30話 宗教って……うん
人種とはひ弱だ。
たまに強い者を見かけるが、まぁほとんどの人種は心の拠り所を求めている。
そしてその拠り所は様々である。友や仲間、親や兄弟、恋人……。しかし、そんな中多くの人種が共通して持っている拠り所がある。
――宗教。
神を信仰し、その神の教えに準じていると祝福を授かると言うものだ。
ヘレナの所属するアレイオス王国にはそこまで布教されていないらしいが、せっせと広めようと、その宗教の総本山であるブリオン教国が王国の各地で説法をしているらしい。
まぁそれに関してはわたしは全く興味がないし、他の世界での『宗教』の事情もちゃんと知っている。だから、それが必要なんだなぁって遠目で見ることにしている。
しかし……しかしだ。そのブリオン教国が広めている宗教を伝えた『神』のことを聞いて、ちょっと失礼だったけどすっごく笑っちゃった。
まずその神とやらは『透き通るような青い瞳』を持っているそうだ。ここでわたしは違和感を持った。何せこの世界を管理しているあのアホの瞳は『黄金』なのだ。
またその神はあろうことか『金の粒子が舞い散る腰までとどく銀色の髪』らしいのだ。あのアホは今のわたしと全く同じの金色だ。そもそも銀髪云々っていうのは、たぶんわたしのことなんじゃないだろうか……? 金の粒子が舞い散るってのもすごく覚えがあるのだ。
わたしはあのアホに杭を打たれて、そしてカレンたちと過ごすようになるまではそんな格好をしていた。
そして極め付けはその神を描いたものを見たんだけど、それがまんま銀髪姿だったときのわたしっぽいものだったのだ。
それらを見て聞いて、ふと思い出したことがあった。……それは大昔、銀髪のままではどうしても魔力が漏れてしまうので、あのアホのような金髪にした時、それを転機にカレンがアリシア様の素晴らしさを人種どもに伝えてきます! なんて言って数年ほど帰ってこなかったことがあった。
たぶんそれがあの宗教の起源なんだと思う……。
いやね? 止めたよ? 止めたんだけど聞かなくってさ。ルミエたちも悪ノリして出て行っちゃったから……ね?
そしてその惨事? が今まで続いていて、しかもそんな嘘っぱちの神を人種が必死に崇めていると思うと……すっごく面白い。加えて国になるほど信者がいるのはなんだか気持ちいい。
たぶんこの旅においてこれが一番面白いことなんじゃないかな?
そう思えるくらいにはわたしは笑い転げていた。
噴水のある広場でリディシオンの住民に向けて説法をしている聖職者の前で、だ。
「ひゃはははは! お、お腹いたいいたい。はははは!」
「ど、どうしたのですか⁉︎」
倒れ込んで転げ回っていると、ヘレナは肩を掴んで止めて心配そうに顔を覗き込んでくる。
わたしは急に止められてむせながら、説教をしていた聖職者を指差す。
「ゲホッ、ゲホッ……い、いやだってあいつ……。きゃははは!」
先を言おうといたが、真剣にわたしのことを崇めていた聖職者を思い出して、また笑えて来てしまった。
何せ偽物の神を信じて、あまつさえ本物が悪神ということになっているらしい。もうどうしようもない。
正直、ここまでくるとあのアホがマジで可哀想になるよ……。たぶん次あったら殺されるまであるよね。まぁ負けるわけないんだけどさ。
そんなことを思いながらずっと笑っていると、顔を真っ赤にしたその聖職者が近づいて来た。
そして身体を震わせて口を開く。
「き、貴様ぁぁ⁉︎ わ、我らの神を愚弄すると言うのかぁぁぁ⁉︎」
聞いて……もうわたしは抑えが効かなくなった。
「あ、あははははは! き、君たち、お、面白すぎるよ‼︎ あははは」
太ももをペシペシ叩いて、加えて聖職者君にその滑稽な姿を讃えて拍手をあげる。
すると聖職者の君はさらに顔を赤くしてわたしの顔をマジマジと見つめる。すると何故か今までの熱が抜けたよな冷めた表情になった。
「その透き通るような金の髪と青い瞳」
言うと、その聖職者は侮蔑するような目をして、ふっとバカにするように笑みを浮かべる。
「貴様は悪神憑きか」
「なにそれ、ってか何バカにしてるの?」
聖職者の汚いモノを見るような視線に、わたしは嫌悪し睨んで答える。
しかしこいつは堪えることなく、高らかにご高説をたれる。
「貴様のような金の髪と青い瞳を持つ女は悪神憑きと言われるものだ! そしてその中でも少女の悪神憑きは即刻始末することと教えにあるのだ!」
