「まぁ今はヘレナのことは置いといて……。さて、君たちは何を対価に求める? それに見合う分ならなんでもは叶えてあげよう」

「なん、でも……?」



 そうなんでも、だ。トーヤ、今君の頭の中で何が巡っているのかは知らないけど……まぁ悩めばいいさ。

 わたしは正真正銘になんでも出来る。……たまに無理なのもあるけどさ。でも、それでも恥を捨てれば叶えられる。何も自分でやる必要なんてなく、出来るやつに頼めばいいのだから。


 果たして彼らは何を望むのだろうか? 金か力か……まぁなんでもいい。わたしはヘレナも考えてね? とニコッと笑ってみたものの、故郷を救ってください、とすぐに帰ってきて微笑ましく思った。


 しばらく部屋には沈黙が落ち、わたしとヘレナのグラスを置く音のみがその場を支配していた。

 そしてそろそろ二つ目が空になるぞ? となった頃、彼らはそっと言葉を紡いだ。



「あ、あの……アリシアさんは……その……。どんな呪いや病気でも治せますか?」



 トーヤは決心したようにそう言って、真剣な眼差しを向けてくる。わたしはそれにこともなげに頷き、出来るよと返した。



「それでいいの?」



 聞くと、トーヤはグッと頷く。なので何人治せばいいのかを聞くと、なんと一人でいいらしい。本当にそれでいいのかと思ったが、それでいいと譲りそうになかったのでそれを叶えることにした。


 そのためにすることがあったので手頃な金属の塊を異空間から出し、そして一応彼らに注意をする。



「一回限りだからね? あと、ちょっと気分が悪くなると思うけど我慢してね?」



 言って、わたしは手に持った金属の塊を掲げ、それを加工して行く。

 そしてその加工は一瞬のうちに終わった。何せ光ったかと思えば、もうそこには装飾のない指輪があるのだから。

 しかしその指輪ができた瞬間に出る魔力の残滓にトーヤらは耐性がないようで、少し気分が悪そうだ。あ? ヘレナはどうしたかって? アホだから大丈夫だよ。


 わたしは出来上がったばっかりの指輪をトーヤにそっと差し出す。



「はい、これを指につけて治したい者に手を触れて『治れ』って念じれば治るよ」

「そ、そうなのか?」

「うん、まぁ最高神からのガチな呪いとかだったら無理だけどね。その場合はわたしが直接行って何日か付きっきりにならないと解呪できないけどね。でも、それはないだろうし安心して」



 まじまじと指輪を見ている彼らをよそに馬鹿みたいなことを考える。


 もし最高神様みたいな化け物がわたしを見ればどんな行動をするのだろうか、と。あいつらは『絶対』に神界からは出てこられないからあっちに行かなければ大丈夫だろうけど……天使やら下級神をバンバン送られてきたらたまったもんじゃない。たぶん加護もどっさりとつけているだろうし……正面から戦えば、子供たちはルミエ以外生き残らないと思う……。


 神は魔種(こっち)の都合なんて殆ど考えない。そう思えばあのアホは特殊な例なのかもしれないな。

 あの女神のことがよく分からないと頭を悩ましていたが、トーヤらの興奮がようやく収まったので、再び話を再開させる。



「その指輪が君たちへの対価ってことで。じゃあ今度はマイ個人にも渡さないとね」

「は、はい⁉︎ わたしですか?」

「うん、あの時攻撃を防いでなかったら噴水が出来ていたからね」



 あはは〜と笑って言うと、マイたちも一緒に笑い声を上げてくれた。まぁ片方の声は乾いているけどね。



「さて、何が欲しい?」

「え、えっと……」



 マイは視線を宙に彷徨わせ、何かないかとあちこちを探している。

 それを『わがし』を食べながら眺めていると、願い事が決まったようだ。



「じゃ、じゃあ結界を強くするアイテム……大丈夫でしょうか?」



 聞いて、ふむと少し顎に手を当てて考える。


 マイの言っている『結界』ってのはあの透明の壁のことだろう。魔力効率は悪いし、強度もそこまでないように思えた。まぁ全員に使えるようにあのアホが調節したんだし、そういう不具合も起こるに決まっているか……。

 大多数が使えるように調整したものと、個人用に調節したものでは後者が圧倒的に使い勝手はいいだろう。


 そうだね……カレンのために作って、でも必要なかった杖をあげようか。たぶんあのアホの魔法に合わせて調整するだけで使えるようになるはずだ。



「うん、なら空間系の魔法を補助する杖をあげよう」



 言って、異空間から2メートルくらいの大きな杖を出す。その杖の先端には大空色の宝玉を囲むようにいくつもの小さな宝石散らばっていて、持ち手には花の柄が彫られていた。


 それの術式をわたしのものではなく女神が作った方式に変え、加えてマイの魔力に合うように調節して行く。



「はぁ……クッソ難しい」

「アリシアがですか?」



 杖とにらめっこしていると、横から呑気でとても失礼な声がかかってきた。

 わたしは手を止めることなく、そちらに顔を向け、抗議するように言う。



「あのさ……ヘレナがわたしをどれだけすごいと思っているかは分かったけどさ……幾分それは過大評価だよ。手先は器用じゃないのさ……」



 はぁ、と息を吐いて疲れたようにいう。するとヘレナは申し訳なさそうにすみません、そう言ったが気にしてないと手を振って返す。


 マイ自身に調節するのは別に難しくないのだ。……あいつに合わせるのがわたしにとって無理難題なだけだ。

 確かにわたしは大抵のことはできるが、あのアホの芸術のような術式は書きたいと思わない。とても複雑で乱雑で無茶苦茶で……一見ただの落書きのようなそれは……一切のズレをも許されないようなバランスで構築された頭のおかしくなるようなものだ。

 わたしにだってそれが出来なくはないが、あいつ見たくパッと片手間には出来ない。


 今はその見本を模写するだけで済むが、それでも杖に書き込む作業は気を抜けないのだ。



「う、うぅ……あと一つ……。うっしゃ〜! やっと終わったぁぁぁ!」



 かなりの時間をかけて完成させ、ついついみみっちい作業から解放された喜びから立ち上がって杖を天高く掲げてしまった。しかしここまでして性能が下がっているだなんて……なんだか報われない気分だよ……。でもマイを弟子にする気は無いし、仕方がないんだよ……はぁ。


 コキ、コキ、と首を鳴らし、わたしは疲れた〜と情けない声を出しながら『わがし』をもしゃもしゃする。


 そして、ようやく細かい作業でのイライラが収まり、マイに改まって向き直る。



「はい、これあげるよ。あいつの術式に合わしたし、そもまま持って普段通りにすればいいよ」



 言って、マイに完成した杖を手渡す。それを恐る恐る受け取ったマイはほわぁと空気の抜けたような声を出し、まじまじと手に持った杖を見つめる。



「意外と軽い、ですね。こんなに大きいのに……。そ、それになんだか力が湧き出してきます……!」



 うんうん、驚いてくれて何よりだね。その杖は幾分かランクは落ちるが、その本質はヘレナの持つ『神の知識』と同じだ。しかしいくらランクが低かろうとそこそこ強いことには変わらない。マイの魔力が続く限りは破れることのない結界だって張れるだろうね。


 それに特殊条件下で働く効果もおまけしてあげた。たぶんマイは一度限りは絶対に死なない。



「うん。それでよかったかな? 正直返却されても困るしそれでお願いね?」

「い、いえ! あ、ありがとうございます! 大切にします!」



 そう言って、返しません、と言いたげにぎゅっと杖を胸に抱きかかえる。

 その行為によって強調されたわたしにない部分にトーヤの視線が行っているが……男だし仕方がないか……。



「よし! 重たい話はこれで終わり! じゃあこれからみんなで食べにでも行こうか!」

「お、俺たちは食べてきたばっかですよ!」

「私たちもそうですよね⁉︎ どれだけ食べる気ですか⁉︎」



 意気揚々と立とうとしたがみんなの制止の声によって留められてしまった……。


 くそう。わたしはいくらでも食べられるのだ……。満腹にはなるけど、そんなの魔法で解決できるし……人種ってほんと不便だ。



「仕方ない……じゃあ酒には付き合ってよね」



 ムスッとそう言うと、苦笑を浮かべて一様にグラスをちょろっと持ち上げてくれた。仕方ないですね、そう言いたいのだろう。でもまぁそれでいいさ、一人でしんみりと飲むのはなかなかに乙なものだけど、みんなでワイワイと飲むのもたまにはいいものだ。

 それに……ちょっと前までは子どもたち以外とこうして卓を囲むなんて……想像もしていなかったことだ。


 わたしもちょっとは変わってきたのかなぁ、と少し寂しくも思いながら……それでも楽しみに思い杯を傾ける。


 今日の酒は一段と美味しい。それにマイが向こうの世界の料理をこの宿の調理場を借りて作ってくれるらしい。わたしはマイに宝石を報酬として渡し、どんどん作ってきてもらうように依頼する。


 カレンの手料理がそろそろ懐かしく思うけど、それでも旅をもう少し続けたいなぁ。

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