何その馬鹿みたいな教え⁉︎ と言う暇もなく、覚悟しろ‼︎ とその聖職者は街中だというのに、腰に下げた片手で持てるメイスをわたしの頭上に振りかざして来た。
それを躱すだなんて……あいにくわたしはそんな甘ったれたことはしない主義だ。わたしのモットーはやられたら相手が死ぬまでやり返すだ。
わたしは迫ってくるメイスを笑顔で見つめ、それが顔に当たるまで待つ。
しかし――
「なっ⁉︎」
あともう少しで当たる、とそんな距離になった時……間に合って! の声とともに横からの衝撃が加わり、そのメイスの軌道からわずかに外れてしまった。
邪魔されて顔を赤くしている聖職者を手を振って止めながら、わたしはちょっと不満げな声を上げて、横槍を入れて来た者を見る。
「なんのつもり? ……あと少しだったのに」
ふてくされたように言うと、ヘレナが焦って近寄ってくる。
「で、ですが……私が止めないとあの人死んでいたのでしょう?」
「……まぁそうだよ」
「ですよね……はぁ、よかった」
ほっと安心したように息を吐き、さっさと離れましょう、と言ってヘレナはわたしの手を引き、ざわめく住人たちをかき分けて歩き出す。もちろんバカな男は止めたまましばらく放置だ。
*
「ごめんなさいって何度も誤っているじゃないですか……そろそろ機嫌を直してくださいよ……」
「ふん。別に怒ってないよん」
あの後、別に行きたかったとこもなく、逃げることもないのでとりあえずは宿に帰ることにした。
そして、聖職者に攻撃されそうになって、それをヘレナに止められてからわたしはひじょーに不機嫌だった。
ヘレナは何度も謝って来たが、本当はヘレナに対してはもう怒っていない。お菓子だってくれたしね。
わたしは簡素なベットにゴロンと寝転び、毛布に包まってうぅ……と唸る。
やられたらやり返す。こんなのは当たり前の法則だ。あの聖職者はわたしを本気で殺そうと槌を振るった。殺そうとしたんだから殺されたって文句を言えるわけがないじゃないか。
なのにヘレナはそれを止めて来た。
まぁそれも気に入らないんだけど、ヘレナが考えていることが何となくわかるから責めはしない。
今気に入らないのは『悪神憑き』と言われたことだ。多分、十中八九あのアホがわたしへの当てつけとして広めたことだろう。カレンが勝手にやったこととはいえ、間違った宗教を広めたのはわたしの責任だ。
大方今の奴の姿は銀髪状態のわたしになっているんじゃなかろうか。そもそもあいつに決まった姿なんてなかった気がするし。
「はぁ」
ひょこっと毛布から顔だけ出して息を天井に吹きかける。
わたしは広まって消える白い煙を見ながら、横のベットで同じように毛布にくるまっているヘレナに声をかける。
「ねぇ、あの聖職者が言っていた『悪神憑き』って知ってた?」
聞くと、ヘレナは器用に顎に手をおき、首をひねって難しい顔をする。
「えーっと、聖書を読んだことはあるんですが……その、興味がなかったのであまり覚えていないのです」
「あはは〜そう」
「ですが……それだけで殺しにくるというのは……おかしいですよね」
聞いて、私はふむと頷く。
「まぁ、透き通るような金の髪だなんて……それこそ今のヘレナを遥かに越すくらいの魔力がないとならないからねぇ〜」
「そ、そうなんですか?」
どうでもいいようにに言うと、ヘレナは不思議そうな顔をする。
わたしはそれにうんと頷き、自分の髪を指先でいじりながら答える。
「これは魔力を体内に押しとどめた時の弊害みたいなものなんだよ。そうだね……大きな魔力を持っていて、それをコントロール出来てない者なら、髪が色付きの透明っぽくなるかもね」
「なら……安心なのですかね? 悪神憑きなんてそういないってことですよね?」
「うん」
当たり前のように頷くと、ヘレナは安心したように息を吐く。
そして安心したついでか、まだ頭に引っかかっていたことを話してきた。
「あ、あの……。その、話は変わりますが、何であんなに笑っていたのですか?」
「ああ? ああ、あれはね」
探るように聞いて来たヘレナに、一コマ開けてしっかりと答える。
「あの人種たちが信じている神って……実はわたしなんだよね〜」
言うと、思った通りの沈黙が寒々とした室内におりてくる。
そしてしばらくしてまたもや思った通りの声が室内にこだまする。
「え⁉︎ ど、どういうことですか⁉︎」
「あはは〜やっぱりそんな反応するんだね〜」
けらけらと目の縁に涙を浮かべながら、わたしはそれを抑えながら説明する。
「大昔にね、カレンが人種に広めたんだよ。なんかアリシア様の素晴らしさを伝える〜ってね」
「……ぶ、ぶっ飛んでいます」
ヘレナは後ずさるように確信めいたことを口にする。
まぁ本当にカレンはぶっ飛んでいると思う。何せあの子はわたしがどこにいるかどうか嗅覚で判断できるのだ。半径1キロ程度だが、魔法とか何も使わず素でそれをしてしまうからマジで怖い。
あははーと笑っていると、ヘレナが首を傾げ、変な顔をして聞いて来た。
「あ、あの……彼らの信じる神? の髪は銀でしたよ?」
「そういえばヘレナは知ってるはずないよね。まぁもうずっと戻ってないし、こっちのが楽だしね」
「はい?」
「ん〜じゃあ見せてあげるよ」
そう言って、変身を解いた際、漏れ出してしまう魔力のせいで影響が出ないようにヘレナとこの部屋を結界で覆う。そして問題がなくなって、ようやくわたしは元の姿に戻る事ができる。
「ほい」
そしてベットからおりて、クルッと指を回すと、一瞬わたしの身体が白い光に包まれ……そしてそれが消えると、目の前にいたヘレナが目をまん丸にさせている。
「うふふん。どうかな?」
金の粒子の舞う髪を払い、胸を張って得意げに言う。
するとヘレナはわたしを指をさしてあわあわ言っている。
やっぱりヘレナは面白い。アホみたいに驚いてくれてこっちは大満足だ。……しかし、この姿はやっぱめんどくさい。何がめんどくさいって、髪を動かしてしまうと嫌でも金の魔力の残滓が散るところだ。いちいち目についてイライラしてしまう。きっとストレスのせいで人種を襲っていたんじゃないかな? って思えるくらいには邪魔だ。
だからわたしは、もういいよねと言って金髪姿に戻る。
そしてペタペタと身体をさわり、髪を払ってみたりする。
「やっぱりこっちのがいいね」
うんうんと頷き今の姿に満足して、未だあわあわしているヘレナに顔を向ける。
すると、彼女は大きく深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。
「い、今のが……本当の、姿ですか……?」
「ん? まぁそうだよ」
「な、なんというか……本当の神様みたいでしたよ……」
そう声を震わしてヘレナは言う。
しかし、あの姿を見て神々しさを覚えるって……やっぱりヘレナって少しおかしいと思う。
何せあの姿のときのわたしは『偽るところのない姿』だ。その姿は世界に充満していた『淀み』が集まって形取られたものだ。だからいきとし生きるものは、例外(魔族)を除いては本能的に恐怖するはずなのだ。
わたしがヘレナに張ったのは漏れ出る『魔力』を遮るものだ。決して『概念』を遮断するものではなかった。
それなのに彼女が『畏怖』でなく『神聖さ』を感じたのは……正直よく分からない。
これもまたルミエがカレンに言った『秘密』に関係しているのだろうか。
それは出来れば自分の力で解き明かしたいものだね。
つらつらと思いながら、ぼーっとわたしを眺めている彼女に視線をやる。
そして、聞こえるか聞こえないか小さな声でそっと呟く。
「わたしは神じゃないよ……。むしろ、その真反対の存在だよ……」
「え? 何か言いましたか?」
ヘレナはハッとして、そう聞きなおそうとする。しかしわたしは、なんでもないと首を振ってそれ以上の会話を途切れさせる。
言いたくないわけじゃない。知られたくないわけでもない。ただ……なんとなく憚られただけだ。
なんでなんだろうね。
「ちょっとお腹が空いてきたね〜。なんか食べに行こうか」
そんな疑問を振り払うように提案する。
ヘレナはえぇー寒いじゃないですかー、だなんて言っているが、ベットから這いずり出てきてくれて、外装をしぶしぶとはおる。
そしてドアを開け、階段を下りて街に繰り出して行く。
今日も今日とてお日様はさんさんと、しかしながら空気は冷たく澄んでいて……なお変わらない騒がしさに包まれる。
どこもかしこも元気いっぱいだ。このリディシオンは比較的魔王との戦地に近い街だ。それでもなおこんなに活気があるのなら、もうそれは凄いとしか言いようがない。……能天気なのか、それとも危機感がないのか……。
あの聖職者もそうだ。今この状況下で布教活動する必要があるのだろうか。
人種のアホさ加減にふっと笑みをもらし、るんるんとわたしはヘレナの隣を歩く。




